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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth11民草よ聴け・其は神よりの告知なり~MinareT~

夜天に浮かぶ月と星々の明かりが地上をうっすらと照らしている今は真夜中。
シュトゥラとの国境とは真逆であるイリュリア西部に在るトゥルム海の離島へと、イリュリアの技術部や騎士団が今までにない大規模な人員移動を行っていた。騎士団の中には、二度に亘ってオーディン達に苦汁を舐めさせられたファルコ・アイブリンガーの率いる、新たに再編された地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンも姿が。
そして、かつて起きた“大戦”に参加していた魔術師であり騎士でもあった、鮮血姫シリア・ブラッディアの末裔――ウルリケ・デュッセルドルフ・フォン・ブラッディアの率いる改造獣(キメラ)のみで構成された狂いたる災禍騎士団プリュンダラー・オルデン。その2つの上位騎士団も含め計8つの騎士団が海岸に集い、島へと船で渡っていた。

「ミナレットの稼働・・・ようやくイリュリアによるベルカ奪還・統一が見えてきたかしら」

「だな。エテメンアンキは放置していた期間が長過ぎて調整に時間が掛かるようだが、ミナレットの方は随分と前からテウタ陛下が部下を回して調整していたようだから、こうして1ヵ月と掛からずに実戦運用が可能段階にまで持って来れたって話だ」

「エテメンアンキは王都に在るから、ミナレットのように隠れて調整することが出来なったのね」

「こんな田舎にまで気を回す余裕が無かっただろうしな」

ファルコとウルリケが島の上空を見上げながら、そう思いを馳せていた。そこに、「おい、サボってんなよ、盟友ファルコ、盟友ウルリケ」と叱責するような声が2人に掛けられた。ウルリケが「盟友フレート」とその男の名を告げた。
テウタ派の上位騎士団の騎士団長フレート・ベックマンだ。彼のすぐ側には小人が1人、ふわりと浮遊している。融合騎プロトタイプの一体、強化の融合騎ツヴァイだ。その融合騎が「フィーアとフュンフもいねぇじゃん。主従揃ってサボりか?」と、ファルコの融合騎・風のフュンフ、ウルリケの治癒の融合騎・フィーアの姿が無いと嘆息。

「ツヴァイ。2人は調整中で、すでにミナレット内の技術室だ。あと、盟友フレート。俺たちはサボってたわけじゃない。休憩中だ」

「そうかい。ま、このくだらない争いもやっと終わると思えばのんびりサボりたくもなるよな」

「話を聴けよ、おい。たく・・・で? 俺とウルリケに何か用か?」

「んあ? あーそうそう。先ほど、王都から伝書鳥が来てな。テウタ陛下と総長閣下からの指令だ。明日の正午、ミナレットの第1撃目をシュトゥラ、間髪入れずに三連国(バルト)の主格ウラルに2撃目を撃ち込む」

「ともにイリュリアの統一を拒む最大勢力、ね」

「個人戦力では圧倒的な魔神の居るシュトゥラ。兵力ではイリュリアと同等かそれ以上のバルトを治める三連王のひとり、雷帝ダールグリュンの国ウラル。この2発で決まれば、あとは対した弊害にならないな」

「問題は、アウストラシアの聖王のゆりかごだ。ミナレットでも撃沈させる事が出来るとは思うが――」

「可能ならばエテメンアンキが使えた方が良いと思うわ」

「エテメンアンキは今も陛下たちが調整している。それまではミナレットで凌ぐしかないだろう」

高位騎士3人は改めて島の上空を見上げる。そこにはただ星空が広がるだけだ。しかし実際、そこには・・・

†††Sideシャマル†††

私たち“闇の書”とその守護騎士がオーディンさんの元に転生してからもうひと月ちょっとが経過した。戦乱期という事もあってやっぱり戦いがあるけれど、それでも以前までなら考えられない程に笑顔に包まれていて、とても穏やかな時間を過ごしている。
普通の暮らし、とでも言うのかしら。魔導を活かした医者というお仕事、温かい食事とぐっすり眠れる場所、選り取り見取りな衣服・・・そして、家族。普通なんてものじゃない。幸せな暮らしだと、私はハッキリと言える。

「ふぃ~、良いお湯だったぁ~♪」

「真昼間から風呂に入ると、なんかいつもと違うから余計に気持ち良いな♪」

アギトちゃんとヴィータちゃんが露天風呂をお昼から頂いた事で、気分が高揚しているよう。そういう私も実は一緒にお風呂を頂きました。だって・・・

「ツイてないと思ってたけど、お昼からお風呂に入れるなら悪くないかも」

「まったくだ。アイツらが泥を跳ね上げるから、あたしらは泥塗れになっちまったけどな。ま、その代わりこうして綺麗サッパリになったんだ」

ヴィータちゃんの言う、アイツら、というのは騎士教室生たちの事。魔導の練習で、魔力を暴発させて泥の水たまりを爆発させちゃった事で、近くに居た私たちは遇えなく泥塗れに。空いた時間、見学をしていなければ巻き込まれなかったけど、こうしてお風呂を頂く事もなかった。

(んん~、不幸中の幸い、というものかしら?)

