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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第五十話 誠心誠意嘘を吐く



帝国暦 488年12月 5日  巡航艦 ツェルプスト  ジークフリード・キルヒアイス



「先行する駆逐艦ラウエンより入電。異常無しとの事です」
「うむ、了解と伝えろ」
艦長席に座って副長のルイ・フェルム少佐とオペレーターの遣り取りを聞きながら何でこんなに暇なのだろうと私は考えた。

「キルヒアイス司令、異常無しとのことです」
「分かりました」
私が第一巡察部隊司令として任務について以来、特に問題も無く単調な毎日が続いている。良いのだろうか、こんな事で……。ラインハルト様は一体何をしておられるのか、フェザーンで苦労されているのでは……。

暇なのはおかしな話では無い。第一巡察部隊が巡察するのは、ヴァルハラ、カストロプ、マリーンドルフ、マールバッハ、ブラウンシュバイク、フレイアの帝国の中心部だ。内乱の所為でブラウンシュバイク、フレイアの治安が多少乱れていると聞くが辺境に比べればはるかに治安は良い筈だ。トラブルは今のところ何も無い。

第一巡察部隊は四隻の艦で編成されている。巡航艦ツェルプスト、駆逐艦ラウエン、同じく駆逐艦オレンボー、軽空母ファーレン。いずれも新鋭艦ではないし新造艦でもない。艦齢二十五年を超え三十年に達しようという艦ばかり、私が生まれる以前から存在する廃艦寸前の老朽艦達だ。

帝国は慢性的に反乱軍と戦争状態にある。毎年二回は戦争をしている。そんな状況で艦齢二十五年を超えた。良く生き残ったとは思うがもう前線で使う事は出来ない。廃艦にするか国内の警備ぐらいにしか使い道は無い、巡察部隊に来るべくして来た艦だと言える。つまり巡察部隊は廃艦寸前の老朽艦が集まる場所なのだ。

艦齢二十五年以上の老嬢達で編制された第一巡察部隊。ヴァレンシュタイン最高司令官の命令で私は宇宙艦隊司令部からそんなところに異動させられた。正式辞令は巡航艦ツェルプスト艦長兼第一巡察部隊司令……。最高司令官も一度務めた事が有る、勉強になった、楽しかったと言っているとアンネローゼ様から伺った。確かに副官ばかりの私には始めての任務だ、それなりに得るところは有る。しかし楽しい? 毎日が同じ一日で退屈だ。露骨な左遷人事としか思えない。

おまけに私の巡察担当範囲を思えば、最高司令官の考えはもっとはっきりするだろう。昇進に値する武勲など与えない。ずっと巡察をしていろ、そんなところのはずだ。最高司令官は私を嫌っているのだ。いや、正確に言えば私とラインハルト様を嫌っているのだ。私達を宇宙艦隊司令部から叩き出しアンネローゼ様も叩き出した。

それなのにアンネローゼ様は最高司令官を庇うかのような発言をする。離婚の条件が良かった事で感謝しているのかもしれないがそんな必要は無いのだ。領地は帝国政府からの返還だしお金だって最高司令官は元帥なのだから年額二百五十万帝国マルクもの大金が支給されている。案外金で片が付いたとホッとしているのかもしれない。

噂ではアンネローゼ様は帝国宰相の執務室から出てきた時、泣いておられたとか……。それに対して最高司令官は動じる事なく仕事をしていたそうだ。短期間でも夫婦で有ったのに、ましてアンネローゼ様を妻としていたのに、何の愛情も持たなかったのだろう……。冷酷非情な権力の亡者なのだ、最高司令官は。多分、例の子爵令嬢達と結婚するのだろう。

先行きに展望が見えない、もしかするとずっとこのままだろうか……、思わず溜息が出た。
「退屈ですか、キルヒアイス司令」
ルイ・フェルム少佐が私を見ていた。彼の表情にはこちらを咎めるような色は無かった、内心でホッとした。彼には随分と助けられている、不愉快な思いはさせたくない。

「そういうわけではありませんが……」
「まあ異常が無いというのは良い事ですよ」
そう言うとルイ・フェルム少佐が笑い声を上げた。
「そうですね、そう思わなければ……」
溜息が出そうになるのを慌てて堪えた。

「昔は臨検に抵抗した商船も有ったそうです。トラウンシュタイン産のバッファローの毛皮の密輸事件、御存じでしょう?」
「知っています、最高司令官閣下が摘発した事件でしょう」
私が答えると少佐が頷いた。

