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機動6課副部隊長の憂鬱な日々(リメイク版)

作者:hyuki
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第5話


1時間後。
男からの聞き取りを終えたゲオルグは尋問班の面々が待つ隣室へ向かった。

ゲオルグが扉を開けて部屋に入ると、中に居た3人の男たちが一斉に
ゲオルグの方を振り返った。
ゲオルグは彼らの顔を順番に眺めて肩をすくめる。

「以上です。 これでよろしいですね?」

自らの功績を誇ることもなく、普段と変わらない口調でゲオルグが尋ねると、
渋面を浮かべた3人の男たちは揃って頷いた。

「十分だ」

彼らを代表して尋問班の班長が短く答えた。

ゲオルグの取り調べで、テロ集団の背後にいたのは現地の行政官であったことが
判明し、情報課ではすでにその人物の調査と内偵に向けて動きだしている。

その意味でゲオルグの功績は大きいのだが、彼自身はそれを全く意に
介していないようで、無表情な顔を縦に振って尋問班の班長に向かって頷いた。

「では、後の処理はお任せしてもよろしいですよね?」

「もちろんだ。 それくらいは我々でやらせてもらう」

「わかりました。 それでは、俺はこれで」

短い言葉を交わし合い、ゲオルグはくるりと向きを変えて男たちに背を向ける。
数歩歩いて通路へ出る扉の前まで来たとき、ゲオルグは何かを思い出したかのように
”ああ、そういえば”と声を上げて足を止めた。

「これでまたひとつ貸しです。 債務超過になる前に返済してくださいね」

男たちの方を振り返りにっこりと笑ってそう言うと、
ゲオルグは扉を開けて部屋を出て行った。

扉が閉まり、どんよりとした静寂が部屋の中に戻ってくる。
ややあって、尋問班長の深いため息がその静寂を破った。

「返す言葉もないな。 我々は何かあるとすぐ彼に頼ってしまう」

「はあ。ですがシュミット3佐もよくあそこまでやれますね。
 大した役者というか、なんというか・・・」

尋問班長の言葉に続いて尋問班に所属する2尉がゲオルグの出て行った扉を
見つめながら感心したように言った。


テログループのリーダーの男は、自分が喋るまでゲオルグが仲間を殺し続けると
思って折れたのであるが、実際には彼自身以外のグループの構成員は
ゲオルグたち工作班によって本拠地を襲撃されたときに殺害されているのだから
そんなことは不可能だったのである。

そこでゲオルグは次のような手を使った。

男を拘束している部屋を出るとゲオルグはすぐ隣の尋問班の3人がいる部屋に入り、
彼らに取調室のスピーカーに音を流させるように言った。
彼らが準備を進める間にゲオルグはレーベンにある音声記録の再生を指示した。
それは、テログループの本拠地を襲撃したときに録音したグループ構成員を
殺害したときの音声だった。

そして、ゲオルグは足音や扉の開閉音・自分の声を足すことによって、
別室で拘束されている男の仲間を殺害しているさまをリアルタイムで聞かされている
という錯覚を男に起こさせたのである。


「まあ、鮮やかな手並みなのは間違いないな」

2尉の言葉に頷きつつ尋問班長はゲオルグの尋問手法をそう評した。
だがその言葉とは裏腹に表情は冴えない。
彼がこの状況をあまり快く思っていないのは明らかである。

「この事態を予想してあの音を記録されてたんでしょうか、シュミット3佐は?」

2尉の問いかけに対して尋問班長は力なく首を横に振った。

「さあな、私にも判らん。だが、もしこうなることを予測して録音していたんだと
 すると、彼の予測力は人智を超えたものかもしれんな」

そう言って尋問班長を再び力なく首を振る。

「あ、そういえば」

そのとき、その場にいるもう一人の男である尋問班の曹長が声を上げ、
班長と2尉は曹長の方に一斉に目を向ける。

「そういえば、何だ?」

曹長は直属の上司である2尉に険呑な目を向けられ、一瞬たじろいだ様子を見せたが
すぐに立て直して口を開く。

「あのですね、ちょっと前に分析班のヤツから聞いたんですが
 シュミット3佐は任務で殺しをやったときの映像を全部記録していて、
 ときどきそれを見ては悦に入ってるって・・・」

