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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第6話 士官学校 その4

 
前書き
ようやく主人公は士官学校2年生です。
多分次は時間がちょっとジャンプします。 

 

 宇宙歴七八一年 テルヌーゼン市 士官学校二年生


 軍人に向いていないと告げられてから三ヶ月。

 俺の士官学校生活は初年生とほとんど変わりなく過ごしている。後輩という者ができて先に敬礼する回数こそ減ったが、まだ上級生の方が圧倒的に多い。そして相変わらず「戦略戦術シミュレーション」の成績は良くない。
さすがにこのままではよくないと、評価の高い同級生や上級生の結果を何度も見なおした。腹は立ったがここ数年では最優秀という“ウィレム坊や”の戦いも、だ。

 だが何度見返しても、自分との比較を繰り返しても彼らの戦い方が自分よりも優れているとは思えなかった。むしろ何故自分の成績がこれほどまでに低く扱われているのかが理解できない。

 「戦略戦術シミュレーション」はその名の通り、仮想的な宇宙空間の中で、与えられた戦力・資源を用いて戦略的・あるいは戦術的目標を達成させるゲームのようなものだ。宇宙艦隊を率いて戦略目標を撃破するシナリオが最も多いが、他にも物資輸送、星域占拠、空間制圧等の戦術シナリオもある。幾つかの戦略・条件が重なり合った中で、複数の勝利条件をどれだけ満たしていくか。それが評価の可否となる。早い話が前世に繰り返し行っていたゲームのより精度の上がったバージョンで、よりリアルに、より厳しくクリア条件が設定されているものだ。

 前世で銀河英雄伝説のゲームはかなりやり込んだ。完勝することだってあった。だがそれは戦略的条件が極めて安易に設定されていたことを、今の俺はよく理解できる。失敗しても基地に戻れば補給が出来、艦艇や兵員の補充も可能だった前世のゲームとは違い、「戦略戦術シミュレーション」では、失われた艦艇・兵員の補充は戦略条件で認められているもの以外は一切ない。

 故に実働戦力の戦略保存こそ優先されるべきであり、戦略最優先目標を達成するために不必要な戦闘は出来うる限り回避する。敵艦隊の撃滅を目的としている場合、交戦時は徹底的に防御を優先し、敵艦隊の全滅撃破ではなく、敵部隊の実力結束点の破壊と敵旗艦撃破に打撃力を集中する。逆に戦略輸送が最優先目標とされる場合は、実働戦力を牽制に利用し、確実に全ての物資を送り届ける。それが俺の考え方だ。

 結果として俺は与えられた最優先戦略目標を「確実に」達成している。しかも損害は軽微だ。その代わり付帯目的ともいえる追加勝利条件を達成したことは、偶然を除いてあまりない。ゆえに評価として満点を取ったことは一度もなく、落第点を取ったことも一度もないというのは理解できる。

 “ウィレム坊や”は戦略輸送を最優先目標としているシナリオで、数隻の輸送艦や数百隻の護衛艦を失いつつも、襲撃してくる敵艦隊を華麗な戦術で完全撃破する。見ていても興奮するような鮮やかな勝利だったが、最優先目標である戦略輸送には僅かであっても失敗しているのだ。数隻の巨大輸送艦に搭載されていたであろう物資が輸送先に届かなかったことで今後の戦略を左右することもあるだろうし、数百の護衛艦には一万人以上の将兵が乗り組んでいる。それを失っているにも関わらず、何故満点+追加評価点なのかが理解できない。「戦略戦術シミュレーション」は『ゲームのようなもの』ではあっても『ゲーム』ではないはずなのに。

 思い悩んだ末に俺は「戦略戦術シミュレーション」の主任教官に質問をぶつけた。戦略最優先目標の達成に僅かであっても失敗しているにもかかわらず満点+追加点を与えるのは、いかなる理由なのか……