「あの一件、ビーレフェルト伯爵が黒幕で商船の船長はそれを盾にかなり抵抗したそうです。まあ表沙汰になればとんでもない事になります、必死だったんでしょう。しかし最高司令官に手酷くとっちめられて最後は泣きながら謝ったそうですよ」
「……そうですか」
性格が悪いのは昔からなのだ。人を追い詰め痛めつける事に何の痛痒も感じないのに違いない。いやむしろそれを楽しんでいる。

「そういう情報は直ぐ広まります。巡察部隊の臨検に抵抗するような商船は有りません」
「なるほど……」
「まして今は貴族は没落したと言って良い状況ですからね。後ろ盾になる存在が無くなりました。抵抗など到底無理ですね」
つまり武勲を上げる機会等全くないという事か……。当分、いやずっとこのままかもしれない……。また溜息が出そうになった。



宇宙暦798年 1月 15日  イゼルローン要塞司令室  ヤン・ウェンリー



「内乱が終わってそれほど経っていません、にもかかわらず出兵してくるとは……」
「余裕が有るのだろう、戦力は三個艦隊ほどらしい。その程度なら無理なく出兵出来るのだろうな」
「こちらとはえらい違いですな」
「全くだ」

提督達が話している。宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥、第一艦隊司令官カールセン中将、第六艦隊司令官チュン・ウー・チェン中将、そしてイゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官ウランフ中将……。昨年の十二月の初旬、フェザーンから帝国軍三個艦隊がイゼルローン要塞に向けて出兵したと連絡が有った。今度こそ負けるわけにはいかない、同盟軍は万全の態勢で待ち受けている。

確かに帝国軍が出兵してくるとは思わなかった。最低でも年内は国内の安定に努めると思ったのだが……。どうやら帝国はこちらの予想以上に国内が安定しているようだ。或いは司令長官達が話しているように三個艦隊なら国内状況に関係なく出兵出来るという事か……。

帝国宰相兼帝国軍最高司令官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、戦争だけでなく内政も出来るらしい。彼は帝国内で改革を行っているが極めて開明的なものだと同盟にも伝わってきている。帝国は彼の下に軍だけでなく民衆も纏まりつつある……。

今回帝国軍を率いているのはヴァレンシュタイン総司令官では無いらしい。あくまで今回は小手調べ、そんなところだろうか。或いはこちらへの威圧が目的かもしれない。自分が前線に出なくても帝国軍はそれなりの戦果を上げる事が出来る……。いや自分が出ないと帝国軍は勝てない、そう将兵に思わせて自分への信頼を厚くさせる……、どちらも有り得る事だ。

「哨戒部隊から連絡が入りました! 帝国軍と接触、兵力、約五万! 約八時間後には要塞からも目視出来ます!」
上ずった様な声でオペレーターが報告すると皆が顔を見合わせた。五万隻、フェザーンからの通報通り帝国軍は三個艦隊を動かして来たらしい。司令室の空気が変わった、皆が緊張している。

「如何しますか?」
ウランフ提督が問い掛けると司令長官は少しの間考えるそぶりを見せた。
「ウランフ提督は要塞に残って欲しい、他の部隊は出撃する。要塞主砲(トール・ハンマー)の射程内で帝国軍を待ち受けよう」
司令長官の言葉に異論は出なかった。帝国軍を要塞主砲(トール・ハンマー)の射程内に引き摺り込んで一撃を与える。先ずはオーソドックスに対応する様だ。



宇宙暦798年 1月 15日  同盟軍総旗艦 リオ・グランデ  ヤン・ウェンリー



八時間後、要塞付近で待ち受ける同盟軍の目の前に帝国軍の艦隊が現れた。確かに大きな艦の集まりが三つ有る、三個艦隊か……。兵力ならこちらは四個艦隊、約六万隻に近い。イゼルローン要塞防衛の利点も入れれば戦力差はさらに開くだろう。帝国軍は一体どう出て来るか……。

「帝国軍から通信が入っています」
帝国軍から? オペレーターからの報告にビュコック司令長官とオスマン総参謀長が顔を見合わせた。直ぐに司令長官が“繋いでくれ”と指示を出した。スクリーンに帝国軍人が映った。金の肩章と緑色のマントを身に付けている。帝国元帥だ。

『帝国元帥、アルベルト・クレメンツです』
「同盟軍宇宙艦隊司令長官、アレクサンドル・ビュコック元帥です」
司令長官が名乗るとクレメンツ元帥が頷いた。アルベルト・クレメンツ元帥、三十代半ばくらいか。平民でありながら若くして元帥になった、ヴァレンシュタイン体制ならではだろう。

『先ず申し上げる。帝国軍はそちらを攻撃する意思は有りません』
「攻撃する意思は無いと……」
『いかにも、ここには交渉のために来ました』
クレメンツ元帥は妙な事を言いだした。どういう事だ、皆顔を見合わせている。

『捕虜交換、それを交渉したい』
艦橋がざわめいた。捕虜交換?
「交渉にしては随分と大軍だと思いますが?」
『已むを得ません、こちらは三百万の捕虜を連れて来ている。三個艦隊を動かしたのは彼らの護衛です』
ざわめきが大きくなった。三百万の捕虜を同行している?

