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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第8話「私、向かう」

それから3日ほど過ぎた。相変わらず朝はグウェンにしごかれ、

昼はいつもより忙しい仕事、夕方は筋トレとストレッチ…そして夜は筋肉痛で動けない。

そんな毎日を過ごすイダ。記憶を取り戻す前より辛いことが増えた気がするが、

そんなことを気にする余裕はなく、唯一、自分の能力のお陰で改善された

食糧事情にだけ納得していた。実際、毎日の様に彼女の知る最高級品が出てくるわけで、

親もイダも「…これは癖になる。いかんいかん」と思うようになるほど改善されたのだ。

不満はただひとつ。日本人ならば誰でも抱くであろう不満。それは…

『お米、割れちゃうんだよねえ。石臼で挽くと』

そう、小麦を挽くのに使う石臼では、米粒を痛めてしまうのだ。

『―――せめて土臼がないと、おいしいご飯は食べられないなあ』

イダはベッドで、酷使した全身をマッサージしながら、精霊語でそう呟いた。

土臼とは昭和期以降に近代的な籾摺り機が普及するまで一般的に使用されていた

籾米の籾をこすり落とすための臼である。木と土、そして塩で構成されたそれは、

柔らかい米穀の籾を落とすのに非常に向いていた。

古くは米作地帯でも麦作地帯と同じように石臼で籾摺りを行なっていたが、

粉にして使用するのが前提である麦に比べて、そのまま炊く・煮るといった調理法が

主流の米では米粒自体に傷をつけてしまうことは味や保存状態の劣化を招いてしまう。

そのため、江戸時代中期に清国から入ってきた土臼が普及したのである。

『土臼…知ってるなら作ってみたらどうじゃ?』

そのヤズの言葉に、ハァ、とため息をつく。そんな簡単に出来れば苦労はしない。

『…その道具、使わなくなって50年も経つんだよ?作り方なんて知るわけ無いじゃない』

ベッドから起き上がりながら、そう言ってため息を付く。

それから痛い痛いと言いながら立ち上がると、開けておいた鎧戸を閉めた。

『それだけじゃなくて…語彙が足りなくて言えない。むう』

イダは悔しそうにそう言って、それだけではない理由に思いを馳せる。

籾摺りはたしかに石臼でも出来る。だが、唐箕や万石といった米と籾、玄米と白米を

選り分ける道具が一切ないのだ。なので、どうしても銀シャリを腹いっぱい、という

風には行かなかった。

『いっそ粉にして、冷麺とかフォーとかにしちゃってもいいんじゃないかなあ…』

それなら私も好きだし、粉にするだけで作れるから…うーん…

深刻さのない考え事は眠りを誘う。15年もこの世界の食事に慣れ親しんでいるのだ。

今更、日本の味に拘る必要もないだろう、と思い至って気持ちを切り替える。

『だいぶ精霊語にも慣れてきたね。じゃあ、ちょっと使ってみようかしら』

そう言って、これ食ってもいいかな袋から水を喚び出す。ただの真水ではあるが、

これに部屋にあった紙をちぎって入れてしばし待った。そして

昔読んだTRPGリプレイのように精霊に呼びかけてみる。

『水の精霊よ、真の水を我に!』

イダはそういうが…そう言って、精霊語を使ってみるが、何も起きはしない。

『やっぱ無理か…水を真水にする魔法とか、絶対あると思ったのに』

『無理じゃとわかっとったのかい』

ヤズの呆れた声に、イダは『そんな気がしただけ。多分、なんか決め事的な感じで、

なんかやんないといけないんじゃないかなー』と曖昧な言葉を紡いでドアを開ける。

ギィ、と小さなきしみ音がしてドアは開き、そしてイダは『お風呂入ってくる』と言って

下へと去っていったのであった。



「ほへ、精霊魔術までやろうとしてるにゃ?すごいにゃあ」

ナイフをイダの首に押し当てながら、グウェンはそう言って笑った。

いつもの森の喫茶店で、今日も今日とて特訓である。

「そうよ。出来れば弓も習いたいんだけど…うーん…」

その言葉に、グウェンはにゃるほど、と言って腕を組んだ。

「確かに、盗賊と精霊使いを兼任する奴も多いし、

狩人と一緒にやる奴はそれより多いにゃ」

それは、重装備になればなるほど、特定の精霊を集めにくくなるからだ、と。

「重い武器には魔法を掛けることもあるにゃ。厚い鉄に覆われたら、ノッカーくらいしか

答えてくれる精霊もいなくなるにゃ。だから、軽装で戦う盗賊や狩人にゃあ。

いっがいと考えてるう」

ケラケラ笑いながらそういうグウェンに、イダはむっとして

「何よ、そのいつも鼻にも考えてないって思ってるって告白」

と唇をとがらせる。

眉が危険な角度に釣り上がるのを確認したグウェンは、慌てる様子もなく、

額に一筋の汗だけを見せて、「さ。つづきにゃう」と言って、イダを立たせる。

