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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第二章  曇天の霹靂
  As1.望んだ世界

「何でっ、あんたっ、みたいなっ、クソガキがっ、生まれちゃったのよっ!!」
「……っ、ぐっ、がっ、かはっ、ぐあっ……!」

 泣きそうな顔をしながら俺を叩く母親。
 何度も。何度も。何度も。何度も。
 時には手の平で俺の頬を。
 時には拳で俺の胸を。
 時には足で俺の背中を。
 時には近くにあったモノで、俺の体中を叩く。

「…………っ」

 俺は、無力だった。
 父親は俺が物心付く頃には既に居なかった。女手一つで俺を養っていた母親は、ストレスが一定を超えると俺をサンドバックのように扱った。
 嫌だと思ったことは何度もある。だけど、俺にとっては《虐待(それ)》が当たり前だった。……それが、日常だった。

 中学生になった俺は、給食だけを頼りに日々を生きていた。既に母親は俺を放任していたからだ。
 制服はよれよれ。髪はボサボサ。服装についても何度も注意を受けたが……仕方ないだろう。ウチでは、風呂さえ満足に使わせてもらえないのだから。
 そんな俺がイジメの対象になるなんてことは、しょうがないことだったのかもしれない。汚い制服、臭くガリガリの体、親譲りの鋭い目付き、栄養失調と睡眠不足による濃くて大きいクマ、話しかけられても常に無言、無愛想。これらのせいで俺の風体は、周りからは根暗な奴がガンを付けて来る、というように見えるらしい。
家では母親に虐待され、学校ではクラスメイトにイジメられ……。俺はもう、心身共にボロボロだった。






「――とまあ、こんなことがあったわけで、この日本刀《村正ムラマサ》は、徳川家にとってまさに妖刀――呪われた刀だったわけだな。まあ、実際に呪われていたかどうかは定かじゃないが、その後に芝居やら物語なんかで妖刀って扱いをされてな。今じゃ《村正=妖刀》という認識は根強い。みんなもゲームとか漫画で聞いたことあるんじゃないか? 自身の持ち主だけじゃなく、持ち主の家族や友達、周りの者まで呪い殺してしまう。つまり自他共に不幸にしてしまう刀、それが妖刀…………なーんてな」


 ――妖刀、《村正》……。


 俺がそれを知ったのは、社会科の教師が授業に関係無い薀蓄を喋っているときだった。
 学費の問題で高校に行けない事が決定している俺は、いつも授業を聞き流していた。が、《自分の周りが不幸になる》という言葉で、その話に興味が出てきた。
 何故なら……俺は、全てにムカついていたから。
 今まで散々虐待してくれた母親に。何処へ行ったのかも解らない父親に。アホみたいな顔で笑いながら幼稚なイジメをしてくる奴らに。イジメや家での虐待を知っていながら放置している教師たちに。救いの無い世界に。そして何より、現状を覆すことも出来ない己の無力さに……。
 自分も最後には死ぬが、自分の周りの者も殺しまくるという妖刀《村正》。

 ――欲しい。

 そう、思った。
 自分のことなんかどうでもいい。俺の周りに居る奴らを殺せる力を手に入れられるなら、俺はどうなったっていい。
 ……だが、そうは思っても実際にそんな妖刀なんて存在はしない。俺は、それを渇望しつつも、ムカつく日常に埋もれていった。

 その後、中学を卒業した俺は家を出た。無論、母親には無言でだ。餞別として三十万ほど黙って貰ったが、今までのことを考えたら慰謝料としても安すぎるだろう。
 俺は歩きで県を三つほど跨ぎ、格安の訳あり物件(家賃月一万、四畳一間、共同トイレ、風呂無し)を借りた。そして個人経営の居酒屋に頼み込んでアルバイトをさせてもらうこととなった。チェーン店じゃないのは、家出した未成年者である俺は雇って貰えないだろうと思ったからだ。