『そちらとは捕虜交換を条件に帝国の内乱には介入しないという約束をしたはずですがそちらはそれを反故にした。帝国との約束など守るに値しないもの、帝国には信義等不要と思われたようだ。哀れですな、捕虜達が。帰国できるという希望を持ったが祖国が与えたものは絶望だった』
皮肉が溢れた口調だ。司令長官は反論出来ずにいる。

『昨年、帝国政府はそちらの政府に対して捕虜交換の交渉を行ったのですが交渉は決裂した。御存じでしょう、ビュコック司令長官』
ざわめきが止まらない。皆が顔を見合わせている。そんな交渉が有った事等聞いていないのだ。しかしビュコック司令長官の表情は渋い物になった。否定しないのだ、おそらく事実だろう。極秘の交渉だったようだ。

『改めて提案します、政府間交渉では埒が明かないので互いの軍で捕虜交換を実施したい。如何ですかな?』
「交渉に入る前に捕虜を確認させていただきたい」
『どうぞ、彼らは我々の艦隊の後ろに居る輸送船に乗っています。輸送船に移って確認してもらって結構です』

こちらから駆逐艦を五隻送って輸送船を確認する事になった。三十分ほどでクレメンツ元帥の言葉に嘘が無い事が分かった。確かに輸送船には捕虜が乗っている。
「条件は」
『有りません、お互いに抱えている捕虜を全て交換する、それだけです』
クレメンツ元帥の返答にビュコック司令長官の片眉が上がった。予想外だったのだろう。私も予想外だ、交渉の経緯から見て謝罪を要求すると思ったが……。

「少しお待ち頂きたい、一旦通信を切らせていただく」
ビュコック司令長官は一旦通信を切ると直ぐにクブルスリー統合作戦本部長に連絡を取った。そして本部長に帝国軍が条件無しでの捕虜交換を提案してきた事を説明した。本部長も驚いている。

『条件無しですか、しかもそこに連れてきている……』
本部長が呟くと司令長官が頷いた。
「捕虜を持て余していたのかもしれませんな」
『維持費がかかるという事ですか? 前回の交渉者もそれを言っていたようですが……』
「……ここまで連れてきているのです、断る事は出来ませんな。……政府に了承を取る必要が有ると思いますが」
『そうですな、直ぐ取りましょう、暫くお待ちください』

通信が切れたが十分ほどで今度はクブルスリー本部長から通信が入った。
『アイランズ国防委員長と話しました。条件が無いのが事実なら問題は無いそうです。捕虜交換は軍に任せるとの事でした』
「ではこれから交渉に入る事にしましょう」
『宜しくお願いします』



宇宙暦798年 3月 1日  ハイネセン  宇宙艦隊司令部  アレックス・キャゼルヌ



宇宙艦隊司令部のラウンジは人が少なかった。しかし何処となく浮き立つような空気が有る。俺とヤンはラウンジでお茶を飲みながら話していた。
「トリューニヒト議長だが最近上機嫌らしいな、よくTVにも出てる」
「そうらしいですね、捕虜交換も終わって支持率も上昇しましたから……」
「そうだな」

「例の政府間交渉だが何を話したと思う?」
「さあ何でしょう。ただ政府の発表ではあの時点で交渉を妥結しなかった事が今回の無条件の捕虜交換に繋がったと言っていますが……」
「自画自賛、と取れなくもないな」
「ええ」
二人で顔を見合わせた。俺が肩を竦めるとヤンは軽く笑った。

昨年の内乱に付け込んだ出兵が失敗に終わった事でトリューニヒト政権の支持率は一時、危険な程に下落した。しかし今年になって捕虜交換が行われた事でトリューニヒト政権の支持率は上昇した。今では昨年の出兵を非難する声は何処からも聞こえない。結果良ければ全て良し、そういう事らしい。ラウンジの時計が午後二時を指した。

「そろそろかな」
「そうですね」
ラウンジに置いてある巨大スクリーンに黒髪の若い男が映った。ラウンジの彼方此方で声が上がる。帝国軍最高司令官、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥……。今日、この時間に彼が広域通信で映像を流すと何度か帝国から放送が有った。メディアはイゼルローン要塞方面に通信の中継艦を送って放送している様だ。皆、彼を見る事を楽しみにしている。一体どんな男なのか、何を話すのか……。

