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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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それは世界の狭間にて
  流転する少年と百億の時を廻る少女

 
前書き

暁にも投稿しておこう 

 



深く、深く、深く……。
まるで底のない、底なし沼に浸かる様に、意識は昏迷なる深淵へと堕ちて行く。

暗闇なる世界、其処には何も存在しない。声も光も届かない。そこにあるのはただ絶望だけだ。
もう、どれほどの間、この闇の帳の中にいるのかすら解らない。理解出来ない。

けれども、母の胎内の様に今はその暗闇に何故か安堵する。懐かしいとすら思う。
それは嘗て、“此処に存在した世界”の事を魂が憶えているから。只々己は其処に存在していた。

常人であれば、ただ其処に足を踏み込むだけで発狂してしまう様な空間。


『――――――』


音も光も届かない静寂の世界で、ただ一つ紡がれる物があった。それは……祝詞。
声すらも飲み込まれる世界にて、空気すら存在しない中で聞き取れるそれは人間の五感を介している訳ではない。

只人が感じ取れる五感外の存在。云わば超感覚によって受け取れる物理法則という概念の外。


『――――――』


凍りついた空間に沁み渡る様に、その祝詞は拡散した。
ただ淡々と紡がれるそれは、抑揚がなく、聞く者がいれば詠とは言えないだろう。

何ものとも言えない感傷を、黄昏とも言える慈愛を、愛するが故の悲哀を胸に抱かせる。
人の身では理解が出来ない、処理の出来ない、追い着かない、既知の外側。

それを不気味だと感じるだろう、けれどそれを聞きたくないとは決して思わない。
それを、誰にも否定する事など出来ないからだ。残されたその者しか既に想う者はいないから。


『――――――』


何千、何万、何億。数える事すらも忘却の彼方に追い遣った繰り返される祈りと呪の言の葉。
溢れる願いと望み、そしてそれを遥かに凌駕するどす黒い憎悪の塊。

永い失われた刻の最中、古びた時計が動き出す、軋む様に魂の歯車が廻り始める。



『――――――』


祝いの言葉が終極に向かうに連れて、この界を締める法則を自身のそれによって書き換えて行く。
それは黒を白で塗り潰す様に、目に見えない何かが鬩ぎ合う。決して人が抗えない未知の領域。


『――――――』


強まり、更に鬩ぎ合う人知を超えた二つの存在の願い。意識法則体の誓い。
押し返し、押され、更に押し返す。そしてそれを上回る強制力で世界を塗り替える。


『――――――』


憎悪に身を任せ、自身が持つ意識法則体としての力を発露する。
それは、世界すらも自らの色に塗り替える、大いなる力。そして其処で詠を結う。


『―――□□―――』


詠い手が祝詞に乗せた祈りが締め括られ、その力は主の意志に従って一つの色となり爆発する。
その総べては自らが愛して、愛された、祝福された大地に向けて。ただ、それは守る為に。

もう失って戻らない世界に向けて、それを憂いながら。それでも、愛しているから。
失ってしまった愛しい女も、友も隣人も、何時の日かきっとめぐり合える事を信じて。

結んで、止めて、また謳う。
何時終わるとも解らない、人の身には過ぎた永劫に続く時間を結んで、止めて、また謳う。

だがそうだとしても、願いを紡ぐ事は止めない。
全てが失われた世界の果てで、願いと二度と帰らぬ日々を想いながら。

―――極大の憎悪を支えにし、世界の中心にいる、目に見えぬ外敵を睨み付けて。


『――――□□□□□□□』


数え切れぬ程の膨大な力の鬩ぎ合いによって、崩落して行く世界の中で。
逆様に堕ちて行きながらも彼はそう想う。いつかきっと―――未来へ繋がると信じて。


















―――あの日。
世界の終わりの、そして始まりの場所で、確かに私は世界から消え行く彼を見た。

胸が切り裂かれる思いだった。我が身の事の様に今すぐ此処で慟哭に身を任せたいとすら思った。
彼に漸く追い着いたと思っていた、そして今度こそ離れないと誓った筈だったのに。