「マイスタぁ~~、髪乾かしてぇ~♪」

アギトちゃんが甘えるようにオーディンさんの元へと飛んで行く。男性用浴場と脱衣室に合流できるラウンジのソファに、私たちの主であるオーディンさんが座って、自分の髪を乾かしていた。オーディンさんもその場に居たから泥水を被って、私たちと同じように入浴する事に。

「いいぞ。ほら、おいで」

「ありがと、マイスター❤」

側に飛んできたアギトちゃんを迎え入れるようにオーディンさんが快諾すると、アギトちゃんは「ヴァクストゥーム・フォルム♪」そう言って、体格を小人サイズから10歳くらいの人間の子供の大きさにまで変身した。アギトちゃんの、オーディンさんを膝枕する、という夢の為(もちろん他にも理由は在るようだけど)に組んだ術式って言ってた。

「マイスター、膝の上に座ってもいい?」

「ああ、どうぞ」

ちょこんとオーディンさんの膝の上に座ったアギトちゃんは本当に幸せそう。そしてオーディンさんは左手に櫛、右手から魔導で温風を生み出して、アギトちゃんの長く綺麗な紅い髪を乾かしながら櫛で梳いていく。
次第にアギトちゃんは「ふにゅ~」ウトウトしだす。その都度、「寝ちゃダメだぞ、アギト」って言われて「寝てないよ」って返す。そんなやり取りを繰り返して、最後にアギトちゃんの髪を両耳の後ろで結って終わり。アギトちゃんが元の姿に戻ったところで、「オーディン、あたしもやってもらっていい?」ってヴィータちゃんが駆け寄ってく。

「ああ、もちろん。ほら、隣に座って」

「お邪魔しま~す」

ヴィータちゃんも、櫛で梳かれる度に気持ち良さそうに目を細めてる。ちょっと羨ましいかも。でもでも、私はもう大人なんだし、そんな子供っぽい事をお願いするのもどうかと思うし、あぁでも気持ち良さそう。
ううん。ここは大人として・・・「はい、終わり」とオーディンさんがヴィータちゃんを送りだす。あ、どうしようどうしよう。お願いするなら今。あぁでも大人として・・・うぅ、でもやってもらいたい。

「どうしたんだよ、シャマル。さっきからうんうん唸って」

ヴィータちゃんが不思議そうに私を見上げていて、アギトちゃんも小首を傾げて見てくる。そしてオーディンさんは、「さてと」と言って、ラウンジを後にしようとした。恥も外聞を擲ってお願いするか。それとも諦めるか。私は「あのっ・・・!」前者を取った。
オーディンさんが私に振り向く。意を決して「私の髪もお願い出来ますかっ?」乾かしてもらえるようお願いする。すると「いいよ。さ、こっちに座って」オーディンさんは笑顔で快諾してくれた。
そうして私もオーディンさんに髪を乾かしてもらった。とても気持ち良くて、本当に眠ってしまいそうだった。それから昼食を頂くために食堂へ向かう途中で、シグナムとザフィーラとシュリエル(3人は離れていて泥を被らなかった)と合流。

「どうかしましたか? 我が主」

私たちの一番後ろを歩くザフィーラが、私の隣を歩いているはずのオーディンさんにそう尋ねた。オーディンさんは窓の前で立ち止まっていて、雲一つとしてない青天を見上げていた。
私たちも立ち止まって、そんなオーディンさんの元に集まる。シュリエルが「オーディン・・・?」ともう一度声を掛ける。ようやくオーディンさんが「ん? あぁすまない」と反応。改めてザフィーラが「空がどうかしましたか?」と尋ねる。

