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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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天舞う竜の祝子


それは、7年前の事だった。
“魔法都市”フルールの名家カトレーン家と特殊な繋がりを持つルーナサー家。
一族全員が召喚系の魔法を使うこの家の娘―――――サルディアは、家の裏にある森を歩いていた。

(嫌になっちゃうな。そりゃルーナサーの子はカトレーンの人の従者になるのが一生の仕事だけど……嫌だなぁ)

さくさく…と足を進める。
木々の間から光が零れ、サルディアのツインテールを照らす。
はぁ、と溜息をついて、その辺にあった岩に腰掛けた。

(ここに来るのも最後だろうなぁ…私はこれから主の言う通りに生きて行かなきゃいけないんだし…それに、主になる人はマグノリアのギルドにいるっていうし……)

憂鬱な気分に、もう1つ溜息。
いくら溜息をついても、この憂鬱な気分は変わらないだろう。
幼い頃から魔法に関する知識を得る事が何より好きだったサルディアにとって、魔導士ギルドは夢のような場所だ。
人の数だけ魔法があって、魔法の数だけ種類があって、同じ魔法でも使う人によって変わる――――――そんな光景を自分の目で見れるなんて、一生で1番嬉しいかもしれない。
が、その光景を見るという事は主に一生仕えるという事。
誰かに仕えてまで、夢見た景色を見る気にはなれなかった。

(何で私なんだろ、次はお母さんの番のハズなのに……私、強い訳でもないし、契約してるのだってシレアだけだし……)

彼女が使えるのは、竜の語り部(ドラゴン・ストーリーテラー)
竜―――――正確には飛竜(ワイバーン)の召喚を得意とする魔法だ。
シレアというのは、魔法を習得した際に両親が契約させた飛竜(ワイバーン)の子供。
ぬいぐるみのような大きさでふわふわした羽が生えており、可愛らしいには可愛らしいのだが、戦闘には向いていない。

「はあ……」

肩を落とし、俯いて溜息をつく。
いつかは回って来る順番だ。それがただ単に早かっただけ。
そう考えても見るが、やはり憂鬱なモノは憂鬱で。
まだ心の準備だって出来ていないし、突然マグノリアに行けと言われても戸惑うだけだ。
しかも、言われたのは昨日の夜。それで今日マグノリアに行けと言うのだからあまりにも言うのが遅すぎる。

「もう嫌だ……」

誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
俯いて、もう1度溜息をついた―――――瞬間。

「ガルルルル……」
「!」

獣が唸るような声が聞こえた。
反射的に岩から降りて振り返ると、メキメキ…と枝が折れるような音が響く。
重々しい足音に、近づく唸り声。枝の折れる音。
思わずサルディアは1歩下がった。

「え…な、何で……」

声が震える。
木々の間から、赤い光が2つ見えた。
それが目であると気づいた時には、唸り声の正体は既にサルディアの前にいた。

「……飛竜(ワイバーン)…?」

黒い鱗に、銀色の模様。
鮮血を流し込んだように赤い目に、巨大な翼。
サルディアの何倍も大きな飛竜(ワイバーン)が、そこにいた。
黒い飛竜(ワイバーン)が、口を開く。



「ガアアアアアアアアアッ!」



咆哮。
ビリビリと空気を震わせ、木を揺らし、葉を飛ばし、湖を波立たせる。
サルディアは耳を塞いだが、それでも少しマシになった程度であり、飛竜(ワイバーン)の声が真っ直ぐに聞こえていた。

「ひ…ひあっ……」

僅かに開いた口から、声にならない悲鳴が零れる。
1歩、また1歩と後ずさると、飛竜(ワイバーン)は重い足音を響かせて1歩近づく。

(な、何で来るのっ……!?)

