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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第二章  曇天の霹靂
  1.不死者の館

 
前書き
とある方からネタを頂いた話をようやく公開!

SAO版ホーンテッド・マンションの始まり始まりぃ。 

 
『オォォォオォ……――』
「ひぅっ……」

 燭台の鈍い灯に照らされた暗い暗い廊下。
 わたしとレイアが隠れている鎧飾りの影の前を、半透明の白い靄のようなものが呻り声を上げながら通り過ぎる。
 レイアが上げた微かな悲鳴に気付かれなかったことにわたしは安堵した。

「い、行ったかな?」
「……ぽいッスね。ハァァ~」

 胸を撫で下ろしながら止めていた息を吐き出す。
 街の教会で武器にかけてもらった祝福――対アンデット用のバフ――は既に切れている。教会の祝福より効果は弱く持続時間も短いが対アンデット用バフを何時でもかけられるアイテム『聖水』はまだストックがあるけど、何があるかわからないこの状況だから、極力戦闘は避けて温存している。

「でも、いつまでも隠れていられないし、なんとかして早くあの二人と合流しないと……」
「そうッスよねっ。そんでこんな怖いところさっさとオサラバッスよ!!」

 そうだ。早くキリュウさんとネリーと合流しなきゃいけない。
 もちろん、怖いというのもある。
 それに、いつも頼りにしていた人が傍に居ないというのは凄く、心細い。
 更に周りに徘徊しているのはおどろおどろしいモンスターばかり。
 ホラーものは別に嫌いじゃなかったんだけど、本物にしか見えないゾンビや幽霊が間近に迫ってくるビジュアルはこう、生理的に忌避感を覚えて仕方ない。

 ――つーかね。それよりもッスよ!?

 今! 向こうは! ネリーとキリュウさんが! 二人っきりっ!!!

 いけない。それはいけないんじゃあないッスかね?
 アレですよ、吊り橋効果ってあるじゃないですか。いつもだったら基本的に三人一緒だからなんというかキリュウさんの気配りも三人分で平等だけど……今あちらは若い男女が二人きり。しかも敵地の真っ只中という危機的状況!
 男女の仲が進展するシーンとしてはお約束過ぎるって思わないかねっっ!?

 ……それは。

 それは――――

「――なんとしてでも阻止せねばっっ!! ッス!」

 親友だとて恋敵! 自分の知らないところで好きな人と親友の仲が進展していくってのは胸がもやもやしすぎるよ!
 せめて、目の前だったらいいから! そうすれば邪魔――ではなく牽制――でもなく――えーと、なんていったらいいのかわからないけどフェアだと思うからっ!

 わたしは自分の考えに大きく頷いた。

「ちょっ。チマ、声が大きい……! あとしゃがんで……!」
「あ」

 隣のレイアに小声で諌められて自分の挙動に気付く。
 知らず知らずのうちに立ち上がってしまっていたらしい。鎧飾りの影からは完全にはみ出していて既に隠れている意味はない。

「チマ……チマ……!」

 レイアがわたしの裾を引っ張って早くしゃがめとせがむ。

 ――けど、ごめん。

「もう、おそいみたいッス」
「え……」

 わたしが力なく手を上げて指差した方向へ視線を向けた時、レイアの表情は凍りついた。



『ゴルガルルゲァアアア!!』
『オォォォオオォォ……!!』
『……(カタカタカタカタ)……』



 咆哮する獣じみたゾンビ、ローブを纏った髑髏なゴースト、人間二人分の骨が異様な形にくっついたようなスケルトンの巡回パーティーがわたしたちをロックオンしたみたいだった。

「き……キャアアアアアアアアアア!!!」
「わあああああああああああ!!!」

 あたしとレイアは叫びながら駈け出した。
 こうすれば叫び声を聞き付けたキリュウさんたちが来てくれるかもしれないのだ!

 ――はい嘘ッス。本気ビビりッス! だってホントに怖いんスもん!

 校舎ぐらいはありそうなこの大きな館にだって安全地帯はある。とりあえずそこに逃げ込めば一時的ではあるけど落ち着くことが出来る。
 ひぃひぃと這う這うの体で逃げ出すわたしたち。
 キリュウさん、ネリー。どうか無事でいてください。

 ――あとっ! 必要以上にくっつくなッスよ~~!?

