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エターナルトラベラー

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第九十六話

桜とチャンピオンを連れて夜の冬木の街を歩く。

桜を連れての移動は思うようには進まず、最終的には重量軽減の魔術を掛けた私が桜を抱っこし、その私を抱き上げてチャンピオンが空を翔ける。

空を飛ぶと言う突飛な状況に桜は最初は悲鳴を上げていたが、途中で慣れたのかむしろ空の旅を楽しんでいた。

強力な魔力が感知された未音川に付くと、そこには予想外の大物が現れていた。

「あれは…」

おそらくキャスターが使役する魔獣だろう。海洋生物を混同し巨大化したようなそれは以前見たあの醜悪なナニカに良く似ていた。

その大きな海魔を相手にセイバーとライダーが応戦しているが、一向に打ち倒せる気配は無い。

これはお父様を探している暇は無いかもしれない。私と桜を置いてチャンピオンにも加勢してもらわなければきっと一般人に露呈する。それは魔術師として生きている私達の最低限のルールを逸脱した許されざる行為だ。

常識ある魔術師ならばアレを即刻打ち倒し、魔術の漏洩を防がなければならない。

「チャンピオン…」

と、私が彼女にお願いをしようとした瞬間、行き成り海面上に居た巨大な海魔が姿を消した。

見ればセイバーとライダーの姿も消えている。

これは…?

「アオが封時結界を張ったわね」

封時結界と言う単語から時間を封鎖して空間を切り取る魔術だろうとあたりをつける。強力な力を持った魔術師ですらそんな魔術をこの規模で展開なんて出来ないだろうと言うのに、やはりチャンピオン達の規格外さを再確認した。

あの海魔は向こうのチャンピオンとイリヤスフィールが何とかするだろう。だったら私は本来の目的を果たさなければ。

もう一度未音川一帯を良く見ると、緑色に発光する巨大な羽根を広げた船のような物が空に浮かんでいた。

その現代兵器に合致しないフォルムのそれはおそらくサーヴァントの宝具だろう。

セイバー、ランサーにそんな宝具は無いだろうし、有力なライダーは結界に閉じ込められてしまっている。後はバーサーカーとアーチャーだが、宝具が強力なのがアーチャーのクラス特性だ。逆にバーサーカーは理性を失うついでに本来の宝具を失っている場合が多い。となるとあれはアーチャー。

魔力で視力を強化して見れば金色の鎧を着たサーヴァントにかしずく様にステッキを持ったスーツの男性が見える。

お父様だ。

流石にお父様もこの異変には自身で出てきたのだろう。

お父様は何かを見つけたようで、アーチャーに近くのビルへと降ろしてもらっていた。

そちらを見ればお父様と雁夜おじさんが対面している。

アーチャーはバーサーカーが襲い掛かっているのでおそらく今はお父様も雁夜おじさんも自身を守るサーヴァントは居ない。

ならば…

「チャンピオン、私達をあのビルへ降ろしてくれるかしら」

雁夜おじさんはギチギチと鳴くおぞましい蟲を使役してお父様にけしかけているが、お父様は炎を巧みに操りけしかけられた蟲を焼き払っている。

攻防は一方的だが、お父様の炎を突破しうるだけの魔術の素養を雁夜おじさんが持っていないのは明らかだった。バーサーカーも操っている今、時間を稼ぐだけでおそらく自滅するだろう。

私達はお父様と雁夜おじさんからVの字に距離を取って降り立った。

「なっ!?桜っ!?」
「桜ちゃんっ!?」

第三者が乱入したと言うのに第一声は桜の心配か。なるほど、どちらもまだ人間の情を捨て去っているわけでは無い様で安心した。

桜は大声で名前を呼ばれ、更にはおぞましい蟲のに驚きショックを受け、私の後ろに隠れ太ももにしがみついている。

その様子を見て二人は険しい顔で私をにらみつけた。

「君達は誰かな?」

冷静に状況を判断してまずは会話をと言葉を発したお父様に対して雁夜おじさんは問答無用で蟲をけしかけてくる。

「桜ちゃんを返せっ!」

「チャンピオンっ」

『サークルプロテクション』

ゴメン、任せたと名を呼べば、期待を裏切らないチャンピオンは直ぐに防御魔術を行使した。

『バリアバースト』

ガチガチと牙を突きたて食い破ろうとしている蟲をチャンピオンは構築した防御魔術を炸裂させる事でその全てを吹き飛ばし、殺しつくした。

「なるほど、イレギュラーサーヴァントが一騎とは限らないと言うわけか」

お父様は海魔を取り込んだであろう向こうのチャンピオンを見ていたのだろう。二騎居るチャンピオンにもどうやら自分の中で納得したようだ。

「それで、その娘を連れてきて私と交渉でもしたいのか?残念だけど、その娘は間桐の娘だ。以前は確かに私の娘だったかもしれないが、それを材料に私と交渉は出来ないと思ってくれたまえ」

「時臣っ、貴様っ!」

魔術師として弱みを見せないお父様と、それに食って掛かる雁夜おじさん。桜はお父様の言った言葉の意味を理解しようとしてショックを受けている。それもそうだ。彼女にしてみれば間桐に養子に出されたと言う記憶があいまいなのだから。

「なるほど。あなたはそっちの白髪の人とは違い体の芯まで魔術師なのね…それは魔術師として尊敬するけれど。…そうね、チャンピオンの言葉の意味が本当の意味で分かったわ。人を助けると言う事は、その人間の全てに責任を持つと言う事だと言った彼の言葉が」

「何を言っているのだね?」

お父様は本当に意味が分からないと言う感じで聞き返した。

「そっちの白髪の人は知っているでしょう?桜が間桐の家でどう言う扱いをされていたか」

「は?…あ、ああ…当然だ。俺は桜ちゃんを助ける為に聖杯戦争に参加しているんだからな」

「桜を助ける?それはいったい…」

「時臣っ!お前は知っているか?間桐の魔術を扱うにはまずその身体を蟲に貪り食わせる事から始まると言う事をっ!それは全身をくまなく蹂躙される事であり、心を征服される行為だ。桜ちゃんはその歳ですでに純潔すら蟲に貪られていたんだぞっ!その行為を看過して接触を立った挙句にそれが桜ちゃんの為だと?ふざけるなっ!」

「なっ…!?」

雁夜おじさんの言葉にお父様は言葉を失う。

桜は雁夜おじさんの言っている意味がまだ分からないのか疑問顔だった。

…まぁ、…その…じゅ…純潔がどうのって事はまだ知らなくても良い事よね、うん。

「まぁ、干渉不可。それが両家の取り決めだったのだろうけれど、あなたはこの娘を救ったと思っているようだけど、実際は地獄に落としただけ。干渉不可の取り決めはせずに様子だけでも窺っていたら、さすがにあなたも気が付いたでしょうに…」

