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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第二章  曇天の霹靂
  As2.村正

 二〇二三年 一月二十一日 土曜日。

 数時間前、ついにアインクラッド第六層が攻略された。
 第一層の攻略に一ヶ月もかかったというのに、それ以降は順調に攻略は進んでいるようだ。
 現在の俺のレベルは24。恐らく攻略組の中でもトップクラスのレベルだと自負している。
 が、俺は攻略組ではない。何故なら、俺は一度としてボス戦に参加していないからだ。ボス戦に参加すれば、必ずパーティーを組まなければならない。人付き合いを極力避けている俺にとって、一時であろうと他人との協力は出来なかった。

 他人との人付き合いなんて面倒くさい。
 SAOでは、極論として、他のプレイヤーと関わりを持ちたくないと思えば、まったく人付き合いをしないでも生活できる。狩りや攻略で、危険度の増すソロプレイを続ける覚悟があれば、最低限NPCとだけ会話できれば問題はない。

 ――だけど……。

 そう、思っていたのに、俺は最近おっさんのことをよく思い出すようになっていた。SAOに囚われてはや二ヶ月あまり。その間、俺はNPC以外のプレイヤーと会話をするということはなかった。人嫌いを自称する俺なのだが、正直こんなにも人と接しない時間が多かったのは初めてのことだ。
 現実世界では、望もうと望まざるとも、好こうが嫌おうが、人との関わり合いは避けられない。自給自足が出来なければ、自らが働いて生活費を得るしかない。それは必然的に他人と接することに繋がるからだ。
 だが、SAOではその必要がない。
 金を稼ぐにはモンスターが居ればいい。宿や食事もNPCが居ればいい。

 俺が望んだ世界。自分以外、誰も要らない世界。そのはずなのに。

 ――まさか俺は……《寂しい》と、そう感じているのか……?

 いざ誰とも話す必要がない世界に来てみると、何故か無性にあの無骨な店主のいる居酒屋が懐かしくなる。
 自分がいくら強くなっても、それを比較できる相手が居ない。自慢できる相手も居ない。ボス戦に参加もしないということは、自分の強さを誰かに見せつけることもできない。

 だから、最近思う。

 ――なんのために、俺は強くなるのだろう……。

 と。








 浮遊城アインクラッド第六層。

 見渡す限り岩肌の丘陵地が連なっているフィールドが特徴の階層で、ベータテスト時ではこの層までしか到達できなくて、六層迷宮区のフロアボスを倒す前にテスト期間が終わってしまった。俺を含む元ベータテスターたちが独自で情報を持っているのはこの第六層までだ。これより先の第七層以上は、文字通り手探りで攻略を行わなければいけない。
 昨日、第七層の主街区が解放されたので、今頃プレイヤーたちは主街区でお祭り騒ぎを続けているか、もしくはおっかなびっくりに未知のフィールドに繰り出しているかのどちらかだろう。

 しかし、俺は現在、まだ六層に居た。
 一人僻地で狩りを行っていたため、攻略が終わったという情報が届かなかったのだ。人との交流を極限まで減らした弊害だった。

「……」

 早朝七時。俺は迷宮区最寄の村《アルスタ》を目指し、緩く続く岩肌の山腹を歩いていた。
 この時間から既に起きだしているプレイヤーは珍しくないが、攻略直後の層の迷宮区以外のエリアを歩いているプレイヤーは俺ぐらいのものだろう。
 俺はこれから六層迷宮区に繰り出し、単身で攻略して七層に向かう。主街区から転移門で、でもいいのだが、やはり迷宮区をとばして次の階層に行くというのはゲーマーとしてズルをしているようで腑に落ちない。アルスタで装備を修理して迷宮区へ赴き、今日中に七層に辿り着くとしよう。

 ――まあ、ボスが居ないのがあれなのだが……。

 そう思って山道を行く足に力を入れた時だった。

「……っ」

 既に癖となった定期的な索敵に反応。思わず腰の武器に手を伸ばしたが、すぐに張りつめた気を緩める。

 ――プレイヤーか。

 前方に表示されたのは青色カーソルがひとつ。山道にごろごろしている大岩に遮られ、まだ姿は見せていないが此方に向かって近付いてくるようだ。

 ――めんどくせぇ……スルーだな。

 恐らくは、俺がさっきまで居た狩場に向かうのだろう。

「…………」

 だが、少し気になるな。あの狩場は経験値は高いしドロップもそこそこだが、かなり強力なモブがうじゃうじゃリンクしてくる非常に危険な狩場だ。パーティーを組んでる奴らでさえ倦厭してるってのに、たった一人で行こうとする馬鹿な奴が俺以外に居たとは……。

