「冥王来訪」の感想一覧

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>露助が、何もしないという保証はない。
>俺は野蛮人より、M16A1の方を信じる

もし外国からバンドもこの陣立てましたら(M16小銃に使う5.56ミリNATO弾、1200発。M79榴弾発射砲に、M72対戦車携帯ロケット砲。9x19ミリパラベラム弾を200発)、日本におけるヤクザは黙されると思います。
(注:この質問はThe Animalsバンドのエージェントは日本のヤクザに拉致されたの事件ですから。) 
作者からの返信
作者からの返信
 
1960年代の日本国内のやくざや犯罪者の武器は、旧軍関係から流出した拳銃、或いは戦前に国内で登録販売された拳銃がほとんどでした。
日本で人気があったのは小型で軽便なFN ブローニング・ベビーやコルトベストポケット、法執行機関でも広く使われたブローニングハイパワーですね。
あとは質の悪い日本刀や脇差で、たびたび段平(だんびら)と呼んだりします。

>(M16小銃に使う5.56ミリNATO弾、1200発。M79榴弾発射砲に、M72対戦車携帯ロケット砲。9x19ミリパラベラム弾を200発)、

 M-1カービンの日本国内でライセンス品である、豊和工業のホーワ・カービン(豊和M300)1本と30発の箱型弾倉が4,5本あれば十分ですよ
それに猟銃ですから弾の入手性が断然楽です。
(1960年代当時の銃器規制は、今よりも大分甘かったので、ホーワカービンの弾である.30カービン弾は銃砲店で簡単に買えました)
 
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>Шестидесятникиの件

かつて、雄渾さんは東ドイツの人々は政治を気にしなくなりと家族を大切にしていたとコメントしましたよね? 
作者からの返信
作者からの返信
 
 東ドイツの市民は1960年代以降、チェコスロバキアの改革が挫折した影響も相まって、以前に増して政治的に行動するのを控えるようになりました。
新聞や郵便の検閲は、より巧妙に、かつ陰湿になっていったので、社会的には独裁党のSEDに従うふりをして暮らすしかありませんでした。
 1980年代になると、当時の20代は、1960年代から1970年代前半に20台を迎えた戦後のベービーブーマー世代(日本だと団塊の世代から全学連世代)のように外で表立って行動はしなくなりました。
 家に近しい人間を呼んで、西の音楽や雑誌を呼んだりしたのです。
(東独は旅行者を通じてかなりの西側の雑誌や新聞が流入していました。
置き忘れを装ったり、ごみという事でホテルに”捨てて”行ったりしてかなりの数が入ったという証言があります)

 社会と隔絶して私的領域にこもる様子を、ドイツ連邦代表部代表を務めたジャーナリストのギュンター・ガウス(Günter Gaus)は、壁龕(へきがん)社会(nichengesellschaft)と名付けました。
 壁龕とは教会にみられる半球型に彫られた窪みで、そこに崇拝対象の人物像を安置しました。
つまり、東ドイツの社会では住民がシュタージの決めた規則の線を越えなければ、ある程度自由にできた体制を指す言葉でした。

 本来ならば柴犬の原作小説で語られなければならない大事な話ですが、なぜか放り投げられているのが実情です。
(手前味噌で大変恐縮ですが、)柴犬の二次小説でも私の作品だけではないでしょうかね。
 党と個人の関係、東ドイツの男女間の問題、女性の置かれた立場……
女性キャラが多いわけですから、この事は本来は避けて通れない話なんですがね。
(既婚女性が、ヒロインたちの両親しかいないというのも構造上の問題化も)
 まあ戦争小説、怪獣小説だからそんなものは余計だと言われればそれまでですが……(苦笑) 
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タイ王国とカンボジアは交戦になるとアジア大陸が将来では軍閥同士の紛争となっています。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 以前から揉めているプレアヴィヒア寺院遺跡の帰属問題が再加熱したのでしょうか。
親中派と称されるタクシンとカンボジアのフン・センの関係悪化が影響しているのでしょうか。
 東南アジアは、支那大陸の政治情勢が、地味に飛び火する地域ですからね……
まあほどほどの所で手打ちするのではと思っています。 
(非会員)
 