いや、その不干渉のルールを守ったバカは私も同じだったか…私が魔術で痛い思いをしている分、桜は幸せで居ると思っていた私はかなりのバカだ。

一つの行為で人間一人を救う事は出来ないんだ。だからチャンピオンは人を救った事はほとんど無いと答えたし、助ける時は最後までと言ったんだ。それが、お父様と対面してまじまじと分かる。

うん、私があの時、桜の命だけを助けて欲しいとだけ言ったなら、きっとチャンピオンはイリヤの命令でも助けてくれなかったに違いない。

人を助けると言う事は、その人と縁を結び、その後の人生にも干渉する事なのだろう。

例えを上げるなら、飢えで苦しんで自殺しようとしている人へ一時の飢えを凌ぐ為の食べ物を与えても意味が無い。その食料が尽きてしまえばまた飢えに苦しみ、自殺するだろう。だから時間を掛け、その人が飢えに苦しまなくて良いように自分で生きていけるだけの環境を作り、そして見守る事がその人を助けると言う事なのだろう。そうでなければただの無責任だ。

それが分かると衛宮くんの歪さが浮き彫りになってくるが、今は関係の無いことか。

「もしかして、間桐の家を石化させたのは君達の仕業か?」

「ええ」

雁夜おじさんの問いかけに頷く。

「何のために?」

「動機は私自身の為だから教える必要は無いわ」

そもそも私が桜を助けると言う動機を説明する事は出来ない。それを説明しようとすれば私が平行未来の桜の姉だと言う事実を話さなければならず、荒唐無稽すぎて、お父様は理解はするが信じはしまい。

「桜ちゃんの髪の色が戻っている理由は?」

「チャンピオンが桜に刻まれたさまざまな傷跡を無かった事にしてくれたのよ」

「無かった事?」

呟く雁夜おじさんと、黙って推察するお父様。

そう。もう桜を元に戻そうとするには無かった事にしか出来なかったのだ。

「彼女は一年前の桜よ。この一年は無かった事に彼女の中ではなっている」

魔術師では出来ないような行為も、サーヴァントと言う奇跡の存在の力なら、魔法のような現象さえ可能なのかもしれないとお父様は思うだろう。

まぁ、間違ってはいないだろうけれど、チャンピオンの能力は異常よね…

「そっちのこの娘の父親の魔術師さん。貴方に聞くわ。貴方は魔術師?それともこの娘の父親?どっちかしら」

「ぐっ…」

返答に詰まるお父様。

父親だと答えればこの娘を助けない訳にはいかなくなるし、魔術師だと答えれば冷酷に見殺しにするだろう。

「別に桜を貴方に返しても良いのだけれど、それは助け出した手前、かなり無責任だわ。そもそも貴方は何故桜を養子に出したのかしら?」

「それは…君も魔術師なら分かるだろう?二子を設けた魔術師の悩みだ。魔術を継承させるのはどちらかだけだ。確かにそれだけならば問題はなかった。桜には平凡かもしれないが普通の人生を歩ませてあげられただろう。…しかし、私の娘は二人とも優秀すぎた。とても魔術を教えないと言う選択が出来ないほどに…強い力は強い魔を引き寄せるのは分かっているだろう?強い力を持ちつつも魔術の扱えない我が子には自衛の手段は無い。だから間桐の申し出は天啓だと思った…いや、思っていた…」

魔術は扱う者が増えれば増えた分だけ薄まるものだ。だから魔術師は増えすぎないようにと家系を自分たちで管理している。

それが嫡子のみが魔術を教えられると言う風習になっているのだ。

その風習を逃れるには魔術回路の枯れた魔術師の所へ養子に出し、魔術を覚えさせると言うのは確かに良い手だろう。

しかし、桜の置かれた状況を考えればお父様に返しても桜を守ってやる事はできないと言う事だ。

「それじゃ、そっちの白髪の人。あなたの目的はこの娘を助ける事だと言ったわね。あの蟲蔵からは助け出し、体も傷も心の傷も元に戻したわ。確かに得体の知れない魔術師が連れていると言う状況だけれど、あなたの望みは半分は叶っている。あなたは桜をあの蟲蔵から出してどうするつもりだったの?」

「それは…桜ちゃんを葵さんに返して…それで…」

「それで?」

「以前のように葵さんと凛ちゃんと三人で暮らせたら良いなと思ったんだ…」

そこにお父様が含まれ無いのは彼が歪んでいる証拠か。

命を賭けて誰かを救い、そして力尽きる。物語では感動を誘うかもしれないけれど、雁夜おじさんの場合、見方を変えればただの自己満足。

桜を救った気になって気持ちよく死ねるだろう。だが、それだけだ。彼では前述の通り、ただ食料を分け与えるだけに過ぎない。

「桜は助け出した。間桐の当主ももう居ない。あなたは戦う理由がもう無いと思うのだけど?」

「あっ……」

ああ、駄目だな。と思う。

二人とも駄目だ。

こんなでは桜を返す事なんて何の意味も無い。

「桜。もう少しだけお姉ちゃんと一緒に居てくれる?」

「え?」

私の問い掛けに戸惑う桜。

「あそこに居るのがただの父親なら、私はあなたの幸せを願い、彼に返すわ」

普通の父親であり、桜も普通の子供ならば親元に帰すのが一番なのかもしれない。だが…

「だけど、あそこに居るのはあなたの父親である前に魔術師なの。幼いあなたには未だ魔術師がどう言う物か分からないかもしれない。だけど、私も含めて魔術師なんて言うのはろくでなしが成る物よね」

いえ、ろくでなしが魔術師になるのではなく、魔術師がろくでなしになるのか…

「よくわからない…」

「桜も大人になれば分かるわ。あなたは魔術師にならないと言う選択は出来ない運命なのだから…」

だけど、それでも…

「待ちたまえ。桜を連れて行かせはしない」

それは父親としての良心から出た言葉だろうか。

「だったら、あなたは父親として聖杯戦争から降りることね。聖杯戦争にマスターとして参加している以上、命の危険は伴うし、生き残れる可能性は低いのだから。死んでしまうかもしれないあなたに桜を返す訳には行かない」