 別の場所で同じく危機的状況に陥っているだろう二人の無事その他を祈りつつ、どうしてこんなことになったのか、今回の事のあらましについてわたしは思い返していた。



   ◆



 ソードアート・オンラインに俺たちが閉じ込められて六ヶ月近くが過ぎた。
 現在の最前線は二十三層。二十層から此処までは比較的穏やかな雰囲気の階層だった。主街区も他の階層のそれより規模はかなり小さく、点在する村も少ない。特に二十二階層などはフィールド上にモンスターは出現せず、ボスも弱かったために解放からたったの三日で攻略されてしまったほどだ。

 攻略の勢いはそのままプレイヤーたちの士気を上げる効果をもたらす。
 特に、《アインクラッド解放軍》というギルドはその勢いを利用してメンバーを増やし、人海戦術を駆使して大規模攻略に臨んでいるそうだ。
 そのため、更に攻略速度は加速していくだろうとプレイヤー間で噂されていた。

「一週間ぶりくらいッスかね? あの人から連絡してきたのは」
「そうだねー。今度はどんな服を作ってるのかな?」
「装備としての服、だったらいいんだけどね」
「ちょ~っと感覚がズレてるっぽいッスからねー、アシュレイさんって」

 今、俺たち四人は十六層主街区《アズリオ》の宿屋へと向かっている。
 素材収集依頼を受けて以降付き合いのある縫製職人プレイヤーの女性《アシュレイ》と、そのパートナーの両手斧重戦士の男性《バート》。
 彼らから頼みごとかあるとメッセージを受けて最前線から降りてきたのだ。
 酒場兼宿屋《魚心亭》の三階、三〇一号室のドアをノックすると、既視感とともに草臥れた顔の男性が顔を出した。

「やあ、ひさしぶりだね。わざわざ来て貰ってすまないね」

 ツナギ姿の男性バートさんに促されて部屋の中に入る俺たち。
 そこで待っていたのは、最初の時の印象からは想像もつかないほど上品な雰囲気を纏った女性――ミシン机に向かうアシュレイさんだった。
 煌びやか、というわけではないが、茶色、焦げ茶色を基本とした落ち着いた色合い、所々に芸術的な細かい刺繍の入った衣服は地味な色に反して何処か豪奢を思わせ、市販ではない一点ものだと一目で解る。
 作業を止め、ポケットの多くついた厚手の若草色エプロンを洋服掛けにかけて彼女はこちらを向いた。

「あら、来てくれたのね。――ちょうどいいわ、女の子たちはちょっと今作った何点かの服のモデルをお願いしてもいいかしらありがとう」
「まだOK言ってないんスけどっ!?」
「あ、あはは……」
「でもちょっとどんな服か気になるよねっ」

 男性陣を置き去りにして盛り上がる女性陣。
 彼女たちを尻目に、俺はバートさんに話しかけた。

「……今日は、素材収集の依頼かなにかですか?」
「ああうん。ちょっと気になる素材の話を聞いてね。……ほらアシュレイ、キリュウくんたちに今回の依頼の説明をしないと」
「ふむぅ、やっぱり着る人によって印象が変わるのも服の魅力よね……う~ん、この部分はスムースに、いやいっそジャガードにするのもアリかもね――」
「いや話を聞いてよっ!」
「…………」

 それから三十分の時を要し、ようやく本題に入ることになった。




 今回の依頼内容は《加工済み》素材の収集。
 今までは獣系モンスターからの毛皮や、木から木綿などの採取で《加工前》の素材を集め、裁縫スキルで徐々に加工していって布や糸を作っていた。
 しかし、スキルの熟練度の問題か、それとも素材レベルの問題か、目の細かい布などは未だ作製出来ていない現状だという。既に熟練度が700を超えているアシュレイさん曰く、素材が圧倒的に粗い、らしい。
 現段階で今以上のものを作るためにはどうすればいいのか。
 未加工素材が粗いのならば、既に加工してある上等な布を使えばいいだろう。という結論に至った。

 というのも――――

「第十八階層の山奥にアンデット系モンスターが出る古びた洋館があるらしいの。迷宮区攻略からは全く関係ない場所にあるせいか最近まで発見されなかったみたいよ」

 その洋館のモンスターの中には布製防具をドロップするものもいるという。しかしその防具はたいていが古びていて、けして性能の良いものではないらしいのだが……

「裁縫スキルが高い私なら、防具の状態から素材の状態にまで戻せるわ。そうやって得た布素材は今までの布とは出来が違うの。この布で新しく作り直せば」
「より上位の性能を持つ装備が作れるばず、と?」
「より上位なデザインをも可能とするはずだわ」
「…………」

