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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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その手に宿る調律。
  そして想いは力となりて



時夜side
《出雲大社》
PM:4時12分


「お願い、ルナお姉ちゃん」


決意と懇願の意を込めて、俺はルナお姉ちゃんを見据えて言葉を紡いだ。
そう告げた時の姉の瞳は、俺を見てはいるが、何処か遠くを見ていた。

なんと言っていいのか。
俺を通して、誰かを重ねて見ているかの様な、そんな感じがした。


「……ルナお姉ちゃん?」

「…ううん、なんでもないわ」


体格差ゆえか、俺は姉の姿を見上げる形になる。
思考に浸っていたのだろう、俺のその声で意識を現実に引き戻す。

首を傾げて顔を覗き見ると、彼女はそれにやんわりと首を左右に振った。

そんな自身の姉。それを見据え、俺は重ね見る。
ナルカナは俺が転生する前の、前世の知り合いの女性に酷似している。

ナルカナの容姿や言動、人格が似ているとかではないのだ。
その自らを構成する本質たるものが、何処となく彼女を思い出させる。

不器用な優しさを持ち、そして本当は誰よりも優しかった少女に。

俺は今でも、彼女に数え切れない程の感謝をしている。
決して、その恩を忘れる事は無いだろう。こうして転生した今でも、鮮明と思い出す事が出来る。

一度折れてしまった俺が、立ち直る事が出来たのは、一重に彼女が傍にいてくれたから。
そして、多くの人が支えてくれたからだ。その中でも、やはりその少女は俺にとっての特別であった。

今になって振り返れば、俺は気付かぬ内に彼女に恋をしていたのだと思う。

結局の所。
俺は彼女に恩を返す事も、何をしてあげる事も出来なかった。
きっと彼女なら笑みを浮かべて、そんなものはいらないと言う事だろう。

けれど、俺が今も笑顔を浮かべられる事。その事については感謝しても、し切れない。


―――小坂井静流


俺が生者にも、死者にもなる事の出来なかった、あの人形としての日々を過ごしていた時。
そんな時に、俺は彼女と、静流と出会った。

静流は俺の一歳年上で、彼女に初めて出会ったのは中学二年生の夏であった。
本人との直接的な面識はなかったが、俺は彼女の事を知っていた。
ただ互いの共通点があるとすれば、同じ学校に通っていたという事だろう。

彼女はその学校の生徒会長であり、同時に揉め事処理屋であった。

主に荒事専門ではなくて、人の話を聞いて、人の心を癒す仕事。
心のカウンセラー的な立ち位置にいた。そんな俺も、彼女のお世話になった一人であった。






1







「初めまして、小坂井静流です。…お名前、言えるかな?」

「…………」

「あれっ、聞こえてるかな、霧嗣くん?」


ファーストコンタクトは最悪なものであった。

一方的に話し掛けられ、一人になりたくて、誰にも干渉されたくなかったのに、それを言葉にするだけの気力すらも俺にはなかった。

初めて彼女に会った時に感じた第一印象は、憎しみと嫌気。
その今を生きているという少女の在り方、それが俺には眩しすぎた。

俺が何も語ろうとはしなくても、それでも彼女は笑みを絶やさずに語り続けてきた。
また来るね…と、彼女は俺に微笑み、そうして去って行く。そして次の日も、その次の日もやって来た。

ただただ、その繰り返しだ。

そして何時の間にか、俺は彼女に興味を示していた。
そうして彼女が訪れてから幾度目かの時に、初めて会話を交わした。


「…どうして、貴女は俺に構うんですか……?」

「う~ん、どうしてかな?…君は、どうしてだと思う?」


彼女は悪戯っぽく微笑み、曖昧に答えて、何処か遠くを見据えた。
その横顔には先程までの笑みは消えていて、そうして言葉を紡いだ。


「…君はね、何処か昔の私に似ているんだ」


寂しげな音色で彼女はそう口にした。
その言葉は同情や哀れみからのその場凌ぎの言葉ではないと、理解出来た。

そうして感じ取った、この人も俺と同じ様な経験をした事があるのだと。


「……昔、の…?」

「そう私もね、九歳の時に両親を殺されているんだ。……その光景を目の当たりにして、今の君の様に心に鍵を掛けて、過去から、そして現実から、耳を塞いで目を瞑って背いてきた…」

「……っ…」


静流は自身の制服の袖を捲り、その左腕を露にする。思わず俺はそれに息を呑んだ。
その腕には痛々しく、その過去を想起させるリストカットの痕が残されていた。


「…私はそうして、生きる事にも疲れて、死ぬ事を選んだ。でも、死ぬ事は出来なかった」


そう静流は笑顔を浮かべて俺に語り掛ける。
だが、その瞳からは頬を伝う一筋の雫があった。


「私には一歳年下の、君と同い年の弟がいた。その子が、私にこう言ったんだ」


―――お姉ちゃんまで、僕の前からいなくなっちゃうのは嫌だよッ!!