曹長がおずおずと語った内容に対し、班長と2尉は思わず息をのんだ。
それが事実であるならゲオルグは殺人を楽しんでいる、ということになる。
しばし3人の間に重たい沈黙の時が流れる。
1分ほど経ったとき、思考の海に落ちていた班長はハッと我に返った。

「その話に裏付けはあるのか?」

厳しい口調で班長に問われ、曹長は慌てて首を横に振った。

「知りませんよ、そんなこと。 自分も聞かされただけですから」

「ならこの話をするのはこの場だけにしておけ。
 下らん噂話で功績ある工作班長を中傷するようなことはくれぐれもないように」

そう言って他の2人が頷くのを確認した班長であるが、彼自身の心中にも
曹長の言ったことに対する疑いがしこりのように残ったのだった。





一方、部屋をあとにしたゲオルグは無表情な顔で足早に通路を歩いていた。
諜報課のオフィスに入ると、自分のデスクに向かってすたすたと進んでいく。
そして自分のデスクに座ると端末を開いて画面をぼんやりと眺めつつ
椅子の背に体重を預けて大きく息を吐き出した。

腕組みをしてうつろな目を端末の画面に向けていたゲオルグであったが、
しばらくすると両手で自分の顔を挟みこむようにパチンとたたいてから
端末に向きあって事務仕事を処理し始めた。


班長としてのゲオルグの仕事は意外と多岐にわたる。
約20名からなる工作班全員の労務管理、体調の把握、訓練・教育計画の立案と実行
などなど、いわゆる管理職としての業務が日常業務の大半を占める。
それに加えて情報部内外の他部署との折衝、予算管理などもゲオルグの職務である。

ゆえに出動のない日常からして彼自身は結構多忙である。
もっとも、補佐役のシンクレアに任せてしまっている部分もあるので
さほど帰宅時間が遅くなることはない。
とはいえ定時に帰宅できるような身分ではないが。


事務仕事を始めてから1時間ほどすると、定時勤務時間の終わりを告げる鐘が鳴る。
すると、普段はそんなものは意に介さず仕事を続けるゲオルグが端末を片付けて
鞄を手に取り立ち上がった。

「シンクレア。今日はこれで帰るから、あとよろしく」

「あ、はい。了解です。 お疲れ様です」

意外そうなそぶりを見せることもなくシンクレアはゲオルグを見送る。
他の班員たちも概ねシンクレアと似たような反応であったが、1人が慌てた様子で
ゲオルグの前に飛び出してくる。

「は、班長! ちょっと待ってください! この書類に目を通して
 いただけませんか? 明日朝イチで提出しないといけないので・・・」

「悪い、今日は勘弁してくれ。 デスクに置いといてくれれば朝イチで見るよ」

ゲオルグは足を止めて苦笑を浮かべると、その陸曹の脇を抜けて行こうとする。

「そ、そんな! なんとか今お願いします!」

陸曹は慌てた様子でそう言うと、自分の横をすり抜けようとするゲオルグの
腕をつかんで引きとめた。
その瞬間、足を止めたゲオルグは彼の顔をギロリと睨みつけた。

「なんだ、この手は? 離せ」

低くどすの効いた声が部屋の中に広がり、あたりはしんと静まり返る。
ゲオルグの迫力に完全に気圧されてしまった陸曹は力なくゲオルグの腕から
手を離した。

「す、すいません・・・・・」

小さくなって頭を下げる陸曹に冷たい視線を送りながら、ゲオルグは右腕の
掴まれていた部分を左手で払うような仕草をする。

「明日の朝、お前が来るまでに見ておけば同じだろうが。それでいいな?」

「・・・はい、結構です。 すみませんでした」

縮こまるように背を丸めて再び頭を下げる陸曹を一瞥すると、ゲオルグは
大きく息を吐いてその表情を緩める。

「怒鳴って悪かったな。 お先に」

ゲオルグはうって変わって穏やかな口調でそう声を掛け、陸曹の肩を軽く叩いてから
足早に部屋を出て行った。

扉が閉まると同時に固まっていた時間が動きだしたかのように、件の陸曹を除く
班員たちはそれぞれの仕事に戻っていく。
そんな中、未だ肩を震わせて固まっている陸曹にシンクレアは歩み寄っていった。

