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京に舞う鬼

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第十章


第十章

「けれど札は焦げませんでしたよね」
「ああ」
「だったら。あの屋敷がたまたまであの人もそういう単に厳しいっているだけだったんですかね」
「そうだろうな」
「だったらまた犯人は別ですね」
「しかし鬼はこの京都にいる」
「京都に」
「間違いない、これだけは」
 役の目と顔が剣呑なものも含んだ。
「この街の何処かにいる」
「鬼がですね」
「必ず見つけ出すぞ」
「ええ」
「そして倒す。いいな」
「わかってますよ」
 本郷は真剣な顔のままざるそばを啜った。見ればもう綺麗に食べてしまっていた。
「おばちゃん」
 それを見て店のおばちゃんに声をかける。
「ざるそばもう一杯」
「あいよ」
「食欲は健在みたいだな」
「安心しました?」
 本郷はニヤリと笑って役に返した。
「君に食欲があるうちはな。大丈夫か」
「それはまたどうも」
「しかしざるそばだから別にいいな」
「これはカロリーが殆どないですからね」
 そばはうどんに比べてカロリーがかなり低い。また腹持ちもうどんの方が上だ。だが味は決してうどんに劣ってはいない。うどんにはうどんの、そばにはそばの良さがあるのだ。
「幾ら食べても大丈夫ですね」
「問題は夏バテだが」
「それなら鰻をいきますか」
「それを言うと三河町の半七だな」
「けれど酒は好きですよ」
「だからなお悪い」
「祭までには終わらせて祭の間は酒と洒落込みたいですね」
「では働こうか」
「やっぱりそうなりますか」
 こんな話をしながら昼食を終えた。今度は警部のいる署に向かった。
「丁度いいところに来たな」
 警部は二人を見ていきなりこう言った。
「何かあったんですか?」
「この口ぶりからすぐにわかると思うが」
「また事件ですか」
「そうだ、今度は橋でだ」
「橋」
「三条の方だ。すぐに行くぞ」
「行くぞって警部もですか」
「当然だ。これは私の仕事でもあるからな」
 警部は事務所に来た時とはうって変わって真摯な顔になっていた。
「行かなければどうしようもない」
「それでどの橋ですか?」
「三条小橋だ」
 警部は役に答えた。
「あそこの下だ。では行こうか」
「はい」
「一息つく暇もないですね」
 本郷の不満をよそに彼等は三条小橋に向かった。橋の下に着くとそこにはもう人だかりが出来ていた。
「これはまた」
「何ちゅうむごい」
 京都弁の声が聞こえる。本郷と役は警部と共にその人だかりを越えて現場にやって来た。
「あっ、これは警部」
 制服を着た警官の一人が彼に気付き敬礼をする。
「被害者は何処だ」
「あれです」
「あれか・・・・・・うっ」
 警部はその制服の警官が指差した方を見て思わず絶句した。
 そこには全裸の美しい少女がいた。その腹は縦に切り裂かれ傷口から紅い血が出ている。黒く長い髪まで血に染まり、それが白い、いや青くなった身体にへばりついている。両手を上にして縛られて吊り下げられておりその顔にも最早生気はなく、虚ろに下を見ているだけであった。あまりにも惨い屍であった。
「役さん」
「ああ」
 役は本郷の言葉に頷き懐からあの札を取り出した。見ればそれはあの時と同じで完全に焦げてしまっていた。
「間違いないな」
「やはり」
「あの寺の事件と同じ犯人だな」
「間違いないかと」
 役は警部にもそう答えた。
「そしてこれは」
「わかっている」
 警部はそれ以上聞かなくとも彼の言いたいことはわかっていた。
「それにしても惨いことをする」
 警部も顔を顰めさせていた。
「ここまでするとは。犯人はかなり悪趣味な輩の様だな」 
 それが本当に犯『人』であったならばだ。そうでないことは警部も承知している。だからこそあえてこんな表現を使ったのである。事情は複雑だ。
「そうですね」 
 二人もそれに同意した。
「こうした輩は。時折います」
「この日本にもね」
「まずは死体を回収するか」
 このまま遺体を橋から吊り下げているわけにはいかなかった。警部はすぐに判断を下した。
「とりあえず君達は現場の捜査に協力してくれ」
「はい」
 二人は警部の言葉に従った。
「遺体はこちらで調べておく。現場での捜査が終わったらこっちに来て欲しい」
「わかりました。では後で」
「うむ」
 遺体が回収され警部は部下を連れて署に戻った。そして本郷と役は残った警官達と共に現場の捜査にあたるのであった。
 二人は警官達に劣らない動きで捜査を行っていた。どうやらかなり慣れているようである。
 その中であった。役はあることに気付いた。
「役さん」
「どうした」
 そして役に声をかける。役の方もそれに顔を向けた。
「血が。全然ないですね」
「血が、か」
「はい。あの遺体は腹を縦に切られてましたよね」
「ああ」
 確かにそうであった。切られた腹は紅い血で染まっていた。
「けれど現場には。血が一滴もないです」
「一滴もか」
「見て下さいよ、この川辺」
 そして川辺を手で指し示す。
「綺麗なものですよね。それに橋も」
「うん」
「血なんて全然ありません。あんなに派手に切ってるのにね」
「あらかじめ死体の血を抜いていたのか」
「最初の事件と同じですよね」
 そしてこう言った。
「血がないっていうのは」
「知ってると思うが」
 役はここで本郷に顔を向けてきた。
「日本にも吸血鬼はいる」
「はい」
 これは本当のことである。飛頭蛮という中国から渡ってきたとされる妖怪がいる。ろくろ首の一種とも言われるこの妖怪は日中は普通に暮らしているが夜になると首が身体から抜け出して勝手に動く。そして人を襲いその血を吸うのである。ただ中国の飛頭蛮は南方の民族であるともされ特に危害を加えないという話もある。若しかするとこのろくろ首の一種は日本独自の妖怪であるかも知れない。
 
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