「・・・胸騒ぎが、な。昔にも似たような感じの胸騒ぎを得た事があったのを思い出していたんだ」

そう答えた。私たちも倣って窓から空を見上げてみる。もちろん私たちはオーディンさんじゃないから胸騒ぎは起きない。

「・・・気の所為かもな。すまない。さ、エリーゼ達が待っているかもしれなから行こうか」

オーディンさんはかぶりを振ってから歩き出し、私たちもそれに続こうとしたその直後、何かが空を切って近付いて来る音が聞こえてきた。それだけじゃない。とんでもない魔力も一緒だ。オーディンさんは側の窓を乱暴に開け放って外に出て、屋敷の屋根の上へと跳んだ。
私たちも窓から外に出て、オーディンさんに続いて屋根に上る。オーディンさんは空を見上げて「今のは砲線・・・!」と呟いていて、私たちも空を見上げる。砲線は見る事が出来なかったけど、その代わり「なにか来るぞッ!」ヴィータちゃんが叫ぶ。イリュリア方面から、さっき感じたものと同じ強大な魔力が近付いて来るのが判る。

「砲撃だッ!」

「デケェッ!」

それは巨大な青紫色の魔力砲撃だった。砲撃はアムルの上空を突っ切って行く。アギトちゃんが「ミッテ領の方に向かってる!」って、王都ヴィレハイムに隣接するミッテ領を指差す。まさかこんな手段を使ってシュトゥラに攻撃を加えてくるなんて思いもしなかった。

「私たちを突破できないと踏んで、直接あのような王都に手を使う事にしたようだな・・・!」

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

オーディンさんの背中に12枚の蒼い剣の翼、そして細長いひし形の翼が10枚と展開された。空戦形態ヘルモーズとオーディンさんが言う、空に於いて最高速の移動を可能とする魔導だ。私は「どちらへ!?」と訊くまでもない事をオーディンさんへと尋ねてしまった。

「もちろんミッテ領にだ!」

そう答えたオーディンさんが空へ上がろうとした時、砲撃が消えていった空の向こうから、砲撃が返ってきた。魔力の色からしてさっきの砲撃なのは間違いじゃないけれど、どうして戻って来たのか、どうして小さくなって幾つもの砲撃に分かれているのか、判らない。
でも今はあの砲撃がアムルに着弾しないようにしないと。そう思ったら、みんなも一斉に騎士甲冑へと変身して、こちらに向かってくる3本の砲撃へ飛び立った。アムルを出、背後に在るアムルを護るべく、砲撃を迎え撃つ準備をする。

「私が2つ受け持つ。君たちは残りの1つの防御を頼むぞッ!」

オーディンさんがかなり無茶な事を指示してきた。たった独りで艦載砲以上の魔力砲を2つも防ぎきるなんて出来るわけがないって思ったけど、シュリエルが「判りました」と応じ、“闇の書”の頁を開いていく。それを見てオーディンさんは「頼んだ」と言って、この場から飛び去って行ってしまった。止める事は出来なかった。

「オーディンなら大丈夫だ。信じろ。あの方の魔導に、不可能な事はない」

シュリエルにそう言われた私やみんなは黙る。色々と訊きたい事もあるけど、そんな時間がないのも確か。とりあえず今は砲撃の対処だ。シュリエルから「みなの魔力を貸してくれ」と、“闇の書”に魔力を送るようお願いされた。
オーディンさんから蒐集した魔導を使うみたい。でも、“闇の書”に貯蓄された魔力を使うと、シュリエルが具現できる400頁を切るらしい。だから私たちの魔力を流用するとのこと。私たちはすぐに頁が開かれている“闇の書”に触れて、魔力を送る。

「よし。いける。・・・女神の護盾(コード・リン)!」

シュリエルが魔導を発動する。オーディンさんの魔力の色と同じ、魅了されてしまう綺麗な蒼の光が、私たちと砲撃の間に生まれる。光は円い形を取り、その中央に女性が祈る姿の模様が描かれる。神々しい。その一言だけしか頭の中に浮かんでこなかった。
そして着弾。ビリビリと衝撃が私たちを襲うけれど、でも砲撃は障壁コード・リンを突破できず、少しの間拮抗することに。私たちは魔力を送り続け、そしてようやく砲撃は途切れた。

「おお、あんなに強力な砲撃を本当に塞ぎやがった」

「当然だ。オーディンの有する防御の魔導の中でも最硬度のものだ」

「ならば主オーディンの方もこの魔導を・・・?」

「おそらくな。それに、オーディンには魔力を吸収し、自らの魔力へと変換できる魔導もある。純粋な魔力砲なら防御せずに吸収すれば、魔力供給と防御が同時に行える」

砲撃を防ぎきった事を確認して、シュリエルはコード・リンを解除。オーディンさんが向かっていった場所は静か。たぶんシュリエルが言うように今の魔力砲を吸収したのかも。そう思ったのも束の間、オーディンさんが居る地点から空に向かって砲撃が幾つも放たれ始めた。
様子がおかしい。「マイスターっ!」アギトちゃんが真っ先に飛んで行った。私たちも後に続く。オーディンさんとアギトちゃんの姿を見つけた時、アギトちゃんは地面に座り込んでいて、オーディンさんはそんなアギトちゃんに「心配かけてごめんな」って謝っている最中だった。