 いったいどんな奴だと気配のあった方向を見る。
 数十メートル前方、麓からの登り道の向こう側、ひとつの大岩の影からそいつは現れた。


「なっ………………ガキ……だと?」


 意図せず口に出てしまうほど、その人物は俺の想像とはかけ離れていた。
 身長は百五十あるかないかというところだろう。
 顔は幼く中性的、たぶん男。中学一、二年くらいか。
 明るめのブロンドを短く揃えている。
 装備は革鎧系のようだ。どこかで見たことのあるダガーを右手に持っていた。

 ――おい。このガキの装備……ほとんど《第一層》で揃えられるものだぞ……っ!?

 俺は軽く戦慄した。
 こんな下級も下級の装備で、しかもたった一人であの狩場に行くのは無謀だと思ったからだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……あっ!」

 そのガキは、何故か疲れた表情をしていて、俺を見た瞬間、声を上げた。

「……」

 何故このガキが声を上げたのかは知らないが、俺には関係ない。
 このガキが無謀なことをしようが、もちろん俺には関係がない。
 俺は歩き出す。何事もなかったかのようにそのガキの横を通り抜けようとした。

「あ、あの! あのっ!」

 しかし、それは阻まれた。

「あのっ! す、すみません!」

 無視して歩き去ろうとする俺を回り込むようにして声をかけてくるガキ。
 何故俺に話しかけてくるのかは解らないが、30メートル以上も付きまとってくるそのしつこさに結局俺は折れた。

「……何だ」

 立ち止まってそのガキに向かい合う。
 ガキは嬉しそうな顔をすると、たどたどしい口調で言ってきた。

「あ、はい! あのですね、そのー……あ、ぼくは《ファム》っていいます!」

 ガキ――ファムが言うには、最近まで一層二層の雑魚モブでちまちまレベル上げをしていたのだが、つい先日、ようやく16レベルになり《階層+10レベル》の最低安全マージンを確保した。それにより意を決して現在の最上層である第六層に来たのだが、迷宮区に到達する前にフロアボスが倒されてしまったという話を途中にあった村で聞いた。折角ここまで来たので、迷宮区を一目見てみようと迷宮区最寄の村を探していたのだが、迷子になってしまった……らしい。宛てなくひとりで歩いているところに運よく(プレイヤー)を見付け、村の場所を訊こうと話しかけてきたという。

 ――つか、ほとんど一本道でどうやって迷うんだよ……。

「あのー、それでー……案内をお願いできないでしょうか?」

 上目遣いで訪ねてくるファム。その姿は、どこか保護欲を駆られる小動物めいていて、突き放すことに躊躇いを覚える。

「…………アルスタに向かう途中だった。付いてくるなら勝手にしろ」

 気付いたら、俺はそう言っていた。
 普段の俺ならば、案内どころか話を聞く耳すら持ち合わせていなかったってのに。

「あ……ありがとうございますっ!」

 自分の不可解な言動に胸の中がもやもやしていた俺だったが、がばっと頭を下げて、本当に嬉しそうに礼を言ってくるファムを見ると、そのもやもやが少しだけ晴れたような気がした。