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>それだけで話を矮小化すべきではないと思っています。

ロシア社会は日本社会と同じくらい空虚でありますから、KGBの諜報員たちはオウム真理教のために働いていると思います(注:相互扶助のネットワークとお金が必要です)。これはカザフスタンの治安部隊がイスラム教に改宗して参加することが同じです。 
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反共産主義者は創価学会が親共産主義だと非難しますが、日本の神社本庁は創価学会のような社会活動に参加したり主催したりするのが?(注:この質問は僕の武断的な観点がもしれません。まだ、オウム真理教の台頭も日本社会の空虚さに起因だと思います。) 
作者からの返信
作者からの返信
 
>日本の神社本庁は創価学会のような社会活動に参加したり主催したりするのが
 神社本庁は日本各地にある神社を包括する団体で、創価学会や新興宗教のように積極的に活動する団体ではありません。
広報とかはしますがどちらかというと神社の参拝の仕方とか古事記・日本書紀関連の書籍の発行ぐらいでしょうか。

>オウム真理教
 これに関してはKGBの影が見え隠れしています。
ジャーナリストの一橋文哉の検証によれば、オウム事件には早い段階から旧ソ連の諜報機関が関与している面があったそうです。
 ロシアを訪問した浅原は、KGB第9総局からボディーガードを付けられ、オウムの信者は第4親衛戦車カンテミロフスカヤ・レーニン勲章赤旗師団で軍事訓練を受けていました。
オウム事件の基因は確かに1980年当時の日本の社会情勢にあるでしょうが、外国勢力とのつながりもはっきり見え隠れするので、それだけで話を矮小化すべきではないと思っています。
 

 
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>身内となれば……上司の異動ごとに芋づる式に連れて歩く

この情報は西洋文化に存在しているGodparentsのことを指します。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 ソ連時代に共産党によりキリスト教の信仰を捨てさせられたとはいえ、どうしても文化的素地として代父母の代わりになる様なものが残ったのでしょう。
勿論それがすべてとは言いません。
 ロシアの場合はかなりソ連時代の影響で非宗教化し、ロシア人のアイデンティーとしてイコンを使う事はありますが、正教会を信じている人は50パーセント弱でした。
 あとは自然環境が非常に厳しい国なので、近隣住民同士が相互扶助をしないと生きていけないというのも大きいでしょう。
それが色んな意味でコネ重視の社会になっている面は否定しませんが。

  
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>臆病な支那人

支那人は臆病なだけでなく利益追求と内部抗争に躍起になっています。例えば、中国はレアアースで欧米諸国を脅迫しようとしたが、日本はレアアースの加工技術の開発に着手してレアアースの密輸を通じて中国国内のそれぞれ派閥に収入をもたらすにいただいています。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 思うに支那人の国家に対する帰属意識とは、任侠組織に所属する博徒や渡世人のそれと変わらない気がします。
それぞれの地方組織が勝手に動いて中央に上納金を収めるという歴代王朝の仕組みと変わらないような……

 今は違うと思いますが、かつて台湾軍でも軍が独自の収益を集める組織とか専属の京劇部隊を持っていたという話を聞いたことがあります。
今もそういうのは続いているんですかね?
何分、事情に疎いので……
  
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日本やオーストラリアはアメリカの優柔不断な態度を見たので、彼らはアメリカに台湾海峡を守るという要求を約束したくありません。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 この数年来、米軍は中国からのミサイル飽和攻撃を過剰に恐れるあまり、海兵隊や太平洋に展開する兵力の再編に力を入れるようになってます。
かつてのような大規模な空母機動部隊を展開して圧力をかけるという方法が使えなくなるのでしょうね。
台湾も軍事装備の更新をしているようですが、大部分が1960年代のレベルの現状で攻撃を受けたらと考えると恐ろしいものはあります。
(臆病な支那人がそこまでの冒険をするかという疑問は別にして) 
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>どのような意図

