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漫画無頼

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5部分:第五章


第五章

「私が行く」
 そう告げてきた。
「はじめて来る人だな」
「はい」
 眉月は彼の問いに頷いてきた。
「だったら余計にな。見てみたいな」
「どんな新人かですね」
「そうだ。まあ一度見てみないとわからない」
 考える目で言ってきた。
「それでいいな」
「わかりました。それでは」
「何処にいるのだ、それで」
「待合室にいてもらっています」
 眉月は告げる。
「そこにおられます」
「わかった」
 それに頷くと立ち上がる。そうして待合室に向かったのであった。
 彼の机は灯りが点いたままだった。編集部員達はそれを見て言う。
「編集長は会社の中か」
「ああ」
 他の者達は眉月の言葉を聞いて納得した。
「ちょっとな。持ち込み君と会ってるよ」
「そうか。じゃあ話があるのは後でいいな」
 矢吹がここで言うと眉月が彼に問うてきた。
「急ぎか?」
「いや」
 それには首を横に振る。
「別にな。何時でもいい話だし」
「縄先生がまたいなくなったか?」
「いつものことだよ」
 憮然として言う。
「何処に行ったのやらな」
「やれやれ。相変わらずだな」
 それを聞いて困ったような笑みを浮かべて笑う。
「あの先生もなあ」
 その縄先生というのは不良漫画の鬼才と言われている。ただし結構な怠け者でありすぐに何処かにいなくなることで有名なのである。かなり困った人物であった。
「何処にいるのやら」
「大体はわかってるさ」
 矢吹は苦虫を噛み潰した顔で言ってきた。
「どうせいつもの喫茶店でだべってるさ」
「ああ、あそこね」
 眉月はそれを聞いて彼が何処にいるのかわかった。実は彼もその縄先生の担当だったことがあるのでわかっているのである。
「多分な。ちょっと行って来る」
「気をつけてね、あの先生逃げ足凄く速いから」
「元族だしな」
 本物の暴走族ということがキャッチコピーになっている。それも喧嘩チームではなく走りチームだったのでそこへのこだわりも強いのである。
「そうしたらこっちも追っかけるさ。あの先生の行きそうな場所はわかってるしな」
「まあ頑張って」
「それじゃあな。編集長には宜しく言ってくれ」
「わかったよ」
 こうして矢吹はその場を後にした。峰崎はその間にその持ち込みをしてきた者と会っていたのである。
「あっ、はじめまして」
 彼はもうそこに立っていた。見ればまだ高校を出たばかりといった顔立ちの青白い青年であった。よれよれの黄色いシャツに青いジーンズを着ている。髪はぼさぼさであり如何にも漫画ばかり描いているといった感じであった。
「あの、その」
「持ち込みに来たんだね」
「あっ、はい」
 青年は峰崎の言葉に応えてきた。態度もおどおどとしていた。
「そうです。それで」
「まあリラックスしてくれ」
 笑顔を作って青年に言う。
「ささ、座って」
「はい」
 まずは峰岸が座るのを見てから向かいの席に座ってきた。そのまま話に入る。
「お茶を」
「ああ、済まないね」
 女性社員がお茶と持って来た。峰崎はそれに礼を述べてから彼にまた顔を向けてきた。
「それでね」
「ええ」
 彼はおどおどした様子のまま彼に応える。
「まずは名乗るかな。私は峰崎幸也っていうんだ」
「編集長さんですか」
「おっ、知ってるのか」
 彼の言葉に顔を綻ばせる。
「ええ、編集後記や読者コーナーで」
「意外と有名なんだな、私も」
「読者コーナーのイラストと同じ顔なんですね」
 彼の顔をまじまじと見ながら話をしてきた。まんざらでもない感じであった。
「あれはね、三原君の力作なんだよ」
「三原先生の」
 読者コーナーのイラスト担当である。元々はギャグ漫画で今は幼児向けの雑誌メインになっているが読者コーナーのイラストも担当しているのである。
「そうだよ、どうもあれで顔が知られたみたいだね」
「何か印象に残って」
「鬼編集長としてかね」
「というか面白い存在で」
「三原君はかなり滅茶苦茶に描いてからねえ」
 その言葉には苦笑いになった。実際三原先生は彼をかなりくだけて描いている。時には鬼にしたり大魔神にしたりもしている。ホッケーマスクを被っていたりノストラダムスになったりひたことがある。
「予言とかは」
「しないよ」
 それを言われて思わず口に出た。
「できたらこんなところにはいないよ」
「ですよね」
「あの予言漫画も人気だったしね」
 少し昔を思い出した。かつて彼の雑誌で連載していた予言漫画は大反響を呼んだのである。今でもネットでカルト的な人気になっている程だ。
「あれ読んでました」
 彼ははっきりとした笑顔で言ってきた。
「子供の頃ですけれど」
「あの時は青年誌の方にいたから直接は関わっていないけれどね」
「ですか」
「そうだったんだ。けれど人気があったのは知っていたよ」
 笑いながらそう述べた。
「それでね」
「あっ、はい」
 話がやっと本題に入った。彼も顔を向ける。
「君の名前は何かな」
「氏家祐喜です」
「いや、本名じゃなくてね」
 苦笑いをして彼に返す。
「ペンネームの方ね。何ていうのかな」
「そのままです」
「ああ、そうか」
「はい。色々考えたんですけれど本名でいこうと思いまして」
「成程ね」
 その言葉を聞いてあらためて頷く。
「そういうことだったのか」
「別にいいですよね」
「ああ、別にね」
 それは構わないと言う。よくあることだしデビューしてから変えることも多い。だから今の時点ではそれに構わなかった。それに今は持ち込みの段階だ。そこまでこだわることはなかった。だから彼もそこには別に注意を払わなかったのである。
 
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