 それから俺たちはアルスタに向かった。しかし、パーティーは組んでいない。
 あくまでも俺はただ歩いているだけ。このガキが勝手に付いてくるだけというスタンスだ。

「ホントーに助かりました! あのまま誰にも会えなかったらどーしよーかと思ってました!」

 道中、ファムはどうでもいいことを引っ切り無しに話しかけてきた。
 俺は適当な返事と相槌をするだけだったが、ファムは何故か嬉しそうにアルスタまで話し続けていた。

 そして俺も――どうしてか、表情(かお)に出しているよりは、それを鬱陶しいとは感じていなかった。

 午前十時。無事アルスタへ着いた俺たちは、簡単に別れの言葉をかけてその場を離れた。

 と、思ったのだが。

「あ、ここって武器屋ですね。うわー、六層なだけあって一層や二層の武器とはスペックが全然ちがいますね!」

 何故か俺の後ろを付いて来るファム。
 修理のために寄った武器屋の中で興奮して騒ぎ出した。

「あ、あれ! あれは何ですか?」
「……」

「うわっ、高い! ぼくの全所持金の二倍でした……」
「…………おい」

「わあ。このナイフ、かっこいいですねー」
「おい」

「アハハ。やっぱりここにもあるんですね、ネタ装備」
「…………」
「あ、はい、な、なんでしょう……っ?」

 無視するならそれでもいいと、踵を返そうと思ったのだが、ファムはすぐさま手のひらを返してきた。

「…………何故、付いて来る?」
「え、あ……う……そ、その……」

 急に言いよどむファム。
 しかし俺は、次にこいつが言うだろうことに予想がついていた。
 大方、自分とペアを組んでくれと言ってくるのだろう。
 アルスタに来る途中、俺はこいつの目の前で幾度かモブと戦った。
 六層程度の通常モブならば既に雑魚と化している俺だ。そんな俺と組めば楽を出来るとでも思ったか。

 ――そんなことを言って来たら、即座に断ってやる。

 そう心構えをした俺に、ファムは――

「……う」
「?」

「う、うぅ……うあっ……うぅ、うくっ……!」
「っ!?」

 ――な、泣き……っ!?

 いきなり泣き出した! な、なんだ、どうなってる……!?
 こんな展開は初めてだ。今まで、悔し涙を流させられたことはあっても、誰かを泣かせたことはなかった。
 あまりの予想外な出来事にパニックを起こした俺は、ファムを連れだって急いで武器屋を出た。
 そして人目につかない場所を思い浮かべ、近くの宿屋になだれ込むようにして入っていった。

「…………」
「うっ、ううっ……」

 宿屋の部屋に入り、既に十分が経過した。
 むせび泣くファムを椅子に座らせ、俺は丸テーブルを挟んで向かい合うように座りながら、内心頭を抱えていた。

 ――何故、こうなった……。

 いや、理由は解っている。俺自身がこいつを此処に連れてきたのだから。
 でも、そう思わずにはいられない。この何とも言えない沈黙が苦し過ぎる。

「……あの」

 俺が精神的に限界に達しようとしたとき、泣いていたファムが突然話しだした。

「聞いて、くれませんか……?」
「…………」

 こんな場面で断る方法を、俺は今までの人生で習っていなかった。

「…………ぼく、友達が居たんです」

 ――居た、か。過去系ということは……。

「ぼくとそいつは、あの日――正式サービス開始当日、SAOに一緒にログインしていました」

 ファムはゆっくりと話し出した。

 あの運命の日、ファムとその友人は茅場晶彦の《SAOデスゲーム化宣言》を聞いた。
 ファムは怖くなり、外部――現実世界からの救助を、はじまりの街に籠って待とうとした。
 しかし、ファムの友人はそれに反対。逆に街から出て、レベルを上げた方が良いと主張したらしい。

 ――その気持ちはよく解る。俺もそうだったからな。……が、数ヶ月経って気持ち的に落ち着いた今は、はじまりの街で救助を待つ者の気持ちも解らないではない。
いやむしろ、救助を待つ方が人として理性的な行動だ。

 茅場晶彦の言葉が真実かどうかも不明な状況下、「HPがゼロになったら死ぬ? だったらレベルを上げて強くなり、安全を確保だ」なんて考えるほうがどうかしている。正確な情報が得られるまで様子を見て、情報を集めて、危険な行動をしないというのがベストだったんだろう。
 まあ結果として、茅場晶彦の言葉は真実――数ヶ月経って改善の兆しも見えないことから――であり、早期に自己強化を行った者たちの方が、ある意味、正しかったとも言えるが。

「……ぼくたちは、ケンカ別れのようになってしまいました。そして、そいつは街を出て行き、ぼくは安い宿の部屋でずっと泣いていました」

 それから一週間、ファムは寝て、起きて、食べて、泣いて、また寝る、という繰り返しだった。コルが尽きかけて食糧や寝場所が満足に得られなくなってきても、どこか他人事のように感じていた。街中に自分と同じような無気力なプレイヤーが溢れていた。そして、その光景を見て更に気分が落ちる。

「――そんな状況が終わったのは、思ったよりも早かったでした」

 ある日の正午、シンカーという名の男が突然、中央広場で演説を行った。
 曰く、この状態が続くのはよく無い。早急に脱しなければいけない。
 まずは腹が減っては気分も良くはならない。食事を用意したので、これで食欲を満たしてくれ。
 皆が不安となっているのは、理由は多々あるだろうが、一番の要因は《孤独》だ。
 家族が居ない、親友が居ない、恋人が――此処には居ない。
 普段、身近に居るのが普通の者たちが居ないというのは、それだけで人を不安にさせる。
 要するに、安心できる場所が無いのだ。心休まる時が無い。
 孤独を好む者とて、それは周囲に人が居て初めて成り立つ孤独であり、本当の意味での孤独が好きなのではないだろう。