 居酒屋の店主であるおっさんは、昭和の頑固親父みたいなその容貌通り厳しい人だった。愛想の無い俺を拳で教育したり、一回ミスるだけで店中に響くほどの音量で怒鳴られた。
 ……だけど、いくら失敗をしても俺をクビにするなんてことはしなかったし、十五という年齢で学校にも行かずに一人暮らしをしている理由も聞いてこなかった。
ある日、俺はそのことを聞いてみたことがあった。

「……おっさん。今更だけどさ、訊かないのかよ? 俺がここに居る理由。こっちとしちゃありがてぇけど、そっちからしたら不安なんじゃねぇのか……?」
「…………ふん。お前みたいなガキが今こうしてるのを考えりゃ、訳ありなのは当然思いつく。――そうしなけりゃいけなかった訳があることもな。嫌なら最初から雇いやしねぇよ。いいから無駄口叩いてねぇで仕事しろ」
「…………」

 俺は初めて、ちゃんとに《俺自身》を見てくれる人を見つけた気がした。






 基本的に居酒屋は夕方から深夜までなので、俺はそれまで暇だった。別のアルバイトをしようかとも考えたが、居酒屋の仕事は結構体力を使うので、二つ同時は無理だった。なので俺は、暇つぶしのために初給料で中古の安いテレビとゲームを買った。主人公の侍を動かし、何人もの敵を切り捨てるアクションゲームだ。
 俺はすぐにそれにハマった。俺に斬り殺される敵の顔が、今まで俺に辛酸を舐めさせてきた奴らに見えたからだ。

 それから俺は、アルバイト以外の時間をゲームに注ぎ込んだ。そのほとんどが剣で人を殺すようなものばっかりだったが、此処には親は居ない。俺を注意する者なんて誰も居ない。……俺は、自由を手に入れたと思った。

 十八歳になり、未だアルバイト生活だが、一応金もそれなりに貯まった。
そんな頃だった。
 俺はバイトまでの暇潰しにコンビニで雑誌を立ち読みして新作ゲームのことを調べていた。そこで目に入ったのは、大手ゲーム会社アーガスの新作VRMMO《ソードアート・オンライン》のベータテスト参加者の募集要項だった。
 最先端技術で造られた美麗な仮想世界で、実際に自分の手で、自分の意思で剣を振るって敵を倒すことが出来る《剣がプレイヤーを象徴する世界》。
 俺はその謳い文句に惹かれ、ダメ元で応募した。

 それから一ヵ月後、もうほとんど忘れかけていた頃に、それは届いた。
《ソードアート・オンラインのベータテスト参加チケット》。
一瞬何のことか思い出せなかったが、その意味を理解した瞬間、不覚にも「うぉっ」と情けない声を上げてしまった。
俺は貯金のほとんどを使って急ぎナーヴギアを購入し、SAOのベータテストに参加。そこで初めて《完全(フル)ダイブ》というものを体験した。

 ――最高、だった。

 普通のゲームでは味わえない、自分自身の手で敵を殺せるという所に、俺は心頭した。
 特に最も俺を熱くさせたのがPKプレイヤーキルだ。人間の操作するプレイヤーのHPがゼロとなり、アバターが光となって消える間際のあの悔しそうな顔。あの情けない顔……。
 堪らない快感だった。
 もっと。もっと。もっと、もっともっと……っ。
 もっと殺したい。もっともっと殺したい。
 俺の頭の片隅で、そんな想いが次第に大きくなってくるのを感じていた。









「――バカヤロウッ!」

 仕事の最中、おっさんに怒られた。
 SAOのベータテストが終わってしまい、あの快感が得られなくなった俺は、他のどのゲームをしても渇望する欲求を満たせず、日々を悶々と過ごすしかなかった。
 しかし、ようやく明日、待ち望んだSAOの正式サービスが開始される。
 あの世界をもう一度駆けまわれるのだ。
 ベータテストのときのことを思い出し、正式サービスに思いを馳せていた俺は、つい仕事中にボーっとしてしまった。

