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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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33,戦場のメリークリスマス

雪がシンシンと降り積もる中、待ち人は約束よりもだいぶ遅れてやって来た。
店内に入るとせわしなく両手を動かし、フードに付いた雪を払い落とす。
コートごと脱いでしまえば、さらに言えば装備を解除して再装備した方が楽だが、こいつが装備情報をタダで教えなんてありえないことだ。
もしかすると、フードを両手で払う姿が鼠の毛繕いにしか見えないのも、何かの計算なのかも知れない。

ひと通りの雪を取り払うと、アルゴは俺の目の前の席にドサリと座った。
片手間で打っていたメールも送信し終わったので、俺は分かりきっている結果を聞いてみることにした。

「ダメだったか?」
「ぜーんぜん、ダメダ。本当に一人で戦うつもりだヨ。そっちは?」
「返事なし。完全に無視を決め込んでやがる」

二人して硬くなってしまったフランスパンに齧り付くけど、互いの顔はいつになく苦々しいかった。
テーブルの上には香ばしい匂いのするチキンや色鮮やかなシャンパンがところ狭しと置いてあるけれど、どうしても鈍く見えてしまう。

そんな俺達とは対照的に店内は幸せに満ち満ちている。
俺の隣にいる約一名を除いて、この町のなかでも洒落た方であるレストランにはカップル連れが占拠していた。
幸せそうに頬を緩ませ、恋人との甘い一夜に浸っているのだ。

そういう俺だって、本来ならクリスマスイブらしく洒落た食事を過ごしたい。だけど、今このテーブルに限ってはそんな浮ついた雰囲気はない。
理由は二つ。

「おい、アルゴ。クロウ。早く行こうぜ。おりゃ、もう耐えられねぇよ」
隣で貧乏ゆすりをしながら頭を抱えている野武士面の男があまりに可哀想なのが一つめ。

「クラ助。嫉妬は男の価値を下げるゾ」
「というか独りのクリスマスくらい慣れてんだろ。みっともねぇぞ」
「オメェら、覚えてろよ。というより、今はキリトの方が先だろうが!!」

二つ目は、今まさに俺たち三人共通のダチが自殺をしようとしているということだ。



俺達三人は連れ立って、35層の主街区へと足を運んでいた。
転移門のそばで待っていた風林火山の他メンバー達と合流し、10人で迷いの森を進んでいく。

先行するキリトとの距離が近すぎると尾行に気づかれ、逆に遠すぎては迷いの森の土地柄もあって見失ってしまう。
慎重かつ大胆に、俺達は足あとを追っていた。

「クライン、あると思うか?」
「ねぇだろ。どう考えてもガセネタだ」

俺が気になっていた問題を、クラインは一言で切り捨てた。
聞いたのは他でもない。クリスマス限定のイベントクエストの報酬と言われているアイテムの事だ。

クリスマスイベントボス《背教者ニコラス》が持つと言われているプレイヤー蘇生アイテム。
普通のゲームでは必ずと言っていいほど存在するアイテムはSAOには存在しない。それが現在の通説だ。ゲームで死んだら現実の脳みそもレンジでチンされるシステムに蘇生の制度などない筈だ。

しかし、だからこそ蘇生アイテムの存在を信じる人々も存在する。
彼ら曰く、実は死亡の処理はまだ行われていない、とか。実は誰も死んじゃいない、とか。
まあ、その推測が間違っていることを俺は現実世界で見知っているのだけど。

「しかし、オメェ。情報ならアルゴの出番じゃねぇのか?」
「……初めてのクエじゃあ情報のとりようがネーヨ。NPCの話では蘇生アイテムがあるらしいけど、本当かかどーかは分からないナ」

SAO内の最高の情報屋ですら、この程度の情報しか持ち合わせていない。それがある意味ではこの騒動に拍車をかけている。
この一ヶ月ほど、全ての情報屋が死に物狂いで探し回っていた。
俺とアルゴもボスの情報を求めて走り回ったが、手に入るのはボスの名前ばかりで、報酬やボスのポップするモミの木の位置は掴むことが出来なかった。
普通ならこんな状況でやる気が無くなって然るべきだが、報酬の話ばかりが独り歩きし、今やほぼ全てのプレイヤーが参加する祭りの様な状況になってしまっていた。

「クロウ、オメェはどう思ってんだよ?」
「……あるかもしれない。そっちの方が悪趣味だからな」

そう言うと、二人は首を傾げた。
「悪趣味?あれば死んでも助かるんダゾ?」
「悪趣味だよ。49層まで1つもドロップしていないアイテムだ。当然、ドロップするとしたらSレア級のアイテムってことになる」

ここで、俺は一呼吸をおいた。
これからする質問は自分でもタチが悪いと思う。

「アルゴ、俺が死にそうだったら蘇生アイテムを使うか?」
「使うナ」
「じゃあ、クラインだったら?」
「……まあ、使うナ」
「その妙な沈黙は何だよ!!おめぇ、パッと答えろよ!!」

