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エターナルトラベラー

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第九十五話

電撃作戦で桜を助けに行ったので、日付は跨いだが、まだ日の出までは遠い、そんな時間に再び教会から魔術師達への召集の合図が上がる。

当然盗み見る為にサーチャーを放ったのだが…

語られたのは俺達の討伐依頼だ。

なるほど、教会はどうしてか俺達の存在に気が付き、そしてイレギュラーである俺達を消そうと動くようだ。

確かに昨日ソラがバーサーカーと交戦したようだが、それを誰かに見られていたのだろう。

方法はキャスター討伐と一緒で、餌は追加令呪だ。

「教会の敷いたルールを守るマスターばかりじゃないだろうけれど、狙われるのは確実だ。分身を付ける事は可能だが、魔力は半分になってしまうから、当然戦闘では不安が残るな」

冬木市から逃げてしまっても良い。だが、まだイリヤは踏ん切りがつかない。

まぁ仕方ないか。

「こっちは身を守っただけだってのに…とは言え、聖杯を掴む権利がある以上ほっとけないか。…でも、今回の聖杯も汚れている可能性が高いのよね」

過去だからと言う理由だけではなく、キャスターの召喚がイレギュラーであり、反英霊である可能性がある。そう考えた場合、聖杯に何かしらの欠陥がると考えるのが普通だ。

通常、この聖杯戦争は清純な英霊が召喚されるのだ。触媒もなく悪鬼を呼び寄せるなど、本来なら有り得ない。

「しかし、戦力増強は必要か…チャンピオン、少し付き合ってくれない?思いついたことがあるの」

「また面倒事か…」

「そうだけど、私はもうこの聖杯戦争に関わるって決めたわ。お父様の事もあるしね。だったら自分を守ってくれるサーヴァントは必要だと思わない?」

思うけれど、不可能だ。意味が分からない。

「だいたいリンは令呪すらないじゃない。令呪の無い状態ではぐれサーヴァントとすら契約できないわ。それはリンなら分かっているでしょう」

「ええ。でも、私の体にはまだ令呪の残滓くらいならあるの。だったらそこに新しい令呪を他から足せばいいのよ」

は?

何処かへ向かおうとする凛を分身して現れたソラに任せようとした所、俺に着いてきてもらいたいらしい。

仕方が無いのでソラにはイリヤといまだ気を失っている桜の警護を頼み俺達は夜の街へと繰り出した。

向かった先はなんと冬木教会。

監督役が居るはずのそこに、堂々と正面から凛は入って行った。

「おや、こんな時間に教会を訪れるとは、何か迷いごとがおありかな」

人を安心させるトーンの声ですでに余程の歳だろうに腰の曲がらない神父は突然の来客である俺達へなんでもない事のように問いかけた。

「はい。実は神父様、私達には全く謂れの無いことで今責め苦を受けていて、主に祈りを捧げてく、こんな時間に訪問してしまった事をお詫びしますわ」

「教会の門子はいつでも救いを求める者に開かれている。さあ、奥へ、主への祈りの後、私があなたの悩みを聞いて差し上げましょう」

「そうですか」

凛は案内されるままに主への礼拝をした後に神父へと向き直る。

俺はと言えば長椅子にすわり、その様子を眺めていただけだ。俺自身が神に祈るなんて事は神を殺した事のある人間がすることでは無いだろう。

「それで、どのような事でお悩みかな」

「ええ、実はさるゲームの賞与贈与の生贄とされて困っているんです。私自身は何も聖杯なんて必要ないと思っておりますのに…」

「なっ!?」

ガタンと崩れ落ちる神父。

「チャンピオン」

凛が俺を動かす。今回俺が擦るべき事はこの神父を操る事だ。

なるほど、凛は以前卓越した魔術師と自負している自分を簡単に操った事を覚えていたのだろう。

「はいはい…」

万華鏡写輪眼を発動し、思兼を行使する。

一瞬で神父に暗示を掛け、命令する。令呪を渡せ、と。

「手を出してもらえますかな」

「どうぞ、神父様」

凛は自身の腕を出すと、それにそっと触れた神父は何事かを呟く。

凛の二の腕の辺りが輝き、二重、三重と円の形をした令呪が形作られていく。

そして神父が持つ全ての霊呪を受け渡された凛の腕は二の腕から肘の辺りにまでびっしりと令呪が施されていた。

確かに贈与できるのならばそれは他者に令呪を与えられると言う事だ。そうなれば、神父からの令呪の略奪は考えれば容易。ただ実行する聖杯戦争参加者はいまい。なぜなら実行すれば自分の立場が危うくなる。