「ってね。そうして私は現実に目を向けた。現実にはまだ、私を迎えてくれる家族がいるんだってね…」


そう言いながら、彼女はその涙を拭った。
それとは同時に、今度は不意に俺の瞳から涙が零れ始めた。


「こら、泣かない泣かない。…さて、つまないお話をしちゃったね。霧嗣くんも、もう少しだけ現実に目を向けてご覧?…きっと君の事を心配して、迎えてくれる人がいる筈だよ?」


そうして彼女は、制服が濡れる事を気にせずに俺を抱き留めた。
涙は枯渇する事無く、流れ続けた。それは壊れた水門の様に、無尽蔵に流れ出て行く。
今まで溜めていたものを流し出す様に。そして過去を払拭する様に。

そうして彼女はそんな俺が泣き止むまで優しく包み込んでくれた。

そうして、それから。
俺は少しづつ現実に目を向けて、ほんの少しづつ、歩んで行った。
彼女の、そして周りの肩を借りて。徐々に人間らしさを、笑顔を取り戻していった。

そうして、俺は揉め事処理屋になった。
今度は自分が、彼女とはまた違った道で誰かを救える様に。






2







「…時夜、本当にいいのね?」

「うん、もう決めた事だから」


俺は自身の周りを浮遊している、四本の鞘を見据える。
……あの時の彼女との約束を守る、その為に俺に力を貸せ。






3







「これで良かったのですか、ナルカナ様」


今まで言葉を制していた環が、その口を開く。
その視線の先には、縁側で綺羅に膝枕をされて眠っている時夜の姿が映る。
そして、その脇には浮遊する四本の鞘型の永遠神剣。


「…あの子が望んだ事よ。それに私はほんの少し後押しをしただけ」


私は時夜があの神剣と対話出来る様に、あの神剣の意識に少しばかり揺さぶりを掛けただけ。
あの子の姉として、私は望んだ事をしただけだ。

あの決意と覚悟に満ちた瞳を、言葉を、想いを、誰が否定出来るだろうか?
それに私には、あの子が無事に帰って来るという、不明瞭ではあるが、確かな確信があった。

確かな確証が、私の中である訳ではない。
けれど、あの子ならばきっと帰って来れる。そう不思議と思える。


「…それでも、万が一という事もあります。……確立的には、成功する可能性の方が少ないでしょう」

「それでも、あの子ならばきっと大丈夫よ。…帰ってくるわ、時夜なら」

「また、いつもの勘ですか?」

「まぁ、そんな感じね。もしダメだったら、私がぶっ飛ばしてでも時夜を連れ戻してくるから、安心して良いわよ」

「その時点で、安心が出来ませんが…信じましょうか、時夜さんを」






4







「…………」



深く、深く、深く…。
意識が水面の最奥に、深い、深い、闇の中へと溶け込んで行く。

キン…っと、甲高い金属音が唐突に鳴り響く。
ゆっくりと自身の瞳を開くと、俺は何時か見た夢の世界に佇立していた。

夢の中で夢見た世界。


「…いるんだろう、“諧調”?」


一歩足を踏み込んだ所で、俺は虚空に向けてその“名前”を呼んだ。
この神剣と意識を同調した時、その存在を構成する名を得たのだ。

陽光に照らし出された世界。

刹那。その眩さよりも眩い光が拡散して、広がって行く。
その強烈な光に、俺は思わず瞳が焼ける様で、目を瞑る。

けれど。
その光は暖かくて、俺の身を包み込む様で、何処か心が安心する、安らぐ。

数瞬の後。
光が晴れると同時に、俺は暗い闇の中に閉ざしていた瞳を開く。
そしてその視線の先には、先程までは佇立していなかった存在が佇立していた。

それは四本の鞘の形をした存在。
そのその存在を包む光は幻想的で、何処か太陽を連想させる。
神々しいとまで言えるだろう。自分とは階層の異なる、異質で、異常な存在。


『…こうして、貴方様と直にお話する事になるのは初めてですね?』

「ああ、そうだな。俺は今までお前の呼び掛けに応じる事が出来なかったから…」


諧調が言う様に、こうして面と向かって話をする機会は初めての事だ。
それ以前に、俺はこの存在の幾度もの呼び掛けに応える事が出来なかった。
夢の中での出来事を、漸く今になって鮮明に思い出す事が出来た。