 件の洋館でモンスターと一戦を交えたプレイヤーから布製防具を買い取り、その辺のことは確認済みらしい。

「報酬はいつもどおり歩合制ね。多く採ってきてくれればそれだけあなたたちの装備を充実させることが出来るわ」

 私も色々な作品を手掛けることが出来るしねー、と恍惚の笑みを浮かべるアシュレイさんの圧力に負け、いつも通り俺たちは依頼を受けることになった。

「それじゃあ今日は準備するとして、明日は教会で祝福してもらってから出発しましょうか!」

 ルネリーの言葉に皆が頷く。
 アンデット系モンスターは他の種類のモンスターに比べて戦い難い。
 既に死している奴らに通常の攻撃は大幅にその効果を減らす。いつもよりもダメージが与えづらいのだ。

 しかし、対抗策は存在する。
 それは主街区や大きな村に必ずある教会だ。神父またはシスターのNPCにお布施(コル)を渡すことで、『祝福』という名の支援効果(バフ)をかけて貰える。多少金はかかるが、アンデットに対して通常攻撃よりもダメージが上乗せされる上にゴースト系モンスターの放つ《呪い》の状態異常にも耐性が付き、持続時間も六時間と十分な長さを持つ。

 教会ではその他にアイテムも売っていて、道具屋などで手に入る通常のアイテムよりは効果は低いが、状態異常回復の薬や、手軽に対アンデットバフをかけられる聖水などが安価で手に入る。
 俺たちは他の階層でもアンデット系モンスターと戦ったことがあった。
 奴らは攻撃力自体は大したことは無いが、状態異常を付与してくる攻撃が何より厄介だった。
 今の俺たちの平均レベルは36。階層としての安全マージンは十二分にとれてはいるが、今回はより念入りに準備をしておくのが無難だろう。

 この日は装備の手入れ、アイテムの補充、件の洋館の情報収集などをしてから宿屋で十分な休息をとった。



 翌日の正午。
 午前中に野暮用を終わらせた俺たちは第十八層へと移動し、主街区の教会で全員分祝福をしてもらい、しっかりとバフがかかっていることを確認してから街を出た。

「アンデット系モンスターが出る謎の洋館…………まさにいかにもッスよね~」

 第十八層を一言で言うのならば、《天候変化の激しい森林地帯》だ。
 他の階層でも一日ごとに天候や気温、風速などは変わるが、十八層は特に顕著だ。
『山の天気は変わりやすい』とよく言うが、それを体現している。
 晴天だったのがいきなり豪雨。曇天で強風だったのがいきなり無風の快晴。
 寒帯エリアではないため雪が降ることはないが、一週間に二、三度は台風ような雷雨が起こる。

「だよね……。ここまでベタだともしかしたらボスのほうも……」

 幸いにも街を出てから此処まで、若干風は強いが雨は降らなかった。
 雨は視界も悪くなるし、俺たちが愛用している革や布製防具は、金属製鎧よりも水を含んだ際に重くなる割合も高く設定されている。
 更に言えば、水を浴びると力の増すモンスターも少なからず存在する。この十八層でいえば確か《インサニティ・ボジャノーイ》という猫髭の生えた蛙人間のようなモンスターだったか。

「ボス、洋館の主……怨霊とか吸血鬼とかかな?」

 第十八層の主街区《オズコーン》から伸びる街道を迷宮区へ向かう道とは逆方向の分かれ道を行く。
 濃い鉛色雲に遮られ、昼前だというのに薄暗い森の中をモンスターを倒しながら進むと、山と山のちょうど境の麓に、木々に隠れるようにしてその洋館は建っていた。

「……例えボスがいたとしても、今回はボスと戦う必要はない。要は布革製防具を落とすモンスターを多く倒せばいいのだから」
「あ、それもそうでしたね」

 洋館の周囲に敵は居ない。入口付近は安全地帯になっているようだ。
 俺たちは目の前の洋館を見上げた。
 レンガ造りの四階建てはあろうか。かなりの大きさだ。
 正面中央には屋根付きの豪奢な両開き扉。鳥や麦穂をあしらった紋章が描かれていた。