「そんなに精霊使いになりたいなら、コウジンにきーてみれば?」

たしかにそれはイダも考えてはいた。

だが、あれからジェイガンはカヴェリに来てはいない。

そして、コウジンやモンジンなど、エルフの戦士たちと会うことはもっと稀だった。

頼もうにも本人たちが来ないのでは仕方ない。遣いの森は本来立入禁止なのだ。

そのため、可能性として半ば除外し、独学でやろうとしていたのだが。

「まあ、それはね…うん、今はいいよ。続き、やろう」

グウェンに向き直る。グウェンもナイフを構えて、それに答える。

「細かいことは出来る時に考える!時間はあるんだから!!」

グウェンの鳩尾を狙って、木製ナイフが閃き、それを彼女はひらりと躱す。

今日も今日とて、特訓は続いていた…



そして、翌日。グウェンとの特訓を終え、二人で宿に戻るとリックが旅装を始めていた。

「あ、そっか。今日からドライベールさんのところへ行くんだね」

あ、そうだったそうだった、と軽くいうイダにリックはバックパックを一つ渡して

「何を言ってるんだ。お前も来るんだぞ。昨日、夕飯の時に話したじゃないか」

リックの言葉をイダはしばし反芻する。そういえば、というかなんというか…

最近、疲れもあって人の話を聞いていないことが多くなったな、と思い即座に

「ごめん!忘れてた!!すぐ着替えてくる!!」と叫んで二階へ駈け出したのだった。

間抜けにゃあ、とグウェンがこぼした言葉は彼女には聞こえなかったのは幸いだったか。

―――して、十数分。で彼女は旅装となる長ズボンや外套、その他諸々を着けて

下へと戻ってきていた。十数分で、と言われるかもしれないが、彼女は女性としては

珍しいほど着替えに時間をかけない。それが罪であるかのように早く着替える。

おまたせ、と言って彼女はスゥハァと息を整えた。

「よし。なら行くぞ。ヴァレリー、帰りはおそらく2週間ほど後だ。後を頼む」

「はい貴方。いってらっしゃい」

リックが踵を返してそう言うと、ヴァレリーはにっこり微笑んでその背を見送る。

「ほら、イダちゃんも早く」

「あ、うん」

母に促され、父とともにドアをくぐる。ああ、なんというか、こう。

彼女は後に少し後悔する。勿論、母親が死んだとか、そういう話は一切ないのだが…

とにかく、これが彼女が最初に巻き込まれる騒動…いや、クエストの端緒。

つくしにとっては面倒臭く、そして宿の娘イダにとっては義務感を感じる。

そんな出来事の端緒であった。



森を歩く。ついついついつい、と足早に。森を歩くのは、リックもイダも慣れている。

イダは生まれた時から森で生きているのだ。その歩き方は心得ている。

その後ろを警戒しながら、グウェンがとことこと歩いている。

「…なんでついてきてんのよ、グウェン」

「そりゃあ面白そうだからにゃ☆」

心底楽しそうにイダの背中に顔を擦り付ける桃色のグランスランナーは笑う。

「ほぉらぁ。おみゃあ、前言ってたでしょうにゃーピンクは淫乱、ってぇ」

背中に擦りつけていた顔だけではなく、彼女のお尻までグウェンはなぜ始める。

「この…」とイダがいうか言わないか、リックが手に持っていた小石をグウェンの頭目掛け

かなりの速度でぶち当てた。

「ギャンっ!?」

「うちの娘に卑猥なことするんじゃない」

リックの辛辣な一言を受けながら、グウェンは後ろに倒れ、そして起き上がり小法師の

ように起き上がって「ひでえにゃあ」と額をこすって講義を示した。

しかし、それに取り合う親子ではなく、イダは彼女の耳を引っ張り、

リックも「自業自得だ。バカモン」と一言で切って捨てていた。

「えー…ちょっとくらいスキンシップしてもいいにゃろめ。わちきをなんだと…」

「エロ幼形成熟の淫乱ピンクね」

「がぃーん!?」

またイダに切って捨てられ、ショックとばかりに地面にのの字を書き始めるグウェン。

それを見て、やれやれ、と彼女を立たせようとイダが近づくと…

待ってましたとばかりに目を輝かせ、衣服の僅かなスキマから彼女の胸…しかも直に…へ

手を伸ばす。「ひょあっ!?」という声が響くが、グウェンは構わずにへへへへへ、と

不気味に笑ってその胸の…

グシャ。

と、そこまでやったところでリックに背中から踏まれて、地面にひれ伏すこととなった。

「いいかげんにしろ…お父さんはそんな非生産的なことは許しません!」

そう言って、グウェンの背中をグリグリと踏みにじる。

「ぎょえええええ!痛いにゃ!やめてくれにゃああああ!?!?」

グウェンの悲痛な叫びを物ともせず、リックはゴリゴリと更に踏みつけを厳しくした。

「自業自得よ」と父親と同じセリフを吐いて、イダは速度を上げる。

体が軽い。動く、すごく動く。不思議なくらいだ。筋肉痛自体は母に治してもらっていた

が、それだけでは説明できないほど体が軽い。

…彼女の成長率補正の賜であるといえよう。そのため、彼女はすでに

