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吸血花

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第五章


第五章

 その日の夜見回りが学校や隊舎内を回っていた。これを『巡検』という。自衛隊ではかっての軍と同じく当直及び副直の士官、そして海曹、士がいる。彼等が学校内を点検して回るのだ。
 だがこの候補生学校ではもう一つ点検に回る人達がいる。幹事付だ。彼等は候補生の掃除や生活の点検をする為校内及び隊舎内を見て回る。この際週番という候補生達が持ち回りで当たっている当直の学生達が同行する。
 前述の通り幹事付は二人いる。アルファこと伊藤二尉は別のコースを点検して回っている。時折隊舎からベッドを壊す音が聞こえてくる。
 もう一人の幹事付井上二尉が教官室前を点検していた時だ。ふと一枚の赤い花びらに気付いた。
「何なんだ、これは」
 その花びらを手に取り週番学生達に言った。背が高く眼鏡を架けている。日に焼けて一見怖そうだがよく見れば愛敬のある顔立ちである。
「教官室前の清掃ふ・・・・・・」
 不備、といいそうになった。指摘を受けたなら最悪の場合掃除をやり直す事になる。
 だが彼はふと気付いた。昼に伊藤二尉が話していた赤い花の事が脳裏によぎる。
(そういえば勝手事務官も頼んでいないと言っていたな)
 この花びらが妙に気になった。それに赤煉瓦前にあった筈のその花の花びらがどうしてこんな所にあるのか不思議だった。
(とりあえずあの探偵さんに見せてみるか)
 井上二尉はそう思った。そして不備と言おうとした事を取り消すと花びらをズボンのポケットにしまい点検を再開した。
 その時本郷は隊舎二階に設けられた来客用の部屋にいた。この日調べた捜査の内容を整理検証していた。
「結局今のところ手懸かりは無しか」
 聞き込みや写真を見ながら溜息混じりに言った。
「どうもこういうのは苦手だなあ。いつも役さんがやっている仕事だし」
 本郷はどちらかというと行動派であり歩き回って捜査するタイプだ。それに対して役は頭で考えるタイプである。
「仕事が別に入ったから仕方無いけれど早く来て欲しいな。頭を使う仕事は嫌いなんだよなあ」
 ブツブツと不平を言いながら操作内容をまとめている。証言も特にこれといってない。
「そもそもこの学校の人間全員にアリバイがある。化け物が候補生や教官に紛れ込んでいるというわけではなさそうだな」
 持って来た一冊の本を取り出す。吸血鬼について書かれた本だ。
「だとしたらアンデッドではないか。それだけでかなり限られてくるな」
 吸血鬼の多くは甦った死者が己が精気を得る為に生者の血を吸うものである。
「狐か。いや、我が国の狐にそこまで性質の悪い奴はいないな」
 本郷は何回か狐や狸とも対決している。いつも人間を化かして喜んでいる不良狐や狸を誘き出して懲らしめている。
「それにあいつ等だったら人の血なんかより揚げの方がずっと好きだ。油揚げなんてそこいらに幾らでもある」
 狐の可能性も消えた。
「鬼か」
 本郷の顔色が変わった。
「だとすれば問題だ。江田島は山が多いから隠れる場所が多過ぎる」
 ちらりと左手を見た。そこには古鷹山がある。
「あの山にしろ険しいしな。鬼が潜んでいても誰も解からない」 
 しかしここで眉を顰めた。
「だがこの血の吸い方はどう見ても鬼のやり方じゃないな」
 鬼は普通人の血より肉を好む。血はあくまで酒と同じく嗜好品なのである。実際酒に混ぜて呑んでいたりする。
「余計解からなくなってきた。結局何なんだ」
 そこへ井上二尉が入ってきた。
「あれ、どうしました?」
 本郷は意外な来客に少し戸惑った。
「実は先程の巡検中にこれを拾いまして」
 ズボンのポケットからさっきの花びらを取り出した。
「これは・・・・・・」
 人目見て解かった。赤煉瓦の前に咲いていたあの花のものだ。
「教官室の前に落ちていました。掃除の不備かと思いましたが場所が離れ過ぎていましたのでおかしいと思いまして」
「確かに。普通あそこから教官室までこんな物は飛んで来ませんし」
「それに朝の清掃で既に除去したと学生の方から報告を受けています。伊藤二尉が点検に行きましたが確かに除去されていました」
「だったら何故」
 本郷は首を傾げた。
「ちょっと気になりますね。赤煉瓦の前まで行っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
 彼の許しを得て赤煉瓦の前へ向かう。赤煉瓦は真っ暗闇であり人の気配は無い。
「こうして見るとかなり不気味な建物だな」
 ポツリと呟いた。この学校は兵学校からの歴史もあり幽霊話も極めて多い。
 懐中電灯を点ける。井上二尉から借りたものだ。
「この辺りだな」
 懐中電灯で照らしてみる。あの赤い花は何処にも見当たらなかった。
「やっぱりな。じゃあどういう事だ」
 ゴミ捨て場は隊舎の一階にある浴室のすぐ下にある。教官室からはかなり離れている。
「風が吹いてもあそこまで飛ぶとは考えられない。ましてや午前中のゴミはとっくに捨てられている」
 考える。その時ふと芳しい香りがした。
「これは・・・・・・」
 それは花の香りだった。きつい、何処か癖のある自己主張の強い花の香りだった。
「・・・・・・ダリアか?」
 その花の香りはダリアのものに似ていた。だが違っていた。ダリアの香りはここまできつくはない。
「違うな。何の香りだ」
 その時本郷の全身に寒気が走った。恐ろしい妖気を感じた。
「!!」
 咄嗟に身構える。懐から短刀を抜いた。
「そこかっ!」
 気配のした方へ短刀を投げる。そして背中から刀を抜いた。
 
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