できるの?と問うとあからさまに視線を外した。

それはそうだ。聖杯の取得は根源への一歩だ。根源を目指す魔術師としてはこの機会をみすみす棒に振る事は出来ない。

だから、桜と聖杯とを天秤に掛けてなお桜に傾くのでなければ、今の彼に桜を返す事は出来ない。

「聖杯戦争を生き残ったらまた同じ質問をするわ。だから、最後まで生き残って…」

最後の私の懇願に近い言葉はお父様に聞こえただろうか。

「今日は帰るわ。また後日会いましょう」

そう言って踵を返そうとした時、いきなり雁夜おじさんが胸を掻き毟りながら倒れこんだ。

「ぐっ…がはっ…」

「きゃっーーーーー」

吐血でコンクリートを紅く染める雁夜おじさんに桜が絶叫し、私の後ろで震えている。

「バーサーカーの維持で魔力が枯渇したか…バカな奴だ」

倒れこんだ雁夜おじさんを一瞥するお父様。

空を見ればアーチャーと激しい戦闘を繰り返していたバーサーカーが消失している。

雁夜おじさんの魔力枯渇で実体化を維持できなくなったのだろう。

雁夜おじさんはと言うと彼はもう虫の息だった。このまま何の処置もしないままではきっと助からない。

だけど、私も、お父様でもおそらく彼の延命は殆ど出来まい。

今、この瞬間を生きながらえてもこの聖杯戦争中で朽ちそうなほどに彼の生命力は枯渇している。

「どれ、せめてもの情けだ。私が介錯してやろう」

そう言ったお父様は魔術礼装であるステッキに魔力を通すと、ステッキの末端を雁夜おじさんの心臓に突き立てた。

「ぐっ…がっ!…ぁ…ぉ…ぃ…さ…」

敵のマスターを殺すのはこの聖杯戦争に参加している魔術師達の暗黙のルール。しかし、それを幼い桜が理解できるかと言えばそれは別だ。

人殺しをしたお父様を驚愕の表情で見つめ、お父様の桜に向けられた視線から隠れるように私の後ろへと逃げ込んだ。

「…くっ」

それを何処か辛そうに眺めると顔つきが魔術師としてのそれに変わる。

「今日はこれで帰ります」

私は桜を抱えるようにして踵を返す。

「私が帰すと思っているのか?」

「貴方が令呪でサーヴァントを呼ぶ前に私のサーヴァントなら貴方を殺す事が可能よ。例えマスターが死んでもサーヴァントは直ぐには消えないとは言え、貴方は確実に殺せます」

殺したくは無いけれど、現状は分かっているはずだ。

桜の事を考えるとやはり今のお父様には返す事は出来ない。

私は後ろで震えている桜を抱きかかえ、チャンピオンを伴ってその場を去った。



セイバーとアイリスフィールは来日初日での激戦があった倉庫街へとやってきていた。

もちろんランサーとの果し合いをするためである。

「遅いわね、ランサー」

しかし、待てど暮らせど一向にランサーはやってこない。

ランサーがセイバーとの約束を破るとは考えにくい。と言う事はマスターが来るなと命じたか、もしくは来れない様な状況に陥ったかだ。

セイバーはアイリスフィールの呟きに答えずに、神経を研ぎ澄ませ、今か今かとランサーを待っている。

キキーッとブレーキ音が響き、車が止まると、そこから現れたのは久宇舞弥だ。

「舞弥さん?」

「マダム、ランサーのマスターの所在が分かりました。切嗣が先行して見張っていますが、マダム達も向かっていただきたい」

「む?ランサーはそこに居るのですか?」

そのセイバーの問いには舞弥は答えずに、地図をアイリスフィールに渡すと、用件は済んだとその場を去った。

後には投げかけた言葉を無視されて憤るセイバーとアイリスフィール。

「…行きましょうか、セイバー。セイバーもランサーとの決着は付けたいでしょう?」

「…無論です」

しかし、この場に現れないランサーに何処か納得がいっていないのか、その表情は憮然としていたが、アイリスフィールと二人で車に乗り込むと夜の倉庫街を走り去っていった。







若干の違いはあれど、この後ランサーは脱落する。

ケイネスに授与されるはずの令呪が存在しない今、それを確かめた切嗣はソラウを何の感慨も無く殺し、ランサーへの魔力供給をカットしたのだ。

供給源を絶たれたランサーは、片手の負傷があるとは言え気力の充実していたセイバーにかなわず、打ち倒されたのだ。

これで残りのサーヴァントはアオ達を抜かして3名。物語りも大詰めだった。



衛宮切嗣は大いに焦っていた。

サーヴァントの脱落は着実に進み、セイバーの片手を封じ込めていた魔槍での傷も解消し、サーヴァントも健在だ。

だがしかし…現れるはずの無い八番目のサーヴァント。そして、それを一番怪しみ、近づけさせないはずの舞弥が全くの不審を抱いていない。それどころか、アイリスフィールの側に居る彼らイレギュラーの報告すら上がってこない。

