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吸血花

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第六章


第六章

 だが気配は消え去っていた。既に何処かへ逃げ去ったらしい。
「素早い奴だ。もういなくなったか」
 暫く様子を見ていたがやはり気配はしない。刀を収め立ち去った。
 ちらりと右の方を見る。そこには短艇が置かれている松林があった。
「そういえば我が国には海から来る血吸いの化け物もいたな」
 磯女や濡れ女といった妖怪達である。これ等の妖怪は陸に上がり人の血を吸い殺す。
 海は黒く闇の中に沈んでいた。本郷はそこにえも言えぬ不気味さを感じていた。
 翌朝早く本郷は置き海辺のところを歩き回っていた。怪しい場所は無いか捜査しているのだ。
「こうして見ると色々とありそうだな」
 ヨットや訓練用の船まで置かれている。その置き場のどれもが怪しく見える。
「ここまで来ると疑心暗鬼だな」
 そう言って苦笑した。海の表面は静かだがその奥は暗闇に包まれ見えないのだ。
「一回この辺りの海を潜って調べてみるか。冗談抜きに怪しいぞ」
 そうこう考えているうちに六時になった。総員起こしを知らせるラッパが鳴った。
「もうそんな時間か。早いな」
 短艇置き場を見回る。やたらとフジツボが目につく。
「舟虫までいる。これは何処にでもいるな」
 カサコソと動き回る灰色の虫を見ながら呟いた。その時向こう側から何か大きな音が聞こえてきた。
「何だ?」
 赤煉瓦の方だった。振り向くと紫の作業服の一団がこちらへ向けて全速力で駆けて来る。
「一体何の訓練だ?」
 慌てて短艇庫の方へ走る。そして彼等の邪魔にならないようにする。
 見れば候補生達である。皆必死の形相で短艇に飛びつきそれを降ろす。そして次々と飛び乗る。
 短艇が次々と出て行く。そして漕ぎ去っていく。
「あ、何処にいらっしゃったんですか?」
 学生隊長である。ジャージを着ている。
「いえ、海辺の方も調べていたんです」
 本郷は正直に答えた。
「おやっ、海にも吸血鬼はいるんですか?」
「ええ、まあ。ところでこれは一体何の訓練です?」
 あるブイからUターンして来る短艇を手で指しながら問う。
「あれですか?総短艇というものです」
 学生隊長は誇らしげに答えた。
「総短艇ですか。話には聞いてましたが」
「おや、ご存知でしたか」
 何故か妙に嬉しそうである。
「ええ。この候補生学校の名物とも言える訓練の一つだとか。以前何かの本で読んだ事があります」
「そうです。何時この訓練が行なわれるかは秘密であう。これで即応体制等を養うのです」
「そうなのですか」
 そういえば教官室の一つが昨日夜遅くまで明るかったな、と本郷は思った。
 そうこう話しているうちに訓練は終わった。優勝は2分隊だった。
「何かやけに嬉しそうな方がいますね」
「あの人でしょう?坂上一尉といいます。あの分隊の分隊長です。こういった勝負事に異様に燃える人でしてね」
「成程、だからあんなに嬉しそうなのですか」
「ええ。そのかわり負けた時は物凄く機嫌が悪くなりますが」
「ははは、解かり易いですね」
 そして本郷は隊舎に帰った。とりあえず海に潜る事を許可してもらおうと考えていた。
「俺自身で潜るか。自衛隊の人に迷惑かけちゃ悪いしな」
 彼はダイバーの資格も持っている。実際に河童や水虎を潜って退治した事もある。
 大講堂と呼ばれる古風な趣のある建物の前を横切る。入校式や卒業式等重要な行事が行なわれる場所だという。
「綺麗だけどやけにものものしい建物だな」
 本郷は見上げながらそう思った。欧風を取り入れる事の多かった兵学校だがこの建物は赤煉瓦と並んでその傾向が強い。白くまるで宮殿の様である。
「これだけ大きいと掃除も大変だろうな。そういえばいつも大人数で掃除してるな」
 その時前から誰かが全速力で駆けて来た。
「?俺にか?」
 その通りだった。見れば当直士官の武藤一尉である。3分隊の分隊長らしい。
「どうしたんですか?一体」
 そう言いながら何かあるな、と思った。また犠牲者が出たか。内心暗澹たるものになった。
「・・・・・・ちょっと来て下さい」
 その必死に狼狽しそうになるのを抑えた様子から大体察しはついた。彼について行く。
 隊舎の二階だった。そこに犠牲者はいた。
「やはり・・・・・・・・・」
 その屍を見て自分の予想が当たった事を嫌に思った。物言わぬ屍は虚空を見上げたまま何も語らない。
 
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