こちらとしては逃げたい。全速力で逃げてしまいたい。
が、飛竜(ワイバーン)の大きい体が道を塞いでいるし、後ろは湖だし、下手に走って迷子になったら困るし…と逃げられない理由だけがサルディアの頭の中に浮かんでいく。

「ガゥル…」
「こ…来ないで……」

近づかれ、下がる。
両手を向け必死に抵抗するが、飛竜(ワイバーン)には通じていないのかもう1歩。
サルディアは震える足でもう1歩下がり―――――

「ルガアッ!」
「え?」

ぐらり、と。
体が後ろに傾いた。
脹脛辺りが濡れるのに気づき、サルディアは思い出す。
先ほど辺りを確かめ逃げ道はないと悟った時―――――後ろには何があると言った?

(湖……っ!?)

気づいた時には時既に遅し。
バシャン!と音を立て、サルディアは湖へと、落ちた。







(ど…どうしよう…)

必死に手を伸ばしながら、サルディアは考える。
水面の光に手を伸ばすが、掴むのは水ばかり。

(私、泳げないし…そもそも沈みそうな時どうすればいいか、なんて誰も教えてくれなかったしっ……)

そう。
何よりも問題なのは、サルディアがカナヅチだという事だ。
水に浮く、という初歩的な事も当然のように出来ず、水に顔をつけるのだって5秒が限度。
ただ入るだけ、なら出来るが、こんな状況でどうにかする事は出来ない。

(とり、あえず…呼吸……っ)

陸上でするように鼻で呼吸してみる。
が、当然鼻の中に水が入り、ツンとするような痛みに咳き込む。
その拍子に、口の中に僅かにあった空気も、ブクリと大きめの泡になって消えた。

(!マズ…っ)

消えた泡に目を向け、目を見開く。
水に浮く事さえ出来ないサルディアに、呼吸法は残されていなかった。
浮き上がろうと腕をバタバタ動かしてみるが、結果的には変わらない。
水面の光が、そんなサルディアを嘲笑うようにゆらゆらと揺れる。

(…もう……ダ、メ……)

視界が狭くなる。
狭まり、霞み、遠くなり―――――――。








「ぷはっ!」

突然、水の中から陸上に引き戻された。
息を切らしながら、今の状況を確認する。
まずは、目に見えるモノを。

(私…何かに乗ってる。やけに硬い?えっと、色は…黒い。で、赤い光が2つ…2つ?)

嫌な予感がして、サルディアは恐る恐る目を向ける。
わりと至近距離で、赤い光2つと目が合った。
ぱちくり、と瞬きすると、マネする様に瞬きをする。
つまり―――――赤い光は、目。

「きゃあああああっ!?」

サルディアを危機から救ってくれたのは。
――――――湖に落ちた元凶とも言える、黒い鱗に赤い瞳の飛竜(ワイバーン)だった。

「何で…何で、助けてくれたの?」

その問いに、飛竜(ワイバーン)は答えない。
無言でくるりと背を向けると、サルディアを背に乗せた。
そしてそのまま重い足音を響かせ、どこかへと向かう。

(え…ええっ!?私どこに連れてかれるの!?)

突然の事にパニックに陥るサルディア。
それに気付いているのかいないのか、飛竜(ワイバーン)は足を進める。
数歩歩き(人間ではかなり歩くところを、飛竜(ワイバーン)の1歩ではかなり進み、約7歩ほどで済んだ)、飛竜(ワイバーン)は翼を伝わせる形でサルディアを降ろす。

「うわっ……え?」

突然傾き驚きながらもサルディアは何とか着地し、前を見る。
そこには、穴があった。
飛竜(ワイバーン)の大きな体もすっぽり入ってしまいそうな、穴が。

(……まさか私、食べられる!?餌!?)

ギギギギ…と油の切れたロボットのような動きで振り返る。
気のせいか、赤い目がこちらを見ている気がした。
―――――楽しみを堪えきれないと言いたげな目で、だ!

(え、餌だ…!私このままじゃ餌確定だ!ど、どうしよう!?私、飛竜(ワイバーン)の餌になって死ぬなんて流石に嫌だよ!に、逃げないと……)

ダラダラダラッ!と冷や汗を流し、サルディアは体ごと後ろへ向ける。
そしてそのまま駆け出し―――――

「ガウッ」
「あうっ」

掴まった。
走った距離は1メートルにも満たない。
穴に背を向け1歩踏み出し捕まった、といった感じだ。

(うわーん!逃がしてくれないぃーっ!)