「きつい筋トレを10日以上行い、その上でそれらが全て超回復した状態」となっていた。

つまり、筋力自体の底上げが開始されるほどの運動と超回復を

繰り返したということになる。

「おいおい、そんなに早く行くんじゃない」

リックはグウェンを足から離し、イダに向かって近づいていく。

足早に。早くバックパックの中のものをどうにかしたい、という思いが漏れ出すように。

まだまだ先は長い。



歩いて約1日ほどたった頃、森の入口…ガメル平原の端にたどり着いた。

まばらに低木が生える数kmほどの範囲、そしてその先は完全に草原となる。

この草原を抜けた先が、プロイスジェクの穀倉地帯であるメズール地方だ。

この草原の真ん中に冒険者の中継点は存在する。まずはそこを目指すのだ。

「ようやくここまでか…イダ、お前は2回目だったな」

リックはそう言ってニヤリと笑う。その時はヴァレリーも一緒だったことを

イダも思い出し懐かしく思った。

ここまで一匹も魔物の姿は見えていない。だが、それもここまでだ。

エルフや野走たちの守る遣いの森の中にはあまり魔物は存在していない。

魔物たちは夏に繁殖する希少な食料系モンスター以外はあまり出現しないのだ。

それは取りも直さず、森を出ればモンスターが居るということでもある。

気を引き締めろよ、悪ガキども。

リックは目線でそう告げると、多くの冒険者や隊商が踏み固めた「旅人の道」を

慣れた風情で見つけ、そこへ二人を誘導。そして、再び行進が開始された。

歩く、歩く、歩く。沈思黙考しつつ、彼女は歩き続ける。

すでに低木は消えた。後は旅人の道をたどって2日ほど歩くと冒険者の中継点である。

「ところで、そのバッグと袋の力はなんで使えるようになったんだろうな?」

リックの素朴な疑問がその時投げかけられた。

「…わかんない。無我夢中だったし」

(なんで転生したかもよくわかんないし。魔王を倒せ、ってことくらいしか…)

イダは心の中でそうつぶやく。その声は何度も遠くから聞こえるように彼女の心に

楔のように打ち込まれていく。それを感じながら、イダは言った。

「本当に突然過ぎてよくワカラナイけど…これが役に立つ力なら使え、ってお父さんも

言ってくれたし、大丈夫だと思う…多分、おそらく、きっと」

自信無さ気にイダはいう。昔からこうだ。自信のあることはがっちり答えられるが、

そうでない時はどうしても人に確認しようと思ってしまう。だから、止まる…

「そうだったな。そうだ。そういうことだ。この帝国の初代もお前みたいなのを

そばに追いてたっていうからな。うまく使えばいい…」

最初にこの力の話をした時と同じ。その話をしてリックは押し黙った。

すでに太陽は稜線に消えつつある。イダは「野営の準備するね」と言うと、

手慣れた様子で準備を始めるイダを見つめながら、リックは少し深く考えていた。

―――俺は娘に野営の準備の仕方を教えたことがあるだろうか。

前に冒険者の中継点へ連れて行った時はもっと幼かった。だから、準備は俺と

ヴァレリーで全て行った。だから、野営の準備の仕方を娘が知るわけがない。

…ジェイガンだろうか。いや、エルフたちは野営をする時に火を使わない。

エルフたちは火をかなり嫌う。炊事の時に限定的に使用するだけだ。

森を傷つけかねない野営時には、たとえ人間やグラスランナーが居る時でも、

いい顔をしないものが多い。更に、グウェンはそんなことは教えない。

彼女は報酬がなければ教えることなどしない、生粋のグラスランナーだ。

あの力を手に入れる前のイダに教える可能性は低い。

転生…の記憶とでも云うのだろうか。だったらその秘密は守らんとな…

…国に利用される、なんてことも考えられる。その前に強くしておいてやらんとな…

イダは霊波バッグから、木炭の詰まった紙の箱を取り出して、それを使い火を起こす。

旅が好きだったつくしの生前の持ち物だ。彼女はキャンプも好きで、何度も行っていた。

これはその時に買ったものなのだろう。本当に手慣れた様子で火を着け、

それを長持ちさせるために薪を加えていく。

火が十分に灯ったことを確認して、イダはこれ食ってもいいかな袋から、

豚肉、鶏肉と丸のまま焼ける小さなピーマンやニンジン、ナスを取り出し、

バックパックに入っている鉄の串に刺していく。

見たことのない奇妙な野菜を見ながら、リックは思いを馳せる。

…もし、本当に転生者だったとして一体、娘はどこから来た魂なのだろうか、と。

―――と、その時だった。

―――キャァァァァァァァァァァァl!!

風を切る女性の悲鳴が聞こえてきたのは。



続く。


 
 

 
後書き
ようやく最初のイベントが起きそうです。 
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