チャンピオン一向がアイリスフィールと共に居る事は、別の問題でアイリスフィールに接触しようとしたときに偶然知り、結局彼女とは接触せずに立ち去った。

外から見れば異常な光景も彼女達には正常だとすればあのイレギュラーたちはかなり高度な暗示の能力を使えるという予測が容易に立ったからだ。

更に切嗣を苛ませるのはアイリスフィールから語られた切嗣がアイリスフィールに接触しようと思った原因。自身が聖杯の器として機能していないと言う不具合。

切嗣の絶対的な優位性は最優のサーヴァントを引き当てた…からではない。

聖杯戦争のシステムとして必要になる聖杯の器を所持している事だった。

これさえ手にしていれば、サーヴァントの脱落は必須だが、必ずしも自身のサーヴァントが生き残っている必要性は無い。

いや、第三魔法の再現や、根源に至る為には寧ろ最後には自身のサーヴァントを自害させ、七騎全部のサーヴァントの魂を贄に捧げる事が望ましいだろう。

逆に言えば、サーヴァント戦を生き残ったとしても、聖杯の器を確保できなければ、聖杯の降臨は出来ない。

切嗣にしてみればこの戦いはほとんど勝ちが決まっているゲームなのだ。

だと言うのに、この冬木の地に降り立ち、稼動するはずの聖杯の器が稼動していない事は、切嗣にとって根本を覆された事に等しい。

いや、聖杯を求める1プレイヤーの身分に落ちたのならばまだ良い。それならそれで絶対に勝ち残ってみせるまでだ。

だが、アインツベルン以外に用意できないはずの聖杯の器が起動していないとなると、すでにこの聖杯戦争での聖杯の降臨すら怪しい。

予想外の出来事が続き、精神を落ち着け考える為に吸ったタバコの数はすでに1カートンを軽く越えてしまっていた。

イライラは募るが解決策が見当たらない。

唯一聖杯の器として辺りを付けられるはあのアイリスフィールの側に現れたホムンクルスであろう少女。

彼女が今回の聖杯の器の本命としてアハト翁に送られてきたと考えてみれば、これは何とも最悪だった。

何せ、あのサーヴァントは得体が知れない。

マスターの能力で透視したチャンピオンの能力ではおそらく高火力宝具を有した宝具特化型だろう。

しかり、そうと決め付けるは危険だと長年の経験からの警鐘が鳴っている。

「くそっ…」

と切嗣は悪態を吐くと吸い終えたタバコの火を灰皿に押し付け鎮火させると、新しくタバコに火をつけようとして、止めた。

事態は最悪だが、此処でただタバコを吸っていても事態は好転しない。だったら、先ずは他のサーヴァントを排除すべきだ。

そう考え、切嗣は夜の街へと消えていった。



「ぐっ…」

「イリヤ?」

クロックマスターを使い修繕した衛宮邸の居間で紅茶を飲んでいたイリヤが突然胸を押さえて嗚咽を洩らした。

「ランサーが倒されたみたい」

「これで四騎…大丈夫なのか?」

「まだ大丈夫よ。ただ、此処からはちょっとつらいかな…」

イリヤのキャパシティーでも人間の機能を維持したままでいられるのはこの辺りが限界か。

残り三騎。聖杯戦争も正に大詰めと言った所だろう。

しばらくすると、落ち着いたのか、容態が安定してくる。

丁度その時、衛宮低に凛達が帰ってきた。

凛に引っ付くようにして離れない桜の表情は蒼白でふるふると震えているのが分かる。

落ち着かせるように紅茶を差し出すと、おずおずと嚥下しようやく少し落ち着きを取り戻したようだ。

「何か有った?」

俺は凛にではなく、同行していたソラへと問い掛けた。

「目の前で自分の父親が人を殺せば普通はこうなるわ」

聞けば凛の父親がバーサーカーのマスターを介錯したらしい。

聖杯戦争は殺し合いとは言え、桜にしてみればショックはでかかっただろう。

遅れて明け方にアイリスフィールとセイバーが帰宅したが、イリヤ達は既に就寝していた。









遠坂時臣は考える。

先ほど紅い服を着た魔術師の女性に問いかけられた言葉を。我が子が受けた仕打ちを。

自分がただの平凡な父親なら、桜にはもっと明るい未来があったに違いないのだ。

自分が凡俗であるが故に我が子に天才が二人も生まれると言う僥倖に魔術師として嫉妬し、しかし先達者としてより良い未来を歩けるように心を砕いたつもりが、まさかそんな事になっていようとは…

聖杯戦争を降りろと彼女は言った。

それは至極当然だ。

サーヴァントを自害させ、教会に逃げ込めば、表向きのルールとしては存命できる。

が、しかし…

イレギュラーが居るとしても、あともう少しなのだ。

既にサーヴァントの脱落は進みつつある。

此処まで来て、あと少しで手が届くかもしれない奇跡を手放せる魔術師が居るだろうか?

居るわけが無い、と時臣は自嘲する。

結局答えは魔術師であるか、そうでないかの二択なのだ。

そして時臣は後者を選べない。

選べないのだからこのまま進むだけだ。と、再確認した時臣は残りのサーヴァントの対策へと思考をスライドさせていった。

物語はズレる。

ほんの少しの食い違いが、大きな結果となって道を作ってゆく。

本来なら、遠坂時臣は言峰綺礼の手によって殺され、そのサーヴァントを奪われるのだ。

だが、しかし…

聖杯問答でのアオによる食事のもてなしでギルガメッシュはその欲望の幾分かが満たされ、分け与える令呪の無い璃正はケイネスに難癖つけて会う事をしなかったために存命し、間桐雁夜は綺礼が助ける前に絶命している。それら、一つ一つは些細な食い違いが言峰綺礼の抱える本質的な闇の蓋が開くのを邪魔している。

その遅延は明確な差となり、物語は違う結末へと向かってゆく。




夜が開け、朝日が昇り、中天に日が差し掛かった午後。

衛宮邸の居間で暖を取っていると、ふすまを開け、舞弥さんが入出する。どうやらどこか出先から戻ったようだ。

どうやら聖杯戦争に関係のある事柄のようで、アイリスフィールと連れ立って席を外した。

席を外す一瞬で、俺は舞弥さんに万華鏡写輪眼『八意(やごころ)』を発動。此処に来た用件を読み取った。

読み取った情報からすると、遠坂時臣からの同盟の申し入れがあったらしい。

なるほど。

流石のギルガメッシュでも時臣にしてみればライダーの宝具は脅威なのだろう。

夜を待ってアイリスフィールとセイバーは遠坂時臣と会うべく出て行った。

ギルガメッシュの性格的に考えて、セイバーと共闘は考えられないが、さて…

「残りのサーヴァントは3騎。今夜の会談次第では状況が一気に動くだろうね」

時臣がアインツベルンに共闘を持ち込んだと言う事は、ライダーを先にどうにかしたいのだろう。

あの固有結界はとてつもない脅威だ。

「早ければ今日にも聖杯戦争の勝者が決まると?」

と、凛が言う。

「二対一でライダーを倒して解散とは行かないだろう。ライダーが勝てばそれで、負ければセイバーかアーチャーの消耗の具合の軽度な方が仕掛け、殲滅するんじゃないか?」

それで聖杯戦争は終わる。

凛には凛の思惑があり、桜とソラを連れて夜の街へ。

俺はイリヤと共にやはり冬木の街へと繰り出す。

夜の冬木市に猛るサーヴァントの気配が感知される。どうやら戦いが始まるようだ。

イリヤに言われ、そちらへと飛んで駆けつけると、一歩及ばず。既に戦いの突端は開かれているようだ。

「ライダーとセイバーか」

ライダーは戦車に跨り空を駆け、それを追うように市街地の屋根を蹴りながら追いすがるセイバー。

追いすがったセイバーが剣を振りかぶり、正に一太刀あびせようかと言う時、ライダーの周囲が光り輝き、一瞬でセイバーを飲み込みつつ、両者とも現実から姿をくらませた。

固有結界を使ったのだろう。

「これは決まったね」

「そうね。セイバーじゃあの固有結界には勝てそうも無いもの」

俺の呟きに同意するイリヤ。

セイバーの宝具はあの対城宝具であるエクスカリバーの砲撃だ。

威力、レンジ共に申し分ない威力だが、あの天性の才能を持つ凛ですら二発が限度と言う代物だ。多くて二発のエクスカリバーであの軍団を壊滅させる事が出来るだろうか?