「…………すんません」

 失敗をしてしまったときの、いつも通りの対応をする。
 このおっさんは一時いっときは怒るが、すぐに切り替えてくれる。サバサバした性格なので、後に引きずらない。不器用でたびたび失敗してしまう俺にとって、この性格には助けられてきた。

 ……だが、今日は違った。

「ふざけるのも大概にしろよ、ガキっ! ……不器用なのは別にいい、慣れるまでやらせるだけだからな。無愛想なのも別にいい、やるべきことをやってれば文句は言わねぇ。――だがな、仕事中に他の事を考えて呆けてる奴は邪魔でしかねぇ。やる気がねぇなら帰ぇれ!」

 結局、俺はその日、働かせて貰えなかった。
 その後アパートに帰った俺は、恩を仇で返すようなことをしてしまったことに後悔しながらも、やはりSAOのことが頭から離れず、複雑な心情のまま翌日を迎えた。

 二〇二二年、十一月六日、日曜日。

 今日の午後一時から、SAOの正式サービスが開始する。
 体調は万全。ベータ時代のデータもしっかりと頭の中に入っている。
 仕事が夕方の五時からなので三時間しか今日はプレイできない。ベータの情報を以って、他のプレイヤーに先んじてスタートダッシュをするのは無理そうだが、だからといって仕事は休めない。

 ――これ以上、おっさんの信頼を裏切るような真似はしたくねぇ……。

 ようやく安心できる居場所が出来たんだ。その居場所を作ってくれた恩人には報いなければ。
 しかし、そう思いつつも、それとは真逆の考えも俺の頭の片隅にはあった。

 ――人間関係ってなぁ、やっぱ面倒だ。いっそ、SAOの世界が本物になってくれれば……剣さえあれば全てが手に入る、そんな世界に、変わってくれれば……。

「……そんなもん、叶わねぇ夢と解ってる。解ってるんだ……」

 誰に言うでもなく、俺は自室でひとり愚痴る。
 この世界は残酷で、救いは限りなく無い。ゲームのように頑張ればなんでも出来るというものでもない。金持ちの子供が金持ちのように、貧乏人の子供が貧乏なように。生まれ育った環境というのは、人間の様々な能力を伸ばす上で大事なファクターであると同時に、覆すことが出来ない不平等なものでもある。
 他人が当たり前のように持っているものを、俺は持っていない。
 そして、今の世界って奴は、持たざる者に対して優しくない。

 ――力チカラが欲しい。望んだもの全てを手に入れることの出来る力が……。

 俺は、そんなことを思いつつ、ナーヴギアをかぶった。

「……《リンク・スタート》」








 午後四時二十七分。

 ログインしてすぐ、SAOの舞台である浮遊城アインクラッドで一番最初のプレイヤーの出発地点《はじまりの街》を見周り、これから幾度となく使う重要な施設をいくつか回ってベータ版との差異を確かめ終わった俺は、さっそくフィールドに出てモンスターを狩っていた。
 ベータと正式版じゃ変更箇所もあるかもしれない。武器や各種アイテムの値段、宿屋などの各施設の料金、NPCに話しかければタダで貰えるアイテムなど、はじめに確認しておいて損は無い。それらを知っておけば、狩りに出た際の引き時というものをある程度計算できるからだ。効率良く狩りをするのならばこれらの情報は大変重要だ。
 現在の俺のレベルは3。つい今し方ようやくレベルアップした所だ。
 やはりこの世界は良い。どうしてか、俺にはこの世界のほうが《生きてる》という実感が得られる。この調子でもっとプレイしていたいのだが。
 しかし、この辺でログアウトしなければ仕事に間に合わない。けっこう時間もギリギリだ。
 激しい抵抗感を感じながら、俺はシステムメニューウインドウを開いた。

「…………あぁ?」

 ログアウトボタンに触れようとして指が止まる。
 ベータ時代に散々押してきたボタンがそこには無かったからだ。
 仕様でも変わったのかと思いウインドウ内を探す。

「……無ぇ」

 しかし、幾度探そうと目当てのものは無かった。

 ――バグか? 

