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漫画無頼

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4部分:第四章


第四章

 見れば学生や若いサラリーマン達が次々と買っていく。売れ行きはいい。しかし年配の人達は大人向けの雑誌を買っていく。彼はそれを見て少し思うところがあった。
「あの人達も昔はあの雑誌を買っていたのにな」
 そう思うのだ。年代が違えば仕方がない。しかしそれでも寂しいと思うのは確かだった。
「おい見せろよ」
「後でな」
 プラットホームでは高校生と思われる少年達が彼の雑誌を取り合っている。それを見て嬉しい気持ちがあるのは事実だ。仲良く読めとは思っても。
「何か最近また面白くなってきたよな」
「そうか?前と変わらねえよ」
 左門が担当をしているプロ野球漫画を見て話をしていた。
「俺は巨人が負けるからいいんだよ」
「俺別に巨人嫌いじゃないからなあ」
 彼等はそう話をしている。
「御前阪神ファンだろ?それでも巨人嫌いじゃないのか」
「俺は中日が嫌いなんだよ。巨人なんて金ばかりかけて弱いからいいんだよ」
「それもそうか」
「そうだよ。阪神ってのは弱いのには興味ないんだよ」
「ふふふ、そうか」
 峰崎は彼等のそんな話を聞いて顔を綻ばせた。実は彼は阪神ファンだが大人向けの雑誌でその時の阪神のどうしようもなさを漫画のネタによく漫画家に出したのだ。ついついそのことを思い出して笑った。
「あのオーナーが出てるぜ」
「俺こいつは嫌いだ」
 彼等はまた話をする。
「早くいなくなればいいのにな」
「全くだぜ」
 当然そのオーナーもネタに使った。そのことも思い出してまた笑うのであった。
「あいつしぶとそうだけれどな」
「何時までいるんだろうな」
「おお、倒れたぜ」
 漫画の中でだ。自分の球団のあまりにも無様な負けに怒って倒れたのだ。
「いいなあ、このシーン」
「だから早く見せろって」
「巨人には無様な負けがよく似合う」
 峰崎は彼等のやり取りを後ろで聞きながら一人こう呟いて含み笑いを浮かべた。
「巨人が負けるのは日本にとって非常にいいことだ」
 こうも言う。彼は漫画と正反対に巨人を嫌い抜いていた。巨人という存在そのものを嫌い抜いているのだ。その敗北は漫画と同じ位彼の生きる糧となっている。
 ちらりと側のサラリーマンの新聞を見ても巨人の悪いニュースが出ている。彼はそれを横目に眺めながら満員の電車に乗る。上機嫌だったのでいつもは嫌な満員電車も嫌ではなかった。
 それに乗って会社に向かう。満員の電車の中でも皆本や雑誌を読んでいる。その中で目ざとくチェックを入れて自分の雑誌を探す見れば結構な数がいる。そのことに気をよくしながら編集部に向かうのであった。
 編集部ではもう仕事がはじまっていた。泊り込みの者も多い。漫画雑誌の編集というのは常に修羅場だ。だから殆ど家に帰っていない者も珍しくはない。
「おい伊達」
 矢吹が伊達に電話を手に声をかけていた。
「岩崎先生から電話だ」
「あれ、こんなに早くかよ」
「そうだ。出ろ」
「わかった。はい、先生」
 伊達はすぐに電話に出る。それからやり取りに入る。
「あっ、もうあがったんですか。わかりました」
 描き終えたという言葉に顔を綻ばさせていた。
「じゃあファックスでお願いします。いつも通り」
「よお」
 巴が編集部に来た。かなりくたびれた様子であった。
「原田先生やっと捕まえたよ」
「やっとかよ」
「ああ、中々いなくてな」
 うんざりした顔で言う。
「あちこち探してやっとな」
「あの先生隠れるの上手いからな」
 仲間達は彼の言葉を聞いて笑いながら声をかける。
「忍者みてえにな」
「全く。忍者になるのは漫画だけにして欲しいよ」
 彼が今担当している忍者ギャグ漫画だ。中々人気がある。
「それでカンヅメにしてきたよ。今から描かせるさ」
「見張りは?」
「おっと」
 左門の突っ込みに慌てて顔をあげる。
「そうだ。鍵もまだ」
「大丈夫だ、僕がそれはしておいたよ」
 しかしここで大河が言ってきた。
「だから安心し給え」
「悪いな」
「御礼はワインでいい」
 大河は笑ってこう返す。
「今度佐藤先生と一緒に飲む為にな」
 ラブコメ漫画の若きエースだ。なお男である。
「頼んだぞ」
「ああ、わかったよ」
 左門も気さくにそれに応じる。
「ワインだな。ブランドは何がいい?」
「ランブルスコがいい」
 優雅に笑みを浮かべて述べてきた。
「ワインはあれに限る」
「何だ、またそれか」
 左門はランブルスコと聞いて苦笑いを彼に見せた。どうも大河はいつもこれのようだ。イタリアのワインで発泡性の甘口のワインである。赤と白、ロゼ、それぞれある。非常に飲み易い。
「好きだな、本当に」
「フランスよりイタリアだ」
 これは大河の好みである。
「飲むならそれだな」
「わかったよ。じゃあな」
「ああ」
 いつものやり取りだった。会議の時はともかく普段は和気藹々とした感じであった。峰崎もそれを見ながら彼の仕事を進めていたのであった。
 暫く仕事をしていくと編集部の眉月が声をかけてきた。彼は読者コーナーの担当で人当たりのいい男である。
「編集長」
「何だ?」
「実は持ち込みなのですが」
「ほう」
 峰崎はその言葉に顔を上げてきた。
「何か暫くぶりだな」
 そういえばここ暫くはなかったと気付いた。最近はネットでの発表が多くそこをチェックして有望株を探したり密かに同人誌を探したりしているのだ。そうして新人を探しているのである。
「どうされますか?」
「誰か暇なのはいるか?」
「私が」
 眉月が申し出てきた。
「駄目でしょうか」
「いや、君は今は駄目だろう」
 しかし彼はそれを止めてきた。
「今日中だろう?読者コーナーの締め切りは」
「ええ、まあ」
「まずはそれを先に終わらせてくれ」
 そう峰崎に声をかけてきた。
「いいな」
「わかりました」
 眉月はその言葉に頷く。ここで峰崎は言うのだった。
 
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