サルディアを再び背に乗せた飛竜(ワイバーン)は穴へと入っていく。
ズシン、と足音が響く度に絶望しながら、サルディアは辺りを見回した。
蝋燭の1本もない穴の中は、外からの光だけで照らされており、奥がどうなっているのかは解らない。
きょろきょろを辺りを見回していると、再び翼が傾いた。

「きゃあっ」
「ガルル…ルアッ」

今度は上手く着地出来ず尻餅をつく。
痛た、と呟きながら立ち上がるサルディアに、飛竜(ワイバーン)は何か言うと足音を響かせ穴を出ていった。
が、当然サルディアに飛竜(ワイバーン)の言葉を理解する事は出来ず。

(え、今何て言ったの…?で、でも逃げるなら今だよねっ!食べられちゃう前に逃げなきゃっ!)

ぐっ、と拳を握りしめ、震える足で1歩踏み出す。
出口まであと3歩、2歩、1歩――――――。

「ルガッ!」
「帰って来るの早すぎ!?」

あと1歩、というところでサルディアの脱出計画は失敗に終わった。
飛竜(ワイバーン)に追い詰められるように穴の中に戻りながら、サルディアはその場に座り込んだ。
翼を傾けた飛竜(ワイバーン)の背から、ドサドサドサーッ!と音を立てて何かが落ちる。

(あれは、木の枝?…私、焼かれるっ!?)

ぞわっ!と寒気が走る。
今日は日差しの暖かい散歩日和だったはずなのに、一気に真冬になってしまったかのような錯覚を覚えた。

「……ガルアアアアッ!」
「ひいいいっ!」

飛竜(ワイバーン)の口が開く。
その口の奥にキラリと赤い光が見えた瞬間、紅蓮の炎が放たれた。
思わず悲鳴を上げて後ずさるサルディアを不思議そうに眺めてから、飛竜(ワイバーン)は翼を上手く使ってサルディアを火へと近づけていく。

(や、やっぱり私餌になるんだ!……お父さん、お母さん。今までありがとう。2人より先に死んじゃってゴメンね……)

ぎゅっと目を閉じ、全身を焼かれる事に覚悟を決める。
それでもやはり恐怖はあり、がくがくと体を震わせ、そして――――――

「……あれ?」

とすん、と。
サルディアは火の近くの地面へと座らされた。
丁度火が正面にあって、サルディアの濡れた髪や服を乾かしていく。

(あ…もしかして、私が湖に落ちて濡れてるから……?)

見上げると、飛竜(ワイバーン)もこちらを見ていた。
紅蓮の目が、優しそうに細められている。
その目を見ていると不思議と気分が落ち着いて来て、笑みを浮かべる余裕が戻ってきた。

「ありがとう、私はサルディアっていうの。解る?」
「ガルウッ!」

首を傾げ問うと、飛竜(ワイバーン)はこくんと頷く。
翼の先の二つに分かれた手のような部分を地面に近づけ、何かを書いている。
同じ場所に立って見てみると、『Sardia』の文字。

「そう!あなたは?」

一文字のミスもなく書き上げた飛竜(ワイバーン)に拍手を送り、名を尋ねる。
飛竜(ワイバーン)は先ほどと同じように動かし、サルディアの名の下に自分の名を書いた。
―――――――――『Eysenflоw』。

「アイゼン、フロウ?あなたはアイゼンフロウっていうの?」
「ガウッ」
「それはYESって事で合ってるのかな、アイゼンフロウ?」

その問いに飛竜(ワイバーン)――――――アイゼンフロウは頷き、地面に『YES』を書く。
やや歪んだ文字を見ながらクスッと笑い、サルディアはツインテールを揺らした。

