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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第33話 「顔の無い怪物」

 
前書き
ここ最近、時代小説ぽいネタが頭から離れない。
書いてもいいけど、書いたらごっちゃになりそうだし、更新も遅くなりそうだし、で悩んでる。
皇太子殿下もまだまだ終わりそうに無いし。
でも、せっかくネタが浮かんでるんだから、忘れないうちに残しておきたいしで、やっぱり悩む。 

 
 第33話 「わたしの狩り場」

 惑星カプチェランカは銀河帝国の要衝であるイゼルローン要塞から、自由惑星同盟領の方向へ八・六光年を進入した宙点に位置している。恒星の光が地表に達するまで一〇〇〇秒以上を必要とする寒冷の惑星で、一日は二八時間、一年は六六八日からなり、ごく短い春と秋をのぞくと、六〇〇日以上が冬の領域にはいっていた。
 
 さて以前、内部告発があったこの惑星に、MS開発局の連中を隠れ蓑にして、査察が入ることになった。
 それを率いるのはウルリッヒ・ケスラー中佐である。
 彼は、銀河帝国皇太子にして帝国宰相でもある。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムの下で、便利屋扱いを受けていた。
 彼の不幸の主たる原因は、その力量を発揮する局面が、多岐に渡ってしまうという。一種の器用貧乏な点であった。
 役割を固定できないのだ。
 彼と対極にあるのが、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだった。
 攻撃一辺倒で、役割的な柔軟性に乏しいが、ここぞと言うときには頼りになる。
 ウルリッヒ・ケスラーは本来、宇宙空間を闊歩するタイプの軍人だが。そのケスラーに艦隊を率いる事なく、ある種の裏の仕事をさせている事を、ルードヴィヒも内心で申し訳なく感じており、それを察知できるほどには、彼もまた人間観察力に優れていた。
 これが彼の不幸の原因である。

「宰相閣下は人の心が言うものがお分かりになる。だがそれでもなお、踏み躙らねばならない時があるのだ。その事に内心、心を痛めておられる」

 これはケスラーの書き残したメモ書きの一種だが、ルードヴィヒの二面性を物語る例としてよく挙げられる。
 ただ後年、ウルリッヒ・ケスラーはルードヴィヒ皇帝の懐刀として重んじられる事となる。

 (-ルードヴィヒ- 顔の無い怪物より)

 ■惑星カプチェランカ ウルリッヒ・ケスラー■

 カプチェランカに降り立った我々をヘルダー大佐以下、カプチェランカ基地の面々が出迎えた。
 さすがに宰相閣下肝いりの部隊であり、開発局だ。
 無碍にはできないのだろう。
 それにMSにも興味があると思われる。
 基地に所属している軍人達が、冬季迷彩を施されたザ○とド○を見て、驚いている。
 近くで見ると、実物よりも大きく感じるのだ。

「足元に気をつけろよ」

 開発局の担当がパイロットに向かって声を張り上げている。マスク越しのためにくぐもった声だったが、それは致し方有るまい。
 そして寒さよりも一際厄介なのが、吹雪である。耐寒防具服を着込んではいるものの、視界の悪さだけはどうしようもなかった。これでもカプチェランカにあってはまだマシなほうらしい。
 それを聞いたパイロットの一人がコックピットで大仰に肩を竦めて見せた。もっともその動作を見た者はモニターで確認作業を行っていたケスラーのみであったが。
 雪と氷を踏みしめるMSの足。
 ぺたんとまるでクッキーの型のように、抜かれているようにも見える。

「大きいな」

 どこかでぼそっと呟かれる声。
 MSを初めて見た者は、みなそう言う。
 照明に照らされたMSが浮かび上がる。元はダークグリーンだ。冬季迷彩用として、白っぽい灰色に塗り替えられている。見慣れない色彩にさすがのケスラーも違和感を感じていた。

「――女だ」

 帝国軍の軍服を纏った女性兵士がザ○から降り立つと、基地の軍人達が一様に驚いた声を漏らす。
 しかも階級は中尉。基地にいる兵士達の大半よりも階級が上である。
 彼女らは劣悪遺伝子排除法が廃法になった際、皇太子殿下の後宮に集められた女性達だった。
 後宮にやってきてからというもの、軍籍を与えられ、MS開発局に所属している。
 そしてテストパイロットに従事してきたのだ。
 それは為すこともなく、ただただ後宮に閉じ込められているよりも、よほどマシだろうとの宰相閣下のお考えによる。

「皇太子殿下の寵姫か」

 ヘルダー大佐の言葉に兵士達が身を硬くする。
 基地にいる誰もが、銀河帝国皇太子にして、帝国宰相閣下に睨まれたくはないようだ。
 一瞬にして誰もが無言になった。
 その中で吹雪の音のみが耳に聞こえてくる。