「オーディン、これは・・・?」

「ん? あぁシグナム達か。いや、私の身に何かがあったんじゃないかって心配して飛んできたようなんだ・・・って、もしかして君たちもか?」

「ええ、まぁ」

「そうか。それは心配を掛けてすまなかった」

「あの、オーディンさん。先程の空に放っていた砲撃は、一体どういう・・・?」

そう尋ねると、オーディンさんは気まずそうに答えてくれた。砲撃の1発は、シュリエルと同じコード・リンで完全防御して、2発目はコード・リンで使った魔力を補うために、魔力を吸収するコード・イドゥンを使ったとのこと。
でも、吸収したのは良いけどあまりに魔力量が多すぎて、核が暴走しそうになった、と。それで過度に吸収した魔力をどうにかするために、砲撃に変換して消費したという事みたい。とりあえず無事で良かったと思う。

「無茶はしないでくださいね。オーディンさんの身に何かがあれば、私たちにも影響が出るんですから」

人差し指を立てて、めっ、と注意。「あ、そうだよな。すまない」と謝るオーディンさんに、「はい。許します♪」と笑顔を返す。主であるオーディンさんが亡くなれば、“闇の書”は新たな主を求めて転生する。それはつまり、私たちの今の幸せな時間も終わるということ。それだけは嫌。みんなが笑っていられて、そして私たちの優しい主オーディンさんが側に居てくれる、そんな時間が終わるなんて考えたくもない。

「しかし、あの砲撃。イリュリアからのものだが。あのようなモノ、どうやって・・・?」

「ああ。それに、どうして今まで使わなかったのか・・・?」

「疑問は尽きないが、私はとりあえずミッテ領へ向かう。念のためにシャマル、君も来てくれ」

「あ、はいっ」

「私とシャマルは先行する。すまないが誰かひとり、医療品を後でミッテ領にまで持ってきてくれ」

「判りました」

「それとあと、次の砲撃に備えてアムルに防御結界を張って行くから、防衛に出ないように」

オーディンさんはそう言った後、「我が手に携えしは確かなる幻想」と何かしらの呪文を唱えた。するとオーディンさんの手に一振りの剣が現れた。ソレを「シグナム。私が居ない間、みんなの将として、これを君に預けておく」とシグナムに手渡した。

「この剣は?」

「今から私が張る結界の制御キーと言ったところか。事態が明確になるまで結界は解除しないつもりだ。だがそうなるとアムルから入出できない事になる。それを防ぐためのその剣だ。結界の一部分にだけ穴を開ける事が出来る」

「なるほど。出入りしなければならない者が出た場合、その者が出れるだけの穴をこの剣で作るというわけですね」

「そういう事だ。ちなみに結界に穴を開ける度に魔力は供給してほしい。結界を維持するのに必要だからな」

「判りました。不肖シグナム。オーディンの不在時のこの務め、みなの将として果たさせていただきます」

「ああ、頼むぞ。エリーゼ達への事情説明も任せる。シャマル。急ぎたいから掴まってくれ」

私は「はいっ」ってオーディンさんに抱きつく。そして「それじゃ行ってきます」ってシグナム達に告げる。これから向かうのは、もしかしたら凄惨な現場かもしれない。アムルのように私たちが護ることが出来た街が、そう多いとは思えない。

「行くぞシャマル」

「いつでもどうぞ!」

一瞬の浮遊感。気付けばそこはもう空の上。そしてオーディンさんは「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」とさっきとはまた別の呪文を詠唱。

「結界王の名の下に、その力を揮え」

――広域守護結界(インヴィンシブル・ガーデン)――

その直後、オーディンさんから強大な魔力が発せられ、そして桃色に光り輝く半球状の膜が展開、アムル全体を覆った。「ぅく・・・」と呻くオーディンさん。「大丈夫ですか!?」と慌てて尋ねると、「問題ないよ」と苦笑で答えた。
絶対に問題なくない。でも、今のオーディンさんに何を言っても無駄なことくらい、もう理解してしまっている。だから「お願いですから記憶障害が起こってしまうような無理はしないでください」と懇願。

