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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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35,再開と再開

アルゲート――それが50層の主街区の名前らしい。
アジアの某国を思わせる猥雑な町並み。ただでさえ今までで今までの主街区の中でも1,2を争う広さなのだ。その収納力は確たるや、道を曲がれば未知という状況だ。一度などアルゲートそばなんて大学生なら一度は入ってみたいキナ臭い店に出くわしたが、今は後回しにしよう。
そんな魅力的な街中をウロウロすること数時間――やっとのことで俺は目当ての店へとたどり着いた。
ゆっくりと扉を開けると、カランカランとベルが鳴った。応対用のNPCは雇っていないらしい。それも納得してしまうほど店内は狭く、奥の作業部屋と店内を分けるのは売り物の剣を突き刺したタルという有り様だ。床や壁にも所狭しと武器が並んでいる様子は武器屋というよりも武器庫といった方が近いかもしれない。

「――いらっしゃいませ」

 そんな武器をかき分けるように店主が不機嫌そうに顔を出した。ややガンを付けるようにコチラを見たリズベットはタップリと俺を見て、疲れているのを確認するようにゴシゴシと目を擦る。

「おう、リズベット。久しぶり」

 俺が間違いなくクロウだということを認識し、幻影でもバグでもないのを確認すると、リズベットは柱に手をついて、はあ、とため息をついた。

「全く顔を見せないから、どうしたのかと思ったのよ。今まで、なにやってたのよ」
「ああ、ちょっと色々あってさ。中層エリアに引っ込んでたんだ」

 ほんの僅かなイントネーションの違いを感じ取ったのか、リズベットは怪訝な顔を一瞬だけ見せ、ふうん、と興味なさげに頷いた。

「まあ、それならそれでいいわ。言いたいことはあるけど、戻ってきたならソレでよし。で、今日はどうしたの? 私の自信作達の研磨? それとも強化?」

敢えて聞かない――それは相手への気遣いとしてはベストなものだろう。だけど、今回の目的は正にその聞かない部分が大事なわけで.

「すまん。実はな……」

と俺は語りたくないし、聞きたくないであろう物語を話すことになった。


「――で、私の自信作たちは全部、折れちゃいました♪と」
「はい、折れちゃいました。すみません」

左手のスミスハンマーで肩を叩くリズベットは俺の笑顔にウンウンと頷いた。空いている右手がアイテムウィンドウを弄り、特大の砥石をオブジェクト化する。俺はその砥石を泣く泣く受け取り、正座する膝の上に積み重ねた。本日、3回目の追加石である。
「全部、折、れ、ち、ゃ、い、ました?」
「わ、私めのせいで、折ってしまいましたぁぁ、もう1個は無理。足が折れる!!死ぬ!!」
「大丈夫よ、圏内だし」

石抱き――三角形の木を敷き詰めた床に正座し膝の上に石を乗せるという、日本の古き良き拷問手法だ。ちなみに、三角形の木はなかったので、三角形に加工したインゴットが俺の脛に深々と食い込んでいる。

「それで、また私に武器を作って欲しいと。また、折 ’れ’ ちゃうかもしれないのに?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう二度と武器を折らないようにしますので、許してください」

よろしい、とリズベットがすべてのアイテムをポーチに格納する。そのまま前のめりにぶっ倒れる俺に、リズベットは上から呆れたとばかりにため息を振り落としてきた。

「全く、それにしても来るのが遅いわよ。今の話だと、1ヵ月前には私の武器は全滅してたんじゃない?」
「す、スキル取得やレベリングやら後始末やらが忙しかったし、やっぱり気が重くてさ」

 ここに来るまでの2ヶ月くらいは、出来るだけ他の武器種を利用したり、少しのドロップ品の性能の低い短剣を利用して凌いでいた。ここに来なかった第一の理由が、それが今の俺に必要不可欠だったというのはあるにはある。
だけど、心を込めて作ってくれた物を壊したのが後ろめたかったというのが素直なところ。それが、気持ちを込めて丹念に作ってくれたものなら尚更だ。どんな気持ちでリズベットがハンマーを振るっているのか、察せられないほど馬鹿じゃない。