「おーい、いつまで固まってるんだ?」

陸曹の正面から彼の両肩をがしっと掴んでシンクレアが声を掛けると、
陸曹の目に光が戻ってくる。

「あ・・・はい。すいません・・・」

だがまだ本調子ではないのか、どこかその口調は覚束ない。

「大丈夫かい?」

「あ、いえ・・・はい。大丈夫、だと思います・・・たぶん」

シンクレアの問いかけに応じるその声もどこか自信なさげで、目線はせわしなく
泳いでいた。

(これは、少し落ち着かせたほうがいいな・・・)

陸曹の様子を見てそう結論付けたシンクレアは陸曹の肩を抱くようにして
通路へとつながるドアに向かって歩き出した。

「い、1尉? どうしたんですか?」

シンクレアの行動が理解できず狼狽する陸曹を引きずるように
シンクレアは部屋から通路へと出た。

「少し話そうか」

そう言ってニコッと笑うシンクレアに向かって陸曹は黙って頷いた。
2人は並んで通路を歩き、諜報課オフィスからほど近い休憩スペースに入った。

「何か飲もうか、何がいい?」

「え、あ、じゃあ、ホットコーヒーで」

「はいはい、ホットコーヒーね」

シンクレアはにこやかに頷くと、休憩スペースの片隅にある自販機のところまで
歩いていき、陸曹の分のコーヒーと自分の分のレモンティーを買うと
陸曹のところまで戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。 ごちそうになります」

陸曹はシンクレアから紙コップに入ったコーヒーを受け取ると、
両手で抱え込むようにして中身を啜った。

「まあ、それにしてもタイミングが悪かったね、あれは」

レモンティーに少し口をつけたシンクレアが微笑を浮かべてそう言うと、
陸曹は目を丸くしてシンクレアの顔を見た。

「あれって、班長のさっきの・・・」

陸曹の言葉にシンクレアは"そうそう"と頷いて話を続ける。

「陸曹はウチに来てからまだ日が浅いから気付いてないかもしれないけどね、
 ゲオルグさんってときどき今日みたいに結構早く帰る日があるんだよ」

シンクレアがそう言うと陸曹はこくこくと頷いた。

「はい、気が付いてました。なんでなんだろうって不思議だったんですけど
 誰に聞いてもはっきりしたことは教えてくれなくて・・・」

「だろうねぇ・・・」

シンクレアは苦笑しながら呟くようにそう言うと、急に真面目な顔になって
陸曹の顔をじっと見た。

「君は戦場でのゲオルグさんを見てどう思う? 正直に言っていいよ」

「戦場での班長・・・ですか? そうですね・・・」

そう言ったきり陸曹は腕組みをして黙りこんでしまう。
シンクレアがレモンティーを半分ほど飲み終わった頃、陸曹は顔を上げた。

「正直言って、怖いです。 鬼気迫るというか、感情を感じさせないというか、
 ターゲットを処理した後も顔色一つ変えないので、ちょっと異様ですよね。
 普段の班長って仕事には厳しい方ですけど、どちらかといえば温和な方だと
 思っているので、それと比較すると余計にそう思いますね。
 なんか別人っていう感じがします」

「ふむ、なるほどね・・・」

陸曹の言葉に対して何度か頷きながら、シンクレアは呟くようにそう言うと
腕組みをしてしばらく考え込んだ。
陸曹がまんじりともせずにシンクレアの方を見つめて待っているのに気付き
シンクレアは顔を上げて陸曹に向かって微笑みかけた。

「うん、俺も大体同感かな。確かに普段のゲオルグさんと戦場でのゲオルグさんって
 別人みたいに振る舞いが違うよね」

そこでシンクレアの表情が真剣なものに変化する。

「それもそのはずでね、ゲオルグさんは殺しなんかをやらなくちゃいけないときには
 どうも心のスイッチのようなものを切り替えてるみたいなんだよ。
 ほら、君も見たことあるだろ? 任務開始前のゲオルグさんがじっと目を閉じて
 瞑想でもしてるようなところ」