しかし、俺達は既に逆境、それを逆手に取り、かつ大胆に利用するとは…

「ありがとうございます、神父様。行きましょうチャンピオン」

帰る前に全てを忘れろと命じて令呪の略奪は完了する。

「ああ、ついでに。出来るのなら私達の討伐の中止も命令しておいて」

そんな事をすれば彼らの身が危ういだろうが、…いやすでに令呪が無く報酬を与えられない時点で危ないのだが、確かに討伐依頼のキャンセルはやってみても良いだろう。

思兼で俺達の討伐依頼をキャンセルさせるよう命令すると教会を出て空を飛び、衛宮邸へと戻った。


衛宮邸へ帰り着くと、凛へと問いかける。令呪を奪うと言う奇行に対する回答が欲しい所だ。

「それで?令呪を足した所ではぐれサーヴァントとの再契約なんて滅多な事ではありえないよ?」

衛宮士郎と契約解除されたセイバーと再契約していたみたいだが、それはかなりレアなケースと言えよう。

「そうね。リンはどうやってサーヴァントと契約しようと言うのかしら?」

イリヤもそうそう問い掛けた。

「あら、サーヴァントなら目の前に居るじゃない?」

は?

「目の前?」

と言われたイリヤはキョロキョロと辺りを見渡すが、はぐれサーヴァントなんてものが居るはずは無い。

「チャンピオンよチャンピオン」

「は?」
「へ?」

「チャンピオンは分霊出来るのでしょう?その分魔力も半分、消費は二人分になるみたいだから実戦ではあんまり使いたがらないみたいだけれど、そこにもう一人のマスターからの魔力供給があったら?」

ふむ…

「確かに私にはイリヤスフィールみたいなバカ魔力は無いわ。それでも魔力量はそこそこある方だと思っている。普通の魔術師なんかよりは有ると思っている。だからチャンピオンの分霊を維持する魔力と戦闘時のブーストに令呪を使えばイリヤスフィールが使役するチャンピオンと同等までもって行けると思うのだけれど」

「むぅ…」

これに非難の声を上げたのはイリヤだ。まぁ自分のサーヴァントを他人と共有しろと言っているのだから唸りもするか。

「もちろん私自身にはギアスを掛けるわ。イリヤスフィールへの敵対行為の命令は出来なくするし、チャンピオンへの不利益になる命令も同様。そうね、「自害しろ」とか「~するな」とかチャンピオンの意思と合致しない命令は出来なくするつもり。まぁその分令呪でのブーストもランクダウンせざるを得ないでしょうけれど、チャンピオンなら魔力さえあれば大抵の事はできそうだし?問題は無いわよね」

「そもそも出来るのか?」

「それはやってみないと分からない。二重契約になってしまうのだけど、別にそれ自体は不可能じゃない。霊ラインのパスを繋ぐ位なら両者の同意があれば出来るはず…」

「どう思う、チャンピオン」

イリヤがどうすれば良いのかと問いかけてきた。

「俺だけでも十分…と言いたい所だが、彼女達(ソラたち)に助けてもらえるのなら心強い。ただ、それは聖杯戦争期間中の話だ。此処から去るのなら必要ないね」

「むぅ…わたしはもう少しここに居るわ。…すこしやりたい事が有るもの」

「私も同様。桜の為にどうすれば良いのかを考えると一つの選択肢としてお父様を助けなきゃだし…」

「イリヤも凛も離れないのなら戦力的には凛の意見を受け入れた方が良い。二対一なら例えサーヴァントに襲われても此方が優位だからね」

そう言うとイリヤは仕方が無いと凛の提案を受け入れた。

そして作られるセルフギアススクロール。制約内容は前述の通り。イリヤと俺達に不利益になるような命令は出来ない。イリヤと対立しないと言う内容が記され、イリヤはチャンピオンと言うサーヴァントの分身を凛の魔力による使役を受け入れる。

