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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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34,赤鼻のトナカイ

こんな場所がまだ、あったのか。
言葉を紡ごうとして開いた口から、ただ白い息だけがこぼれ落ちていく。
クリスマスイブの雪も相まって、踏み込んだマップは言葉にできぬほどの美しさだった。

本当に迷いの森という地形は何かを隠すには最適の場所なのだろう。
景色に見惚れていると、次第に上空からリンリンというリズミカルな鈴の音が響き渡ってきた。

頭上を巨大なソリが通り過ぎ、そこからこれまた巨大な赤と白の巨人が落下してくる。

ドシンと降ってきたサンタクロースであろう人物は俺の持っていたイメージとはかけ離れていた。

俺達の三倍はあるだろう巨大な体躯とダラリとぶら下がったかのような長い腕。
長い灰色のヒゲは清潔感の欠片もなく、顔の下半分を覆い隠し、上半分では赤い小さな瞳がグルグルと動き回っていた。
左手の蛇尾袋はどちらかと言えば子供へのプレゼントというよりも子供を拉致する為に持ち歩いているように見えてしまい、なによりも右手の斧の凶悪さが聖職者ではないことを雄弁に語っている。

「タチの悪い冗談ダナ」
アルゴの顔には明らかにこの悪趣味な意匠への嫌悪が宿っていた。俺の方も五十歩百歩というところだろう。

背教者ニコラスはモゾモゾと口を動かした。
きっと、何かしらのクエスト前の台詞でもあるのだろう。
一度しかない行事だし、しっかりと聞いてやるかと思った所で、

「うるせえよ」

そのオープニングはキリトの放った《ヴォーパルストライク》によって強制キャンセルされた。荒っぽい先制の一撃のよってボスのライフゲージが数ドット減少する。
気の遠くなるような長い戦闘の始まりになることはまず間違いない。
背教者は怒声をあげながら、重斧を振り上げた。その動きは緩慢で十二分にバックステップの余裕がある。
キリトなら回避して、その隙にまたソードスキルを叩き込める。その一撃に合わせるべく、スタートを切ろうと腰を落とし、

――目の前のキリトはそれより先にスタートを切った。

「――っな」
アホか、と言おうとしたがそれよりも先にスタートを切った足が雪を蹴り上げる。
重斧はキリトの真横を通りながら地面を抉り、その斧の上へとキリトが飛び移った瞬間に、巻き上がった白雪によって視界が潰された。

雪の中から甲高い斬撃音とライトエフェクトが吹き荒れる。恐らくは、キリトの攻撃――なら、相手は恐らく攻撃を食らって怯んでいるはず。
「おおおお」

雪の中へと飛び込んでいく。
白で埋め尽くされた視界で背教者は肩口を切り裂かれてもなお、その斧を振り上げようとしていた。
持っていた短剣で素早く両目へと投擲。そのまま素手のまま体術スキル<アバランシュ>で正面から腹を抉る。

モンスターであろうとも、目を突かれれば視力を落とし、鼓膜を破れば音を聞こえなく出来る。それがホンの数秒のことでも背教者は両目を手で覆い、スキルをキャンセルさせられた。
連撃を重ねようと予備の短剣を抜こうとした所で、背後にチクリと嫌な感触がした。

本能のままに右へとステップした瞬間、自分がいた場所にあったのは一本の剣だった。
漆黒の切っ先が、刀身がその場を通り過ぎ、鍔と柄を経て、同じ色の使い手がその場を突進していく。遅れて響くジェット戦闘機めいた爆音。

単発重攻撃スキル<ヴォーパルストライク>、背教者の巨体ですら後方へと吹き飛ばすその威力は、俺みたいなAGI頼みのプレイヤーだったら一撃でHP0になりかねない。
「キリト、お前――」

思わず、キリトに詰め寄ろうとした所で、硬直がとけたキリトが腰を落とすのが見えた。
視線の先を見ると、アレほどの一撃を与えたにもかかわらず、重斧を振り上げた背教者がこちらに飛び込んでくる。
キリトを狙った一撃は積もっていた白雪を大きく巻き上げた。

視界の悪さに後退し、短剣をクイックチェンジで交換する。一瞬の光の瞬きの後、磨きたての刀身は月明かりを受け、キラリと輝いた。

「クロちゃん、無事なのカ?」
「俺は、問題ねぇよ。俺はな」

雪は煙のようにもくもくと立ち込め続ける。
少しずつ、舞い上がっていた雪が収まってきたところで、再び轟音と共に雪が舞い上がり、鋭い風切り音と共にさらに上空へと飛翔する。