「あ、はい。 見たことありますね」

「で、その直後からゲオルグさんの目つきとか声色が別人みたいに変わるんだよ」

「確かに、言われてみれば・・・」

シンクレアの言葉に対して陸曹は納得顔で頷いた。
だがすぐに不思議そうな顔で首を傾げる。

「どうしたんだい?」

首をひねる陸曹にシンクレアが問いかけると、陸曹は顔を上げた。

「あ、いえ。 それと今日のことがどう関係するのか判らなくて」

「ああ、それを話してなかったか・・・ゴメンゴメン」

苦笑したシンクレアはそう言ってバツ悪げに頭をかいた。

「今日の午後にゲオルグさんが尋問班の手伝いに駆り出されただろ?
 そのときに結構エグイ手を使ったらしいんだよね、詳しいことは聞いてないけど。
 で、そういうことがあるとだいたいゲオルグさんが早帰りすることが多い。
 俺のこれまでの経験からするとね」

「はあ・・・。でも、なんで早く帰られるんでしょうか?」

未だ納得いっていない様子で陸曹が尋ねると、シンクレアも腕組みをして
うなり声を上げる。

「うーん。それは、ゲオルグさん本人に聞いてみないと正確なことはわからないけど
 俺の想像で話をするなら、今日みたいなときにもゲオルグさんは戦闘モードに
 心のスイッチを切り替えるんじゃないかな? ただ、急なことだからうまく
 日常モードに戻せなくて、それをリセットするために早く帰るんじゃないかな?」

「なるほど・・・。それで、僕が腕をつかんだ時にあそこまで激しく
 反応されたんですね」

「俺の想像が正しければ・・・ね」

納得顔で何度も頷く陸曹の言葉に、シンクレアは肩をすくめながら応じた。
そして、陸曹の肩にポンと手を乗せる。

「まあ、何にしろだ。 さっきのことはゲオルグさんが君のことを嫌っているとか
 邪険にしてるからじゃないと思うよ」

「はい、僕もそう思います。 単にめぐりあわせが悪かっただけですね」

笑顔を浮かべて頷く陸曹の表情を見て、シンクレアは小さく頷いた。

「そうそう。 じゃあ、戻ろうか!」

そう言ってシンクレアが陸曹の背中をポンと押すと、陸曹は軽い足取りで
諜報課のオフィスに向かって歩いていく。
シンクレアはゆっくりとその背中を追って歩きながら、小さくため息をついた。

(これ貸しですからね、ゲオルグさん・・・)





そのころ、ゲオルグはちょうど居住区にある自分の部屋に帰ったところだった。
部屋に入ると手に持っていた鞄を乱暴に放り投げ、戸棚を開けてウィスキーの瓶と
グラスを取り出し、制服のままソファーにドカっと腰を下ろした。

そしてネクタイを緩めると、明かりもつけずにまだ封の切られていない
瓶の封を乱暴に破りボトルの蓋を開けてグラスにどぼどぼと無造作に
その中身を注ぐ。

そしてグイッとグラスを傾け、注いだ半分ほどのウィスキーを一気に喉へと
流し込んだ。

焼け付くような喉の熱さに顔をしかめつつ、ゲオルグは流し込んだウィスキーを
飲み込み、大きく息を吐いた。

ソファの背にもたれかかり天井を見上げると、ゲオルグはうなり声とも
叫び声ともつかない声を上げて目を閉じた。

ゲオルグは今日のように急な任務などがあった日は決まって早めに帰り、
自室に戻るやいなやウィスキーを1本まるまる飲んでそのまま眠る。

いかにも身体に悪そうなことをあえて彼がする理由は
概ねシンクレアが陸曹に向かって語った通りであるが、その背景には
ゲオルグが情報部に異動してきて初めて参加した任務でのある出来事がある。





その任務はとある過激派集団の殲滅作戦であった。
ゲオルグはまだ工作班に入って日も浅いということで、当時の班長であった
ヴィンセンス3佐に同行することになっていた。

事前のミーティングでも過激派メンバー全員を殺害するという方針は伝えられており
作戦開始直前のブリーフィングでも確認されていたので、ゲオルグもそれ自体は
きちんと認識し、納得して作戦に臨んでいた。

