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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第四十九話 本当は臆病だったのかも


帝国暦 488年11月 28日  オーディン 宰相府   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



『交渉は物別れに終わりました。今はイゼルローン回廊を抜けて辺境星域に達したところです』
「御苦労様でした、シャフハウゼン子爵」
俺が労うとシャフハウゼン子爵はホッとしたような表情を見せた。安堵感一杯、そんな感じだな。

『御指示通り、こちらは反乱軍の謝罪を求めましたが反乱軍はそれを拒否しました。出来れば金で決着を図りたいと……』
「まあ向こうにしてみればそんなところでしょうね。捕虜の待遇改善で経費が馬鹿にならないという事は言って頂けましたか?」
『もちろんです、さりげなく言えたとは思いますが……』
あらあら自信無さげだな、まあ良いか。

「御苦労様でした、シャフハウゼン子爵。無理なお願いを聞いて頂けた事、感謝しています。ヘルクスハイマー伯が強奪したハイドロメタル鉱山の採掘権、約束通りすべて子爵にお返しします」
『有難うございます、宰相閣下』
今度はニコニコの恵比寿顔だ。

「但し、税は払って貰いますよ」
『もちろんです。しかし、宜しかったのですか? 交渉は決裂したのですが……』
「良いのです、反乱軍がこちらの要求を受け入れてくれれば一番良いのですが、決裂しても交渉したという事実が残ります。今回はそれが欲しかったのですから」

“そうですか”と言ってシャフハウゼン子爵は不得要領顔で頷いた。気にしなくて良いんだよ、予定通りだからな。気を付けて戻って来るようにと言って通信を切った。ヴァレリーにクレメンツと連絡を取るように頼むと直ぐに繋がった。スクリーンにクレメンツが映る。
『クレメンツです、何事でしょうか?』
「シャフハウゼン子爵の交渉ですが決裂しました」
クレメンツが微妙な感じで眉を片方上げた。

『では?』
「予定通りにお願いします」
『了解しました。ルーディッゲ大将、ルックナー大将とともにイゼルローン要塞に向かいます』
「宜しくお願いします、十分に注意してください」
『はっ』
まあ、クレメンツなら大丈夫だろう。イゼルローン要塞に着くのは年が明けてからかな。来年は始まりから忙しい年になりそうだ。

「宜しいのですか?」
「何がです、フロイライン」
ヒルダが俺の顔色を窺っている。
「シャフハウゼン子爵にハイドロメタル鉱山の採掘権を返還すると子爵夫人がグリューネワルト伯爵夫人に近いからだと噂が出ます。例の噂の信憑性が高まってしまいますが……」

煩いな、良いんだよ。これが噂になってフェザーンに届けばラインハルトの価値は上がるじゃないか。餌に食いつかせるためには餌を美味しそうだと思わせなければならないんだ。
「構いません、ヘルクスハイマー伯が強奪したものをシャフハウゼン子爵に返しただけです。仕事もお願いしましたからね、それに対しては代価を払わないと。……ただ働きが好きという人は何処にもいません」

あそこは奥さんが平民だから結婚する時に大分散財している。おまけに今度は税も取られるし頭が痛いだろう。大体ヘルクスハイマーが死んだ後、その財産が国に返還されるならともかくリッテンハイム侯爵家の物になってるのはおかしいだろう。門閥貴族ってのは本当にやりたい放題だったな。あと五十年、連中の天下が続いたらシャフハウゼン子爵家なんて潰されていたかもしれない。

鉱山の採掘権が戻ればシャフハウゼン子爵家も少しは楽になるはずだ。それに他の貴族達も政府に協力すればそれなりに恩恵が有ると分かれば協力的になるだろう。シャフハウゼン子爵には採掘権を返還したが他の貴族は勲章の授与と褒賞金で解決だな。勲章の授与の回数が或る一定の回数に達すれば爵位を上げても良い、いやそれも褒賞金で解決するか、喜ぶだろう。もっとも役に立つ貴族がいるかどうか、そこが問題だが……。

「しかしシャフハウゼン子爵も言いましたが反乱軍との交渉はまとまりませんでした」
「まとめる気が有りませんでしたからね、そのためにシャフハウゼン子爵を選んだんです」
シャフハウゼン子爵は臆病な善人だ。決して自己主張の強い人物ではないし交渉の上手な人間でもない。俺が命じた事だけを忠実に果たしてくれた、というよりそれ以外は出来なかった。

同盟側も首を捻っただろう、交渉者としては全くの不適格者な人物を出してきた、帝国は本気で捕虜交換を纏める意志が有るのかと疑問に思ったに違いない。おそらく今回の交渉は予備交渉みたいなものと思っただろう。だが交渉者が誰であろうと帝国宰相の代理人なのだ。そして条件を拒否したのは同盟だ、責任は同盟政府に有る。

ヒルダが俺を見ている。感心しない、そんな感じだな。依怙贔屓だと思っているようだ。
「ミューゼル少将の件も有ります、少しは援護してあげないと」
俺が言うとヒルダがなるほどというように頷いた。ヴァレリーは無言だ、何を言っているのか分からない筈だが問い掛けてこないのは必要と有れば俺が話すと思っているのだろう。煩くない女ってのは良いよな。