「……最後に装備を確認しよう。各自、自分の武器防具、回復アイテム等の点検を」
『はいっ』

 主街区の教会で祝福を受けてから約一時間半が経過した。
 対アンデット用支援効果(バフ)は残り四時間強。十分に時間は残っているとはいえ油断は禁物だ。
 俺はシステムメニューウインドウの装備画面から自分の得物である槍《トレンチャント・スピア+9》に祝福バフアイコンが付いていることをもう一度確認し、武器防具の耐久度、アイテムストレージの各種アイテム、即時取り出し可能なウエストポーチ内アイテムを再点検した。

 予想以上に時間がかかってしまった時のことも考え、各自十個ほど聖水を所持している。
 聖水は教会での祝福よりは効果は弱いが、武器にかけることで五分間だけ対アンデット支援効果を得られる。更にアンデット系モンスターにぶつけると強ダメージを与えられたり、飲むと《呪い》のバッドステータスを回復出来たりもする、持っていて損は無いアイテムだ。

「……行こう」

 全員が準備を終えたのを確認して、俺は大きな扉の取っ手に力を加えた。


 ……ギ、ギギギギギィィ


 重々しく響く音とは裏腹に意外とすんなりとその重厚な扉は開いた。
 中は真っ暗闇かと思われたが、俺たちが入るなりいくつかの燭台に灯がつき、建物内が鈍い明かりで照らされた。

「なんつーテンプレな恐怖の館ッスか。どこぞのテーマパークのなんとかテッドマンションスか」
「これ、自動で扉が閉まって開かなくなる……なんてことないよね?」

 ルネリーとチマが顔を引き攣らせながら開いた扉を止める手を離せないでいる。

「一応、アルゴさんに確認した話だと、屋敷内の全ての部屋を確認しても特に何もなかった、ただのアンデット系モンスターが湧出(ポップ)するエリアだって。……けど」
「けど? 何かあるの、レイア?」
「そもそも此処に訪れたプレイヤー自体が少ないから、もしかしたら発見されていない仕掛けが在っても可笑しくは無いって、アルゴさんは言ってた」
「うへぇ」
「まあでも、私たちの前に来た人は普通に戻ってきたって言ってたし大丈夫だと思うよ」
「……それに、俺たちのレベルは此の階層の適正レベルを既に十分超えている。警戒を怠らないことは大切だが過度に尻込みする必要もないだろう」
『あぅぅ』

 俺とレイアの言葉に、二人は渋々と扉を離した。
 扉は再び重低音の軋みを上げてバタンと閉まる。

『!』

 そしてすかさずルネリー、チマが扉に肉迫。ちゃんと開くかどうか確認をしていた。
 そして問題なく開くことを確認した二人は安堵の溜め息を吐きながら扉から離れた。

「……二人とも、気が済んだのなら戦闘準備を」
「え?」

 洋館の扉を開いた先は、ちょっとした体育館ほどもある三階まで吹き抜けの大きなエントランスになっていた。
 正面の階段は途中から左右に分かれて二階へ、そのすぐ脇に三階への階段が見える。
 一階エントランス左右の壁に四つずつある扉。階段の奥にも続く通路が確認出来た。

「巡回、ですね」

 洋館内部のあちこちに徘徊するアンデット系モンスターたち。
 入口のすぐそばにある大きな柱のお陰でまだこちらには気付いていないようだが、ほんの十数メートルほど離れた左端の付近に動く骸骨が四匹。更に奥の右方の壁の付近にも骸骨が三匹。正面階段を少し上ったところに青白い怨霊が三匹。
 索敵スキルで現在確認出来るのはこの十匹だけだ。熟練度が足りないのか、扉や壁に阻まれているせいなのか、視界外のモンスターは確認できない。

「……目標は布革製防具を纏ったモンスターだ。恐らくあの《ワンスアライブ・サーバント》のようなモンスターを多く狩ればいいのだろう」

 ワンスアライブ・サーバントは従者の格好をしたスケルトン系モンスター。
 名前は同じでも性別差や職業差ゆえか個体によって来ている服が違った。
 声を潜めて言う俺に三人が頷く。
 各自が武器を構え、定位置に着いたのを確認して、ルネリーに手振りで合図をした。

「すぅぅ…………っ、《こっちを向いてェェ》!!」

 ルネリーの持つ《威嚇》スキルが発動。彼女がターゲッティングカーソルを合わせたモンスターを中心に半径三メートルに対して叫ぶことで敵愾心(ヘイト)値を煽り、対象の攻撃目標を自分へと引きつける。
 威嚇の咆哮を聞き付けた四匹の骸骨たちがルネリーへと走り寄ってきた。