だがいざ作戦が開始され、ゲオルグ自身がターゲットを殺害するという段になって
それは起こった。

手傷を負った過激派メンバーの一人に止めを刺そうとレーベンを
振り上げたゲオルグの手がピタリと止まってしまったのである。

それを見た過激派メンバーの男は地面を這って逃げ始めたのだが、
ゲオルグはレーベンを振り上げた姿勢で固まったまま、じっとそれを
見送ろうとしていた。

レーベンが"マスター! 止めをさしてください!"と声を上げるが、
ゲオルグは身体を小刻みに震わせながら、動こうとしない。

ちょうど別の敵に止めを刺したところだったヴィンセンスがそれに気づき、
逃げる男を殺したあとでゲオルグのところに駆け寄ると

「お前、何やってんだ!」

とゲオルグの襟首を掴んで怒鳴りつけた。
それに対してゲオルグは振り上げていた両手をだらりと降ろして

「す、すみません・・・でも・・・どうしても・・・できなくて・・・・・」

と震えながら答えた。
その様子を見ていたヴィンセンスは近くに居た別の班員を呼ぶと
ゲオルグをその場から連れ出させた。

そして、作戦終了後。
本局まで戻ってくるとすぐに、ヴィンセンスはゲオルグを連れて小さな
会議室に入った。
目の前でうなだれているゲオルグに向かって

「処理って言葉の意味が判ってなかったのか?」
「体調でも悪かったのか?」
「殺せる自信がなかったのか?」

と次々に尋ねるヴィンセンスであったが、ゲオルグはそのいずれにも
首を横に振った。
困り果てたヴィンセンスが

「じゃあ、なんで止めを刺さなかった?」

と尋ねると、その問いかけにもゲオルグは首を横に振った。
途方に暮れたヴィンセンスがため息をつきかけたとき、ゲオルグは蚊のなくような
小さな声で話しはじめた。

「なぜできなかったのか、僕にもわからないんです・・・。
 あのとき、自分が何をするべきかははっきりと判っていました。
 レーベンをあの人の背中に突き刺す。それだけでよかったはずなんです。
 でも、どうしても、身体が動かなくて・・・・・すみません」

そこまで話したゲオルグはうなだれて再び黙りこんだ。
その様子を見ていたヴィンセンスはゲオルグの隣まで歩いていくと
ゲオルグの肩に手を置いて話しかけた。

「あんまり気に病むんじゃない。 とりあえず今日は帰ってゆっくり休め」

その言葉に小さく頷き、とぼとぼと歩いていくゲオルグの背中を見送ってから、
ヴィンセンスは上司であるヨシオカ1佐の部屋を訪れた。
不敵な笑みを浮かべて彼を出迎えたヨシオカは、

「新人の坊やが何やらやらかしたそうじゃないか?」

と茶化すような口調で尋ね、ヴィンセンスはそれに対して頷き

「ウチに来た新人はだいたいああですから、慣れたもんですよ」

と苦笑した。そして、

「なので、いつものアレをシュミットにはやらせようと思いますけど
 構いませんね?」

とヨシオカに向かって尋ねると、ヨシオカは頷きつつ

「慎重にな。 奴はまだ若い」

と真顔でヴィンセンスに向かって言い、ヴィンセンスは黙って頷いて
ヨシオカの部屋をあとにした。

この翌日からゲオルグはヴィンセンスによるマンツーマンでの訓練を受け始めた。

まず最初はひたすら犯罪で亡くなった犠牲者の現場写真を見せられ続け、
自分が相手にしている連中がどういうことをやってきた人間なのかを理解させ、
同時に惨たらしい死体の映像に慣れさせられた。

続いて情報部が所有する室内戦専用の戦闘シミュレータでの訓練である。
このシミュレータは人体を正確無比に再現できるもので、その見た目はおろか
アームドデバイスで切りつけるときの感触までも再現する。
このシミュレータでゲオルグはひたすら人を殺す訓練を繰り返したのである。

始めはただ突っ立っている人を模したターゲットを切りつけることで
人体を切り裂く感触に慣れる訓練。
それから動く人間を斬る訓練、反撃してくる人間を斬る訓練と続き、
最後の実際の任務に即した訓練に入るころには、ゲオルグは任務中の
己の感情をコントロールする術を身につけていた。

それは、徹底して自分の感情を殺すことで何事に対しても無感動になるという
方法であった。

こうして、人を殺しても眉ひとつ動かすことのない、冷徹無比な軍人という
ゲオルグのもう一つの人格が誕生した。

とはいえ、普段のゲオルグと任務中のゲオルグは性格こそ大きく違うものの
当然ながら一人の人間である以上記憶は継続する。
だからこそ当初は任務から帰るたびに任務中のことを忘れようと
自室に戻ると酒を浴びるように飲んでいたものだが、
1年経ち、2年経ち、3佐に昇進するころにはすっかり慣れてしまったのか
任務のたびに酒を飲んで眠るということはなくなった。