 ベータ版じゃ、バグらしいバグなんてものは無かったっつぅのに。
 こりゃ今夜は荒れるな、と考えて、ハッとなる。

 ――やべぇっ、仕事……!

 急ぎ俺はウインドウ内にあるGMコールを発した。
 だが、五分経ってもなんの応答も無い。他のプレイヤーも大勢GMコールをしていて対応が遅れているのかとも考えたが、それならば全員を強制ログアウトさせればいいだけじゃないのか?
 焦りつつも時間は無情にも刻々と過ぎていく。
 学生時代のイジメにより、他人との交流を極力減らしていた俺には、知り合いなんて居ないから相談出来る者も当然居ない。現状を打破する策は……無い。
 システムウインドウ内の時刻表示が午後五時を示した時、俺は天を仰ぎ「おわった……」と呟いた。

 そしてその三十分後、俺の言葉通り確かにそれは終わった。

「っ! な、なんだ!? 強制、転送っ……!?」

 ――そう、遊びゲームが、終わったのだ……。










「ハ……ハハッ、ハ……アッハハハハハ! クハハッ、クハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 俺は、はじまりの街を飛び出し、フィールド駆けていた。
 心が弾む。足が軽い。今ならなんでも出来そうだ。
 俺の胸を満たすのは《歓喜》。何故なら、叶わぬと思っていた俺の願いが現実となったからだ。

 ――感謝する、茅場晶彦……!

 フィールドで強制転送された俺は、はじまりの街の中央広場に出た。
 そこで聞いたのは、SAOとナーヴギア開発の第一人者である茅場晶彦の声明。
 アインクラッド完全攻略までログアウトは不可。
 HPゼロは、現実での死。
 広場に居た一万近くのプレイヤーたちは、その話を聞いて負の感情を撒き散らしていた。

 ――だがしかし、俺はその真逆だった。

 こんなに嬉しいことはない。何故、他のプレイヤーたちが嫌がっているのかが解らない。
 要は、生きる世界が変わっただけだ。現実か、SAOかという違いだけだ。
 HPがゼロになったら死ぬ? そんなの現実でも同じだろうよ。運悪く車にモロに撥ねられでもすら一発じぇねぇか。運悪くHPがゼロになったら死ぬんだからよ。
 だけど、SAO(ここ)は現実じゃ出来ないことが出来る。
 人は超人の如き力を得られるし、素人がプロ並みの料理や道具を作れる。
 努力すれば、必ず望むものを手に入れられる世界。
 まさに、俺の渇望した世界だ。

「――オラァ!」

 街道をひたすら駆けながら、目の前に出てきたモンスターを倒す。
 目指すは迷宮区のあるエリアの隣のエリア。
 第一層のフィールドモブの中では一、二を争うほど倒した時の経験値が高いモブが出る場所だ。小さいが、鍛冶屋も宿屋もある村も近くにあるので、そこを拠点とする。
 しかし、当然ながらそのモブはかなり強い。HPはやや少なめだが、一撃の攻撃力がヤバい。
 今のレベル3の俺では、数回のヒットでHPはゼロになるだろう。
 茅場晶彦の言葉通りならば、それは…………《死》を意味する。

 ――だが、それがどうした。

 俺が居なくなっても、心配してくれる人間なんて居ない。
 俺が死んでも、涙を流してくれる人間なんて居ない。
 居酒屋のおっさんのことも、もういい。人間関係ってやつに疲れていたところだ。
 俺は此処を死に場所としたい。
 俺の人生、生まれた時には既にロクでもないってことは解ってたんだ。
 だったら、最後くらい思い切り楽しみたい。生きているということを実感したい。

「クハッ、クハハ! アーッハッハッハッハハハハハハハ!!」

 ――このSAOせかいで、俺は精一杯生きて……そして、死んでやる……! 
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