さらにライダーが優位なのはマスターが戦車に同乗していたことだろう。

令呪のバックアップが戦局の推移と共に得られるライダーは途轍もなく有利であり、逆にマスターの援護が無いセイバーは苦しい。

「お母様は…よかった、固有結界外にいるみたい」

心配そうに夜空を見上げる銀髪の女性の姿を発見し、イリヤは安堵の声を上げた。

数分後、順当な結果としてライダーが現れ、セイバーが去る。

「うっ…」

イリヤの中にセイバーの魂が入ってきたのだろう。

「大丈夫……ごめんね、チャンピオン。迷惑をかけちゃうわね」

「いや…」

さて、大魔術の行使で消費が激しいライダー。

これを討つなら今だろう。

遠坂時臣がこのチャンスを見逃すだろうか?

…いやまぁ、ギルガメッシュの性格上一筋縄では行かないだろうが、最後の戦いだ。令呪を使えばどうとでもなるか。

しばらく見ていると、ギルガメッシュが現れ、場所を冬木大橋に移して始まる二戦目。

固有結界にギルガメッシュを取り込んだはずだが、ほんの少しの間を置いて、再び現れた。

ギルガメッシュの手にいつか見た乖離剣が握られている所を見ると、一つの世界とも言える固有結界を、その能力で切裂いたのだろうか。

固有結界が効かないとなれば現実での戦車での戦となる。ライダーは死を覚悟したのか、己がマスターを道路に下ろすと空へと駆け上がる。

空を駆けるライダーに、ギルガメッシュも空を飛ぶ羽の付いた船を駆り空中へ。

突進を武器とするライダーと、宝具の射出と言う武器があるギルガメシュ。

天かける牡牛は宝具に刺し貫かれ飛行能力を失い、黄金の戦車は削られていき、最後はライダー諸共霞と消えた。

此処に聖杯戦争の勝者が決定された。

「くっ……」

「頑張れるか?」

ライダーの魂を回収し、意識すら保てるかと言う状態になったイリヤを気遣う。

「うん…だいじょう…ぶ…大聖杯を起動させるための地脈の高まりまではまだ時間が有るけれど、小聖杯としてなら直ぐにでも降臨準備に入れるわ…チャンピオン。円蔵山に行ってちょうだい…」

弱々しいイリヤは見ていられない。

彼女が何をしたいのかはまだ分からないが、大災厄を引き起こす類ではないと信じている。



手の甲に有った令呪が消えたのを見て、切嗣はセイバーが負けた事を悟る。

所詮、正義だなんだと正面からしか戦えない騎士には残りの二騎は勝てる見込みが無かったから分かっていた結果だ。

しかし、それでも当初の予定なら問題は無かったはずだ。

聖杯の器は自分たちが握っているのだ。それさえ手放さなければ聖杯降臨後の一つの願い、「世界平和」の願いをかなえるまでの間だけの時間が有れば良いし、聖杯降臨の場所は幾つか候補あるから何処で降臨させるのかはこちらが決めれるのでたとえ勝者とはいえ相手は直ぐには現れまい。

だが、結果は予想をはるかに逸脱し、根底が覆されていた。

聖杯として機能するはずのアイリスフィールはまったく聖杯として機能せず、幸か不幸かまだ人としての機能を維持している。

しかし、聖杯戦争としてのシステムとして呼ばれた英霊の魂は小聖杯に回収されるはずだ。

と言う事は、大きなバグでもない限りはアイリスフィールを上回るスペックの小聖杯がこの街に有ると言う事だろう。

聖杯の器には見当をつけてある。

アイリスフィールの近くに居るホムンクルスの少女。アイリスフィールが機能しないのならおそらくアハト翁が冬木の街に自身の思惑で送り込んだのだろう。

しかし、それを押さえようとしてもその近くにはイレギュラーサーヴァントが警護している。

セイバーを失った現状では手が出せない。

しかし、聖杯の降臨にはそれなりの霊地が必要であり、儀式を執り行うならば候補に上がる五つの内どれかを押さえなければならない。

遠坂の家はまず無い。だからその他の地で網を張れば向こうからやって来よう。

確率が高いのは円蔵山か。その他の地にも感知センサーを仕掛け、誰か人が来れば分かるように準備をして自分は円蔵山を見張る。

来た。

舞弥からの連絡でどうやらアーチャーがライダーを降したとの連絡が入ったのでそろそろだとは思っていた。

なるほど、此方の読みどおりにどうやら此処で今回の聖杯降臨を行うらしい。

アインツベルンの宿願である第三魔法の再現には全てのサーヴァントの魂が必要だ。

いや、今回は8騎いるのだから、最後は自分のサーヴァントを自決させれば一騎残っていても条件は揃うだろう。

あの護衛さえ居なくなればまだ十分聖杯を得るチャンスはある。

もう少し、もう少しだ。と、切嗣は息を潜めてその時を待つ。



時臣はとあるビルの屋上からアーチャーとライダーの戦いを観戦し、ライダーの脱落に歓喜していた。

これで今回の聖杯戦争の勝者は時臣になったからだ。

静かな喜びで体が震えている時臣を一瞬で現実に戻したのは鈴のような少女の声が後ろから掛けられた時だった。

「今回の聖杯戦争の勝利、おめでとうございます。遠坂時臣さん」

ばっと後ろを振り向けば、昨日の紅い服を着た少女がイレギュラーサーヴァントと桜を連れて背後に迫っていた。

「君は…」

アーチャーを令呪で呼ぶか、と一瞬考えるが、その間を相手は与えてくれまい。現れる一瞬前に自分は殺されるだろうと迂闊な事を避ける。幸いにして相手は会話をしたいようだった。

「昨日の答えかい?」

「ええ。…とは言っても、今回の聖杯戦争の勝者は貴方。その答えはもう少し先送りしても構わないでしょう」

凛にしてみれば確実に自分たちが来た影響であるのだろうが、聖杯戦争の勝者になった父、時臣にまずこれからの事を問う。

「戦争の勝者は貴方でしょうが。聖杯の器は手に入れましたか」

「あっ…」

時臣はうっかりしていた。幾ら降霊儀式で聖杯を呼び出すとは言え、聖杯の器を用意するのはアインツベルンだ。その確保がなければ聖杯の降臨などありえない。

そしてアインツベルンが容易く他者に聖杯の器を譲らないだろう可能性を思いつく。

「あきれた…」

どうすればと思考していた時臣だが、目の前の少女に彼女のサーヴァントが何事かを耳打ちしている。

「はぁ?まぁ良いけれど」

と声を上げた後、凛は時臣に告げる。

「聖杯の降臨の準備が整ったらしいわ。場所は円蔵山、柳洞寺の境内だそうよ」

「なっ!君達が聖杯の器を確保したのかっ!…いや、それを私に伝えてどうしようと言うのだ?」

「もし今回の聖杯が文字通り万能の釜だとしたら何も問題は無いわ。聖杯を貴方に渡し、遠坂の家が根源への足がかりを得た事を賞賛するわ。だけど、そうでなかったら……いえ、なんでも無いわ」