激高するクラインを横目に、俺はといえば即答してくれた事にホッとしていた。
自分勝手に逃げ出してからというもの、俺はアルゴに情けない姿を見せっぱなしだった。
とっくに愛想を尽かされていてもおかしくなかったのだが、そうじゃなくてよかった。
しかし、そういえばアルゴはこんな俺のどこを信じて相棒として行動してくれるんだろう?
ベータの時の一件があるにはあるけど、それだけじゃない気もするけどな。

「で、どーしてそんな事聞くんダ?」

と、本題はここからだ。

「じゃあ、例えば偶々目の前で死んだ奴相手にそれを使えるか?1つしかなくて、それを使えば次に俺やクラインが死んでも救けられなくなるかもしれないのに」
「う~~~ん、それとっとくナ――って、そーカ。そーいうことカ!!」

俺は、それ以上の説明をせずにただ首を縦に振った。

持っているプレイヤーは助けるかどうかで思い悩む。
仲間が持っているプレイヤーは救けられるかで思い悩む。
そして、持っていないプレイヤーはどんな手を使っても――例えPKをしてでも、手に入れようとするだろう。
蘇生アイテム自体が、SAOというゲームの新たな火種になることはまず間違いない。

人を救うために人を殺す結末を生む魔性の秘宝。それはどうしてだか――この世界一血生臭いゲームにはぴったりの逸品だ。

「正直言って、俺はあって欲しくないと思ってる。ガセネタだったで終われば、それが一番いいんだ」

目を閉じながら、告げた言葉はそのままグサリと自分に突き刺さった。
月夜の黒猫団が本当に元通りになるなら、俺だってそうしたい。

多くのプレイヤーが、そのたった一筋の希望を手に入れようとしている。
キリトも、俺も、そう強く願う気持ちに悪意はない。だからこそ、質が悪い。
見上げた月は心なしか、いつもよりも冷たく光っているように見えた。


ワープポイントを超えた瞬間、やはり、そのポイントが最後だったということを俺たちは理解した。
やっと追いついた黒の剣士は片手で剣に手をかけ、油断なく俺たち10人を睨みつけている。

その様子は明らかにダチに対する態度じゃない。
顔には、焦燥と絶望しか見て取れず、うつろな瞳には何も映っていなかった。

「――尾けてたのか?」
「まあな、追跡スキルのスペシャリストがいるんでな」

クラインはバンダナで逆立てた髪を申し訳なさそうにガリガリと掻いた。
ここに至る詳しい説明は不要なはずだ。

「キリト、オレらと組めよ。報酬はドロップした奴のもので恨みっこなし。それでいいだろ!!」
「それじゃあ……意味が無いんだよ」

キリトが剣に触れている右腕に力がこもる。
抜くのか、一瞬そう思ったがキリトの右手は細かく震えているだけでまだその覚悟はできていないみたいだ。

「やめろ、そんな事してもアイツらは喜ばねえよ」
「……!!」

キリトの腕の震えが高まった。
やっぱり、戦う理由は罪滅ぼしか。
だったら、勘違いも甚だしい。

その時、別のワープポイントがぐらりと揺れた。

「クライン、お前らも尾けられてたな……」
「ああ、そうみてえだ」

出てきたのは、俺達の三倍はいるであろう大所帯だ。
高級な装備に身を包み、行軍してくるメンバーの数人には見覚えがあった。

オレが前線にいた頃からの最古参ギルド――確か今は《青竜連合》と名乗っているはずだ。
レベル自体は前線から外れていたオレよりは少し上と言ったところか。恐らくはクラインやキリトよりかは下のプレイヤーばかりだろう。
だけど、この戦力差。後に控えるボス戦を考えたらキツイなんて話じゃない。


「チクショウ――キリト、アルゴ、クロウ。ここは俺達に任せろ」
一瞬だけ躊躇ったあと、クラインは腰の刀を抜き払いながら思いっきり叫んだ。その声を聞いた風林火山の面々が各々の武器を抜き放っていく。

キリトがその言葉を聞いて、最後のワープポイントへと飛び込んでいき、ついでアルゴがそれを追いかけた。動き出しの遅れている俺に気づいたクラインから激が飛ぶ。

「どうした、クロウ。こっちは任せろよ」
「ああ――無茶はするなよ」
別にクラインが心配だったわけでも、ワープ先が怖いわけでもない。これを言ったら怒るだろうが、ただ目の前の光景が羨ましかった。
リーダーの掛け声と、それに応えるメンバー達。ただそれだけの光景が、俺の足を止めるほど、キリトの足を速めるほど、羨ましかった。

「クライン、死ぬなよ」
「オメエこそ、復帰戦で早々に死ぬんじゃねーぞ。誰か死んだらイベントクリアにはならねぇんだからな」

言葉を返そうとした所で目の前のワープポイントがグラグラと揺れ、タイムリミットを示していた。
俺は軽口を返す暇も惜しんで、最後のワープポイントへと足を踏み入れた。
 
 

 
後書き
なんというか、ええ、

――更新せずに、すみませんでした!!

取り敢えず、もう一話はほぼ書けているので、比較的にスグ更新します。 
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