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京に舞う鬼

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第九章


第九章

「貴女には貴女の道があり、私には私の道がある」
 そしてまた述べた。
「それだけです。それを否定することは誰にも出来ない」
 他人の考えや世界には入らない、これが役の考えである。今彼はその己の考えに忠実に従っているだけであったのだ。
「それで宜しいでしょうか」
「おわかり頂き有り難うございます」
「さて、それでは」
 役はここで言った。
「お話も終わりましたし。これで」
「何もお話できず。申し訳ありません」
「いえ、宜しいですよ。御存知ないことは仕方ありませんから」
 役はそう言って貴子を宥めた。
「それではこれで。失礼しました」
「はい。では門までお送りします」
「あっ、これはどうも」
 こうして二人は門まで送られることになった。そしてまた広い屋敷の廊下を通って出口に向かった。そして玄関で靴を履いて門に出たのであった。
「今日はお疲れ様でした」
「いえ、お茶までご馳走になりまして」
 二人は貴子にそう応えた。
「お邪魔しました」
「また何かあればおいで下さい」
「はい」
 その言葉に素直に頷いた。
「ではこれで」
「ご機嫌よう」
 こうして二人は貴子の屋敷を後にした。そしてその後で蕎麦屋に入り昼食を採るのであった。
 本郷はざるそば、役はソーメンを注文した。二人はそのまま麺を露につけて口に入れる。
 喉越しを心地よい麺の感覚が通る。二人はそれを一口味わったあとで口を開いた。
「何か話が進みませんね」
「まだ捜査ははじまったばかりだ」
 役は不平を漏らす本郷に対して言葉を返した。
「今の時点で言っても仕方ないと思うが」
「それはまあそうですが」
「これからだ。そう焦ることはない」
「そうですかね。ところであの竜華院さんですけれど」
「どうした」
「綺麗な人でしたね」
「そうだな」
 頷きはしたが素っ気無いものであった。
「けれど。何かあまり悲しそうじゃなかったですね」
「悲しそうではない、か」
「そうですよ。お弟子さんがあんな死に方をしたのに表情を変えないで」
「確かにな」
 役はそれを聞いてふと思うことがあった。
「あまりにも表情がない」
「はい」
 本郷は返事をした後でそばを啜った。勢いよい音が店の中に響く。
 勢いよくそばを啜る本郷に対して役のそれは落ち着いたものであった。穏やかな様子でそうめんを口に入れていた。
「そして道にやけに厳しかったな」
「鬼になろうとも、なんて言ってましたよね」
「そうだったな」
 役もそうめんを口に入れた。
「引っ掛かるんですよね」
「美人なのにか」
「美人は美人でもね、普通にある美人じゃないんですよ」
 本郷は言った。
「人形みたいって言いますかね、感情が見られない」
「ふむ」
「役さんはどう思いましたか?」
「それは私も同じだ」
 役はそうめんを一口啜り終えた後で述べた。
「人間味は感じなかったな」
「やっぱりそうですか」
「だが妖気は感じられなかった」
「それは俺もですね」
「見てくれ」
 役はここで懐を開いた。
 そして懐から札を取り出した。見れば綺麗な白であった。
「札には変化はない」
「ですね」
「どうやら。彼女は妖かしの類ではないようだ」
「だったら何ですかね」
「人なのだとは思う」
 そして答えた。
「だが。非常に冷たい感じがするな」
「そういえばあの茶室全然暑くなかったですね」
「屋敷もな」
「ですね。夏だっていうのに」
「しかもクーラーの寒さではなかった」
「何かこう」
 本郷は感触を思い出しながら言った。
「自然に出ているものですよね」
「自然にな」
「屋敷全体が。少なくとも夏は感じなかったですね」
 うだるような京都の夏の中において貴子の屋敷だけが涼しかったのだ。夏ではないように。そこが二人には非常に奇妙に感じられたのだ。
「秋、いや初冬に近い程だったな」
「ええ」
「この暑い夏の京都でな」
 おかげで夏休みに入ると学生達はほぼ一斉に郷里に帰ってしまう。残る者もいるにはいるが少数だ。皆この京都の夏が耐えられないのだ。
「これは。どういうことかな」
「涼をとっているってわけじゃないですよね」
「それにしても限度がある」
「はい」
「あの感じはな、異様だった」
「どういうことでしょうかね」
 クーラーを効かしてあるこの店の中ですら暑いのだ。それなのにクーラーも見当たらなかったあの広い屋敷全体が異様なまでの寒さと言えるものまであった。これは一体何であったのか。
「あの人も調べますか?」
「待て」
 役ははやろうとする本郷を制止した。
「それは」
「しないんですか」
「おそらく彼女は人間だ」
「それはわかりますけれどね」
「札の気配は鬼のものだった」
「それじゃああの人は違うんですね」
「人だからな」
 役は言った。
「だが。人が鬼になる場合もある」
「そうですね」
 二人は以前そうした鬼と戦ったことがある。鬼は鬼からのみ生まれるのではないのだ。人が鬼になる場合もある。生きている場合も死ぬ場合も。成り得るのだ。
 
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