「凛。アーチャーが戻ってくるわ」

ソラがサーヴァントの気配を捉え凛に退席を進める。

「それじゃ、私達は先に柳洞寺に行ってますね。桜、今はお姉ちゃんに付いてきて」

「う、うん…」

おずおずと桜は目の前の父親から視線を反らすと凛の腕へと収まった。

「桜っ…!」

呼び止めて、何かを言おうとして詰まった時臣を置き凛達は円蔵山へと飛んで行った。

時臣からは刺客になる反対側のビルの屋上でスナイパーライフルのスコープを覗いていた舞弥は乱入した凛たちに驚き、さらにソラとスコープ越しに視線が合った事で時臣の殺害のタイミングを逸したのは誰にとっての幸運だったのだろうか。

舞弥は切嗣からの連絡を受け、状況を報告すると闇にまぎれて自身も移動する。円蔵山、柳洞寺へと。



円蔵山、柳洞寺。

寺の中の住職以下の居住者には写輪眼で暗示を掛け下山させ、万が一の被害を抑える。

これでこの山一帯には普通の人間はいない。

凛達は時臣を監視していたようなので、念話でソラに勝者である時臣を柳洞寺へと誘導してもらう。

聖杯降臨の儀式は行うが、まだ俺達にはそれが汚染された物か、そうでないのかの確証が得られていない今、一応の勝者である時臣には参列させる方針だ。

寺の敷地の中は円も駆使してくまなく気配を探り、誰も存在していないのは確認できたが、ある種の結界に覆われているこの柳洞寺では林の中に潜まれていたらサーヴァントである俺達では察知できない所が少々不安ではある。

しばらくするとソラが凛と桜を連れてやってきた。

「聖杯降臨の儀式を行うのね?」

と言う凛の問い掛けに、俺が支えていなければ立つ事もまま成らなくなってしまったイリヤがそれでもしっかりした声で答える。

「ええ。それで、もしこの聖杯が汚染されていたら…」

「あなたを淀みから助け出すのは私の仕事ね。サーヴァントではあの汚染にはたちまち飲まれてしまう可能性が高いわ」

「ええ。お願いするわ。その後は…」

「聖杯の破壊。令呪もあるしチャンピオンも居る。被害が出る前に吹き飛ばしてあげるわよ」

凛がイリヤの願いを受け入れ準備は完了する。

遅れて時臣とギルガメッシュが境内にやってくると距離を取って歩みを止めた。

「ほう、此処で聖杯の降臨に望むのか」

見ものだな、とギルガメッシュが両手を組んで横柄に言い放った。

対して時臣は勝者であるはずが、俺とソラのサーヴァントがまだ二騎存命している事で、自決させなければならないギルガメッシュを手放す事が出来ず、何ともいえない表情だ。

時臣はイリヤが自身のサーヴァント…俺とソラを自決させ、七騎すべての魂をくべる事を期待しているようだが、イリヤにその意思は無い以上実現はしない。

「貴方が今回の聖杯戦争の勝者ね?トオサカトキオミ」

「ああ」

「それじゃぁ、わたしは聖杯の運び手として、また器として勝者に聖杯を委ねましょう」

イリヤを急遽柳洞寺から引っ張り出してきた祭壇の上に降ろし、俺はイリヤから距離を取る。

イリヤは目を閉じ、精神を集中させるとほのかに体が発光しながら宙に浮いていく。

しかし、厳かだったのは此処まで。

「やっぱりか…」

イリヤの背後に黒い孔が開き、中から大量の呪いが泥となってあふれ出してきたのだ。

「これは何とも醜悪だな」

ギルガメッシュは率直な意見と共に興味を無くす。

「これはっ!?」

「これが聖杯よ」

「これが聖杯…だと?」

驚きの声を上げる時臣に凛が解説を加える。

「やっぱり汚染されていたわね。この冬木の聖杯戦争はもう無色透明の魔力の塊ではなく、醜悪な呪いの塊に変化してしまった。…呪いとは言え高純度の魔力の塊ではある。これをうまく制御できれば根源への到達も可能かもしれないわ。…だけど、この呪いは貴方程度が制御できる物ではない。制御を離れたこの聖杯は破壊の力を伴って世界を呪いで埋め尽くすでしょうね」

「…ばかなっ!」

説明する間も黒い泥は地面に垂れ流されては焼いていく。

根源へ至る可能性は確かにまだ残されている。

魔術師は死を身近に感じ、覚悟し、日々研鑽している。根源への妄執は魔術師として純粋で真摯なほど高く、また捨てられない。

現に時臣もこの緊迫した状況で葛藤に時間を使っている。

それほどまでに魔術師としては根源への足がかりは魅力的すぎるのだ。

ガサリと木の葉が揺れる音がしたかと思うと、常人には残像しか映らないほどの速度で何者かがこの状況下で取りえる最善の位置取りから駆け出し、一息で時臣の腕を背後から捻り上げ、そのこめかみにいまどきの銃にしては古めかしい大き目の拳銃の銃口を突きつけた。

俺とソラはといえば乱入者に気が付いた瞬間に取り押えるよりも守る方に体を動かした結果、時臣までは手が回らなかった。

ギルガメッシュは此処まできたらマスターがどうなろうと関係ないと動かなかったのだろう。

「衛宮切嗣…」

チラリと横目で後ろを確認した時臣が自分に銃口を突きつけている誰かの名前を呼んだ。

「ああ、他の連中も動かないでくれ。サーヴァントには効きはしないだろうが、ここら辺りを一片で吹き飛ばせるほどの量の爆薬を仕掛けてある。僕に何かあれば直ぐに起動し、君達のマスターを木っ端微塵に吹き飛ばすだろうね」