 ――耳が、痛い……。

「ならば、みんなで助け合おう。一人では危険なモンスターだって、十人で戦えば危険度はぐっと減る。二十人、三十人で戦えば更に減る。もう《ひとり》はやめよう。《みんな》で、このゲームをクリアし、現実世界へ帰ろう。……そう、言っていました」

 ファムはその言葉に救われたという。
 もう一度、剣を手にとってみようとさえ思ったらしい。
 そして、一週間も連絡をとってなかった友人に、自分の決意を話そうと、メッセージを送るためにフレンドリストを開いた。

「……でも、ぼくは結局あいつと二度と連絡を取ることは出来ませんでした」

 何故なら、リストに表示された彼の名は、既にグレーアウトしていたから。

「後悔……しました。何故あのとき。ぼくはあいつと一緒に行かなかったのかと」
けれど、泣き伏せるということはしなかった。そんなことをすれば、友人の死を本当に無駄死ににしてしまうから。

 だから、ファムは街を出た。色々な感情がせめぎ合って、誰かを頼ることも出来ず、結局は一人で戦うしかなかった。

「それから約二ヶ月を一人で過ごしました。ようやくギリギリだけど最前線へ出れるくらいのレベルにもなって…………でも、もう限界でした」

 寂しくて、人の温もりが恋しくて、だけど今さら頼れる人も居なくて。

「そこで出会ったのが、あなたでした」

 だから、あんなにも不自然にはしゃいでいたのか。

 ――それが俺みたいな無愛想な奴でも、か。

「ぼくは久しぶりに自分以外の人と一緒に居る楽しさ、そして心強さを感じました。誰かが傍に居るって、すごく安心できるんだなって」
「…………」

 それは、俺も少しだけ思った。
 初めてとも言っていい誰かと共に歩く行為。普段、周りの奴らに感じているウザい気持ちは抱かなかった。逆に……そう、心地よささえ感じた。

「あの、その、それで……こんなことを言うのは、都合が良いってことは解っています。だけど、言わせて下さい。――――ぼくを、仲間に入れては貰えませんか……っ?」

 ぐっと頭を下げて乞うファム。
 その両手は痙攣するほど硬く握り締められ、彼の不安を如実に表している。
 こいつの想いは解った。一人の寂しさは、認めたくは無いが俺も感じていたことだ。
 結局人間は一人では駄目なんだ。一人が好きでも、それでも誰かが周りに居る。例え自分とは関係の無い人だとしても、眼に映る範囲で、すぐ声をかけられる範囲で、《誰かしら》が居るからこそ、思う存分《孤独》に浸ることができる。《安心》して、一人になることが出来る。

 しかし、SAOでのソロプレイは、それとは全く別のものだ。
今のSAOはゲームじゃない。ある意味で現実。SAOでの孤独は、現実での孤独と同義だ。
 だからこそ、一人は辛い。一人は苦しい。
 俺自身、感じていた。いや、ファムと出会ったことで、それが確信に変わった。

 ――孤独による心細さ。

 俺が自ら望んで、そして現在、俺を苦しめている原因。
 ファムの提案を受け入れれば、この苦しみから解放されるかもしれない。

「…………」

 ――俺が望んだものを、俺が拒むのか?

 俺は何故、孤独を選んだ? 俺は何故、SAOを選んだ?
 俺は何故、茅場晶彦の言葉に歓喜した……?
 考えた。それこそ、人生で初と言っていいほど。
 そして結論を出した。それが最善ではないと知りつつ。
 俺は、長い沈黙の間、目の前で震えていたファムに返答した。

「…………………………悪い」

 断りの、言葉を。












 二〇二三年 二月十九日 日曜日

 アインクラッド第十層。広大な砂漠と、オアシスを中心とした樹林や村があるエジプト風な階層。
 この階層にある村や町は、建物が少なく通りが広い、また地面も平坦な場所が多い。それゆえ、ベンダーズ・カーペットを敷き、露天をする生産プレイヤーも少なくない。あと数週間もすれば、第十層は大規模な露店街になるかもしれない。

 ――ま、俺には関係ないが。

 プレイヤー露天すら利用しない筋金入りのボッチ……もとい生粋のソロプレイヤーである俺だ。装備、アイテムに至るまで全てを、プレイヤーメイドではなく、モンスターからのレアドロップで揃えている。