「シャマルは注文が多いな」

「当たり前です」

オーディンさんが「善処するよ」と言った後、ミッテ領に向かって飛行開始。ミッテ領へと向かう最中「酷い・・・!」空から見るとよく判る。大地の至る所に大穴が開いていた。あの砲撃の着弾痕。こんな破壊を撒き散らす、イリュリアの砲撃・・・・許せない。
私の背に回していたオーディンさんの腕に力が籠る。チラッとオーディンさんの顔を見上げる。歯を食いしばって、「ふざけるな・・・」と怒りに震えていた。ミッテ領に入る前、ラキシュ領内だけでもう被害の深刻さが充分伝わった。私とオーディンさんは見た。燃える村・・・酷い有様だった。ラキシュ領本都とアムルに間に在るその村は、アムルへ来る行商人が立ち寄る休憩の場として名のある村だった。

「・・・シャマル。負傷者を捜すぞ。見つけ次第、すぐに治療を開始する」

「はいっ、了解ですッ!」

私たちは別れて負傷者を捜索し始める。瓦礫のの隙間から人の上半身が見えたからすぐに向かう。けど「こんなの酷過ぎるわ・・・。こんな小さな子供まで・・・」すでに息絶えている男の子の上に乗っている瓦礫を退かす。するとその子を護るかのような女性の体が瓦礫の下から現れた。たぶん母親。でもその女性もすでに・・・。

「誰か! 生きている方は居ませんかっ! 誰かっ! お願いっ、応えてっ!」

必死に叫ぶ。耳を澄まして、また叫んで、また澄ませて・・・でも、返事は無い。瓦礫の山を歩き続ける。そこに『シャマル。次へ行こう。この村に、生存者はいない』という思念通話。『でも!』私はそう反論してしまう。まだ、まだ生存者が居るかもしれない。だけど『シャマル!』というオーディンさんの大声で、ビクッと肩を竦ませてしまう。

「・・・シャマル・・・・行こう」

「オーディンさん・・・私・・・」

いつの間にか私の側まで来ていたオーディンさんが、私の肩に手を置いた。私はたまらずオーディンさんの胸に飛び込んだ。悔しい。何も出来なかった。そっと抱きしめ返してくれるオーディンさん。

「シャマル。辛いだろうが今は、別の街へ行って生存者を見つけて、治療した方が良い」

「・・・・はい」

私から離れたオーディンさんが改めてヘルモーズを発動。私は袖で涙を拭って、もう一度オーディンさんに抱きつき、そして次の街へと向かう。オーディンさんの体にしがみ付いてラキシュ領本都上空へ辿り着いたその時・・・・

◦―◦―◦―◦―◦―◦

――イリュリア西部・トゥルム海・離島

イリュリア騎士団の一部と技術部が大移動を行った島に、昨夜には無かったモノが存在していた。ソレは、超が付く程の巨大な大砲だった。直径1kmはあるだろう回転床の上に鎮座している砲台。巨大な砲台より伸びる砲身は2つあり、下段・約150m程の長さで、上段は100m程だろう。
その2つの砲身を生やしている砲台は花の根のように四方八方に足を伸ばし、回転床にしっかり根を張っている。回転床周辺にある施設内。そのミナレット制御室に、フレート、ファルコ、ウルリケの姿があった。

「フェイルノートおよびカリブルヌス、第一波・第二波、正常に射出。シュトゥラ、ウラルでその威力を発揮した模様!」

ミナレットの管制班全員から「おおおおおっ!」と歓喜の声が上がる。シュトゥラに1発、ウラルにも1発と放たれたミナレットの砲撃は、両国に甚大な被害をもたらしていた。そして「フェイルノートの再装填完了」という報告が、この場の将であるフレートに告げられる。また別の管制官から「カリブルヌスの魔力充填も完了です」と報告が続けられた。フレートはその報告に頷き、「よし。念のために、もう一度シュトゥラへ放つ」と指示を出す。

「了解。ミナレットを82度右旋回、目標・シュトゥラ」

「ミナレット、82度右旋回、了解」

回転床の上に鎮座するミナレットがゴゴゴゴと轟音が立てながら旋回し、その砲口を再びシュトゥラ方面へと向けた。

「フレート団長。全行程、完了です」

「フェイルノート・・・・次弾発射カウントダウン!」

「フェイルノート、発射カウントダウン」

「フュンフ、フィーア、ドライ、ツヴァイ、アイン、発射(フォイア)!!」

フレートの指示の下、ミナレット下段の砲身から1発の砲弾が発射された。フェイルノートと呼称されていた物だ。フェイルノートは一直線にシュトゥラへと飛行。遅れて「カリブルヌス、発射!」少し遅れてフレートがそう指示を出し、ミナレット上段の砲身から青紫色の、強大かつ巨大な魔力砲が放たれた。
フェイルノートとは、魔力反射鏡砲弾とも言われる特殊な砲弾だ。目標地点まではそのまま飛行し、目標地点付近で魔力を反射する無数の鏡として炸裂し、遅れて放たれてきた魔力砲カリブルヌスを反射し拡散、周囲一帯に無差別着弾させる。アムル上空を過ぎ去ったはずの砲撃カリブルヌスが、いくつにも分かれて戻って来たのはこの所為だった。