なるほど。

確かに普通の人間、いや、魔術師に対しても有効かもしれない。

切嗣は巧みに時臣を盾に使い、此方からの魔術的な干渉を受け付けないように陣取った。

「衛宮切嗣…何が目的だ…いや、問われるまでも無い事だな」

魔術師である時臣としては目の前の聖杯の奪取が目的だと考えたようだ。

「君が何を思ったかは知らないが、僕の言う事を聞かなければこの引き金を引く」

「くっ…」

ギリっと奥歯をかみ締める時臣。

「要求は何だ?」

時臣が驚愕を胆力で押さえ込み、切嗣に問いかける。

「あの聖杯を貴様のサーヴァントに破壊させろ。邪魔するのならあの二体も貴様のサーヴァントに排除させるんだ」

「なっ!?」

「ほう、雑種が(おれ)に汚物の掃除をさせようというのか。(おれ)にそのような事を命令したくば全ての令呪を使うのだな」

時臣は躊躇する。

時臣の令呪は残り二画。

一つを俺とソラの排除に使い、最後の一つで聖杯の破壊を命令した所で使い切る。

現界する魔力を都合よく使い切れば良いが、そうでなければ最後に手痛い反撃が待っているかもしれない。

最後はやはり自決用に取っておきたいのだろう。

だが…

「私達の目的もこの汚染された聖杯の破壊。だからあなた達があの孔を破壊したいと言うのなら邪魔はしないわ」

と凛が俺達の目的を答えた。

それにそろそろ此方も動かなければ成らない。

凛は宝石を取り出し飲み込むと大幅に魔力を増大させ泥の中へと入っていった。

サーヴァントである俺とソラは入っていく事は叶わない。肉体と言う殻を持たない今の俺達では一瞬で黒い泥に汚染されてしまうだろう。

「なっ!?」

時臣の上げた驚きの声はどっちだろうか。泥の中に入っていった事か、それとも宝石を飲み込んだ事か。

凛は泥を掻き分けて祭壇へとたどり着くとイリヤを孔から切り離し、抱え上げると来た道を戻るが穿たれた孔は塞がらない。

「大丈夫?イリヤスフィール」

「大丈夫よ、凛…」

迂闊な凛の言葉に耳ざとく状況を窺っていた切嗣が息を呑む気配が感じられた。が、今はそれは関係ない。

イリヤは無事に聖杯から切り離され、切り離された結果孔は塞がらず拡大を続けている。

ガチャリとグリップに掛かる金属が引き絞られるような音が聞こえる。それに慌て観念したのか、しかし何処か晴れ晴れとした表情を浮かべながら一度時臣は自身の令呪を一瞥したあと視線をギルガメッシュへと向ける。

「王よ、お願いしたき儀があります」

「一応聞いてやるぞ、申してみるが良い」

「はっ。
此度の聖杯戦争で得られる聖杯はまがい物にございます。あれは王の蔵に(ぞう)されるべき物ではございません。王自らの至宝にてあの孔を吹き飛ばしてはもらえまぬでしょうか」

「ふむ。そんな物は庭師の仕事だと言う所だが、あの泥は見るに耐えぬ。貴様が令呪の一画を使い(おれ)をひと時律する事を許そう」

「ありがたきお言葉…」

時臣は令呪に魔力を送って発動させる

「英雄王に令呪を持って願い奉る。王の至宝の輝きにて聖杯の破壊を」

「良かろう」

おや、これは俺達は必要ないかもしれない。

ぐんと令呪によるバックアップにより大量の魔力がギルガメッシュを猛らせると、後方から一つの剣のような筒を取り出しその柄を握る。

筒の中が回転し、辺りの魔力を食らうと真名の開放と共にギルガメッシュは穿たれた穴に向かって振り下ろす。

「天地乖離する開闢の星っ!《エヌマ・エイリシュ》」

放たれた一撃は世界を断ち切る力を持って聖杯が穿った孔を吹き飛ばし、破壊しつくした。

閃光と暴風が止むと切嗣はすでに消えていた。

彼はあの災厄を止めるだけに現れ、そして結果を得た以上用は無いと身を隠したのだろう。

ギルガメッシュは特にこの世界に面白みは感じなかったのか、聖杯の破壊と同時に契約満了で座へと戻っていった。

特に誰かに言い置いた事も無いが、それは唯我独尊な彼らしい去り方だ。

「なんとか無事に終えたわね」

「そのようね。…まぁこれでお父様も父親としての考え方が出来るでしょう」

凛は時間を置いて心の整理が付くまで待つと桜を連れて時臣の所へと歩いていった。

俺はといえば、聖杯降臨の儀式で消耗したイリヤを休ませる為に一度衛宮邸へと戻る。



「ねえ、チャンピオン。お願いがあるんだけど」

「何だ?」

「あのね、アインツベルンの城まで連れて行って欲しいの」

「は?何で?」

「うん、ちょっと理由はまだ話せない。だけど、わたしにとっても、そしてこの世界のわたしにとっても悪い事じゃないはずだわ」

「イリヤの命令なら従うまでだが…」

「命令よ、チャンピオン。わたしをこの世界のあの冬の城まで連れて行って」

イリヤの中の何か覚悟を感じ取った俺は、イリヤの願い通り、転移魔法で雪の閉ざされたあの城へと転移した。

「あそこに行って」

イリヤを抱えたまま空中から進入すると、イリヤの指差した部屋の窓へと隣接する。

「チャンピオン、壊して」

言われた俺は、少し強引に窓ガラスを破壊して、潜り抜けれるだけの通路を作った。

バリンっ!

「え?なになにっ!?」

部屋の中から、突然の事に驚く子供の声が聞こえてくる。

声に核心を持ったのか、イリヤは俺を促し、窓を潜った。

「初めまして、イリヤスフィール」

「あなたは誰?」

イリヤが部屋の主、おそらくこの世界のイリヤであろう少女へと話しかけていた。

「それはまだ答えられないわ。チャンピオン、眠らせて」

説明も無いまま、またも無茶振りを…

写輪眼で睨み、この世界のイリヤ意識を奥底に沈めると、バタリと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる所をギリギリの所で受け止める。

バタバタと音を断って廊下を何者かが走ってくる気配がある。

「その子を連れて行くわ。帰りましょう、チャンピオン」

来る事も一瞬なら帰るのも一瞬。

誰かが駆けつけてくるより先に俺達はこの世界のイリヤを連れて衛宮邸へと戻った。

衛宮邸へと戻ったイリヤは土蔵へと向かい、魔法陣を用いた何かの魔術の下準備を整えると魔法陣の上にこの世界のイリヤを横たえ、自分もその横に寝そべりその手を取った。

「イリヤ…?」

イリヤのする事に意を唱える事はしないが、説明はして欲しい所だ。

「あのねチャンピオン。聖杯として造られたわたしは寿命がとても短いの」

「は?」

何を言っている?