この内容が履行された瞬間、凛の魔術刻印が制約内容の行動を禁じさせる。

凛との二重契約はどうやら出来たようで、影分身でソラを現界させているが、イリヤの負担が増えた様子も無く、また俺の戦闘能力が下がった様子も無い。うまく行った様だ。

ただ、どうやらソラの方になのは、フェイト、シリカと持って行かれた様で、いま俺の中には彼女たちを感じられない。

戦力が増えた一方で、俺単騎で戦況に合わせて彼女達に変わる事は出来なくなったと言って良い。まぁ、それが普通だし困った事は無い。

母さんやアテナ、アーシェラ達は俺の中に居るし、俺の手に余る事もそう多く無いだろう。

大掛かりな契約魔術の反動で疲れたのか、凛はそのまま就寝、夜も更けたことでイリヤも寝付いたようだ。

こうして長かった一日が終わった。




一時の休憩を得る為に帰ってきた間桐の館。しかしその風貌は一変していた。

いや、確かに外観は元から石で出来ていたし、そこまでの違和感は無い。日の光が入らないように作られているその屋敷は一見では中の様子なの分からないし、近所の人もこの屋敷には近づかないようにしているのか昼間でもこの屋敷に近づく人はいないのでその違いは分からないかもしれない。

しかし、実際近づいてみれば現在の間桐邸の異常さを窺える。

石化しているのだ。調度品や生活雑貨、そしてこの屋敷を支配しているはずの蟲でさえ。

破壊されている入り口のドアを潜り、恐る恐る屋敷の中へ入るとその中も全て石化していた。

そこには命ある物は何も無いと言った感じの静寂。

開けっ放しの臓硯の書斎に入ると、そこには驚愕の表情を浮かべたまま石化した彫像のような臓硯の姿があった。

まさか家の中全部がこんななのか?

はっと思い桜ちゃんが居る蟲倉へと向かう。

石段を降り、真っ暗なそこに目をやればそこに居るはずの桜ちゃんの姿が見当たらない。

まさかこの石の中で一緒に石化しているのかと思い焦ったが、どうやら一箇所だけ何かを引き抜いたような形で穴が開いていた。

それを見ておそらく連れて行かれたんだと自分を納得させる。

連れ出したと言う事はまだ生きていると言う事。だったら助けに行かないと…と重い体を引きずり俺は再び夜の街へと繰り出した。




「どうしてイレギュラーの討伐を引き下げたのですっ!」

暗い地下室で時臣はまだ蓄音機の前で穴熊を決め込んでいた。

蓄音機から流れてくる誰かの謝罪の声。

「すまないな、時臣くん。まさか白昼堂々イレギュラーのマスターが現れ、且つ高レベルの暗示を掛けれるとは…」

そう答えたのは蓄音機の向こうの璃正神父だ。

「くっ…高レベルのチャームの魔法…確かに警戒すべきでした。…しかし、チャンピオン討伐のキャンセルはまだ良いでしょう。だが、報酬であるはずの令呪が奪われたのはいかんともしがたいっ。これでイレギュラーのマスターは使い潰せる令呪をごまんと手に入れたことになる。これは忌忌しき事態だ」

「教会の人員を総動員して令呪奪還へと動いているが、…相手はサーヴァント、奪還は不可能でしょうな…ですので、何とかキャスターの討伐は時臣くんの手で行って欲しい。でなければキャスター討伐の報酬詐欺で我々が殺されかねない。監督役不在では事実の隠蔽も難しいでしょう」

「くっ…分かりました。何とかしましょう」

地下室の中で陰鬱な面持ちで搾り出すように答え、通信は終わった。

「そろそろ私自身が動く頃合か…くそ、これならばアサシンを使い潰したのが悔やまれるっ!」

ガンッとテーブルを叩きつけると、理性を動員し感情を押さえ込み、その地下室から時臣は出て行った。




朝日が昇る頃に桜も目を覚まし、記憶も一年前まで巻き戻っているのでそれはもう大変に混乱した。

一応間桐の家に養子に出された所までは覚えているらしいが、それ以降の記憶はなく、眼が覚めたら知らない所で寝かされていたのだからソレは驚くだろう。

驚く桜を凛がなだめすかし、適当な言い訳を考え、何とか家に帰ろうとする桜を引き止める事に成功した。

全裸だった彼女だが、ソラ達の持ち合わせから服を見繕い、着させると立派なお嬢さんの完成だ。

桜は凛から離れずらいのか凛の服のすそをしっかりと握っているが、それは何処かでそれが自分の血の繋がった姉だと感じているからだろう。きっと一番落ち着くのだ。

さて、遠坂の家は一つの呪いがあるいや、本当に呪いと言うわけではないが、遺伝でもしているのではないかと言う一つの事象。

凛は99%はそつが無くこなせるのに、最後の最後の1%でとんでもないへまをやらかす。今回この時代に転移してきた事もそうだし、また今日の事も。

衛宮邸の玄関先で対峙する俺とセイバー。

俺の背後にはイリヤと、凛、桜を守るようにソラが居る。セイバーの後ろにはアイリスフィールがおり、気配でもう一人居るらしいのは分かっているので出てくるように言うと不利を悟ったのかアイリスフィールを守るように一人の女性が現れる。

