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吸血花

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第七章


第七章

 またもや起こった事件に候補生学校は騒然となった。話される事はそればかりであり皆姿を見せぬその殺人鬼の影に怯えていた。
「まずい事になったな」
 こういった状況は容易にパニックに繋がる。そうすれば魔女狩りかそれに似た状況になる。そうすれば除け者にされる者も出て来る。それこそ吸血鬼の狙いなのである。
「捜査を急ぐか。このままでは恐慌状態になる」
 学校長に海中の捜査を求めた。これは思っていたよりもあっさりと認められた。
「意外ですか」
 学校長は快諾され拍子抜けする本郷に対して笑いながら言った。
「ええ、まあ」
 とかくお役所は何だかんだと言ってこうした面倒な事を好まない。だからこそ本郷も何としても認めさせるつもりだったのだ。
「全ては事件の迅速な解決の為です。大いにやって下さい」
「それにしてもスーツやボンベまで貸して頂けるとは・・・・・・」
 あまりの太っ腹に流石に少し悪い気がした。
「なあに、こういった事は徹底的やりませんとな。中途半端が一番良くない」
 どうも思ったよりざっくばらんでさばけた人である。
「そうですか。それでは早速取り掛からせて頂きます」
 本郷はにこりと笑って言った。 
「ええ。ただし水中銃もお忘れなく」
「水中銃?ああ、そうでしたね」
 江田島が浮かぶ瀬戸内海はわりかし鮫が多い。何年かに一度鮫の被害もある。
「どうぞ」
 ある教官からスーツとアクアラング、そして水中銃を手渡される。
 見れば顎がやけにしゃくれた人物である。一分隊の分隊長らしい。福本三佐という人である。
「気を付けて下さい。あの下は色々と岩が入り組んでいますから」
 真摯な表情で忠告される。
「解かりました」
 それを聞いて本郷の顔も曇る。そういうところにこそ妖怪は潜んでいるのだ。
 福本三佐はこれから講義らしく一緒には行けなかった。代わりに別の教官が来た。国母二尉という人だ。かなりの巨漢である。
「くれぐれもお気を付けて、何かあったらすぐに行きますから」
 国母二尉もスーツを身に着けている。
「その時は・・・・・・出来る限り来ないようにします」
 アクアラングを口にし飛び込んだ。中は緑の世界だった。
 視界は悪い。水中眼鏡を着けているとはいえ殆ど見えない。
(これは思ったより厄介だな)
 目の前を魚が横切る。結構大きな魚だ。
 海底に辿り着く。福本三佐の言葉通り岩が入り組み穴が多い。
(むっ)
 穴の一つから何かが出て来た。それは蛸だった。
(蛸か。そういえばここは牡蠣の名産地だったな)
 思えば折角江田島に来たのに海の幸を全然食べていない。朝から昼まで歩き詰めで捜査ばかりしている。
(まあそれが仕事なんだけれど。終わったら食べに行くか)
 泳ぎ去っていく蛸を見ながらそう考えていた。海の幸は嫌いではない。
 小さい穴は用心して通り過ぎて行く。隠れているとすれば大きな穴だ。小さな穴はかえって危険だ。蛸なら墨を吹くだけだがもしウツボなら冗談では済まされない。
(見ればガンガゼまでいる。下手に触ったら吸血鬼どころじゃないぞ)
 手の動きに敏感に反応する海栗を見て思った。それにしても大きな穴が見つからない。
(おかしいな。怪しい場所は一つも無いぞ)
 本郷はいぶかしんだ。海ではなかったのか。
(一番怪しい場所だったが。だとすると陸しかないな)
 そう考えていた時だった。頭上を何かが襲った。
『何っ!?』
 それは緑の槍だった。二三本空から海中へ突き刺さった。
『上かぁっ!』
 急いで上へ急ぐ。どうやら第二撃はまだらしい。
 海上へ顔を出す。そして咄嗟に周りを見る。
「何処だっ!」
 だが緑の槍の主は何処にもいなかった。周りには小船も無く海面も静かだった。
「いないか・・・・・・」
 気配もしなかった。何処から攻撃したのかさえ解からなかった。
「本郷さ〜〜ん、どうしましたあ〜〜〜っ?」
 見れば短艇置き場はかなり遠くになっていた。呼び掛ける国母二尉の巨体がまるで豆粒の様である。
「あ、何でも無いです」
 大声で言葉を返す。結局この捜査では何も手懸かりは得られなかった。
「海にはいないか、結局」
 スーツやアクアラングを返し本郷はヨット置き場から海を眺めていた。
「しかしさっきの緑の槍・・・・・・。明らかに俺を狙っていた」
 それが誰の手によるものか、解からぬ筈がない。
「やっぱりいるな、化け物が」
 ふと赤煉瓦を見る。日に照らされその赤さが一際際立っている。
「俺に喧嘩を売ってくれるとはな。じゃあ買ってやるよ、高くな」
 風が吹いた。静かだった海面が波立つ。
 
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