 ――フロアボスのドロップはなくとも、エリアボスのドロップはたんまりある。

 迷宮区最上階のボスはソロじゃ無理だ。少なくとも、この状況で単身撃破を試みる博打は出来ない。
 その点、エリアボスは確かに強いが、ソロでもやってやれない事も無い。本当に危なくなったら簡単に逃げだすことも出来る。最悪、転移結晶を使えば問題は無い。唯一の問題は、誰よりも先にエリアボスに見つけ、誰かが来る前に倒さねばならないというところか。早い者勝ちは他と変わらない。
 しかしそれも、他のプレイヤーがフロアボス攻略と新階層解放でお祭り騒ぎしている間に先に進めば、ある程度は先んじてエリアボスを何体か倒すことも出来る。

 ――あくまでも今は、だが。

 これから先、俺と同じ考えを持つ者も出てくるだろう。
 そうしたら、また別の方法を考えなければな。
 此処で、先駆者でいられる方法を。

「…………?」

 十層迷宮区からのいつも通りの朝帰り、ふと索敵範囲内に反応があった。
 俺は特定の宿を持たないが、かといって迷宮区最寄りの町みたいな人の集まる所を拠点にするのも躊躇われた。その為、少し遠くにはなるが隣のエリアの村を拠点にしている。
 迷宮区エリアへのエリアボスが倒されたことにより、プレイヤーは皆、迷宮区最寄りの町を拠点としているので、此方は割と閑散としている。

 そのはず、なのに。

 ――反応は七つ。プレイヤーのようだが……何かおかしい。

 パーティーだとしても人数が半端過ぎる。三人と四人のパーティーに分かれている可能性もあるが。
 しかし、それにしても、このプレイヤーを示す光点の配置……まるで一人を六人が囲うような……。

「…………」

 俺は言いようも無い予感に従い、《隠蔽(ハインディング)》を発動させる。
 視界下部のハイド・レート表示は100パーセント。誰の視界にも入ってはおらず、かつ索敵もされていない状態だ。
 オアシスが近いのか、辺りには身を隠せられそうな大きな草木がある。
 俺は木々の陰を移動しながら体を隠しつつ、反応があった場所に近付いた。








「――だろ?」

 男の声がした。人をどこか不快にさせる粘りつくような声だ。

「いいじゃんさ。別に全部くれって言ってるわけじゃないんだしさー」
「そうそう。こんなご時世なんだしさ、助け合いっつーの? おれらを助けて欲しいわけよ」
「最前線でソロやってんだし、じゅうぶん儲けてんだろ?」
「とりあえず、ここにいる七人で分けるとして……所持金の七分の六でいいや」
「だよな、分配は大事だ、うん。しっかり計算しないとな! あはは!」
「あ、アイテムもね~」

 一人を、まるで逃げ場をなくさせるように囲んでいる六人の男たち。

 ――胸糞悪ぃとこに遭遇したな……。

 PKではないようだが、それにしてもカツアゲとはな。
 こういうプレイヤーが出てくるだろうことは想定していた。
 どうしようもないクズってのは、どこにでもゴキブリのように現れる。
 まして、このSAO――此処の中じゃ、どんなに現実で弱かろうが、レベルを上げれば確実に強くなれる。誰よりも、誰よりも。しかし、その《強さ》で、自分は強い、何でも出来る、何をしても許される、と勘違いしてしまう馬鹿も出てくる。
 此処には警察なんて居ない。強い者、レベルの高い者が傲慢に振る舞えば、レベルの低い者たちは誰も逆らえない。正に治外法権、無法地帯だ。

 ――最近じゃ、それをなんとかしようと頑張ってる連中も出てきたらしいが。

 それも、そいつらよりもレベルの高い者たちが従わなければ意味は無いけどな。

「――ほらほら。おれらもさ、出来るなら手荒なことはしたくねーわけだし、要するに……早くだせや」

 とはいえ、どちらにしろ俺には関係無い。
 弱者が、強者――財力、人数が多い奴、権力や単純な腕力が強い奴に虐げられるなんていうことは、俺自身が身を持って知ってる。……ガキの頃から否応も無く、知らされた。
 それが嫌なら、強くなるしかないんだ。

 ――だから俺は、せめてSAOでは強者であり続ける。あり続けたい……!

