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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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その手に宿る調律。
  姉弟の気持ち

 
前書き

 

 


時夜side
《出雲大社》
PM:4時12分


一通りの説明を受け終わったのは、もう夜の帳の下る一歩手前であった。
雲一つ存在しない春空より、黄昏色の夕焼けがそこに佇立する時夜達を照らし上げる。
今現在、俺と姉である三人は、出雲大社の広大な敷地を誇る庭園へと出ていた。


「…とりあえず、これの意識は今は眠っているって事?」


俺は自身の傍に俺を守る様に浮遊する、四本の鞘に視線を送る。
とりあえず、夢で見たこの存在について解ったのは永遠神剣であるという事だ。

それも、とびきり上位に存在する永遠神剣である事。
ナルカナ―――『叢雲』と同等、若しくはそれ以上の力を秘めていると。

今更ながらに思うが、これが俺の願った永遠神剣なのだろうか。


「そうね。理由は解らないけれど、その神剣は今何らかの理由で休眠状態にいるわ。…けれど、その方が都合がいいわね」


俺にそう教授を開いてくれたのは、ルナお姉ちゃんだ。
自身が神剣の化身である為に、神剣の事については事人一倍に理解している。


「…やっぱり、危険だから?」


永遠神剣の危険性は前世での知識、そして口酸っぱく言われてきた為に理解している。
現に今も、俺の傍を浮遊する神剣からは眠ってはいるが、膨大な力を感じ取る。

俺のその答えに、姉の一人が首肯した。


「強い神剣ほど、強い意志を、自我を持つのです。そして神剣も人同様に心を持っている。それは千差万別です。もしも時夜様に危害を加える存在ならば……」

「このまま、起こす事なく。眠りに就いた状態のまま、封印した方が良いと言う事よ」


それはつまりの所、俺が神剣に乗っ取られる可能性が少なくともあると言う事だ。
俺は実際にそう言った存在を、知識としては知っている。

……それが至る、その結末も。

確かに目覚めさせた所で、この永遠神剣が俺に従うとは限らない。
仮にも上位神剣に身体を、意識を乗っ取られた時の周囲に対する被害は、天災等の規模に収まらない。

例としては、軽く世界が丸々一つ消える。

それだけには留まらず、その周辺の世界をも巻き込んだ大惨事と化す。
幾百、幾億もの存在が一瞬で蒸発する事にもなる。

……だけど、それでも。

俺の手に自然と力が入り、強く、強く握り締める。
俺の脳裏に、未だに拭う事の出来ない前世の一筋の記憶が流れ出す。

その記憶は、俺にとっての地獄であった。そして、それから先もずっと地獄が続いた。
生きる気力もなくて、死ぬ事も出来なくて、ただ俺は抜け殻として其処に存在していた。

もう、あんな無力なのは嫌だ。

もう、あんな守る事の出来ない悔しさを味わうのは嫌だ。

もう、あんな抜け殻としての後悔の日々を過ごすのは嫌だ。


―――力が欲しい。


それは“あの時”も、そして今も願い続けている俺の魂の根源。渇望と言ってもいい。


「…それでも、俺はコイツを目覚めさせて欲しい」


大切な今という刹那を、未来という希望を守る為に、俺は力を欲する。
そして、今度こそ大切な人を守れる様に。力へと手を伸ばす。


「俺は神剣に呑まれたりしない、屈したりしない、負けたりなんかしない。だから、ルナお姉ちゃん…この永遠神剣を目覚めさせて欲しい」


そう確かな意志を言葉と瞳に宿す。
そこにいるのは、未だに幼い4歳になりたての幼い少年。

けれど、確かにそこには、決意と覚悟を決めた一人の男がいた。






1







ナルカナside
《出雲大社》
PM:4時12分


「俺は神剣に呑まれたりしない、屈したりしない、負けたりなんかしない。だから、ルナお姉ちゃん…この永遠神剣を目覚めさせて欲しい」


そう時夜は私に宣言した。
その蒼穹の双眸には、確かな決意と覚悟の色が灯っている。

私は、生まれた時からこの子の事を見てきた。
幼い側面も持つ時夜だが、時折、その歳の子供とは見えない程に、大人びて見える事がある。
達観している様で、かたや子供の様で、そうした矛盾を孕んでいる。

精神と身体の比率が合っていないかの様な、どこか奇妙な感覚を覚える。

その時夜の言葉と瞳の奥底。
そこには一度何かを失った事がある様な、もう二度と失う事を良しとしない様な、確固たる意志があった。

もしかすると、時夜も転生体と呼ばれる存在なのではないだろうか?
そう言った可能性が頭を過ぎる。

本人は気付いていないが、頭の奥底に、心の奥底に、魂の奥底に眠る、前世の記憶。
それがそう、時夜を突き動かしているのではないかと。

この私達が存在している世界を内包する時間樹エト・カ・リファは、幾数もの世界をその内に内包している一種の多元宇宙。

その膨大な数を誇る世界の中で、そうした転生体と呼ばれる者達は存在するのだ。

前世が神であった存在等が例に挙げられる。
嘗て、この時間樹にも神々の生きる時代。神代の時代が存在した。

そうした神代の神々が死して、神名を保持した人間として輪廻転生する。
そう言った存在を転生体という。

そう言った疑念も浮かび上がった。
だが、時夜からは神名たるオリハルコンネームを感じ取れない。

ならば、何が時夜をそこまで突き動かすのか?
…私には推測出来なかった。そもそも、私はそう言ったキャラではない。


「お願い、ルナお姉ちゃん」


時夜は私に言葉を向けて、私の返答を真摯に待っている。
いつもの幼いこの子としてではない。今は一人の男として。

一人の倉橋時夜という男として、この子は今此処に存在しているのだ。

そう認識させられる。決定的で、致命的であった。
その何時もと違う時夜の側面に、思わずドキリ…とする。

黄昏色の光を帯び、何処か憂鬱気に目を細めていて、年下だというのに酷く蠱惑的に、大人びて見える。

その姿は、言動は似てはいないけれど、何処か“彼”と重なって見えて…。


「……ルナお姉ちゃん?」

「…ううん、なんでもないわ」


思考に浸っていた私の意識がその声に引き戻される。
首を傾げる時夜に、私はかぶりを振る。


「…時夜、本当にいいのね?」


本当ならば、この子の両親の承諾も得なければいけない所。
時深であれば、時夜の身を案じて、そんな事はさせないだろう。
凍夜は、しっかりとした覚悟と意志を持っての事ならば、きっと何も言わない。


「うん、もう決めた事だから」


きっとこの子はその内に人知れず抱えている物がある。
けれど、今は深くは聞かないで置こう。いつかこの子から話してくれる時を待とう。


「…そう、それなら私はもう何も言わないわ」


ならば、私はこの子の姉として、今はその背中を押す事にしよう。


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