「実際の戦場において、戦略最優先目標を完璧に果たすことは不可能だ。日々システムを更新しているが、現実には、シミュレーションでは補いきれない不確定要素も数多く存在する」
 主任教官は、俺が“ウィレム坊や”と一悶着あったことを既に知っており、またグレゴリー叔父の養子である事も知っている為か、頭ごなしではなく聞き分けのない子供を諭すような口調で答えた。
「故に戦略最優先目標には『ある程度の損害』が発生することは織り込み済みなのだ。そして実戦においては想像もしていなかった危険な事態というのも発生する。この場合は『敵艦隊の奇襲』だ。それを最小限の犠牲を持って排除し、なおかつ戦略最優先目標を達成したのだから、満点であり追加点を与えることになったのだよ」

「物資を搭載した輸送艦を失うことも、数百隻の護衛艦艇を失うことも『想定される損害』であるのですか?」
「さよう。……なるほど君は確かにこのシミュレーションでは一隻の輸送艦も失っていないし、護衛艦艇も三〇隻しか失っていない。戦略最優先目標は達しているが、君は敵艦隊からは逃走している。君がこの命令を出した上官だとして、今後この宙域に戦略輸送を行わせるに際し、敵艦隊の奇襲の懸念を持たざるを得ないだろう」
「はい」
「その危険性を一度に排除したと考えれば、ホーランド候補生の評価は正しいものだと考えないかね?」

 主任教官の問いかけに、俺は何も言うことが出来なかった。

 最優先目標に被害が想定されているというのは分からないでもない。宇宙船技術がほぼ完成されたと言っていい状況下ではあるが、想定外やメンテナンス不足などによる事故は発生している。
 敵艦隊が戦略輸送のルートに存在しているという伏線設定も、また分からないまでもない。情報部が想像以上にヘボで役立たずで、輸送ルートに一個艦隊規模の戦力がいる可能性を本部に伝えない可能性もなきにしもあらずだ。もちろん知らせておいて同数戦力を護衛として送り出す司令部もどうかしていると思うが、前提条件についてとやかく言う必要はない。

 だが複数命令を与えて、それを達成させることで評価を加算していくやり方は明らかに間違いだ。まず最優先目標を達成するという使命をおざなりにしてしまう可能性がある。たとえばホーランドを襲撃した敵艦隊は、あくまでも戦略シミュレーション上で構成された仮想人格に率いられた艦隊だ。動きも緩慢で、ゲームなら平均的モブ敵キャラとも言うべき存在だ。もし敵艦隊が金髪の孺子に率いられていたら、あるいは色目違いの女たらしや体操選手や黒猪だったら? 俺だったら戦うことなく早々に逃走を選択するだろう。あるいは輸送艦を後方に待避させる時間稼ぎの為に、撤退を前提とした防御戦を挑むかもしれない。

 つまりは『被害が出ることが前提』という考え方が、俺にはなかった。多少の被害があっても目標を達成し、なおかつ不確定要素を排除できることが『最上』ということだ。たとえその被害が『自分のもっとも信頼する部下の戦死』であったとしても。

 前世であれば、確実に取れる契約を取ってくるだけでなく、他にも何件かの営業成績を上げるというのは十分評価に値しただろう。勇み足をして確実に取れる契約すら失ったとして、会社から罰を受けたとしても命まで取られるわけではない。だが戦場ではミスをすれば容赦なく命を奪っていく。

 そういう現実に、俺が耐えられない。シトレはそう考えて『軍人には向いていない』と言ったのだろうか?
 自分の手の届かない範囲での戦略前提条件により、目標を達成させるために損害が出る、ということに耐えられないだろうと。

 もしそうだとしたら、俺を舐めるにも程がある。なにしろこちらは『一度死んだ』身だ。怖いのはチョコレートの中に狡猾に隠されたアーモンドだけであって、新たな人生の目標である『同盟の生存と自身の生存』を達成する為には、『多少の被害』など恐れない。もっともなるべくその規模を小さくしたいとは思うが。