「あのまま元の世界に居たとしても数年の命だったと思うし、…まぁ今回再び聖杯として起動したからきっともっと少なくなっているかもしれないけれど…」

「…それで?」

「うん。もっと別の世界ならとも思ったけれど、思いのほかこの世界はわたし達が居た世界と差異が無い。差異が無さ過ぎると言う事は、この子とわたしは同体と言う事」

まぁ、理屈ではそうなるかもしれない。

「この子も今のままではきっと20を越えられないわね」

だから、と前置きをしてイリヤは続ける。

「この子にわたしを同化させる。二人分の魂が有れば普通の人…よりは寿命は少ないかもしれないけれど、それなりに長生きできるわ」

うん…

「そんな顔をしないで、チャンピオン」

俺はどんな顔をしているのだろうか。

「同化して、どうなるんだ?」

「きっとこの子の中でわたしは眠る事になると思う。いえ、同化したのだから眠ると言うのはおかしいのだけれど」

「イリヤがこの子を吸収すればいい」

「そうね。…でもわたしは夢を見てしまったの。キリツグとお母様と三人で暮らす夢を」

でも、それは…その子のもので、今のイリヤの事では無い。

「大丈夫。この子もわたしなのだから」

イリヤは一度言葉を切ると俺を見てすまなそうに言葉を続ける。

「最後に、残った令呪を使ってチャンピオンにお願いするわ」

「どんなお願いだい?」

「『この子サーヴァントになってあげて』『この子をどんな外敵からも必ず守って』」

令呪が発動され、強大な魔力が俺を縛る。

「中々残酷な命令だね」

「うん、ごめんね。チャンピオン」

「イリヤの最後のわがままだ。その子が寿命で死ぬまではその願いを叶え続けよう。何、数百を生きた俺達には数十年なんてあっと言う間だ」

「うん、お願いね。チャンピオン」

イリヤはさよならとは言わなかった。

ただ、お願いと言って彼女は光の粒子となって隣の小さなイリヤへと吸収されていった。







程なくして小さなイリヤが目覚める。

「えっと、ここは?」

キョロキョロと辺りを窺う小さなイリヤへ片膝を折り視線を合わせる。

「サーヴァント、チャンピオン。今日から君の剣であり、盾だ」

「サーヴァント?」

まだ状況が良く分かっていないイリヤは小首をかしげ、そう呟いただけだった。



俺は、混乱する小さなイリヤを抱き上げると小さく抗議の声を上げる彼女を無視し、土蔵を出ると衛宮邸の門の外に此方を窺っている二つの気配の方へと歩を進めた。

「キリツグ、お母様っ!」

「イリヤっ!」

門の外にはアイリスフィールと、何処か警戒している衛宮切嗣の姿があった。見えないが、距離を開けた所に舞弥さんの気配もある。

俺の腕からもがいて降ろせと主張するイリヤを地面に立たせると、勢い良く駆け出しアイリスフィールの腕に収まるイリヤ。

「どうしてこんな所に?」

「わかんない。ただ、わたしにそっくりな女の子が居たこととそこのお兄さんが居たことだけは覚えてる…」

「アリアが?」

視線を此方に向けるアイリスフィール。

「彼女…イリヤスフィールはもう居ない。…彼女はその子の中で眠ってしまった」

「どういう事だい?」

剣呑な目つきで切嗣が問いかける。

「そう睨まなくても、聖杯戦争が終わった今、俺達が敵対する必要も無いだろう。詳しい話は中でしよう。此処は冷える。イリヤが風邪を引いてしまう」

「キリツグ…」

どうするのかと視線を向けたアイリスフィールに少しの間逡巡してから切嗣は俺の申し出を受けた。


説明は完結に、平行未来から事故で転移してきた事実を教えた。

「そう。それじゃアリアは私の…」

「そうであって、そうじゃない。アイリ、世界を跨ぐと言う事はそう言う事だ」

「彼女の願い故、俺はその子の側を離れられない。まぁ、そこは勘弁してくれ」

「望みえる最強の護衛がイリヤについているんだ。それは良い。…だが、イリヤは君に命令出来るのか?」

切嗣が重要な所の確認を取る。

「ラインは繋がっているから彼女からの魔力で現界してはいるが、残念ながらその子に俺達への絶対的な命令権は無いよ。そもそも聖杯戦争のマスターで有ったとて、令呪以外の命令をサーヴァントは聞く必要はなかっただろう?」

間違えやすい所だが、基本的にサーヴァントは自身も聖杯が欲しいからマスターの言葉を最大限に尊重していたに過ぎない。

突き詰めて言えば令呪以外の命令権は無いのだ。

「そうか…」

「それよりもその子の今後の事だ。俺は彼女の剣であり、守るための盾だけど、彼女を幸せにするのは俺の役目では無い。俺はイリヤの令呪故にどんな事からも彼女を守り、生かすだろう。例え彼女が望まなくても。しかし、それが彼女の幸せとはイコールじゃない。それは君達の役目だ。アイリスフィール、衛宮切嗣。君達はこれからどうするんだ?」

俺のその問い掛けに切嗣は即答できずに固まった。

「キリツグ…」

彼の側には守るべき妻と子供。しかし、彼の望みは世界の恒久平和。

「俺は…」







それからの話をしよう。

俺やソラはサーヴァントであり、前の世界にも呼び出された以上の愛着は無い。今の状況では帰れなくても特別に問題に成るような事は無いだろう。

凛は助け出した桜の事もあり、切嗣に用意してもらった戸籍を使い冬木に根を下ろした。

桜は遠坂の家に帰したが、魔術師の師として桜は凛から魔術を習っている。

魔術師は子をなす事がある種の義務で、魔術刻印を受け継がせる義務が生じているはずの凛だが、兄弟間でも魔術刻印は受け継げる。第二魔法へと至る事は終生の課題だが、元の世界へはかなりの時間戻れないだろうと結論付け、それならばと彼女は桜へと魔術刻印を譲ろうと、既に第一段階の移植が開始されている。

この事に驚いた遠坂家は当然凛を問い詰めるのだが、魔術回路の一部を譲ってから問題が浮上する辺り遠坂家のうっかり属性は大丈夫だろうか…

俺はと言えば、この冬木で落ち着いた生活を始める決断を下した衛宮一家のささやかな生活を守るために何度かのホムンクルスによる襲撃を追い払い、小さなイリヤの成長を見守っている。

それが、小さなイリヤよりも一緒に居た時間の少なくなってしまった彼女の願いなのだから。
 
 

 
後書き
今回でFate編も終了です。
英雄王…聖杯の泥をかぶる前はきっとほんの少しくらい良い人であったと信じたいところです…と言う事でこの話の結末はあんな感じになりました。全てのキャラクターの存命は出来ていませんが、それでも何人かは幸せになれる…かも知れない結末ですかね。 
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