「OK。それでアイゼンフロウ、家族は?」

尋ねた言葉の意味が解ったのだろう。
アイゼンフロウは赤い目を伏せ、悲しそうに俯いた。
その表情―――あまり変わったようには見えないのだが―――に気づいたサルディアは、静かに呟く。

「…ゴメンね、嫌な事聞いちゃった」
「ガルウウッ!」

悲しそうなサルディアの横顔に、アイゼンフロウは慌てた様子で首を横に振る。
気にしないで、というような様子に力なく微笑みながら、サルディアは目を伏せた。

(アイゼンフロウには家族がいない……それって、1人ぼっちって事だよね)

1人でこの森に暮らしていて。
1人で大きな穴で生きていて。
――――――――この先もずっと、1人で。

(……それって、私の主になる人と一緒だ。一族から離れて、1人で。ギルドの人達もいるし、双子のお姉さんと異母兄弟のお兄さんもいるって話だけど、ずっと一緒にいる訳じゃないんだろうし)

この時のサルディアはまだ知らない。
主となる男クロスが、どれだけのシスコンかを……。
そして姉と離れる気など毛頭ない、変人と書いてシスコンと読む変わり者だという事も……。

(ギルドには、知ってる人ばかりじゃないハズ。ううん、むしろ知らない人の方が多いんだ。そんな場所に…1人で……お姉さんとお兄さん以外の知ってる人がいない中で……)

ぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛みしめる。
もう、迷いはなかった。
ルーナサー家がある意味を、ようやく知った気がする。

「アイゼンフロウ」
「?」

名を呼ばれ、アイゼンフロウが首を傾げる。
その赤い目を真っ直ぐに見つめ、サルディアは口を開いた。

「私ね、今日からマグノリアに行くの。主となる人に仕えるの」
「ガウ……ルッ?」
「あ、マグノリアっていうのはね。ここから東にある商業都市」

それでね、とサルディアは続けた。
お互いの瞳がお互いを見つめる。
パチパチと瞬きをするアイゼンフロウに、サルディアは言った。

「それでね……私、アイゼンフロウについて来てほしいの」
「ガ…ガルウッ!?」
「今日会ったばかりなのにこんな事言うのは変かもしれない。だけど、私の魔法ならアイゼンフロウを連れて行ける」

そこまで言ってサルディアは立ち上がり、ペコッと頭を下げる。
その様子を不思議そうに見つめるアイゼンフロウに気づいているのかいないのか、紡ぐ。



「お願い、アイゼンフロウ。私と一緒に来て」



そう言われ、アイゼンフロウは戸惑ったように瞳を揺らした。
目に映るのは、頭を下げるサルディア。
そこにいたから何気なく声を掛け、湖に落ちた彼女をなんとなく助け、自分の住処に連れてきて服と髪を乾かそうとしただけの少女。
お互いが知っているのはお互いの名前くらいなもので、このサルディアという少女が何を好んでいて何を嫌っているのかも、彼女が扱う魔法が何なのかも、何も知らない。
―――――――――だけど。

「ルアアアッ!」

アイゼンフロウは少し迷ったが、すぐに頭を下げるサルディアを翼で包んだ。
目を見開いて顔を上げるサルディアに、アイゼンフロウは目を細める。
しばらく呆然としていたサルディアだったが―――――すぐに、花が咲いたような笑みを浮かべた。

「来て、くれるの?」
「ガウッ」

返事に、サルディアは腕を伸ばす。
アイゼンフロウに抱き着くと、サルディアは黒い鱗で覆われた体に頬を摺り寄せた。
顔を上げれば、笑うように目を細めるアイゼンフロウ。

「うん……一緒に行こう。ずっと一緒だよ、アイゼンフロウ」









―――――――その願いは、叶わなかった。
ずっと一緒、なんて不可能だという事を、サルディアは唐突に突きつけられる。
腕の中には、赤い光を帯びる黒い水晶。
先ほどまでアイゼンフロウだった―――――あの鱗のように艶めく、黒水晶。