「フロイライン・マリーンドルフ」
「はい」
「私は統治に有効だと思うからシュテルンビルト、ノルトリヒト子爵家を優遇しています。しかし彼らの身体に流れる血には権威など認めていない。だから私が彼らとの政略結婚を望むなど有り得ません」
ヒルダの顔が少し強張った。

分かったか? 俺はゴールデンバウムの血に権威など認めないし敬意など払わないと言ってるんだ。当然だがエルウィン・ヨーゼフ二世にも権威など認めないし敬意も持たない。権威か……、必要な時も有れば不必要な時も有る、そして時によっては作り出す事も……。俺は今それを捨てようとしている。

「フロイライン・マリーンドルフ、フィッツシモンズ准将、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは何故自らを神聖不可侵なる銀河帝国皇帝と称したと思います?」
俺が問い掛けるとヒルダは困ったような、ヴァレリーは訝しげな表情を見せた。あ、呼び捨ては拙かったかな、まあいいか。

「フロイラインには答え辛いかな。准将、如何です?」
「権力を得て思い上がったから、傲慢になったから、同盟ではそう言われています」
そうだろうな、同盟市民ならそう思うに違いない、当たり前の事だ。だが帝国臣民にしてみればルドルフを非難するのは難しい。

「閣下は如何思われるのです?」
ヒルダが問い掛けてきた。好奇心、だけではないだろう。将来俺がどんな皇帝になろうとしているのか、どんな政治体制を目指すのか、それを示す手がかりになると思っているのかもしれない。

「私も思い上がりから、傲慢になったからだと思っていました」
「思っていました? では今は違うのですか?」
ヴァレリーが不思議そうな表情をしている、ヒルダも同様だ。どうやら彼女もルドルフは思い上がりから、傲慢から神聖不可侵を唱えたと思っている様だ。本当にそうなら楽なんだがな、ルドルフを軽蔑するだけでいい。

「今は違うかもしれないと思っています」
「……」
「彼は元々は銀河連邦の一市民でしかありませんでした。当時の銀河連邦は民主共和政による統治を行っていましたが民主共和政は衆愚政治と化し政治的、社会的混乱は酷いものになっていました。准将ならその辺の事は良く知っているでしょう」
俺が言うとヴァレリーが頷いた。

「彼は首相になり本来なら許されない国家元首を兼任し終身執政官になりました。そして神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝になった。もし終身執政官で止めておけば多少の批判は有っても連邦を再生させた大政治家として称えられたと思います。それなのに何故銀河連邦を廃し銀河帝国を創立したのか、何故神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝になったのか……」
ヴァレリーもヒルダも困惑している。

「何故ルドルフは一線を越えたのか? ただの野心、虚栄心がその理由だったとは思えないのですよ……。彼を皇帝にしたのは連邦市民でしたが彼の周辺には大勢の協力者がいた、彼と共に国家を健全な姿にしようとした人達です。何故彼らは連邦を裏切るような行為をしたルドルフに協力したのか……。騙されたのだとは思えません、知っていて協力したのではないか、私はそう思うのです」

新説だな、ヴァレリーもヒルダも驚いている。無理もない、当時の政治指導者達が皆で銀河連邦を裏切った、いや民主共和政を捨てた、俺はそう言っているのだ。だが自分が権力者になってみるとルドルフを簡単に非難出来ないんだ。或いは俺はルドルフじゃなくて自分を弁護しているのかもしれないが……。

「彼らが恐れ、憎んだのは何だったのか? 分かりますか?」
俺が問い掛けるとヴァレリーとヒルダが顔を見合わせたがおずおずとヴァレリーが答えた。
「……衆愚政治の復活、でしょうか」
「そうですね、衆愚政治だけとは限りませんが政治的、社会的混乱だと思います」
俺が肯定すると二人が頷いた。

「彼らは銀河連邦末期の政治的、社会的混乱をルドルフ・フォン・ゴールデンバウムというカリスマの出現によって解消し安定させることが出来ました。但しそれは本来なら許されない首相と国家元首の兼任、そして終身執政官というこれも本来なら有り得ない役職を創設しての事です。言ってみれば非合法な手段によってルドルフに権力を集中させ政治的、社会的安定を作り出した、それ無しでは為し得なかった……。その事は誰よりも彼ら自身が分かっていたのだと思います」
「……」

フリードリヒ四世が似た様な事を考えている。門閥貴族、政府、軍、身動きできない中敢えて後継者を決めずに内乱を誘発した。そうする事で唯一無二の権力者を作り出した。絶対的な権力を持つ人間を作り出す事でしか帝国を再建できないと考えた……。

民主共和政は一人の人間に権力を集中させない政治制度だ。複数の人間、組織に権力を分かち与え互いにチェックさせる事で権力の暴走を抑えている。しかしそれだけに思い切った政策が採り辛い、大胆な改革がし辛い制度でもある。衆愚政治に陥った銀河連邦がルドルフ無しではそこから抜け出せなかったのも止むを得ない事だったともいえる。

