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いがみの権太  〜義経千本桜より〜

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第二章


第二章

「私の後から!」
 こう告げて二人を先に行かせた。そのうえで追っ手に対して向かうのだった。
「ここは行かせん!」
「むっ、貴様は!」
「小金吾か!」
「ならばどうする!」
 小金吾もまた退くつもりはなかった。
「私の首、手に入れるつもりか!」
「ぬかせ、では望むままにしてくれよう!」
「覚悟せよ!」
 小金吾も追手達も既に刀を抜いていた。そうしてすぐに斬り合うのだった。
 激しい応酬の後で追手達はこの場は退いた。小金吾はそれを見届けてから何とか退こうとする。しかしそれはできそうにもなくなっていた。
「くっ・・・・・・」
 既に傷を負ってしまっていた。しかもかなり深い。
 見れば若葉も六代も既に姿を消している。彼はその目的は達していると言えた。
 それを確認してまずは満足した。しかしであった。
 彼はそのまま倒れ事切れてしまった。傷に耐えられなかったのである。だがここでまた一人道を進んできた者が出て来たのであった。
 一人の老人であった。彼は道を歩いていてその事切れている小金吾に気付いた。そうしてその顔を見てあることを決意したようであった。
「お許し下され」
 詫びの言葉を出し左手だけの合掌をしてからそのうえで小金吾の持っていた刀を振るった。老人もまた何か思うものがあるようである。
 この下市村ではある寿司屋が繁盛していた。客の出入りが激しく彼等は口々にこう言うのであった。
「ネタがいいんだよな」
「ジャリも選んでるよな」
「それに酢も効かせてくれててな」
 寿司に必要なものは全て揃っているということである。
 それだけでも繁盛しない筈がないがそれだけではなかった。この寿司屋にはもう一つ看板があった。その看板が何かというと。
 店の娘お里であった。彼女の美貌と愛想のよさがまた客を集めていたのである。そしてこの店に最近もう一つ評判になるものがあった。
「あの若い衆だよな」
「ああ、弥助さんな」
 その弥助という若い使用人も評判になっていたのである。
 彼はかなりの美男子であり背筋もよく寿司屋の使用人とは思えない程気品があった。その彼の寿司屋の使用人らしからぬ気品や物腰も評判になっていたのだ。
「親父さんも気に入ってるのかね」
「そうだろ?」
 このことはすぐに肯定された。
「あの名前あるだろ」
「弥助って名前か」
 そのことも確認されたのだった。
「あの名前がどうしたんだよ」
「だからあれだよ」
 この名前のことも話されるのだった。
「親父さんの名前は知ってるよな」
「弥左衛門だったよな」
 これがこの寿司屋の主の名前である。
「それは知ってるぜ」
「若い頃の名前は弥助だったんだよ」
「弥助?」
「そうだよ、弥助だよ」
 このことを知っている者は少なかった。弥左衛門も結構な歳だから彼の若い頃を知っている者もあまり多くはないのである。店に出入りする客は誰も案外若かったのだ。
「その名前を襲名させたんだよ」
「自分の若い頃の名前をか」
「ああ、そうだよ」
 このことが強く確認されるのだった。
「つまりな。親父さんはあの弥助さんをな」
「かなり見込んで気に入ってるってことか」
「その通りさ」
 こう答えが出されたのだった。そして弥助はお里とその仲がかなりよかった。店の者達も客達もやがて彼等が式を挙げ店を継ぐのではと思っていた。
 そしてここで。こうも言われるのだった。
「もっともなあ」
「あいつさえまともだったらな」
「全くだよ」
 それまではにこやかな話だったがそれが止まってしまったのだ。
 
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