「さすがの魔神も、カリブルヌスを防ぐ事は出来んだろうな」

「艦載砲とは正に格が違うしな。もしカリブルヌスすらも防ぐようなら、あとはエテメンアンキだけになってしまうけど・・・」

「そこまで追いつめられるイリュリアなら、もう先が見えてしまうわ」

ウルリケは思う。どれだけ強かろうが人間相手にエテメンアンキを使わざるを得なくなった時、イリュリアの行く末はもう暗いものだと。そこに「魔神はどう動くかしら。ねぇフィーア姉様」と少女の声が管制室に響く。その少女は扉の前に居た。
肩紐の無い迷彩柄のタンクトップにホットパンツにブーツという格好で、髪は綺麗な翡翠色のショートカット。ココアブラウンの鋭い双眸を有する、風の融合騎プロトタイプ・フュンフだ。
彼女の側には、完全肩出し(ビスチェ)の白いワンピースに真っ赤な靴という格好、ふくらはぎまで伸びる髪は瑞々しい黒、茶色い双眸の少女。
ウルリケの融合騎として登録された、変換資質も無ければ攻撃魔法も有さない純粋な強化・補助に特化した機能を搭載された融合騎プロトタイプ0004。四番騎として開発されたフィーアは、妹の問いに「わたくしはお会いした事がありませんからよく解りません」と首を横に振った。

「おそらくアムルを出て、被害の出た街に赴いて救援活動、と言ったとこだろう」

「盟友フレート。どうしてそう思うのかしら?」

「異世界人である魔神は、わざわざ無関係な戦争に首を突っ込んでいる。そんなお人好しが、被害の出た街を見捨てるはずはない」

「なるほど。じゃあもしかしたらアムルは隙だらけかもしれないな」

ファルコのその一言が、フレートの耳に残る。そして、フレートは「王都へ伝書鳥を飛ばせ」と命を下した。

†††Sideオーディン†††

ラキシュ領本都へ辿り着いたその時、何かが近付いて来ているのが魔力反応と風切り音で判った。空を見上げ、その何かを視認。さっきは砲線しか確認できなかったが今度は違う。ソレはガラスのような砲弾だった。その砲弾はいきなり爆散。いくつもの破片となって空に咲いた。
砲弾に遅れて、青紫色の砲撃が飛来。砲撃は空に咲いている破片に着弾し・・・四方八方に拡散した。あぁくそ。そういう事か。「シャマルっ、自立飛行!」返事を聴く前にシャマルを離す。シャマルはちゃんと自力で空を飛び、「無理はホントにダメですよッ!」と必死な忠告を言ってきた。だが、今度ばかりは無茶も無理もしなければ、ラキシュ本都が死の街と化してしまう。

「・・・今度は一体どの記憶を失うんだろうな・・・!」

――女神の祝福(コード・イドゥン)――

――女神の護盾(コード・リン)×3――

街に着弾する軌道を取っている4本の砲撃に、コード・リンとコード・イドゥンを発動。1発目をイドゥンで吸収し、間髪入れずにリンを同時に3枚展開する。吸収し続けている魔力を3枚のリンに送り続ける。胸や頭に痛みは・・・来たッ。「づっ・・・!」痛みに耐える。そこに、ピシッ、と今一番聴きたくない音が耳に届いた。見れば1枚のコード・リンにヒビが入っていた。まずい。そう思った時、

