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妻の正体

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第七章

「何しろ酢は酒から作るからな」
「そうでしたね、じゃあ」
「ああ、仕込む」
 酒、それをだというのだ。
「そうしてだ、妖怪退治といくぞ」
「何か大変なことになっていますね」
「当たり前だ、妖怪が相手だぞ」
「しかもとびきり悪質な」
「人を殺すことを何とも思っていない奴だ」
「人間って言ったら殺人鬼ですね」
「いや、吸血鬼だ」
 文字通りそれだというのだ。
「しかも悪病をもたらすな」
「本当にやばい奴だからですね」
「ここは何とかしないとな」
 絶対にというのだ。
「御前の為にもな」
「俺が血を吸われて殺されるからですね」
「そうなりたくないだろ」
「当たり前ですよ、夜寝ている間に首と内蔵だけの化けものに血を吸われて死ぬなんて」
 そうした死に方はマヤリームにしても願い下げだった、絶対に。
「それは」
「そうだろ、じゃあ一刻も早いうちにな」
「出来る限り早くですね」
「倒す、いいな」
「わかりました」
 社長のその言葉に頷いてだった、マヤリームは社長にとりあえずは会社で待機してもらって一旦家に帰った、そしてだった。
 夜も必死に日常を演じた、緊張で時間が気が遠くなる位に感じられた。だが何とか真夜中まで相手に気付かれずに済んでだった。
 真夜中になると相手はまたベランダに出た、そして。
 昨夜と同じ様にして出ていった、後には身体だけが残った。そこまで見届けてだった。
 マヤリームは携帯で社長を呼んだ、するとすぐにだった。
 社長は彼の家にすっ飛んで来た、そのうえでこう彼に言った。
「じゃあすぐにな」
「はい、壺の中をですね」
「急げ、ウォッカをどんどん入れるぞ」
「はい」
「最初に塩と松脂を入れてだ」
 そうしてだというのだ。
「あとはな」
「あとは?」
「待っている間に考えていたんだがな」
 社長は懐からあるものを出しつつ言う、それは何かというと。
 コーランだった、二冊持っているうちの一冊をマヤルームに差し出してそのうえでこう彼に言ったのである。
「これ持ってろ」
「コーランですか」
「ああ、懐に入れていろ」
 そうしろというのだ。
「いいな」
「作業をしている時にですね」
「ああ、ひょっとしたら御前の芝居を見抜かれているかも知れない」
 このことを考えてのことだったというのだ。
「だからな、壺の中身を入れ替えている間にだ」
「あいつが引き返してきてですか」
「襲い掛かってこられたら厄介だろ」
「はい、確かに」
「そのことも考えてな」
 それでだというのだ。
「これを持って来たんだよ」
「そうだったんですね」
「じゃあいいな」
 社長はあらためてマヤリームに言った。
「これを懐の中に入れてな」
「そうしてですね」
「コーランを持っていれば妖怪は近付けない」
 例えそれが異形のおぞましい吸血鬼だとしてもだというのだ。
「コーランならな」
「これ以上はないまでに聖なるものだからですね」
「そうだ、コーランだからな」 
 ムスリムの間では絶対のものだ、コーランこそが最も正しくそして聖なる存在であるのだ。アッラーの言葉が書かれたものだからこそ。 
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