『勇戦虚しく敵中にとらわれた忠実なる兵士達よ、私は貴方達に約束する。捕虜となったことを罪とし、それを責めるが如き愚かな慣習はこれを全面的に廃止するものである』
彼方此方でざわめきが起きた。声は男性にしては高めだが柔らかい感じがする。それに容貌は誠実そうで穏やかでもある。“意外だな”というとヤンも“ええ”と頷いた。

『貴方達に恥じるべき物は何も無い。恥じるべきは貴方達を前線に駆り立て、降伏もやむなき窮状に追い込んだ旧軍指導者達である。貴方達は胸を張って堂々と帰国せよ。帝国は貴方達を英雄として迎えその労に報いるであろう。帝国は貴方達にその事を約束する』

『帰国した貴方達全員に一時金と休暇を与える。しかる後、希望者は自らの意思をもって軍に復帰せよ。全員一階級を昇進させる。また退役を希望する者も一階級昇進させたうえで退役させる事を約束する』
「やれやれだ、こっちとはえらい違いですね」
「そうだな」
トリューニヒト議長が戻ってきた兵士達を迎える時に行った演説は同盟政府の人道主義と外交政策の成果の自画自賛と兵士達に戦場への復帰を命じる物だった。

『私、帝国軍最高司令官ヴァレンシュタイン元帥も貴方達に感謝し、かつ詫びなければならない。これまで兵士として帝国のために戦い、捕虜としての境遇に耐えられた事に心から感謝と敬意を送る。そしてこれまで貴方達を救出する事無く無為に過ごしてきた事を愧じ衷心から謝罪する。兵士諸君、どうか、これを受け入れて欲しい』
ヴァレンシュタイン元帥が頭を下げた。ラウンジの彼方此方でどよめきが起きた。帝国最大の権力者が頭を下げている。驚いているのだろう。

「本心かな?」
「さあ、……しかし演技ならまさに宇宙随一の名優ですね、完璧ですよ。何処かの誰かとはえらい違いだ」
「おいおい、後半は余計だぞ。……まあ同感だがな」
俺がヤンを窘めるとヤンは頭を掻いて苦笑した。

『最後に一言言わせて貰いたい。私は自由惑星同盟政府の対応に強い憤りを覚えざるを得ない。彼らは不実にも捕虜交換の約束を破り帝国の内乱に付け込もうと出兵した。幸いその邪な野心は我が軍によって打ち破られたが彼らは帝国との約定を破り帝国内に居る捕虜を、そして同盟領内に居る捕虜を見捨てたのだ』
ざわめきが消えた、ラウンジが静まり返った。

『両国の捕虜達は見捨てられた、捕虜交換の約定は同盟政府によって破棄された……』
ヴァレンシュタイン元帥が俯いた。そして顔を上げた。
『帝国に非は無い。しかし帰国という希望を奪われた多くの捕虜達の呻吟、そして残された家族の悲しみを思えば捕虜交換を打ち捨てるのは余りにも非人道的な行為であり無情でもある』
今度は首を横に振っている。

『非は同盟にある。だが私は帝国宰相としてイゼルローン要塞に使者を送り同盟政府に対して捕虜交換を申し入れた。当方の条件は唯一つ、同盟政府の謝罪、私が要求したのはそれだけである。ただ一言、あれは過ちだったと謝罪してもらえれば良かった。だが彼らはそれを拒否したのだ。過ちを認めることを拒否し、そして交渉は打ち切られた。何という傲慢! 何という不実! 何という無情! これが同盟市民によって選ばれた政府のする事なのか、彼らは自らの手で同胞を切り捨てたのだ……』
ヴァレンシュタイン元帥の目から涙が一筋落ちた、また一筋……。

『もはや同盟政府は信じるに値せず。私は同盟政府ではなく同盟軍に対して捕虜交換を打診した。そして同盟軍は人道をもって捕虜交換に応じてくれた。私はその事に心からの感謝を表したい、有難う、本当に有難う、心から感謝する。銀河帝国軍最高司令官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥』

映像が切れた。だがラウンジは静まり返ったままだ。誰も動こうとはしない。
「厄介な事になったな」
「そうですね」
ヤンは憂鬱そうな顔をしている。
「このままじゃ済まんだろうな」
「ええ、季節外れの嵐が来そうですよ」
全くだ、結果良ければ全て良し、とはいかなくなった。同盟全土を飲み込む大嵐が近付いている……。



 
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