「ウルリッヒ・ケスラー中佐。遠路遥々ご苦労だった」
「ヘルダー大佐にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「うむ。オーディンから連絡が来ている。MSの実験をするそうだが、できることがあるなら何でも言ってくれたまえ」

 ヘルダー大佐は四〇代前半の、どことなく陰気で不機嫌な印象を与える男だった。眉が両端へむかうにしたがって広がり、唇の色が悪い。目の光にも活力が欠けていた。
 しかもその目の奥に、宰相閣下に対する媚のようなものも含まれていた。こんな基地に閉じ込められているのだ。嫌気も差そうというものか……。
 貴族達の物言いよりも、彼らの態度の方がよほど帝国の現状を物語っている。
 戦争に厭いているのだ。
 口にしない不満。終わりの見えない戦争。百五十年近くに渡る戦争に、誰もが嫌気が差している。現状を見て来いと仰られたのがよく分かる。
 百聞は一見に如かず。とはこの事だ。

 ■宇宙艦隊総司令部 ウォルフガング・ミッターマイヤー■

「卿ら両名にイゼルローンへ向かってもらう事になった」

 ミュッケンベルガー元帥から直々の命令が下った。
 呼ばれたのは俺とロイエンタールの二人だ。
 何事かと思えば、捕虜交換の際の、イゼルローン要塞周辺の警戒と護衛が任務らしい。
 しかも捕虜交換の際には、宰相閣下が直々にイゼルローンに向かい、調印式に出席されるそうだ。

「宰相閣下が直々に、調印式に出られるのですか?」

 さすがにロイエンタールも驚いている。
 元帥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも頷いた。不本意なのかもしれない。こう言ってはなんだが、捕虜交換の調印式など、宰相閣下が直接出向かなくても、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候でも良い筈だ。

「宰相閣下が直接、捕虜を受け取ってこられるそうだ」
「ですが……」

 俺がそう口にしようとしたとき、元帥が軽く片手を上げて制した。
 そして俺達に向かい、わずかに頷いた。

「卿の言いたい事はわかる。私も同じ気持ちである。できることなら宰相閣下には、帝都に居て頂きたい。だが、だがな。これは帝国改革の一環なのだ。直接宰相閣下が捕虜を受け取れば、内務省も国家治安維持局も手は出せぬ」
「国内対策でしょうか」
「その通りだ。改革に対して理解を示しても、それで自分達の権限を減らされるかと思うと、善悪関係なしに抵抗を示すものだ」

 それらの無意識的な反対勢力を抑えられるほど、改革の実行には強い皇帝が求められるのか。通りで今まで改革ができなかったはずだ。
 元帥の表情が苦渋に満ちている。宰相閣下のなさりたい事に理解を示しても、最前線に向かわれる事は許容しがたいのだ。ああそうか、これが、この感覚が、無意識の抵抗なのか。なんとも厄介な感覚だ。
 元帥は決して宰相閣下に逆らおうとも、改革に反対しているわけでもない。むしろ宰相閣下の身を案じておられる。しかしそれが改革に抵抗するものになりえてしまう。

「万難を排して、宰相閣下の護衛を致します」

 ロイエンタールが力強く言い切った。
 宰相閣下を失う事があってはならん。そうした意志を感じた。いつものどこか皮肉げな口調など、どこにも感じられないぐらいだ。

「うむ。頼むぞ」
「ハッ」

 俺もまた、元帥に対して敬礼を返す。
 二人して部屋を出る。前を行くロイエンタールに声を掛けようと、足を速めたとき、ふいにロイエンタールが口を開いた。

「以前、俺の分艦隊の兵士の一人が、泣いていたことがあった」
「うん?」

 歩きながら話すロイエンタール。何かを思い出すかのように口にする。

「劣悪遺伝子排除法。それが廃法になってからというもの、生まれつき目の見えなかったその兵士の妹は、病院に通うことができるようになって、しかも目が見えるようになったそうだ」
「劣悪遺伝子排除法か……。宰相閣下が廃法になされたのだったな」
「その兵士は泣いていた。よほど嬉しかったのだろう。そういう兵士が艦隊の中にもたくさんいる」
「俺のところも似たようなものだ」
「だろうな。その宰相閣下の護衛に付くのだ。いやがおうにも士気は高まる。むしろ嫌がれば、兵士達の俺達に対する失望は、どん底に落ちるかもしれん」

