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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第9話「私、お嬢さんに出会う」

少女の悲鳴が闇から闇へと流れ消えて行く。つんざくような悲鳴が流れる。

その声を聞き、リックはグウェンに「イダを頼んだ」と言い残して、猛然と走りだした。

闇の中から、未だに聞こえるその声に一瞬魔物か、とも思ったが、そうではないらしい。

なぜなら走りだして10分ほど、そこには盗賊たちと思われる暴漢どもに囲まれる

茶色い短髪の少女と、彼女に庇われた青みを帯びた黒の長髪を持つ少女がいたからだ。

身なりはいい。旅装ながら、その装備には金がかかっているのがよくわかった。

茶髪の少女は、全身を覆う丈夫そうな布の衣服と軽そうな革の胸当てを身につけ、

爪の生えた手甲のようなものを両手はめて構えをとっている。武闘家だろう。

そして、杖を持ち膝をついている黒髪の少女はおそらくは魔素魔導師である。

ローブにはマナを操るために必要な神代の文字が刻まれていた。

そして、その周りには…すでに事切れた年配の護衛らしき姿もある。

剣を取り落とし、無念そうに横たわる老兵を見て、リックは激昂した。

「待ちやがれ!貴様ら、ここで何してやがる!!」

大音声でそう叫び、盗賊の注意を自分に向けると、盗賊の一人に向かって駆ける。

「チッ!誰だ!」

舌打ちする彼らの一人に突進し、腹部を蹴り飛ばす。ドムッという肉を打つ音が鳴った。

瞬時、盗賊の体は宙に浮き、草の壁に突っ込んで止まる。

「ぐはっ!?」と一声叫んで倒れた盗賊を踏みつけるように通り過ぎ、

リックは二人の少女の前に立った。

「お前ら!ここで帰るなら穏便に済ませてやる!」

腰のロングソードを抜き放ち、そう言って構えを取る。隙はない。

「ちっ…手練れか。行くぞ、お前ら」

もう一度舌打ちすると、盗賊たちは草原に溶け消えるように去っていった。

「…大丈夫か、お嬢さん」

リックは短髪の少女に声をかけると、少女はしばし逡巡した後、

「ありがとうございました」と礼を言った。

リックは頭を下げる少女に「当然のこった。それより、妹さんを落ち着かせてやれ」と

できるだけ優しい声でつぶやくように答える。

「…あ。」

短髪の少女が気づいたように己の腕に抱いている長髪の少女を見やると、彼女は震え、

そして目の前で事切れている年配の戦士に手を伸ばしていた。

「落ち着いてフェーブル…もう大丈夫…大丈夫だから…」

「か、回復を…魔法、かけないと…はなして、ストランディン…」

取り押さえるようにフェーブルと呼ばれた少女を背中から抱き、

ストランディンと呼ばれた少女は悔しげに「もう、彼はダメだから…」と声を絞り出す。

その言葉に、崩折れるようにフェーブルは顔を抑える。

「ああ、ごめんなさい…ごめんなさい、プルーム…」

老戦士の名前なのであろう、プルームと言う名に何度も何度も謝罪する彼女に、

ストランディンもリックも何も言うことはできなかった。



追いついてきたイダたちとリックは合流し、ストランディンとフェーブルを紹介した。

その間も、フェーブルの顔には助かった嬉しさは見られず、

殺された老戦士への謝罪の念だけが渦巻いているようだった。

そんな彼女を説得、プルームと呼ばれた老戦士を簡単に埋葬する。

遺品となる頭髪と剣をストランディンがバックパックに入れ、黙祷をして弔う。

それからしばらくして、十分にフェーブルが落ち着いたことを確かめてから、

グウェンが目印を付けておいた野営地へ戻ることとなった。

彼女曰く「火は着けておいたから、獣も寄ってこないにゃ」と。

―――数十分後、元の野営地に戻ってくることが出来た。大丈夫、獣は来てないし、

出しておいた食べ物も大丈夫だ、とリックが言って、全員焚き火の周りに座った。

パチパチと薪が小さく爆ぜ、木炭はゆっくりと燃え続けている。

「…へえ。御二人は双子で、お父さんが地方貴族なんですか」

「まあ、そうだけどさ…あんまりそんな気はしないんだよね~

だから、もっと砕けていいよ。かしこまったのって嫌いなんだ」

落ち込むフェーブルを宥めながら、ストランディンはそう言ってイダに笑いかける。

「なるほどーおっけい。それじゃ、そうするわ」

イダも敬語は性に合わないのは同意、と笑いかけて、暫しそうしておしゃべりを続けた。

それを中断させたのはグウェンである。彼女は疑問を素直に口に出して笑みを消した。

「でさあ。地方貴族ってどこの人?その娘さんがなんでこんなところにいるにゃ?」