「ここは我々が手に入れた屋敷のはずだ。あなた達はどうしてここに?」

アイリスフィールを守るように立つ麗人…久宇舞弥は鋭い目つきで睨み返すとそう問いかけた。

「誰も住んでいないような屋敷だったのでね。数日雨風を凌ごうと無断で上がらせてもらった」

誰も住んでいないように放置されたこの家を見て、俺達は衛宮切嗣がこの冬木市に定住する為に聖杯戦争後に購入した屋敷だと勘違いしていた。

此処をと提案した凛の采配ミスではあるが、俺達も同様の勘違いをしていたのだから彼女を責める事は出来ないだろう。

しかし、なるほど。この屋敷はアインツベルンの勢力が聖杯戦争中の拠点として設けていた物だったのか。まさかアインツベルンの居城を捨てる判断をするとは思わなかったためにこの可能性に思い至らなかったのだ。

はたして、本拠地を移転しようとしてきたアイリスフィール達と根城にしていた俺達はどうして良いか分からず。とりあえず剣を突きつけるセイバーにこちらも刀を握っているのである。

「とりあえず…どうしましょう?」

そんな呟きがアイリスフィールから漏れる。

「だいたい俺達は聖杯戦争の参加者じゃないんだから俺達が争う必要は無いんじゃないか?」

参加資格はあるし、聖杯を手にする可能性もある俺達だが、一応建設的に聞いてみる。

「そうねぇ…」

「アイリスフィールっ!」

「セイバー、戦ったらあなたあのチャンピオンに勝てる?」

「当然です。如何に二対一で有ろうと必ずやこの剣で敵を倒してご覧に入れましょう」

「二対一?一対一では無くて?」

「アイリスフィール。後ろで油断無く此方を警戒している彼女もサーヴァントだ。何のサーヴァントかまでは分かりませんが、おそらくイレギュラーサーヴァントでしょう」

「なっ!?」

アイリスフィールの視線がソラへと向かう。

「少し俺達も立て込んでいてね。ここを今すぐ出て行けといわれても難しい。ただ、この拠点を俺達に見つかった手前そっちにしてみれば此処を捨てざるを得ない。そう言う事でそちらが引いてくれない?」

「もう一つの選択肢もある。ここで私に倒される道だ」

セイバーは剣を強く握り締めた。

「その時は精々抵抗させてもらうよ」

「セイバー、止めましょう。舞弥さん、ここ以外の拠点で良いところは無いかしら?」

「は?…あ、いいえ。幾つか拠点に出来るような所は確保しておりますが、ここよりも立地の良い所はなかなか…直ぐに用意できるのはビジネスホテルになりますが、幾分足がつきやすく敵に露呈する可能性も低くありません」

アイリスフィールに突然振られて一瞬呆けた舞弥だが、しかしその質問にはしっかりと答えた。

「そう。じゃあやっぱりここにしましょう。ねえ、アリアとその後ろの赤い服を着た魔術師さん。ここでの争いはしないと停戦協定を結んだ上で、しばらく一緒に此処を使うと言う事でどうかしら」

「アイリスフィールっ!」

「セイバー。今のあなたでは敵の襲撃に万全に対応する事はできない。向こうは今すぐに此処を出て行くことは難しそうね。だったら共同拠点にして警備をチャンピオンにも負担してもらいましょう」

なんか微妙な方向に話が流れている気がする。

「ねぇ、あなた達は本当に聖杯戦争の参加者ではなく、聖杯も必要ないのね」

「いらないわ」
「ええ」

アイリスフィールの問い掛けにすんなりと答えるイリヤと凛。

凛は魔術師としては欲しいのかもしれないが、今は聖杯云々よりも桜の事を第一としている。単身ならば聖杯をとりに行けるだろうが、桜がいては難しい。凛も今回の聖杯は諦めるだろう。

「どう?私の提案の返答は?」

イリヤは凛と二三話すとアイリスフィールに視線を向けた。

「その提案を呑むわ」

「そう。ありがとう。それじゃ、アリア、中を案内してくれる?私日本家屋なんて初めてだから少し興奮しているのよ。折角目の前まで来て帰るなんてもったいないわ」

「それが本音ですかっ」

セイバーが呆れたように剣を下げるが、アイリスフィールのそれは場の空気を軟化させるための冗談だろう。

凛と桜が居る手前、アイリスフィールたちとは最初はギスギスしていたのだが、昼食を食べる頃には軟化した。ただ、お互いに警戒は解かない。イレギュラーな俺達など警戒しすぎる事は無いだろう。