 宰相閣下のお身は是が非でも守らねばならん。
 そうでなければ、帝国そのものが崩壊するやもしれんからな。
 ロイエンタールは俺にも、はっきりと分かっていない危機感を自覚しているのかもしれん。
 ただ宰相閣下を守らねばらん事だけは理解できる。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「おいヤン。聞いたか」

 ヤンの奴が顔を見せたとき、思わず問いかけてしまった。
 後ろにいるアッテンボローが目を丸くしている。

「なんですか先輩、いきなり」
「いや、すまん。イゼルローンで行われる捕虜交換に、あの皇太子が来るそうだ」
「そりゃすごい」

 アッテンボローが興味津々といった感じで、紙コップに入ったコーヒーを差し出してきた。

「噂の皇太子を直接見る、いい機会ですね」
「ああ、政治家連中が我先にという感じで、捕虜交換の調印式に出たがっているぞ」
「会ってどうするつもりなんでしょうね」
「さあ~」

 実際のところ、会ってどうなるものでもあるまい。
 和平交渉をしようにも、あの皇太子、それほど甘くはないだろう。

「ただ、どういう人物なのか、俺も興味がある」
「ルドルフのようなタイプでしょうか?」
「アッテンボロー、それはないと思うよ」
「そうですか?」
「そうだな、そんなに分かりやすいタイプではないだろう」
「二面性ですか?」
「そうだね。“皇太子の二面性”と呼ばれるものだと思う」

 皇太子の二面性。最近になってハイネセンで、よく話題になる言葉だ。
 冷静さと強引さ。寛容と苛烈さ。我慢強さと行動の早さ。
 どれもこれも相反するものだが、そのどれもが皇太子の中で両立している。
 だから読みにくい。
 次に何をしようとしているのかは、分かってもどれから手を打つのかが読めない。

「厄介な相手だ」

 俺がそう言うと、ヤンがポツリと漏らした。

「皇太子とは心理戦をするべきではないですね。遣り合うのであれば、正面から物理的にぶつかる。これしかないでしょう」
「決戦主義か?」
「他の人物が相手なら、心理戦は有効です。ですが皇太子には、無意味です。戦略レベルで圧倒してきますよ。手も足もでないぐらいまで追い込んでくる。それも我々がまさかと思うレベルです。ここまでしないだろう。ここまでする訳ない。そう思うぐらいまで追い込んできますよ」
「勝敗は戦場の外で決まるか」
「武力行使は、その上での事。分かりやすい形で勝敗を認めさせる手段でしかない」
「皇太子は、そういうタイプですか……」
「少なくとも戦場に引っ張り出す事はできないだろうね」

 ヤンの顔色が少し悪い。
 相手は本物の専制君主だ。
 軍人レベルで勝てる相手じゃない。戦場では勝てない。なにせ戦場に出てこないからな。
 倒そうとすれば、オーディンまで攻め込んでいくしかない。
 そんなやつを相手に、どうやって勝てばいいのか。
 残念ながら、俺には考えても分からなかった。
 ヤンには分かるのだろうか……?
 ジッと考え込むように黙り込んでいるヤンを見ながら、そんな事を思っていた。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

「皇太子殿下、さすがに顔色が悪いですよ。一度ゆっくりお休みになられてはどうですか?」
「そうです。倒れたりしたら元も子もありません」

 マルガレータさんとエリザベートさんが心配そうに言います。
 わたしはそっと皇太子殿下のそばへと近づいて、体を支える振りをしました。

「そうか、今日のところはもう休むとするか……」

 一瞬、殿下がよろけましたね。
 大層お疲れのご様子。ふふふ。

「殿下。さ、わたしが支えますから、お部屋へ向かいましょう」
「悪いな、アンネローゼ」
「いえいえ、これぐらい当然です」

 宰相府の廊下を右に折れ、わたしの寝室へと向かいました。
 いつもなら左に折れて、皇太子の間を通り過ぎて、お部屋へ戻られるというのに、それすらお気づきになっていないご様子。
 ふふふ。計画通り。
 要望書も嘆願書も決裁もいつもなら、わたしが他に回すであろう物でも、殿下に決裁を求めた甲斐がありました。
 アレクシアさんが懐妊していらい、お相手を勤める事ができないのですから……。
 それはもう、わたしの出番でしょう。常識的に言って。

「うん? この部屋は?」

 ちっ。気づいたか、目ざとい方ですね。
 しかしもう遅い。
 ここはわたしの部屋。わたしの狩り場です!!

「ふふふふふふふふふふふ」
「ま、まさか、何をする気だ」
「よいではないかよいではないかー」
「あ~れ~」 
 

 
後書き
連休中に家で、練り切りを作ったらみんな食べられてしまった。
わたし食べてない。
一つぐらい残しておいてやろうという優しい気持ちは無いのかー。 
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