 二度と、あの悔しさを繰り返すのは嫌だったから。

「……」

 俺は誰にも気付かれていないうちに、その場から離れようとした。
 少し歩くが、別の村に行っても何も問題は無い。
 そう思い、踵を返そうとした。



「……そ、そんなことを言われても……」
「――っ!」



 耳に入った気弱そうな声に、俺は反射的に振り返った。

 ――この、声は……!

 約一ヶ月ぶりとなるが、ある意味、俺にとっては忘れられない声だ。
 あのとき、俺が拒絶したときのことは、今でも鮮明の覚えている。
 いや、忘れられるはずがない。

『……そう、ですか…………そう、ですよね。ぼくみたいな、足手まといなんて……』
『あの、ごめんなさい。なんとなく、断られるんじゃないかなって、そう……思って……っ』

 ――ファム……!







「は・や・くぅ~! は・や・くぅ~!」
「あっはっは」
「にしても、早くしてくんねえと、マジで手荒なことになっちゃうよん?」
「そうそう、SAOから強制ログアウトだよー」
「ははっ、それって逆に良いことじゃん」
「まあ、茅場晶彦が言うには、現実世界からもログアウトらしいんだけどね~」
「人によってはそのほうが良いって言うかもな」

「……うぅ」

 六人の男たちに囲まれ、小さくなっているファム。
 この一ヶ月で、あいつがどれだけレベルを上げたかは解らないが、あの様子を見る限り、この状況を打開できるとは思えない。完全にあの男たちに呑まれている。

「……でも、そんなにお金持ってないですし……」

 消極的否定。今のファムにとって、これが精一杯なんだろう。
 しかし、クズたちにとって、そんなことは関係ない。
 あいつらは、既にファムを獲物と断定した。自分たちよりも弱いと認識してしまった。
 強気にでても、問題はないと解ってしまったのだ。

「ったくよー。おれらもヒマじゃないだよ。早くしろって!」
「あうっ」

 男の一人がファムの肩を小突く。
 たいして力は籠められていなかったようだが、その行為にファムがただ震えるだけというリアクションをしてしまったため、男たちは段々とエスカレートしていく。

「んだコイツ? ビビっちまったかァ?」
「そんなんでよくソロやってんなー。逆に勇気あるよ。はは」
「こりゃマジで金持ってるかアヤシくなっちゃったな~。ま、とりまシステムウインドウ立ち上げろや。おれらが確認してやんよ」

 一人、二人、三人と、ファムの肩、背中、頭を小突いていく男たち。
 その光景に、俺はフラッシュバックを覚えた。


『――くっせぇ! おまえ風呂入ってんのかよ!?』

『汚ぇな。こっちくんなよ』

『うぇ~い! バイキンだ! ほらターッチ!』

『いやぁああ! 男子! このバカ汚いでしょ! やめてよ!』

『せんせー。教室が臭くて授業に集中できませーん』

『根暗なやつ。なあ、なんでオマエ、生きてんの?』

『さっさと死なねぇかな~』

『死ねよ。あ、でもここで死ぬのはやめてな? 自分の家で死んでくれ』

『アッハッハ』

『あっはっはっは』


 目の前が真っ白になる。
 あいつらの事を、俺を虐げてきた奴らのことが、思い出したくもないのに次々と浮かび上がる。

「――リーダー。もうよくね?」

 腰から剣を抜きながらそう言った男の顔が、学校時代のむかつくあいつらの顔と被った。
 そしてファムの姿が、学園時代の俺と被る。

「…………くっ」

 その下卑たニヤケ顔が、無償にむかついた。――――殺してやりたいほど。








「なんだ、おまえは?」
「あん?」

 気付いたら、俺は男たちの背後五メートルほどの所に立っていた。
 いや、《気付いたら》という表現はおかしい。確かに自分の意思で此処に立った。
 が、このときの俺は正常じゃなかった。と後になって思う。

「…………五月蠅ぇよ……」

 酷く、五月蠅かった。
 目の前のこいつらが喋ると、過去のあいつらの声まで頭の中に響いてきやがる。
 人を馬鹿にして、見下すような声音。
 むかつく。屈辱的だ。殺意を覚える。