「クラールヴィント!!」

――風の護盾――

シャマルが砕け散る寸前のコード・リンに重ねるようにして風の護盾を発動。シャマルこそ無茶はするな、と言っていやりたいが・・・意識が僅かに飛んだ。

――セインテスト君はみくるちゃんと同じ、ミニスカサンタの格好ね♪――

涼宮ハルヒ・・・。女装ばかりさせられた、あの日々の恨みを忘れる日が来るとは。

――悪いな、セインテスト。アイツに機嫌損ねたらまずいんだわ――

キョン・・・、裏切り者め・・・。

――セインテスト君、女の子みたいで可愛いです~♪――

朝比奈みくる先輩・・・、君より身長が低いとはいえ俺は男だ。まぁハルヒの思いつきに振り回される一番の被害者同士、仲は良かったな。

――異世界人であり、世界に認められている正真正銘の神。いやぁ、僕は凄い方と机を並べているんですね――

古泉一樹。まぁ君とはそれなりに良い関係だったな。

――情報統合思念体は、あなたを危険視している――

――だから、危険度を測るために・・・私たちと戦ってもらうわね――

長門有希、朝倉涼子・・・。あの2人を同時に相手したのが一番キツかったなぁ。そんな良くも悪くも多くの思い出。みんなの顔が消えていく。そして理解する。また何かしらの思い出を失ったのだと。もう思い出せないが、別段困るような――どちらかと言えば忘れたかった思い出を失った感じがする。
意識が現実に戻り・・・「シャマルっ!?」倒れているシャマルへと駆け寄って抱き起こす。シャマルも彼女が着ている騎士甲冑もボロボロだ。あぁくそ。砲撃を防ぎきれなかったんだな。

「すまない、シャマル・・・」

「・・・私は・・・大丈夫、ですから・・・そんな顔、しないで・・・ください・・・」

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

治癒術式ラファエルを発動し、シャマルのダメージを回復させていく。ある程度回復した時、「私の事より街の人の事を」とシャマルが私を行かせようとする。しかし「家族を置いていけるかっ!」そう怒鳴り返してしまう。

「家族と言ってくれてすごく嬉しいです。ですけど今は、医者としての務めを果たしてください」

「っ・・・、シャマル、本当に大丈夫なのか・・・?」

「もちろんですっ。私は守護騎士ヴォルケンリッター、湖の騎士シャマル。治癒と補助はお任せあれ、です♪」

明らかに無理をしているのが判るのに、もう何も言えない。シャマルをそっと横たえ直し「行ってくるよ」と告げると、シャマルは「私もすぐに追いかけます」と笑みを浮かべ、静かなる癒しを自分に発動した。後ろ髪を引かれる思いでシャマルと別れ、火災の起きている区画を目指す。
火災地区に到着すると、そこにはすでに本都の防衛騎士団の面々が居て、消火活動や負傷者救助を行っていた。ここへ来た事情を、現場の指揮をしていた小隊長に告げ、続々と救助される負傷者の治療を開始。しばらく後、復活したシャマルも救援活動を開始した。

(一体どれだけの死者を見ただろうな・・・)

僅か30分足らずで3ケタ近い死者を見た。老若男女を問わず、砲撃によるもの、火災によるもの、瓦礫によるもの、様々な死因で亡くなってしまっていた。

「騎士オーディン!」

「? バーガー卿!」

私の元へ駆け寄って来る1人の青年。ラキシュ領領主バーガー卿。前領主シュミット元伯爵の代わりとして、クラウスが寄越した男だ。「わざわざお越しいただいて申し訳ありません」と謝るバーガー卿に、「ラキシュ領に住まう一員として当然だ」と告げる。
そうとも。もう私はベルカ統一戦争に一歩も二歩も踏み込んでいる。今さら無関係面など出来ない。最前線で騎士団の士気向上の為に指揮をするというバーガー卿と別れ、次の区画へ移動し、負傷者の治療を始めたところに、

『オーディン、今よろしいですか?』

『シグナムか。どうした』

『申し訳ありませんが、医療品のお届けは難しそうです』

シグナムから思念通話。その様子がおかしく、冷静さの中に焦りのようなものも見せている。シャマルにも繋がっているようで、私が訊き返す前に『どうしたの?』とそう尋ねるシャマル。それに応えたのはシグナムじゃなく、『イリュリアの侵攻です』シュリエルだった。
シュリエルによれば、シュトゥラの混乱に乗じてイリュリアの騎士団が侵攻してきたそうだ。私が居ない事を知っていたのか、それとも所在など関係ないと腹をくくって突っ込んできたか。どちらにしても侵攻して来たのは違いない。

『アムルの結界は機能しているか?』

『はい。ですが、問題はそれではないのです』

『籠城を選択した場合、イリュリア騎士団はアムルを通過して、そのままそちらへ進軍する可能性が・・・』

ハッとする。シグナムの言う通りだ。今までイリュリアはシュトゥラへ進軍するためにアムルへ来ていた。それを食い止めていたのが私やアギト、国境防衛騎士団。そして今ではシグナム達と共に作ったグラオベン・オルデン。それが今、砲撃に備えて籠城する事になったアムルへわざわざ攻撃を仕掛けるかどうかとなれば、可能性としては低い。