しかし、今日のように日常モードのときに不意打ちのように任務モードに入ることを
要求されるようなことがあると、普段貯め込んでいたものがあふれだすのか
酒を飲まずにはいられなくなってしまうゲオルグであった。





自室に戻ってから2時間あまり。
暗い部屋の中でつまみも食べずにウィスキーをちびちびと飲み続けていたゲオルグは
アルコールによって濁った目線を虚空に向けて吐息を吐きだした。
ソファの隣にあるテーブルに置かれたグラスに手を伸ばし口元に運んだところで
中身がないことに気づき、同じくテーブルの上に置かれたボトルを手に取り、
覚束ない手付きでグラスに注ごうとする。
だが、ボトルから一向にウィスキーが出てこないのを見て、ゲオルグは
顔をしかめて舌打ちする。

「ちっ・・・空じゃねえかよ!」

呂律の回っていない口調で荒い声を上げると、ゲオルグはソファの肘かけに
手をついて立ち上がろうとする。

「おーっとと・・・」

しかし、よほど酒が回っているのかソファから手を離した瞬間にバランスを崩し
ドスンと音をたててソファの上に倒れ込む。
ゲオルグはその自分のさまが可笑しかったのか、声を上げて笑いだした。
そうして数分立った頃、ゲオルグの目の前の空間に通信ウィンドウが現れる。

「こんばんわ~、ゲオルグくん。 って・・・何笑ってんねんな」

通信画面の向こうにいるのははやてであった。
はやてはゲオルグが笑い声を上げる様を見て怪訝な表情を浮かべる。

「おーっ、はやてじゃねーか。 どーしたんだよ、こんなじかんに?」

はやての声に反応して笑うのをやめたゲオルグが怪しい呂律で言葉を返すと、
はやては眉をひそめてゲオルグの顔をじっと見る。
そしてアルコールで濁った瞳と真っ赤に染まった顔に気付き、深いため息をついた。

「ずいぶん酔ってるみたいやね・・・。飲みすぎちゃう?」

はやてが心配顔で尋ねると、ゲオルグは不機嫌そうに表情をゆがめる。

「あーん!? よってねーよ!」

そう声を上げるゲオルグを画面越しに見たはやては、これはダメだとばかりに
力なく首を横に振った。

「いや、どうしようもないほど酔ってるやん。ホンマはちょっと大事な話が
 あってんけど、もう明日にするわ」

「かまわーねーからいまはなせって!」

ゲオルグの聞き取りづらい言葉に、はやては内心で少しうんざりしつつも
仕方ないかと小さく頷いた。

「しゃあないな。まあ忘れられても困るし、一応メールも出しとくわ。
 で、話っちゅうんはな明後日の予定を聞きたかったんよ。
 ちょっといっしょに行って欲しいところがあるから」

「あさってだぁ~!? おいおい、ずいぶんきゅーじゃねーか!」

ゲオルグがそう言って眉間にしわを寄せると、はやてはしまったというように
表情を表情をゆがめる。

「あちゃ~、もう予定埋まってんのかいな?」

「いや、うまってねーけど。 つーかあさってはやすみだしな」

自らの問いに対するゲオルグの返答を聞き、はやては付き合いきれないとばかりに
天を仰いで深いため息をついた。

「はぁ・・・、明後日の13時にゲオルグくんの官舎に迎えに行くわ。
 ほんならね」

はやては肩を落として吐き捨てるようにそう言うと、
これ以上は付き合いきれないとでも言わんばかりに通信を切った。

「あ、はや・・・・・。んだよ、いきなりきりやがって・・・」

はやてに話しかけようとしたゲオルグだったが、通信が切れたことで
不機嫌そうに大きな声を上げるとソファの背にもたれかかって目を閉じた。





一方、自分のオフィスで一人座るはやてはゲオルグとの通信を切ったあと
通信画面のあったあたりをじっと見つめていた。
彼女はしばらくすると目を閉じ、深いため息をついて座っている椅子の背にもたれて
天井に目を向けた。

「やっぱりゲオルグくんには向いてへんよ、情報部は・・・」

小さく語りかけるような口調でそう言ったはやては、
哀しげな表情を浮かべていた。
 
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