ロシア帝国における正教精神を帯びる小説の自己犠牲精神を百合ジャンルの少女たちに投影したからです。が、ロシア帝国における正教精神を帯びる小説はツァーリを倒してロシア帝国を解体する勇気も能力もなかったために書かれた駄作だと思いますし、百合ジャンルも駄作だと思うことがあります、なぜなら、百合ジャンルの少女たちは海外の同性愛者が直面している環境と比べるので、ただの病がない呻くことだと思います。 
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>ロシア近代文学の影響は受けているでしょう

劉仲敬思想討論區でのとあるメンバーは、僕がロシアに関する決まり文句を誤用して日本に投影しているコメントを批判しました。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 2022年のウクライナ戦争以降、ロシア由来の物が過剰に政治的な意図があるものと宣伝されてしまっている面があると思います。
ウクライナの地名などは日本人にはロシア語由来の方がなじみ深く使いやすいのですが、キーウと書き換えずにキエフというと親露派とみなされます。

 言葉は個々人の背景にある思想を示すものですが、それは部分的なもので、完全には一致しません。
個別に対応しなければ、分からないこともあります。

>僕がロシアに関する決まり文句を誤用して日本に投影しているコメントを批判しました。
どのような意図があってその言葉を使ったか確認しない方も問題ではないでしょうか。
 
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>軽犯罪法第1条26号に規定されている「排せつ等の罪」

僕からツッコミ:クルド人は台湾のセデック族のように、日本に対して野蛮な誇りを示していだと思います(注:セデック・バレ)。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 トルコもクルドも元々は複数の地域にまたがって暮らしているので国家への帰属意識は日本人より低いのでしょうね。
PKK解散の話に、中東におけるロシアの影響力低下を感じましたね 
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神谷宗幣という人物は日本社会がロシア人を差別していたとコメントしました。が、Keshikはアゼルバイジャン人が親ロシア派や国内のロシア人にどのように接しているというブラックユーモアな反例で示し、日本人が国内のロシア人に対して礼儀正しすぎるとコメントしました。 
作者からの返信
作者からの返信
 
神谷宗幣氏への言及は、参院選の最中なので、差し控えさせていただきます。

>日本人が国内のロシア人に対して礼儀正しすぎるとコメントしました。
 これは多分、戦後教育で、ソ連やロシアの武力がいかに協力であり、日本が勝てないと宣伝洗脳されてきた影響もあるでしょうね。
日本人は江戸時代末期からロシア人の事を本心では嫌っていますが、簡単に武力で訴える存在なので、内心恐怖してる面と関わりたくない面があるのでしょう。
 特に戦後は、ソ連に負けたので、勝てないという思い込みが強いのでしょうね。
(ソ連の場合は停戦の一週間前に不可侵条約を一方的に断行しただまし討ち参戦でした。
ソ連が参戦したから日本が降伏したという嘘宣伝がされていますが、日本政府は既に降伏を米側に打診しており、広島原爆が落ちた段階で政府方針は決まっていました。
対ソ静謐の方針が無かったら、ソ連は無血占領どころか、満洲で大規模な被害を受けていたでしょう) 
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>日本の氷河期世代を、ソ連の60年代世代と同一視

僕のツッコミ:"時々、百合ジャンルでの少女たちはドストエフスキーやトルストイの小説に登場する忍耐強く従順なキャラクターにとても似ていると感じます。" 
作者からの返信
作者からの返信
 
 ロシア近代文学の影響は受けているでしょう。
チェーホフなどは欧米で人気が出る前から、日本の方が読まれていました。
イデオロギー関係なしに、何か日本人の琴線(きんせん)に触れる所があるのでしょうね。 
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>どちらかというと日本でも過ぎ去った考えという感じではないですか

僕の理由は日本もロシアも集団社会なので、(左翼運動が蔓延していた冷戦時代の日本社会ではない)現在の和やか日本社会はШестидесятникиらの考えに合致していだと思います。 
作者からの返信
作者からの返信
 