だけど、リズベットはそんな女々しさを鼻息一つで吹き飛ばした。

「まあ、確かにショックだけどさ。それだけじゃ、こんなに怒らないわよ。半分くらいは、八つ当たりだし」

ポン、ポン。とハンマーを叩きながら、リズベットは椅子に腰をかける。俯きながら呟く様はいつもとは違って少し寂しげだ。

「この前、お得意様に逃げられてさ。もっと、腕の良いメイサーがこの界隈にいるらしいんだ。まあ、命を預ける武器なんだからしょうがないんだけどさ」

ああ、つまり俺も鞍替えしたんだと思っていたわけか。確かに、店に来なくなるのは普通なら客に逃げられたと考えるだろうな。そういう目で店を見渡すと確かに閑古鳥状態だ。長い時間ここにいるというのに、他の客は入ってこない。店も露天時代と比べると豪華だが、最前線の鍛冶師にしては寂れているという感じがする。儲かっている店は大通りの店を貸し切ってNPCに商売を任せている奴もいるほどだというのに。

「お前は、いい鍛冶屋だよ」

自然と口から出た言葉を聞いて、リズベットが顔を上げた。余りに間抜け面だったので思わず吹き出すと、リズベットも怒るのもバカバカしいとばかりに顔を緩ませた。

「なによ、それ。まるで口説き文句じゃない?」

「その言い方だけは勘弁してくれ。どこぞの情報屋が石抱きの方法と一緒になんて言ったか買い取りに来る」

「あはは、それは楽しそうでいいかも。お金になるし」

そう言いながら、どちらかとも知れず、笑いだした。その後の軽口には湿っぽい感情はもう一切ない。これでいい。俺もリズベットもセンチメンタルは柄じゃない。

「さてと。じゃあ、パワーアップした私の腕を見せてあげましょう。数と品質はどうするの?」

 本題に入る段階で、俺は店の中をぐるりと見渡した。周囲に人はいない。まずは声のトーンを下げて当り障りのないところから聞いてみる。

「ちなみに、忙しいのか?」
「数人の攻略組から研磨の依頼があったけど、ほぼ終わってるわ。だから、今は新商品の準備中」
「つまり、開店休業状態か。なら、大口の依頼をしても問題ないな?」

俺のしゃべり方の余りの不自然さにリズベットが眉を潜めた。その顔にもう少しだけ顔を近づけながら、俺は囁くような声で注文を始める。中二病ではないけど、外で誰が聞き耳スキルを使っているとも限らない。

「とりあえず、短剣は10本分で、軽さとしなやかさをメインで頼む」
「10本!? そんなもんでいいの?」
 
この広いSAOのプレイヤーの中で、短剣を10本しか作らないと聞き返されるのは俺くりのものだろう。普通のプレイヤーなら、メインウェポンを2・3本、それに投擲用のピックを数本が関の山だ。

「ああ、構わない。その代わりといっちゃなんだけどさ、誰にも言わずにこれを作って欲しいんだ……」

口で語るよりも見たほうがいいだろう。オブジェクト化したのは耐久値が見るからに低そうな東洋風の巻物だ。慎重に開いてリズベットの前に転がす。リズベットは怪訝な顔で一度読み、びっくりとした顔でもう一度、そしてまさに職人顔になってさらに読み込んだ。

「クロウ!? これって……」
「数ヶ月来なかったのは、このクエストをこなしていたからだ。NPCからの報酬だから紛い物じゃない。で、作れるか?」
 
 リズベットは俺の顔を見ること無く、巻物に没頭している。正直オレにはちんぷんかんぷんな巻物だった。きっと熟練した鍛冶職だけが意味を見いだせるようにプログラムされている――気がする。

「俺だって半信半疑だ。作って出来なきゃそれでいいし、失敗しても金なら払う」
 
 ウィンドウのアイテム交換から全財産に近い額をリズベットへと転送する。見せたからには、やってもらわなきゃ困る。レシピだけ奪われました、じゃシャレにならない。
 リズベットは、俺と、巻物と、そして送金した金を順番に見た。なんだ、閑古鳥だから金に困っているのかと思っていると、何故かその半額が俺へと突き返されてくる。

「やってやろうじゃない!! 残りは成功したらで構わないわ」

 リズベットの瞳がメラメラと燃え上がっている。リズベットのゲーマー魂にどうやら火を付けてしまったらしい。初めて剣を作ってもらった時と一緒。こりゃ間違いなくいい武器が出来るだろうな。

「じゃあ、頼んだぜ!! 短剣の方は、攻略戦には間に合わせてくれ」
「あたりまえでしょ。あんたが攻略戦で死んじゃあ、報酬もらえないじゃない」

 死なねえよ。と親指を下に突き立てて店を出る。さてと、攻略会議が終わったら金を集めなくっちゃな。俺は、スケジュールに頭を悩ませながら歩き出すのだった。
 
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