 結論が出た限り、シトレにはそれなりに返事をしなければならない。事務監に校長のアポイントを取ってもらい、俺は再び校長室でシトレと向き合い、その事を話した。だが今度もシトレの返事は同じだった。

「君は明らかに軍人向きではない。トラバース法の制約がないのだから、今からでも飛び級で一般大学へ進学して、官僚でも政治家でも目指すべきだと私は考える。若干危険な面も見受けられるがまずは許容範囲だ。君にはその分野での才能と能力がある」
 一度溜息をついた後のシトレの言葉の節々に、若干なりとも苦渋が込められていることが俺には分かった。
「これは私個人の意見だ。君の人生だから君が決めることであって、私が本来とやかく言うべきことではないのも確かだ。だが軍という組織は、君の貴重な才能と能力を潰す可能性の方が極めて高い。敵の砲火が先かもしれんが。……まぁ軍組織の中で高位にいる私がこう言うのもおかしな話だがね」

「……自分は軍人ではなく政治家向きだと、仰られるのですか? おべんちゃらを駆使できるほどこの口は達者ではありませんが」
「おべんちゃらを言うだけが政治家の適正ではない。君には国家戦略レベルの視野があり、自由惑星同盟と民主主義という制度を守るという最優先目標を見失うことのない意志があり、目標に向かって努力するという才能があり、士官学校校長に真っ向喧嘩を売るだけの度胸があり、そして人が死ぬという戦争という社会現象を必要と知りつつも心底嫌っている。そういう人間が簡単に戦争で死なれては国家にとっての大きな損失だ」
 そこまで言って、シトレはその長身を椅子から持ち上げ、俺の目の前まで歩み寄ると真っ正面に立つ。前世では一七〇センチだった俺の身長は、一六〇センチを若干越えたばかりであったから、二メートルのシトレが目の前に立つと、完全に仰ぎ見る形になる。
「君が一般大学に進学し、官僚で実績を備え、政治家として最高位になるにはあと三〇年は必要かもしれない。だが、その三〇年後から同盟が帝国とほぼ同レベルか若干上回る国力を手に入れる道を歩みはじめる」
「それは買いかぶりすぎです。校長」
「そう買いかぶりでもないさ。もし君が二人いるなら、一人は軍人として統合作戦本部長、もう一人が最高評議会議長となってもらい、二人で同盟を切り盛りしてもらいたいものだ。もっとも私は君の指揮下では戦いたくないから、その頃には故郷で養蜂でもしているがね」

 ここで俺が原作の知識を披露できたらどれだけ気が楽になっただろう。一八年後に同盟は帝国に無条件降伏。一九年後には滅亡すると。滅亡から逃れるためには金髪の孺子を確実に倒さねばならないことを。

 だがここで「私は別世界から転生してきた人間で、これから未来はこうなります」などと言えば、正気を疑われる事は間違いない。シトレの俺に対する評価は地に落ちるし、下手をすれば放校処分だ。

 またたとえ政治家に転身したとしても、ジェシカ=エドワーズと同じように議員になることは出来ない。まず彼女と俺とは明確に政治スタンスが異なる。与党政治家としての道を進んだとしても、帝国領侵攻前に最高評議会の席に座ることは不可能だろう。分厚い評議会議員候補が俺の前に並んでいる。トリューニヒトのケツを舐めるというのであれば、もしかしたら可能性もあるだろうが。

「自分は軍人の道を進みたいと思います」
 俺の言葉に、シトレは心底残念そうな表情を見せた後、俺の両肩に大きな手を乗せて言った。
「それも君の意志だ。尊重しよう。アントンも妙なところで頑固なところがあったが、やはり君は彼の血を引いているな」
「ありがとうございます」
「では今日これから、私と君は士官学校の校長と一候補生だ。分かったな?」
「承知しました。シトレ校長閣下」

 俺は久しぶりに気合いの入れた敬礼を、シトレに向かってするのだった。

 
 
 

 
後書き
2014.09.27 更新 
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