>現在の和やか日本社会はШестидесятникиらの考えに合致していだと思います。
 日本の氷河期世代を、ソ連の60年代世代と同一視するような視点であれば、そう見えるかもしれません。
彼等も戦後の経済発展の理想を基本に育って、バブル崩壊でその価値観が崩れ去った。
そこからリベラルな方向に走り続けている日本社会への、静かな反体制派になったと見れば、似ている存在かもしれませんね。 
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今の日本のコミュニティや社会はШестидесятникиたちの理想に適いますが? 
作者からの返信
作者からの返信
 
>Шестидесятники

 全然違うでしょう。
彼等は、第二次大戦後の変換期に現れた存在で、どちらかというと日本や欧米の60年代に出てきた団塊世代やベビーブーマーに近い感じですね。
 ロシア語のwikiですと、この60年代の世代は、1918年から1930年代とされ、「理想主義的な共産主義者」で「『世界史』と『進歩』という言葉がまだ意味を失っていなかった唯一の戦後世代」とされます。
理想と現実の乖離から隠れた反体制派になったと書かれています。
 特にこの60年代世代の最年長の部類の1918年生まれは、最前線での経験があり、平時とは違う自由な経験をした為、ソ連への大政不振が生まれたとされています。
 英語版はウクライナ民族主義がこの運動に影響されて活性化したとありますが、それも一つの影響でしょう。
 
 ともかく日本や欧米であった1960年代末の「政治の季節」に近い感じは受けましたね。
西側ではヒッピーや学生運動が盛り上がって内部闘争から失敗し、東ではプラハの春で社会主義の体制内改革がソ連の弾圧によって挫折するという苦い結末を迎えます。
 ソ連ではこの60年代の世代は、体制崩壊まで影響力を持ち続けていましたが、冷戦が崩壊した後、雲散霧消し、今ではほとんど顧みられることはないそうです。

>今の日本のコミュニティや社会はШестидесятникиたちの理想に適いますが?
 どちらかというと日本でも過ぎ去った考えという感じではないですか。
1960年代から1970年代初頭の学生運動の世代が近いかな……

 追伸:
今回のШестидесятникиの件は、作中で何かしらの話で使いましょう。
ソ連や東欧の政治史での影響は大きいですし、1970年代末から1980年代初頭の世界ですと生きた話題ですから


 
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>ロシア帝国の相続者

プーシキンとミツキェヴィチはポーランド人がスラヴ人の裏切り者だったかどうかを言い争いました。が、今のポーランドはムスリムが多いロシアよりもスラヴ人の指導者に近いと言えます。(注:トルコは汎トルコ主義とユーラシア主義を結びつけ、シベリアとモンゴルのトルコ系民族の支持を得だと思います。) 
作者からの返信
作者からの返信
 
>今のポーランドはムスリムが多いロシアよりもスラヴ人の指導者に近いと言えます。
 今のポーランドは、経済的な理由でドイツやフランスほど外人を受け入れていないでしょうし、ポーランド人自身が出稼ぎに行くほどの場所なので外人がそんなに来ないでしょう。
結果として、EU域内の方では民族主義が強くなっている面はありますね。

>ムスリム
 ロシアの場合はイスラム教の人口は多くても、思想的に影響を与えるほどの存在でしょうかね?
確かに人口増加率は脅威に思えますが、それはロシア自体が少子高齢化しているのもあるでしょう。 
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現在のボーランドは第二のロシア帝国になるのでしょうが(注:僕の意味はポーランドが人民を制圧することではなくロシア帝国のすべてを相続することです、ユーラシアニズムやキリストの辺境の防人、まだロシア文学、科学や音楽)?遠くない未来で。 
作者からの返信
作者からの返信
 
ポーランドは、近代までポーランドリトアニア大公国という強大な国家で、東欧に影響力を持っていましたからね。
西スラブの盟主的な立場として、かつてのロシア帝国の相続者ということを公言してもおかしくはない立場にはあります。