「もしルドルフ亡き世界において衆愚政治、いや衆愚政治だけではありませんが政治的、社会的混乱が発生したらどうするか? 彼らはその事を悩んだと思います。混乱収拾の方法は有ったのです、もう一度首相と国家元首の兼任を認めるか、終身執政官を作り出せば良い。しかし、両方とも非合法な手段です。彼らは連邦市民がそれをもう一度許すかどうか確証が持てなかった。そしてルドルフ程のカリスマ性に溢れた人物が、連邦市民の支持を得られる人物がその時に現れるという希望も持てなかった……」

皮肉だった。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが強力なリーダーで有れば有るほど、終身執政官という職が有効であればあるほど当時のルドルフとその周囲は本来あるべき政治体制、首相と国家元首の分離、つまり権力と責任の分散に疑問を抱かざるを得なかっただろう。それは衆愚政治の温床ではないのだろうかと……。

「最終的に彼らが選んだ道は現在の政治体制を常態化させる事だったのだと思います」
「……それが銀河帝国の成立ですか……」
ヒルダが呟いた。ヴァレリーは溜息を吐いている。
「私はそう思います。彼らに野心が無かったとは言いません。しかし野心や虚栄心だけで帝国を創ったのではないと思うのですよ」

俯いて考え込んでいたヴァレリーが顔を上げた。
「……帝国を創りださなくても終身執政官を常態化する事で対応は出来なかったのでしょうか?」
「最初はそれを考えたでしょうね、しかし彼らはそれを諦めざるを得なかったのだと思います」

「何故でしょう?」
「終身執政官には独裁の臭いと非常時の職というイメージが有ります。合法化には強い反発が出たでしょう。例え終身執政官という役職を合法化しても常態化は認められなかったと思います。そして非常時において終身執政官になろうとしても強い反発が出たはずです。無意味なものになりかねなかった」
「なるほど」

「民主共和政を維持しようとすれば権力を分散しなければならない、終身執政官は常態化しない。それは政治的、社会的安定の維持においてリスクを背負うという事ではないのか。ならば民主共和政ではなく別な政体、つまり君主独裁政により政治的、社会的安定の維持を図るべきではないのか、彼らはそう考えたのだと思います」

皇帝になったルドルフは直ぐには貴族階級を作り出してはいない。彼が貴族階級を作り出したのは劣悪遺伝子排除法を発布した頃、帝国歴九年頃からだ。ルドルフの周囲が権勢や虚栄心から帝政を推し進めたのなら貴族階級の成立はもっと早くていいはずだ。ルドルフが帝国歴九年頃から貴族を作り出したのはそうではない事を示していると思う。

では何故ルドルフは貴族階級を作り出したか? 切っ掛けは劣悪遺伝子排除法だが理由はやはり帝政の維持に有ると思う。この悪法が発布された時、共和政政治家達がルドルフに非難を浴びせている。ルドルフにとっては彼らが自分では無く帝政そのものを非難しているように思えたのだろう。

議会を永久解散し貴族階級を作ったのは連動しているのだ。帝政の敵を潰し帝政を守る組織を作る、そういう事だったのだと思う。全ては帝国の安泰、いや正確には政治的安定と社会的安定のためだとルドルフは考えたに違いない。俺の思うルドルフは傲慢で思い上がった男ではない、むしろ臆病な男ではなかったかと思う。だからこそ政敵の弾圧に熱中せざるを得なかった……。

女性二人がウンウンと頷いていたがヒルダが“神聖不可侵と唱えたのは何故でしょう”と質問してきた。
「自信が無かったのだと思いますよ。彼らは自分達が連邦市民を騙したのだと理解していた。ルドルフの死後も帝政を続けるには自分達の正当性を唱える事が必要だと思っていたのでしょう。そうする事で連邦市民から帝国臣民になった国民に対して帝政を否定する事は間違いなのだと思い込ませようとしたのだと思います」

俺が答えると二人ともちょっと呆れた様な顔をした。そんな顔をしなくても良いだろう、ルドルフにとっては自己神聖化は虚栄では無く義務だった。度量衡の単位を変えようとしたのもそれが理由だとしたら、悲劇と取ればいいのか喜劇と取ればいいのか、俺にはとても判断できない。

だが少なくともゴールデンバウムの血による帝政の維持は五百年に亘って有効だった。時に皇位継承を巡る争いが有ったとはいえ帝国はゴールデンバウムの血の元に五百年間維持されてきたのだ。分裂する事も無ければ崩壊する事も無かった。様々な貴族、軍人が権力を得て専横を振るったが彼らは皆ゴールデンバウムの血の下で専横を振るったに過ぎなかった、皆が皇帝の権威を必要としたのだ。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの唱えた神聖不可侵はそれなりに有効だったと言って良い。

俺はゴールデンバウムの権威など必要としない。問題はその後だ、新たな権威をどうやって作り出すか……。神聖不可侵とか唱えるのは御免だな、もっと別な形で権威を作り出す必要が有る。その事が俺の作る王朝の性格を決めるはずだ……。




 
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