終わりの見えない繰り返しの後、雪煙の中からプレイヤーが文字通り吹き飛んできた。
身に纏った黒いマントは肩口の辺りが大きく切り裂け、デジタルデータの空虚な内部を露出している。
キリトの頭の上のゲージはすでに、レッドに変わっていた。
しかし、吹き飛ばされるのを逆に利用して射程外に逃れたキリトは素早くポーチから回復結晶を使うと、そのゲージは一瞬で青へと変化する。

「おおおおおおおお」

剣を地面へと突き刺し、喉が張り裂けそうな唸り声が木霊する。
弾丸のようにまた突き進んでいくキリトは緩慢な振りの斧を避け、返す刀でニコラスの右腕を大きく切り裂いた。

空中でさらに体を曲げて追い討ちの<閃打>を放ち、クーリングタイムなどお構いなしに剣を振りかぶろうとする。
対するニコラスも切り裂かれた腕など気にもせず大斧を薙いだ。

空中で交差する二つの得物が均衡したのはホンの一瞬、次の瞬間にはキリトはスーパーボールのように地面をワンバウンド、そのまま雪原の中へと打ち付けられた。

直撃ではないとはいえ、あれはヤバイ。助けようと走り出す俺はしかし、たったの数歩で立ち止まった。
視線の先で、キリトはまるで何事も無かったかのように跳ね起き、先程よりも苛烈な剣檄を叩き込んでいく。

その様は、俺が知っているどんなモンスターよりも機械的で荒々しい。
俺は段々と、あれがキリトなのかの確信が持てなくなってきた。
まるで、人の姿をしたモンスターが暴れているかのような原始的な暴力。

キリトは、俺達の目の前で何度も何度も吹き飛ばされた。
そして、何度も立ち上がって数値的な痛みを回復結晶で無くし、再び剣を振りかざして走りだす。

「なんだ……あれ」
言葉が出て来ない。こんな戦い方を俺は知らない。いや、認めたくないのだ。
敵の攻撃を受け、吹き飛ばされることによるクーリングタイムの時間稼ぎと回復。全体重を預けたソードスキル。言葉の上では、それが戦闘テクニックとは分かっている。
だけど、それはあくまでもシステム上の話だ――黒一色の防具からポリゴンが見え隠れするあの様を、誰が全回復と呼べるのだろう?

「オオオオオォォォォォ」
誰のものかも知れない雄叫びが、綺麗な月夜に木霊する。
俺は、ただ、その様を眺めることしか出来なかった。


結局、1時間も経たぬうちに<背信教ニコラス>は跪いた。

【イベントボスが撃破されました。イベントボスが撃破されました。】
クリスマスイベントの終了アナウンスが全域へと拡散されていく。それに伴って、クラインがワープゾーンから飛んできた。

「おい。三人共、無事かよ!?」
「生きてるよ」

それを勝利と呼ぶはずなのに、全く喜べやしない。命知らずなプレイイングをしていた俺ですら、あり得ないと思うほどの捨て身プレイだった。

キリトの手から剣がスルリと抜け落ちる。剣は地面へと突き刺さること無く霧散し、同時にボスの巨体も砕け散った。代わりに、ニコラスが後生大事に抱えていた蛇尾袋だけが、その場へと転がっている。

ふらふらしながらも、キリトが袋へと近づき、封印となっている真紅のリボンを手で引きちぎった。袋からは思いっ切り振ったコーラみたいにアイテムが次から次へと噴き出した。
早い者勝ちなのか? という疑問は噴水の頂点を見て納得した。アイテムのオブジェクト化は頂点で解け、そこからは小さな水飛沫の様に戦闘参加者のアイテムポーチへと降り注いでくる。急いでアイテムポーチを開けると、既に容量は限界ギリギリだ。

「どこだ……どこだ……」

 キリトの呟きへのリアクションはゼロ。俺もアルゴも自身のアイテム欄を整理するのに必死だった。大量に入手したアイテムはどれも最前線で使える一級品。いちいちステータスをチェックしたい衝動を抑えつつリストを捲っていくと、