「――ハイッ」

 気合いの発声と共に、次の瞬間レイアは鞭を振るう。
 貫通属性を持つ鞭スキル範囲攻撃技《アンジレイト・ウェーブ》。
 駆ける骸骨たちの足目掛けて放たれた藤色に輝くそれは、貫通属性を持つためにすり抜けたように見えるが、確かに骸骨全員に直撃した。

 足に身体部位一時行動不能効果を与えられた骸骨は勢い余って転倒する。

「やあああ!!」
「でやああ!!」
「……疾ッ!!」

 その隙だらけになった骸骨たちへ、チマの大剣による威力重視の攻撃が、ルネリーのヘイト上昇効果を持つ攻撃が、そして俺の槍による手数重視の刺突攻撃が襲う。
 数十秒後、レベルの差もあり、第一の敵集団はあっけなく殲滅された。

「うー、弱いといえば弱いんだけど……」
「……う、うん」
「ガガ、ガイコツが、リアル過ぎるッスよおおおおお!!」

 明らかに憔悴した様子の三人。
 戦闘中はおくびにも出さなかったように見えたが、やはり本物と見紛うほど精巧な襲い来る骸骨というのは、年頃の女子には厳しいものがあるのかもしれない。

「……大丈夫か?」

 本当にきついのならば、俺一人で行う、もしくは今回の依頼は取り止めることも考えなければならない。
 この世界では何が危険に繋がるかも解らないのだ。決して無理はせずに引き際は見極めなければならないだろう。
 俺の問いに三人は一度お互いの顔を突き合わせると、慌てた様に口を開いた。

「あっと、いえ、うん。だ、大丈夫、無問題(モーマンタイ)です! はいっ!」
「私はもとから後衛ですのでさほど……」
「わたしは怖いッス! ……で、でもまあ戦えないってほどじゃあないッスけどね」

 大丈夫、戦えると三人は言う。
 先ほどの戦い振りも問題は無いように見えたし、俺は三人の言葉を信じることにした。

「解った、だが無理はしないように。――では、再開する」
『はいっ』

 そして俺たちは標的のモンスターを探し、倒しながら館内を探索した。



   ◆



 収集開始から約四時間が経ちました。
 時刻はもうすぐ十八時になります。辺りもそろそろ暗くなり始める頃合いです。
 私の目の前を蒼色の影が走り過ぎました。

「――破ッ!!」

『オォォッ!? ォォ……ォ……』

 バシャァァァン!!

 祝福バフの輝くエフェクトのかかったキリュウさんの槍による攻撃で、アストラル系モンスター《ロイトリングレイス・グリーフ》はHPがゼロになって弾けて消え去りました。
 索敵を行ったキリュウさんの合図で、私たちは警戒を解きます。

「ふぃぃ……終わったッスねー」
「今のでこの部屋のモンスターは最後ですね」
「……ああ。部屋の外にも近くには反応は無い」

 アストラル系モンスターは壁をすり抜けることも出来ます。
 彼らの巡回経路に壁の有無や通路は関係ありません。視界に居ないからといって油断は出来ないということです。
 ですが、今のモンスターで此処等近辺のモンスターは全滅したはず。
 私たちは時間をかけて洋館の通路という通路、部屋という部屋のモンスターを倒してきました。
 依頼されていたドロップアイテムの布革製防具もかなり溜まっています。
 ルネリーがシステムメニューウインドウを開いて時刻表示を見ました。

「あ、もう結構いい時間ですね。月も出てきましたし、そろそろ帰りますか、キリュウさん?」

 時刻は後二分で十八時になろうとしていました。
 既に窓からは月明かりも差し込んでいます。
 此処は洋館の西棟、三階通路最奥の部屋。探索した一番最後の部屋です。
 基本的に一部屋の中には三組から四組の敵パーティーがいるみたいで、この部屋には三組の敵が居ました。
 部屋というにはかなり広くて、私の家の敷地が全部入りそうなくらいでした。豪華な内装ですが何十年も手入れをしていないみたいにボロボロになっています。ベランダに出られる大きな窓のすぐ横には、ドア程もある大きな姿見が置かれていました。何故かこの姿見は館の数ヶ所で同じものを見ました。

「……そうだな。これ以上は敵の力も強くなる。目的は果たしたし、戻るとしよう」

 暗くなった窓の外を見ながらキリュウさんが応えました。
 夜間はアンデット系モンスターの力が増します。中には特殊能力が増える敵も居るのです。
 危険度が上がるところに長居は禁物ということです。