にゃあにゃあ、教えてよう、と言いながらグウェンはストランディンに迫る。

…それに答えたのは、フェーブルだった。

「…私たちはウヴァの街の町長を勤めるカストル男爵の娘です。父が病に倒れまして…

それで、薬草を探していまして…セリという薬草なんです。見つけはしたのですが…」

フェーブルはそう言って落ち込む。プルームのことを思い出したのだろう。

「…セリ、ねえ」

「うん。セリの茎とディラックの根から作る薬湯じゃないと治らないって話なんだ」

ストランディンはそう言って拳を握り締める。お忍びで来たから、

こんなことになってしまった、と。

「と、いうことはマナの流れが狂ってしまう病気だな。七草と呼ばれる薬草には、

マナの流れを良くする効果があるんだ。まあ、一番安くマナの病を治す方法だ」

リックはそう言うと、「貴族ならもっと高価な薬もあるだろうに。どうしたってんだ?」と

フェーブルに向き直る。そう。霊薬エリクサーを始め、マナの病を治す方法は、

金さえ出せば複数あるのだ。なぜ一般人に比べれば金も地位もある貴族が、庶民が頼る

一番安い方法を唯一治せる、などと言うのか…と思うのは当然のことだろう。

フェーブルは逡巡したが、わずかに表情を曇らせ答えた。

「…先年の豪雪のためです。ウヴァの街と帝都方面を繋ぐ街道は帝命で封鎖されたままで、

薬を手に入れようとすれば南からの迂回路を使い、第二の都市ヒルギガースへ

行かなければ行けません。往復には早馬を使っても2月以上掛かる場所です。

…もう間に合わないんです。うう…」

フェーブルは涙を流し、訴える。このままでは父が…と。

「そうなの…お気の毒様…元気出して。私達も冒険者の中継点までは行くの。

一緒に行きましょう?」

イダはそう言ってフェーブルの手を握る。

「はい…ありがとうございます」

そう言って、フェーブルはここまでで初めて笑った。

その笑みを見ると、イダも少し安心して…安心したら、少し気になることが出来た。

「セリを手に入れた、っていうけど…ちょっと見せてもらってもいいかな?」

「…いいけど?なんで?」

「いいから。セリの実物って、これ以前に見たことある?」

イダはそう言って、ストランディンに促した。

「…ない。ないよ。乾燥させた奴は見たことあるけど」

気になることがある。それは、彼女たちがセリの実物を見た事がなければあり得ること。

勿論、この世界にそれがあるかはわからない。だが、致命的なことになりかねない。

イダはストランディンからセリだ、と言って渡された植物の匂いを嗅いだ。

「…これ、セリじゃない。ドクゼリよ。食べたら死ぬわ。いえ、それだけじゃない。

汁を塗っただけで死ぬこともあるものよ」

「え…?」

ドクゼリ。春の七草としてこの世界でも、つくしの世界でも有名なセリには

そういう名前のよく似た毒草が存在する。

判別方法は匂いと山葵のような地下茎の有無。

本物は匂いが独特で、地下茎は存在しない。だが、ドクゼリは無臭で地下茎がある。

茎だけだったので判別しづらかったが、匂いが違っていたのでイダにはわかった。

つくしだった頃は料理が下手だった彼女が出来る数少ない料理の一つ七草粥のことを

忘れていなかったのが幸いした。

因みにドクゼリはドクウツギやトリカブトと並ぶ日本に自生する毒草の中では

トップクラスの毒性を持つ危険植物である。

中には山葵と間違えて地下茎を食べてしまい死亡するという事故も起きている。

その致死量は1kg辺り50mg。60kgの人間ならば3000mg…3g体内に入っただけで即死する

猛毒を持っているのだ。

「…そんな。あの人に聞いて、これで間違いないって…」

フェーブルのつぶやきに、リックは根が深いものを感じる。

イダの薬草の知識にも驚いたが、それ以上にそちらが気になってしまう。

それに気づいてか気づかずか、イダは何かを思いついたように立ち上がった。

「よし!ちょっと待っててね!これならなんとかなるか…」

そう言って草の陰に隠れて…そして、戻ってきた彼女の手にはセリが握られていた。

「ほら、匂い嗅いでみて!いい匂いするでしょ?」

明らかにこれ食ってもいいかな袋から出したものである。

グウェンとリックはその光景にため息をつく。あまりにも軽率な…と思ったが、

落ち込んでいる貴族の娘たちを刺激することもあるまい、と黙っていた。

「ホントだ…すごく独特…だね。うん」

ストランディンはそう言ってセリを受け取った。

「お父さん、これでいいでしょ?」と得意げにいう彼女に、

リックはもう何も言えなかった。確かに、自分でもそうするだろうと思えたからだった。