「――あった」

 目当てのアイテムは俺の取得リストの中に確かに存在した。

「クロちゃん、本当にカ?」
「確かか? 間違いないか?」
「マジかよ。おい、俺にも見せろ」

 三人が眼の色を変えてコチラに迫ってくる。アイテムウィンドウを可視化して見せてやろうかと思ったが、既のところで思いとどまった。別の設定を少し弄り、お目当てのアイテムをオブジェクト化する。
「ああ、間違いない--<還魂の聖晶石>。確かに、蘇生アイテムだ」
 金色の装飾で象られた青色の水晶をキリトの方へ差し出した。中でキラキラと輝いているのが魂の様に、見えなくもない。
「ほれ、キリト。やるよ」
「あ、ぁぁ」
結晶を差し出すと、キリトがためらいがちに手を伸ばしてきた。ようやく、手が結晶に触れようかというところで、俺がスッと手を引いた。
「――渡す前に聞いとくか。誰を生きかえらせるんだ?」
一瞬、キリトの顔がポカンとした。そしてすぐに苦痛に耐えるように顔を歪めていく。
「誰を生き返らせるんだよ。ダッカーか?テツオか?ササマルか?」
「く、クロちゃん。ソレは――」
 アルゴの言葉をクラインが腕で遮ってくれた。顔は真剣な表情で俺を睨んでいる。任せる、と、シクジッたらタダじゃおかねえ、ってとこか。
 任せろよ、目で合図をしてキリトの方に向き直る。キリトはワナワナと唇を震わせているが、言葉は未だに出て来ない。
「選べよ、キリト。 誰が生きているのがベストなのか?誰がいれば満足なのか?誰がいれば――サチやケイタに許してもらえるのか」
 言葉にした瞬間に、胸の底がギュッと縛られた。ごめん、みんな。だけど、今だけは許してくれ。手を緩めたら、ここを逃したら、キリトはもう二度と立ち直れない気がする。

「お、俺は――」
キリはとうとう膝をつき、うわ言のように三人の名前を繰り返した。涙が頬を伝った時、ようやくその呟きが意味を持った。
「無理だ、選べないよ。誰が生き返っても――サチは、悲しむ」

「わかってんじゃねえか」
俺は、キリトの頭をポンと叩いた。敢えて強めに。きっちりと脳みそまで届くように。

ムードメーカーのダッカー。
大人しいけど常に冷静なササマル。
真面目なテツオ。
――誰か、一人でもいなきゃ、あのときの月夜の黒猫団は成立しない

「もう、俺たちはあのときには戻れない。俺も、サチも、ケイタも。キリト、お前もだ」
悪かった。そう言いながら、俺はアイテムウィンドウを可視化する。アイテム説明欄には、「死亡後、10秒以内」という絶望的な数値が記入されていた。
あまりにも短い利用時間。それは、SAOでプレイヤーのHPが0になってから、ナーヴギアが脳を焼ききる為の準備時間でしかない。

なるほど確かに、事実は俺の想像以上に悪趣味だ。死に物狂いの結果がコレでは。生き返らせたい人がいるプレイヤーほど、絶望が重くのしかかる仕組み。
キリトに必要なのは、こんなモノじゃない。

「皆はもう戻らない。だけど、まだ残ってるものがお前にだってあるだろう?」
クイックチェンジでアイテムを切り替える。青色から緑色に変わったクリスタルはちょっと金を払えば簡単に買えるメッセージ録音クリスタル。<還魂の聖晶石>とは天と地との価格差だ。
カチ、とクリスタルのボタンを押し込み、音声を再生する。
だけど、今のキリトに必要なのは、天と地との差をもって、この言葉だと断言できる。


「――メリークリスマス、キリト」
サチがゆっくりと話しだす。心細さと優しさと強さをきっちり三等分にしたような、そんな声。まるで、子供を諭すように、ゆっくりとゆっくりとキリトの心から憑き物を落としていく。


「クライン、泣いてんのか?」
「バカ野郎、ごべはゆきだ。ゆぎぃ」
「そうか――」

真っ赤な嘘を敢えて正さず、俺はそのまま天を見上げた。綺麗な月夜から真っ白な雪が落ちてくる。頬に当たった雪は、心地よい冷たさをを残して溶けていった。

不意に二の腕が暖かくなる。見るとアルゴがイタズラでも思いついた顔でコチラを見ている。
「雪が、良く降るナ?」
「ああ。本当に今日は雪が多い」

会話はソレっきり。だけど、ソレで充分だ。
滲む世界の中、〈赤鼻のトナカイ〉が月夜を優しく包み込んでいた。

 
 

 
後書き
やっと、ここまで来たよ~~

サチからのメッセージは敢えて書きません。
脳内記憶力とは恐ろしいもので、SAOのあの文章を一文字でも変えたくないという、拒絶感があるからです。

ですので、文章は各々で想像してもらえれば、と思います。 
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