「…まぁ、俺は此処に世間話をしに来た訳じゃない。俺が来た理由は理解出来るな?」


俺はそう、諧調に問い掛ける。
その言葉とは裏腹に、もしもの時は戦闘になるかもしれないと、俺は警戒して、何時でも心剣を精錬出来る様に身構える。

だが、仮にもしも戦闘に発展するとして。
俺如きの存在が、高位の永遠神剣にどれ程通用するかは解らない。
それこそ、その力の一振りで全てを終わりにされる事だろう。

……けれど、それでも俺はそれで終わるつもりは毛頭ない。

力では勝てない事だろう。だが。
その自らの中に抱く想いでは、決して劣るつもりは、負けるつもりはない。


『はい、貴方様が此処に訪れたのは私と契約を結ぶ為。…断言しましょう、私には貴方と争う気はありません。どうか、その身の力を抜いて下さい』


俺はその諧調の言葉に頷くと同時に、問いを掛ける。


「…それを、信じてもいいのか?」

『はい、私の名である諧調に誓って』


自らの名を賭けてまで告げたその言葉に、俺は一先ずの所、鞘から抜き掛けた剣を収める。
争いにならないのであれば、回避出来る事に越した事はないのだ。
だが、油断するつもりは、気を抜く気は毛頭ない。


『度々尋ねますが貴方様は、私と契約をする意志をお持ちですね?』

「ああ、俺はお前との契約を望む…」

『問わせて頂きましょう。何故ですか?』

「力が欲しいんだ。大切な物を守れるだけの力が。…お前の事だ、俺の前世での記憶も知っているんだろう?」


この存在と自身の心を同調した時、俺はこの存在の名を得た。
そして、きっと諧調側にも俺を構成する情報が流れ込んでいる事だろう。

思い出すのは、前世での記憶。
それは未だに払拭出来ない、脳裏に焼き付いて離れない凄惨な記憶。

そして。
俺が揉め事処理屋として活動をしてきた中で、救う事の出来なかった人々。
その度に、俺は涙を流して悔いて来た。自分の無力さに、情けなさに。


『はい、私と貴方様は言うなれば一心同体。比翼連理ですから』


諧調はそう言葉にする。
だが、俺とこの存在の間にそんな事実は存在しない。


「だから…だから、もう失うのは嫌なんだよッ!!」


―――それは俺の心の内に秘めた慟哭。


何時の間にか、瞳から涙が零れ落ちていた。涙を流すのは、一体何時以来だろうか?
…彼女の死、以来かもしれない。

―――彼女の、静流の死以来だろう。


『私と契約を結ぶという事は、永遠存在になるという事です。その事実を理解していますか?』


それは、お母さんやお父さんの様に“そちら側”に足を踏み入れるという事だ。
人である事を止めて、永遠存在として文字通り永遠に死ぬ事もなく、孤独に歩み続ける事になる。

世界から切り離されて、大切な人達にも忘れ去られて。
その存在を始めから“無かった”事にされて。
いつの日か、マナの塵となるまで、闘い続けなければならない。

―――解っている。理解している。

俺はその諧調の言葉に力強く頷く。


「それでも俺は力を望むよ。何も出来ずにいて、それで何かがあったら俺は絶対に後悔するから」


俺は諧調を真正面から見据えて、そう心の赴くままに言葉を口にする。
俺のその言葉に、諧調は数瞬の間押し黙る。まるで、俺の言葉を反芻する様に、噛み締める様に。


『……貴方様の覚悟、決意、然りと受け取りました。故に、私は貴方と契約を交わす事にしましょう』

「……いいのか?」


俺は涙を拭いながら、そう問い掛ける。


『はい。貴方のその信念、心の持ち様は私の担い手に相応しい。優しくいて、それでいて折れる事の無い不屈の刃の様なお人』

「…いや、俺はそんな大層な存在じゃないよ。」

『謙遜ですよ。貴方は前世においても強い存在でした。武よりもその心が』

「いや、俺は弱くて脆弱な存在だよ。…だから、きっとこれからも傷付き、繰り返す」

『自身が気付いていないだけです。それに良いではないですか、傷付かずに歩んで行けると言うのならそれは最早人ではない』

「それは……本当に俺でいいんだな?」

『はい、貴方様以外にはあり得ませんよ。私は今までも、そしてこれからも貴方と共にあり、共に傷付く、貴方を包み込む“鞘”になりましょう。』

「ああ、わかったよ。“諧調”」

『はい、“主様”。さぁ、私の名を呼んで下さい』

「共に歩んで行こう、“ヴィクトリア”」


俺は“彼女”の化身としての名を紡ぐ。
教えて貰った訳ではない、だが不思議と理解出来た。

心に、彼女の心が流れ込み、そして繋がった。
そして、身体の内側からとてつもない程の膨大な力を感じ取った。

そう名前を呼んだ刹那。
鞘は輝きを放ち、一人の女性の姿を形作る。
碧銀色の艶やかな髪をした、朱色の瞳をした女性が現れる。年齢で言えば、十代半ば頃だろう。


「………」


幻想的で、芸術的であった。
思わず、その目を盗まれる。不意に、息をする動作を忘れる。

それ程までに、少女は、ヴィクトリアは美しかった。


「……主様?」


俺はそれに首を左右に振り、言葉を紡ぐ。


「行こう、ヴィクトリア」

「はい、主様」


そうして互いに手を確かに繋ぎ、俺達はその空間から姿を消した。
未来永劫、ずっとその手を離さない様に。


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