「…しかし、ドクゼリを教えるたあ…」「殺す気まんまん過ぎてドン引きにゃあ」

リックとグウェンはそう顔を見合わせる。

イダはイダで似たようなことを考えて履いたが、それよりもドクゼリの自生地へ行って

何もなかったことに安堵していた。

下手に潰して、汁がかかっていたら…そのまま、ということもありえるからだ。

「これ、一体どこから…」

「ダディのおめぐみです。キニシナイキニシナイ」

「ダディって何…?」

訝しげなストランディンの声に、イダは笑いながらそう言ってごまかす。

「ダディはダディ!ナズェミデルンディス!!」

…元ネタのネットスラングを連発しながら、なんでもないなんでもないとごまかすイダ。

その胸中には「面倒な事に巻き込まれそうだなあ…」という予感があったのである。

その予感を吹き飛ばすように、焼いた野菜と肉を振る舞い、そしてまた…

「ちょっと待って!?こんな新鮮な…何この野菜!?みたことないんですけど!?」

「すごく…おいしいです…私達も食べたこと無いよね、ストラ…お肉も…はふ…すごい…」

と、ごまかさなければいけないことを増やすイダであった。



以後の2日間は、イダが物陰に隠れて食料をだして野営、

ということを繰り返すことになり、それに嫌気が差す頃ようやく冒険者の中継点の

近くまでやってくることができていた。

「まあ、ここまで来れば後少し。ここまで5日なら上出来だろう。帰りは馬車も使えるし、

1週間は滞在できるかな…」とリックがつぶやく。

イダは久しぶりの人の街…イダとしては数年、つくしとしては15年ぶりの街の匂いに

高揚感が隠せていなかった。

「よしっ!きたきたきたきた!街にきたっ!」

無駄に叫んで、グウェンに「意外とアホにゃあ」と呆れられている。

「はしゃぐのはいいけど、もう少し落ち着くにゃ。すっ転んでも知らないにゃ。にぇえ?」

「そうですね…急いては事を仕損じる、といいますし」

グウェンとフェーブルに窘められるが、それでもイダは止まらない。

ストランディンに「屋台行こう屋台!」と叫んで手を掴んで引っ張っていく。

「ちょ…ちょ待って!?ありえないんですけど!?」

「シュレディンガーの猫が居る限り、ありえないという言葉は存在しなあい!」

そのまま、イダは彼女を引っ張って、中継点へと突っ走っていく。

突っ走っていく、と思われたが…

「そこまでだ。ここは通行止めだぞ、お嬢さんたち」

…聞き覚えのある声が聞こえ、周りに気配が増えた。

「この声…ッ!まさか、私をさらったヤツらの親玉!?」

イダは驚いてリックの方へと走ろうとするが、間に盗賊が現れ妨害されてしまう。

「ちっ…何なのよ、一体!今度も私狙い!?帰れ、ロリコン!」

怒りの声を聞き流し、盗賊は嗤う。

「いや、今日はお前が狙いではない。あの仕事は違約金を払って解約させてもらった。

さすがに割に合わなさすぎるのでね」

クック、と笑って「さあ、そこのお嬢さんを引き渡してもらおうか」と言った。

「にゃるほどにゃあ。五人くらいいた、ってイダが言ってたにょに、二人捕まえて、

二人死んでたからにゃあ…足りないと思ってたら、そういうこと」

グウェンが短刀を構えて突破の構えを見せる。リックも同様だ。

いや、リックの顔にはグウェンに宿る冷静さはない。

怒髪天を衝く、とはこのことだろう。その形相は鬼もかくやとばかりだ。

イダが後に、「マジビビった。あんな顔のおとっつぁん見たこと無いっす」と

述懐するほどの怒り面であった。

「そうか…お前が俺の大事な娘を拐かした重罪人か!」

憤怒の声を上げる父親に、盗賊たちは気圧された。しかし、長だけは異なり、

「だからどうした。俺は依頼を受けただけだ。文句は依頼主にいえ」と居丈高に嘯いている。

「なら仕方ない。グウェン!逃がすなよ!絶対に口を割らせてやる!

イダ、お前はお嬢さんたちを守れ!出来るな!」

リックはそう叫んで走りだした。そして、魔素魔導師であるというフェーブルが

マナに働きかける言葉を紡ぎ始める。

「よしっ!突破するよ、イダちゃん!」

「おっけー!ちょっとすごいの出すけどびっくりしないでねッ!」

ストランディンの言葉に、イダはそう言って、どこからか出したバッグと短刀を構える。

「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

盗賊たちが包囲を狭めてくるのを感じたイダたちはなんとしてもフェーブルの元へ

向かうため、突進を開始したのであった。



続く。 
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