「あと30秒……ふふっ、黒い飛竜(ワイバーン)も貴女も、あと30秒の命ね。30秒後…いいえ、あと20秒くらいかしら。楽しみだわぁ」

艶やかに微笑む“処女宮”フラウ。
サルディアは、黒水晶を抱えたまま動かない。
その様子を見下ろし、フラウは眉を顰めた。

飛竜(ワイバーン)が死んだ事で精神的に参ってるのかしら?随分殺しやすそうで退屈だわ)

ふあぁ……と欠伸を1つ。
潤んだ瞳でフラウはサルディアを見つめ――――――目を、見開いた。

「力を、貸して……召喚…アイゼンフロウ……」

虚ろな瞳で、サルディアは呟いていた。
最初は驚いたフラウだったが、すぐに調子を取り戻す。
クスッと微笑み、口元に手を当てる。

「あら、死んだ召喚者は呼んでも反応しないわよ?そのくらい、常識でしょう?」

そう、1度水晶になってしまった召喚者達は、もう2度と元には戻らない。
例外として、“召喚者限定蘇生術”を使えば話は別だが、使えるのもまた召喚者のみであり、使える召喚者はとても少ない為、サルディアもフラウも契約出来ていない。
勿論、サルディアはそれを知っている。

「…力を貸して…召、喚……アイ、ゼン…フロウ…」
「全くもぅ、いつまで死んだ召喚者に縋るつもりなの?貴女は負けた、認めてしまえば早いじゃない」

サルディアには、他にも召喚者がいる。
飛竜(ワイバーン)のヴェルハルト、天使のルナティックロア……他にも大勢。
だが、サルディアはそれを知っていて、アイゼンフロウを呼ぶ。
何度でも、呼び続ける。

「アイゼンフロウ……」
「あと10秒。9…8…7…6…」

水晶を抱きしめ呼びかけるサルディア。
そんな彼女を追い詰めるように、フラウはカウントダウンを始める。

「お願い…力を、貸して……」
「5…4…」

黒水晶が帯びる赤い光が、強くなる。
それは水晶が消える兆候。
フラウはそれを何度も経験しているので―――――それが解る。

「3……2……1……」

もう、時間はない。
それだって、サルディアは知っている。
だから――――――最後に、叫ぶ。




「お願い!もう1度…もう1度だけ私に力を貸して!召喚―――――アイゼンフロウ!」




祈るように手を組んで。
願うように目を閉じて。

「ゼ……」

ロ、と。
フラウが最後の数字を言いかけた。
――――――――その時だった。






祝福の導き手(ブレスィング・スティアー)のグレードを上昇】






「!」

聞こえた声に、フラウは目を見開いた。
この声を、フラウは4回聞いた事がある。
星霊魔法で星霊が現れた時に、どこからか鐘の音が鳴るように。
どこからの声なのかは解らないが聞こえる、柔らかい女性の声。





【“召喚者の一時的な死”の経験によりグレード上昇を認める】





サルディアが2年もの間グレードを上げられていなかったのは、こういう訳だ。
召喚者を一時的とはいえ死なせるなんて、サルディアには出来なかったから。
危険になれば別の召喚者を呼び、致命傷を負えば水晶になる前に戻す。
だからこそ、サルディアは祝福の導き手(ブレスィング・スティアー)のままだった。





【かの者に、天舞う竜の祝子(ワイバーン・メイデン)を与える】





それが、サルディアの新たな魔法。
飛竜(ワイバーン)の召喚を得意とする、グレード4の召喚魔法。
閉じていた目を、開く。
そして―――――サルディアは、叫ぶ。
黒い鱗に赤い瞳の友の名を。






「力を貸して!召喚―――――アイゼンフロウ!」






腕の中が輝いた。
赤い光を帯びていた黒水晶が、強く赤く発光する。
目を開けていられないほどの光が辺りを包み込み、フラウは思わず両腕で目を覆った。
瞼の奥で光が消えていくのを感じながら、目を開く。

「!なっ……」

フラウは目を見開き、言葉を失った。
その目に映っていたのは、先ほどまでとは違い、力強く立ち上がるサルディア。
普段の彼女からは考えられないほどに鋭い眼光でフラウを見据えている。
でも、それだけじゃない。





