| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

いがみの権太  〜義経千本桜より〜

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章


第一章

              いがみの権太  〜義経千本桜より〜
 平清盛の長子は重盛といった。平家きっての出来物でありその度量も才覚も清盛をして平家の柱であると思わせるものがあった。
 その子が平維盛であるが彼は美男子として知られていた。だが平家滅亡後彼はその行方を絶ち生きているかどうかさえわからない有様であった。しかし彼の正妻である若葉内侍は二人の間の子である六代連れて夫の行方を探していた。
 美しい女である。楚々とした細長い顔立ちをしており目は実に麗しい。髪は黒く絹のようである。その子六代も両親に似たのであろう実に整った顔をしている。その二人を前髪立ちの若武者小金吾が護っていた。
 凛々しい顔立ちをした精悍な若者であった。彼は二人の側を離れず始終護っていた。その一行は今大和の下市に来ていた。当然維盛を探してのことである。
「お父様はここにいるの?」
「そう聞いているけれど」
 一行は今団子屋で休息を取っていた。若葉はその中で我が子に対して告げていた。
「この大和に」
「はい、どうやらそのようです」
 小金吾が二人のその言葉に応えて述べてきた。
「維盛様に御会いできるのも間も無くです。もう少しの御辛抱です」
「わかりました」
 若葉が彼のその言葉を受けて頷いた。
「それでは暫く休んでそれから」
「また発ちましょう」
 こうした話をしていた。そしてそこに一人の若い男がやって来た。
 髪は剃っておらずそのまま髷にしている。服は町人のものである。はいているそれがいささか短く逞しいふくらはぎも見える。顔立ちは何処か目が鋭く左目の下に大きなほくろがありそれがかなり目立っている。
 その男がやって来たのだった。そしてすぐに周りを見回しだした。そうしてそのうえで言うのであった。
「ああ、居たな」
「むっ、そなたは」
 小金吾は彼の姿を見てすぐに立ち上がった。そうしてその手に持っている箱を差し出すのであった。
「よく戻って来てくれたな」
「お侍さん、それですよそれ」
 若い男は明るい声でその箱を指差しながら言うのであった。
「その荷物。間違えて申し訳ありませんね」
「いや、それはいい」 
 小金吾はこのことはいいとしたのだった。
「それはな。それよりもだ」
「はい。それじゃあ」
 まずは荷物を交換する。男は団子屋のその椅子のところで荷物を調べる。するとすぐにこう言いだしたのであった。
「!?ねえな」
「ないだと?」
「そうですよ。金がないんですよ」
 あからさまに怪しむ顔で小金吾を見ての言葉である。
「金がね。どうしたものですかね、これって」
「まさかとは思うが」
 小金吾はすぐに彼が何を言いたいのか察した。そうして眉を顰めさせて男に言うのであった。
「それがし達が盗んだとでもいうのか!?」
「いえ、そうは言いませんがね」
 口ではそれは否定した。流石に相手が武士だからである。
「けれどないもんはないんですよ。どういうことですかね」
「武家の者を怪しむというのか」
 小金吾も武士だ。それに対して憤らない筈がなかった。
「ならばここで」
「お待ちなさい」
 しかしここで若葉が立ち上がり二人の間に入った。
「奥様」
「小金吾、今は大切な時です」
 まずはこう彼に告げるのであった。慌てたような顔で。
「ここで騒ぎを起こしては」
「しかしです。この者はどう見ても」
 そうであった。かたりであった。武士としてそのような者に付け込まれることが我慢できなかったのだ。しかしそれでも若葉は言うのであった。
「それでもです。見つかってしまえば」
「くっ・・・・・・」
 歯噛みしたが仕方がなかった。小金吾は止むを得なく二十両を路上に投げ出した。男はすぐにそれを懐に入れると彼に顔を向けてにんまりとして言うのであった。
「やっぱりありやしたね」
「貴様、よくもぬけぬけと」
 また柄に手をやる。しかし男はさっと後ろに飛び退いてそれから言うのであった。
「危ない危ない。じゃあ俺はこれでな」
 そのまま何処かに去って行った。小金吾は今は苦渋に顔を歪めさせるしかなかった。
「世が世ならあのような輩に」
「それは言っても仕方ありません」
 若葉がその彼に対して告げる。彼女も苦しい顔であった。しかしそれでもであった。
「だからもうここは」
「はい。行きましょう」
 一行は落ちぶれた者の悲しさを味わいながら立ち上がり再び歩きだした。暫く路を進んでいると後ろから。剣呑な声が聞こえてきたのであった。
「いたぞ!あそこだ!」
「あそこにいたぞ!」
「!?まさか!」
 小金吾はその言葉にすぐに振り向いた。するとやはり彼等がいた。
「あれが若葉内侍だ!」
「子の六代もいる!」
「逃がすな!」
 口々にこう言って刀を手に追ってきたのであった。小金吾もそれを見てすぐに刀を抜いた。
「ここは私にお任せを!」
「小金吾!」
「奥方様と若様は先へ!」
 そして二人を先に行かせようとする。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