「……あ」

 男たちの野太い声とは違う、幼さの残る声。
 俯いていたファムが、俺に気付いたようだ。

「あ……に、逃げて下さい! 早く、逃げて下さい!」

 必死に、とても必死に、既に涙を浮かべながら俺に逃げろと言うファム。

「あ? なんだ知り合いか?」
「へっへ、ちょうどいいじゃん。カモが増えたってことね」

 下種が、下種らしい戯言を吐く。
 俺もこいつらの標的になったようだ。

「駄目です! 逃げて下さい……――――ムラマサさん……っっ!!」




 ――そう、だ。俺のSAOでの名は《ムラマサ》。




 以前、授業で教師が言っていた妖刀村正からとった名だ。

『――自身の持ち主だけじゃなく、持ち主の家族や友達、周りの者まで呪い殺してしまう。つまり自他共に不幸にしてしまう刀――』

 俺はそれを欲した。自分がどうなっても構わない。俺を虐げ、絶望させる俺の周りの連中を片っ端から殺してやることができるのならば……!
 しかし、現実にはそんなものは無い。
 だから、思ったんだ。

 ――俺自身が……妖刀になれば良いんだ。

 このSAOでは、それが出来る。この無慈悲な世界では出来てしまう。
 強くさえあれば、強者が絶対のこの世界ならば、気に入らない全てを消すことが出来る。

「そうだ……」

 俺が――――《妖刀村正》だ……!










 執事のお辞儀のように、右腕を腰の後ろに、左手を腹に添えるように前に出し、頭を下げる。

「?」

 が、これはお辞儀ではない。
 フェイント。いきなり下げた頭に注意を向かせ、後ろに下げた右手を相手の意識から外す。
 そして再び頭を上げると同時、右手で腰の武器の柄を掴み、両腕を前後に回したことで捻じれた胴体を解放する。

「――っ!」

 右斜め下からの抜刀切り上げ。
 逆手に持った愛剣――大振りの湾刀タルワールが、手前に居た短剣使いの胸を斬り付ける。

「うわぁあ!? て、テメェ……!」
「やりやがった! 人数差わかってんのか!」

 ――五月蠅い。雑音が酷い。早く、静かにさせなくては……。

「は、はやく回復POTを!」
「あ、ああっ」

 両手用の湾刀を片手だけで扱ったからか、あまり深手は与えられなかったようだ。
 しかし、多勢を相手にする時は、相手側に休む時間を与えてはならない。一人ずつ確実に無力化する。

「お、お前ら囲め! 同時に斬りかかるん――」

 リーダー格らしき両手槍使いが言いきる前に、回復のために下がった奴を追撃する。

 両手用曲刀突進系ソードスキル《ビセクトラッシュ》。
 射程六メートルを〇・八秒で詰めながら突き上げ攻撃を行う技だ。
湾刀の形状上、突き上げといっても、刺突ではなく斬撃ダメージとされる。曲線を描く刀身が相手の体を滑るからだ。
 俺は相手の右二の腕に狙いを付けた。

「ぎゃあ!」

 俺がこの両手用湾刀を使っている理由は、数ある武器の中で、この武器が《ある特性》において、他の武器よりもやや有利だったためだ。

「お、おれの…………腕があっ!」

 俺に右腕を斬られた男が無様に喚く。

 ――《身体部位欠損》。

 指、腕、足、胴体、そして首。特定の箇所に、その部位の防御力を加味した一定量以上の《斬撃》系ダメージを受けると起こる状態異常。切り離されたとしても、HPが回復すれば元に戻る。だが、戦闘中ではまず無理だ。回復結晶を使えばその限りではないが、ただのポーションでは時間がかかり過ぎる。忙しない戦闘中な上、モンスターの簡易AIも戦闘能力が低い者にヘイトを集め易い。
 ベータテスト時代、俺はこれを利用したPKを得意としていた。
 どの武器が一番部位欠損を起こし易いか、一つ一つ念入りに試し、結果、この《両手用湾刀》に至った。
 やはり直刃よりも曲刃、片手用よりも両手用の方が切断判定は高い。本当は《両手用戦斧》の方が一番だったのだが、これは重過ぎて当たりにくい。当たれば必殺だが、ソロでの鈍重は死を意味する。

「てめぇええ!!」

 近くに居た山刀(マチェット)使いがソードスキルのプレモーションに入った。

 ――だが、その技は知っている。

 ソードスキルの弱点は、一つの例外もなく、定められた軌道を動くことだ。
ゆえに、どれだけ速かろうが、どれだけ強力だろうが、システムアシストが立ち上がる直前に、その軌道から外れてしまえば意味は無い。

「んな!?」

 両手用曲刀スキル超近距離下段攻撃技《ムーンファング》。
 上弦の三日月を思わせる黄光の斬軌が、ソードスキルで素振りをしながら俺の横を通過した山刀使いの両足を薙ぎ、両断する。