『でもそっちにオーディンが居るから、あたしらはどうしようかって話になってるんだけど』

『私の意見としては、オーディンとシャマルは救援に力を割いているかと思いますので、我々が結界外に出、迎撃に赴こうかと』

シュリエルの意見は判った。そしてシグナムの意見が『私はオーディンより結界の制御を任されていますから。ですがオーディンが許可してくだされば、制御をアンナに任せ、出陣する事も出来ます』というものだ。負傷者の治療を続けながら、2人の意見を実行させた場合の事を思い描く。シュリエルの広域攻性術式があれば、並の騎士が集まったところでまず勝てないだろうな。

『グラオベン・オルデン。イリュリア騎士団を迎撃し、侵攻を食い止めろ』

『『『『『了解!』』』』』

イリュリア騎士団の事はみんなを信じ、任せよう。私とシャマルはそのまま救援活動に専念。そしてしばらく。「騎士オーディン」と私を呼ぶ声が背中に掛けられた。振り向いてみれば、そこにはクラウスの側近の青年騎士が居た。確か名は・・・

「ライナー・フレイジャー卿」

子爵の爵位を持つ騎士だ。濃い緑色の髪が風に揺れ、空色の瞳は私に向けられている。

「少し待っていてもらえないか」

「はい。もちろんです。お邪魔してすいません」

フレイジャー卿を待たせ、今取りかかっている負傷者の治療に専念する。治療をひと段落させてから、「どうかしたか?と訊くまでもないか」そう声を掛ける。フレイジャー卿は「あの砲撃の件で、議会は大慌てです」と僅かに焦りを見せている。
次の治療へと移りながら、少しばかり話を聴く。あの砲撃を受けたのはシュトゥラだけでなくウラルという国にも放たれたそうだ。ウラル。三連国バルトを構成している国で、雷帝ダールグリュンの治める国だったか。

「イリュリアと真っ向からぶつかる事が出来ていたのはバルトのみでした。ですが、貴方がシュトゥラに来て下さって、我々シュトゥラもイリュリアと戦い合えるようになりました」

「異世界人である部外者(わたし)が大きな顔をしているようで申し訳ないがな」

「そんなこと。・・・騎士オーディン。お力をお貸しください。このままではシュトゥラやウラルのみだけでなく、ベルカ全てが戦火に呑まれてしまいます」

「だろうな。あんな砲撃を続ければ、ベルカはイリュリアのものに・・・なる前に滅ぶな」

無差別砲撃を戦場ではなく民間人の住まう街に撃ち込むなど正気の沙汰じゃない。私とて全方位無差別連続砲撃・光神の調停(コード・バルドル)を、敵国の街だからと言って発動はしなかった。戦争だからと言って民間人を殺すまで行けば、それはもうなんの意義も無いただの殺戮だ。イリュリアはベルカを統一したいのだろうが、これでは統一どころか待っているのはベルカの終焉しかない。

「騎士オーディン。申し訳ありませんが、返答は出来うる限りはや――」

「考えるまでもない。イリュリアはもう放っておけない手段を選んだ。元々潰すつもりだったが、この一件でその意思はもっと強くなった」

「助かります。それでですが、王城の方へお越しいただけませんか?」

「それは無理だ。まだ多くの負傷者が待っている」

この街だけでなく、別の街にも多大な被害が出ているはずだ。王城に上がっている暇はない。だから断った。しかしフレイジャー卿は「すでに医療団を各街に派遣しています。ここ本都にもです」と引き下がらない。確かにさっきまで居なかった医療団の姿が目に入る。

「それだけでなく。結界術師団も派遣しています。どうか王城の方へ」

「・・・・はぁ。判った。信じるぞ、君らが派遣した結界術師団とやらを」

フレイジャー卿は「はい。どうぞご安心を」自信に満ちた声色で頷いた。シャマルに『少し王城に行ってくる。ここは任せるけど、無理も無茶もしないようにな。大事な体なんだから』と思念通話を送る。

『はい。私は大丈夫ですから、安心して行って来てください♪』

明るい声が返ってきた。まったく、私の前でまで強がってほしくないな、家族なんだから。まぁそう言われてしまった以上、大人しく向かう事にしようか。とここで、フレイジャー卿はこの本都に残ると言ってきた。
近衛騎士団の隊長クラスが、医療団や結界術師団を率いて各街に派遣されて、私と会った者がフレイジャー卿のように頼みごとをするように言われたようだ。もちろんクラウスではなく、彼の父親であるシュトゥラの王デトレフからの命だそうだ。さすがに目を付けられるよな、こんなに派手に動いてしまっているから。

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

空戦形態ヘルモーズを展開し、フワリと宙に浮く。

「それではお願いします、騎士オーディン。自分はこのまま指揮官として残留しなければならないので」

そして私は、王都ヴィレハイムへと向かう事となった。



 
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