「グルル……ガアアアアアアアアアッ!」





低く、ビリビリと空気を震わせる雄叫び。
鮮血を流し込んだように赤い瞳に、光を吸収してしまいそうな黒い鱗。
僅かに開いた口からは鋭い牙が覗き、大きな翼がどこか窮屈そうに広がっている。
尻尾が左右に動く度に風が起こり、サルディアのツインテールを揺らしていた。
力強くその場に存在する飛竜(ワイバーン)に目を向け、サルディアは微笑む。

「……お願いね、アイゼンフロウ」
「ガアアアアアアッ!」

飛竜(ワイバーン)の名は―――――アイゼンフロウ。
“一時的な死”を経験し、サルディアのグレード上昇とその願いに応えて復活したクエレフォーン。
その赤い瞳が、主の敵を捉える。

「っ…召喚――――――輝きの投曲芸(スパークル・ジャグリング)!」

雄叫びと先ほどまでなかった威圧感に怯みかけながらも、フラウは魔法陣を展開させる。
魔法陣から放たれたのは、眩いまでの光に包まれたピンやボールだった。
が、その程度でサルディアは怯まない。

「アイゼンフロウ」
「アアアアアアアアアッ!」

小さい呟きにアイゼンフロウは答えると、開いた口の奥に黒い光が見えた。
その光は瞬きをする間に力を増し―――――咆哮となり、放たれる。
黒い闇の咆哮はピンやボールを容赦なく包み、纏う光を奪い去り、地に落とす。

「くっ……だったら!召喚―――――」
「同時召喚・天舞う竜の翼舞(ワイバーン・ウィングダンス)

フラウの手に魔法陣が展開しかける。
が、それを封じる手をサルディアは既に打っていた。
魔法陣から無数の羽が飛び散り、フラウを囲むように円を描いて舞う。
他の羽は手錠のようにフラウの腕を拘束し、体の自由を奪っていく。

「あなたは私から奪ってはいけないモノを奪いかけた」
「ちょっ…何なのよ、コレ……!」

右手をフラウの方に向けたまま、サルディアが呟く。
普段の温和な彼女とは全く違う、怒りに燃える瞳を向ける。
フラウは拘束を解こうともがくが、羽が離れたと思えば別の羽が拘束し、なかなか解けない。

「私ね、人にはそれぞれ大切なモノが1つはあると思うの。大切で大切で、無くすなんて考えたくないくらいに大事なモノが」

ゆっくりと、サルディアの右手の指が動く。
指を鳴らす体勢に入る。

「そして――――――」

パチン、と。
静かな空間に、サルディアが指を鳴らす音だけが響いた。
桃色のツインテールをはためかせ、僅かな微笑みを浮かべて、告げる。



「人は、大切なモノの為なら、幾らだって残酷になれると思うの」



その一言が、フラウに届いたのか否か。
それは誰にも解らない。
サルディアの呟きと同時に、アイゼンフロウの咆哮が放たれた為だ。

「――――――――っ!」

悲鳴すらも掻き消した、飛竜(ワイバーン)の咆哮。
漆黒の咆哮が消え失せ前が見えるようになった時には、フラウは既にボロボロの傷だらけで倒れていた。

「少なくとも、私はそうだよ」

アイゼンフロウを異空間へと戻す。
倒れるフラウの姿を見つめ倒れ込みながら、サルディアは誰に言う訳でもなく呟いた。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
えーっと、とてつもなく大きな問題を発見しましたので、一応ご報告を。
ライアーの過去のお話で、ライアー達がギルドに来たのは5年前、と表記しましたが、よくよく考えると6年前のハッピー誕生の話に登場してるんですよね、彼等。
なので、ギルドに来たのは7年前、と修正しました。
今後はこういう間違いが無くなりますように……。

感想・批評、お待ちしてます。
アイゼンフロウは死なせませんよ!わりとお気に入りなんで。 
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