「そうと決まったらさっそく外に――」

 階層と階層に挟まれた夜空に浮かぶ月――今日は満月みたいです――を見ていたルネリーは、身を翻して部屋の出口へ向かおうとしました。

「――って、わわっ!?」

 けれど、何かにつまずいてルネリーは体勢を崩してしまう。
 何か、何か掴むものっ、と彼女が手を伸ばした先には、あの大きな姿見。
 ぶつかるっ!? と思った瞬間。

「え!?」

 ずぶり、と手が、腕が、体が、鏡の中に――《沈んだ》!
 倒れながらどんどんとルネリーは姿見に吸い込まれていく。

「ルネリー!?」
「……!」

 私は咄嗟に動く事が出来ず、ただ彼女の名前を叫びました。
 その同時、キリュウさんがルネリーに向かって手を伸ばしました。けど、あと一歩のところで届きません。
 直後、キリュウさんは躊躇いなく鏡の中へと飛び込んで行きました。

「キリュウさん!」

 ルネリー同様に姿見に吸い込まれるキリュウさん。
 彼が動いたことで、硬直していた私やチマもようやく体が動いてくれました。
 キリュウさんに続こうと姿見に向かいます。

「え……!? な、なんでっ!?」
「入れないッス!」

 キリュウさんとルネリーを吸い込んだ姿見。けれど、私とチマは鏡に触れても吸い込んでくれませんでした。

「ど、どうしてッスか!!」

 バンバンと鏡を両手で叩くチマ。しかし返ってくる反応は【Immotal Object】とシステムタグが視界に浮かび上がるだけ。
 キリュウさんが吸い込まれた時、一瞬だけ鏡の向こう側が見えました。
 床に倒れていたルネリーと、その場所に降り立つキリュウさん。
 しかし、今の姿見が映すものは、驚愕に彩られた表情の私とチマだけでした。

 ――分断、させられた……?

 どうしていきなりルネリーたちが吸い込まれたのか。
 どうして私とチマは鏡の中へ入れなかったのか。
 理屈の解らない事態に私たちは混乱するしかなく。

「うっそ。こんなのときにッスか……」

 ザーザーと、気付けば月は雲に隠れ、雨が窓ガラスを叩いていました。

「……え?」

 チマの声に振り向くと、モンスターのリポップが始まっていました。
 床に渦巻く影の中から幾多の小さいキューブが飛び出し、醜悪な外見の化け物たちを成型していく。

「……っ、チマ! とりあえず、もう一度全部倒してからこの鏡を調べ直すよ!」
「ういっ、了解ッス!」

 既に両手剣を構え直していた友人。
 私も腰から鞭をほどき、敵に向かって構えました。

「って、ああああ!?」
「どうしたの、チマ!?」

 前衛に立つチマのいきなりの叫びに驚く。
 反射で訊ねると、

「バフが切れてるッス!!」
「……っ!?」

 教会で受けた祝福の支援効果が切れた。それは、私たちにとって最悪に近い知らせでした。
 いくらレベルが上とはいえ、強化された夜間のアンデット系モンスターは祝福バフがなければキツイということは以前の経験から解っていました。
 万が一のために、聖水は後衛の私が四十個、他三人が各自二十個ずつ所持しているはず。
 けれど聖水の効果時間はたったの五分。
 キリュウさんやルネリーたちと離れ離れになってしまった状況では乱使用は避けたい。

「チマ、予定を変更しましょう! 一旦、安全地帯へ移動するよ……!」
「ええええ!? あの二人はどうするんスか!?」
「此処に居れば何度もモンスターはリポップするし……二人を探すためにも、聖水を此処でいくつも消費するのは避けるべきなの!」
「あぅぅ、た、たしかにその通りかもッス……。えーい! わかった了解ッス!」

 そう言って聖水をひとつ取り出して武器にかけ、バフを付与してからリポップしたモンスターたちに攻撃するチマ。
 倒すための突撃ではなく、突破のための攻撃。私もそれに続いて聖水をひとつ使用してモンスターたちを足止めしながら部屋の出口を目指した。

 ごめんチマ。でも、キリュウさんたちも向こうで戻る方法を探しているはず。

 鏡の中がどうなっているのかは解らないけど、もし何かあった時のために、私たちぐらいは聖水を温存しておくべきだと思うから。

 ――お願いです、どうか無事で居て……! 奈緒、キリュウさん……! 
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