 ――理解した。こいつらは俺より弱い。少なくともレベルに十は差がある。

 ソードスキルはプレモーションが命。それは同時に《脚が命》ということでもある。片足を切断されたら、バランスなんてあったもんじゃない。バランスが悪ければ、プレモーションも満足にはとれない。激しく動き続ける戦闘中なら尚更だ。
 だからか、足は意外と切断しにくくなっている。あくまでも他の部位と比べて微妙な差だが。
 それなのに、こいつの足は両方とも一撃でザックリ。こいつと俺の力量差は歴然だ。膝から下が消えた状態では、もうこいつは満足に戦闘に参加することは出来ないだろう。

「な……!?」

 間抜け顔で絶句している残りの四人。
 どうやら間抜けなのは顔だけじゃないらしい。
《数の優位》を有効活用しない上、更に俺にとって有利になるような隙さえ作ってくれるとは。

 ――本当に、あいつらソックリだ……!

 自分より弱い相手にしか強気になれない。自分よりも強い相手には間抜け顔で何も出来ない。
 屑。くず。クズ。
 どうしようもないゴミ過ぎる。

「…………疼く」

 潰したいと、酷く疼く。
 消したいと、心が騒いでいる。

「な、何なんだよお前……おれらが、お前に何したってんだよ……っ!?」

 地に這い蹲る足無き男が叫ぶ。
 その顔には恐怖が浮かんでいた。

 ――そうだ、その顔だ。

 馬鹿面で笑っていたクズが、その顔を恐怖に歪ませる。
 この表情を、俺は見たかった。それを見ると胸がすくわれるようだ。
 そして直後に来る、このゾクゾクとした快感。

「………………っとだ」
「は?」

 もっと、もっとだ。
 もっと……その絶望した顔が見たい。

「もっと…………――――絶望、しろ」

 ヒュン、という風切音。

「……え」という男の口から洩れた声。

 俺の振るった剣の軌跡が、這い蹲った脚無し男の後ろ首に閃を描く。

 男のHPバーが、緑から……黄……赤へ……そして、消えた。



「あ……あ、あぁ、ア、アあぁあアァあああァああア――――――」



《最高の顔》をしながら、男は光に爆ぜた。

「はっは」

 なんて顔で消えていくんだ。最高すぎる。
 欲を言えば、血の滴る姿も見てみたいが、SAOは一応全年齢版。スプラッタは流石に無い。

「こ、殺し……やがった……」
「あ、あぁあ……」
「笑って、やがる……く、狂ってる!」

 ――だから物足りない分は、残りのクズの間抜け顔で我慢するか。









「て、転移! 《エルージ――ぐあっ!」
「………………」

 最後の間抜け顔を噛みしめつつ、快感に身を震わせる。
 SAOベータテスト時でのPKを思い出した。やはり、リアルな仮想世界でのPKは堪らない。まるで本当に人を殺しているかのような……。

「あ……あぁ……」

 人の声が聞こえた。怯えた幼子のような震えた声。
 無意識にその声の方を向く。

「ファ、ム」

 一ヶ月ぶりに間近で見たその顔は、俺を見て……怯えていた。

「む、ムラマサ……さん」

 その顔で気付く。俺が今、したことを。

『――諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に、諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される――』

 思い出す。茅場晶彦の言葉を。
 俺は、自分のカーソルがオレンジ色になっているのを確認した。

 ――確定だ。

「あ、ぅ」

 俺はファムを見た。
 怯えている。俺に怯えている。人殺しに、怯えている。
 そして、それを見て俺は確信した。

 ――あのとき、断っていてやはり正解だった。

 調子に乗っていたにやけ顔が絶望に変わるのを、悦に浸って見ている俺。
 それが俺だ。俺の本質。クズを見ると、堪らなく殺してやりたくなる。
 一時、感傷になるときもあるが、俺の本質は変わらない。
 きっと正気ではないのだろう。だが、改めるつもりもない。
 普通の感性を持つ者とは根本的に違うんだと思う。
 俺は、こいつ――ファムとは、一緒には居られない。

「消えろ」
「……え」

 俺の最後の良心……いや、単なる自己満足か。
 だが、こいつだけは俺の傍に居て欲しく無かった。こんな俺を、見て欲しく無かった。

「此処から、消えろォォォ!!」
「ひっ! あ……う、うあああ!!」

 涙を浮かべつつ走り去る小さな背中。

 何故かその姿を映す俺の視界は、滲むようにボヤけていた。



 ――この日、俺は本当の《人殺し》になった。 
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