けれど、再び訪れてしまった。私達を別つ様に訪れた悲哀によって。
人々は成す術もなく消え落ち、世界は侵食され、飲み込まれてその存在を無かった事にされた。

だけど彼は最後まで、悲哀という理に飲み込まれた世界でも一人残されて祝詞を詠っていた。
自らの望みと、失われて行った人達の想いを胸に抱き、極大な憎悪を身に纏って。

その光景を目にするのは“初めてではないというのに”。
初めてではない、自らの既知の範囲内だというのに、やはり慣れないものは慣れない。

結末に差異はあるものの、これは今の私の気持ちではない。
積み重なった都合50年にも渡る、私の“歴史-繰り返し-”の記憶。

与えられた、譲渡された“前回までの私”の気持ちが、心の内に留まっている。
けれど、今感じているこの悲嘆の嘆きは本物だ。―――前回の事で恐らく、“四週廻った”。

だからこそ、次はこんな結末に至らない様に私は祈りを紡ぐ。
次こそは幸せで、皆が生き残る、幸せな結末を、ハッピーエンドを迎えれる様にと。




















―――冷たい雨だった。
一度濡れれば、骨の髄まで痛みを感じさせる凍てついた雨。

まるで氷の結晶が雫の形のままに降ってきた、そんな雨だった。
建物の屋上を抉る様な勢いで打ちつける天からの涙。

周囲に木霊する水の爆音は雨音の範疇を超えて、もはや滝と呼んだ方が相応しいかもしれない。

どれだけ、降り続いていただろう。はるか天上からの雨量は今年初の大豪雨を記録した。
そして、その勢いは今もなお、衰える気配を見せていなかった。

……ぴちゃ

夜の帳が降りた薄暗いアスファルトの地面に、小さな、小さな波紋が生まれた。

―――桜色のセーラー服を着こなした少女。

緋色の長い髪に、同じく緋色の瞳。悪魔的な美貌の少女。
雨風が少女の衣服を浸食、その細やかながら肉付きの良い上背が顕になっている。

ただ濡れる事にも臆する事無く、その場に大樹の様にそびえ立ち、じっと空を見据えていた。


「……雨、ですか」


少女は今気付いたかの様に、そう呟いた。
長い、本当に長い時間の間、思考の海に沈み込んでいた。


「……あれから、もう二ヶ月も経つんですね」


悲愁に満ちた瞳と声音で、緋色の少女は呟いた。
この世界を揺るがす程の大惨事。それが起こってからそれだけの時間が経過していた。

一歩間違えていれば、この世界は消失していたかもしれない。
本来ならば手を取り合わない管理神たるエト・カ・リファと協力して、私は一つの祈りを想った。

そして、この世界を救済に導いた一人の少年と、それに追随した彼の仲間達。
その活躍がなければ、この世界はきっと今頃虚無へと還っていた。

けれど与えられた時間は少ない。少年達が自らの命を犠牲にして切り開いたというのに。
与えられた猶予は刻一刻と今も迫っている。幻聴の様に秒針を刻む音が聞こえてくる。

少女にとっての思い人、その人はとある存在との相対の後に消失した。
世界の傷は癒えたとしても、人々の心に残った傷を癒すのにはまだ時間が掛かる。


「…ここにいたのね、■□」

「……□■さん」

背後へと振り返る。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を靡かせた同い年の少女。

傘を差した少女は、もう一本の傘を私に私に差して持たせる。


「…何を考えていたの?落ち込んでいる様に見えたけれど」

「その様に見えますか?」


……表情に出していたつもりはなかったのですが。
少女はまるで水鏡の様に、此方の逡巡さえも解っているかの様に告げる。


「…これからすべき事。今、少しだけ迷っています」


曇天に満ちた天頂を見据えながら、そう独白の様に言葉にする。
隣に立つ少女は、それに黙って耳を傾ける。


「…本当に私はそれを選択していいのだろうか。今更になって、私はそんな事で悩んでしまうのです」


これから成す事。その代償は、罪過は私一人では背負い切れるものではない。
不相応である事は理解している。“楽園幻想”その犠牲による事も。

この世界の総てが犠牲になる未来が待っている事を、私が一番理解している。

…何故、今になって躊躇ってしまうのだろう。
……彼を助ける為なら、何でもするって決めたのに。


「……私は、一体…どうすれば」


こんな時、あの人ならばどうするだろうか。
今の私には、到底支えきれる程の事象ではない。けれど、それを選択しなければいけない。

迷う事は許されていない、それは重々理解している。
残される者達に変わり、私が成さなければならない。

託さなければならない、次なる“私”が私と同じ思いをしない為に。
世界を“破壊”して、次なる世界へと繋ぎとめなければならない。“前回”の私がそうであった様に。

解っている、解っているのだ。
けれど、私の心は何時までも曇天の空の様に晴れる事はなかった。


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