かつてのロシア帝国は、15世紀に東ローマ(ビザンチン)帝国が滅んだあと、第三のローマを自称したことがあります。
実際はそれほど東ローマの影響を受けていないのですが、そう公言して自分たちは後進国ではないということをアピールしたのでしょう。
 
 ポーランドがそういう事を言うとすれば、EUが分裂するときでしょうね。
東西では文化的差異があり過ぎるというのが現状です。 
(非会員)
 
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>衰弱死のように思えます

たしかにそうです。が、東京国際裁判はこれらの主張を受け入れず、捕虜を適切に扱わなかったとして日本軍兵士を処罰しました。 
作者からの返信
作者からの返信
 
>東京裁判
 裁判と思うからおかしいのです。
あれは軍事作戦を伴わない戦争行為です。
事後法的にはおかしい行為ですが、ああしなければ連合国側の気持ちも落ち着かせられなかったでしょう。
1952年のサンフランシスコ講和条約以降、日本は条約締結をした国との間と交渉し、戦争犯罪人とされる人物の名誉回復をしています。
国会でも戦犯の遺族も援護法の対象とされ、衆参両院はほぼ全会一致の5回にわたる赦免決議を採択しております。
(反対したのは社会党を除名された極左の労働者農民党の数名のみでした。共産党は武装闘争で無議席でした)


 
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>初耳です。

Austria Lee(現在、彼のネット名はCK−JSです)の例は浜田弥兵衛事件であり、その事件ではノイツの息子が日本で監禁する間に死亡するのは日本の虐待したとAustria Leeがそうコメントしました。 
作者からの返信
作者からの返信
 
>浜田弥兵衛事件であり、
>その事件ではノイツの息子が日本で監禁する間に死亡するのは日本の虐待したとAustria Leeがそうコメントしました。
 
単純に違う環境に移ったため、心身の衰弱から病死したのではないでしょうか。
世話する人間に言葉が通じないというのもかなりな精神的負担になりますし、当時の医療水準では気管支炎程度で亡くなることも珍しくありませんでした。

 子供一人を虐待するほど、暇じゃありませんよ。
それに人質ですから生きているほうがメリットありますから、わざわざ殺す必要ないでしょう。
現地人との間に作った妾腹の子供でしょうから、おそらく10歳になっていないでしょう。
単純に状況証拠から、衰弱死のように思えますね。

 
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1950年代以前の日本人は野蛮人でしょうが?Austria Leeは江戸時代の侍が海外でそれぞれの誘拐事件を起こし、それ誘拐事件はイスラエルのモサドよりも誇張されていたとコメントを見えました。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 1930年代の時点で日本人は、満洲の馬賊や支那にいる土匪の斬首写真を見て、引くほどでした。
支那事変中に戦地で晒し首を見て、肝を冷やしたという話があります。
 幕末の刃傷沙汰を知っている明治の日本人は、明治中期まで刀での斬り合いなどをするほど過激でした。
第一回帝国議会選挙の際は、各地で政府系の政党と野党が刀での武力衝突が起こったという記録があります。
現代人基準では野蛮でしょうが、19世紀末の欧州なども無差別テロを起こしていた無政府主義者が跋扈し、貴族層は不倫や財産権を巡って、決闘をする時代でした。

>Austria Leeは江戸時代の侍が海外でそれぞれの誘拐事件を起こし、それ誘拐事件はイスラエルのモサドよりも誇張されていたとコメントを見えました。
 
 初耳です。
17世紀初頭、東南アジアに渡った浪人(当時は牢人とも書きました)の事でしょうか。
アユタヤ王朝(現在の華人系のチャクリー王朝の2代前に存在したタイの王朝)に仕えた山田長政などは、傭兵として隣国との戦争に参加した記録はあります。
 もっとも17世紀中期以降、日本は清朝や李氏朝鮮の如く、海禁制作を取りますから、日本人はほとんど出国できませんでした。
大黒屋光太夫やジョン万次郎みたいに漂流したところを吸湿された例はありますが、それは非常に少ない事でした。  

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