卑怯かもしれないけれど、思兼でアイリスフィールと舞弥には俺達を害する行動を自発的に取りやめるように刷り込んでおいた。この聖杯戦争中に解く事は先ず不可能なくらい強力に暗示を掛けたからおそらく大丈夫だろう。

ついでに八意で知識を盗み見たが、なるほど。セイバーのマスターは衛宮切嗣で間違いなく、その行動は極めて危険だと言う事が分かった。これは守りを強固にし、切嗣はこの屋敷に入って来れないようにしないとやばいかもしれない。

操る間もなく人間であるイリヤや凛、桜が銃弾に倒れるなんて事になったらしゃれにならない。

陣地作成スキルを使い、一般人はおろか魔術師すら許可の無いものにはその突破が難しいほどにこの屋敷に魔術的な防御を施した。自重無く施したこの屋敷はもはや一種の要塞だろう。

「ふふ。チャンピオンの料理はやっぱり美味しいわね。同盟を提案してよかった事は正にこれよね」

アイリスフィールの呟きにセイバーはコクコクと頷き未だ料理を頬張っている。舞弥はサーヴァントが料理っ!?と現実逃避中。サーヴァントだって普通の人間であったときがあるのなら料理くらいするだろう、普通。

ギルガメッシュから貰ったキッチンは勇者の道具袋に入っているのでいつでも取り出せる。食材も同様に道具袋に入っているので、料理をする事は事実上何処でも可能になったのだ。

そんな訳でお昼ご飯を提供したのだが…結果はごらんの通り。どうやら満足してもらえたようだ。

お昼が過ぎても特に俺達はやる事が無い。結局出たとこ勝負なのだ聖杯戦争は。遠坂の家へと上がりこみ、凛の父親をどうにかしようにも、ギルガメッシュが彼のサーヴァントである事実に結局一戦交えなくては成らず、凛が使役する監視の使い魔からの情報では穴熊を決め込んでいて一行に出てくる様子が無い。桜の事に対して言ってやりたいことは有るようだが、此方から乗り込む訳にも行かずに手をこまねいている。

聖杯戦争が進展したのは日がそろそろ沈もうかと言う時だ。

突然巨大な魔力の波動が駆け巡り、その強力さに魔術師達は皆目を見張った。

サーヴァントによる魔力行使であるとあたりをつけたセイバーとアイリスフィールは直ぐに車で発生源へと向かう。まぁ聖杯戦争参加者なら確認に行かねばなるまい。

舞弥も車を駆りどこかへ消えていった。

残された俺達はと言うと…

「私は桜を連れてお父様を探すわ。幾らなんでもこれだけの異常に引きこもっている事は無いでしょうから。えと…チャンピオン…は二人居るんだったわね…」

「ソラよ」

「ありがとう。ソラは私と一緒に来てくれる?」

一瞬俺に視線を寄越したソラに頷くと、凛はソラと桜を伴って衛宮邸を出て行った。

「俺達はどうする?」

「わたし達はお母様とセイバーを追いましょう。ちょっとやりたい事があるの。それにはサーヴァントの近くじゃないと」

「了解」

俺はイリヤを抱っこして夜の闇を飛んでいく。

飛ぶ事十分ほど。眼下に見える未音川に巨大ななにかがうねっていた。

「アレは何っ!?」

イリヤが絶叫する。それも仕方が無い。

その生き物はとても醜悪で、恐ろしい様相をしていた。

イカかタコか…その辺りの海洋生物のような触手、体表を覆うように幾つもの目が付いていて、それらが獲物をさがしてギョロリと蠢いている。

流石に見た目に反して食ったら美味しいとかは無いだろうなぁ…

「一般人には見つからないようにって言うルールをあいつらは知らないのかしら?」

「教会の神父の話を盗み聞きした感じだとキャスターはその辺りに頓着しないようだ」

だから今もキャスターは人目も気にせずこんな川の真ん中に巨大な獣魔を召喚しているのだろう。川岸には人だかりが出来始めている。目撃情報を隠蔽するのは難しいだろうなぁ。

「大変。…チャンピオン、アテナの石化の魔眼ならあいつを石化出来る?」

「どうだろうか。見た所あの怪物の再生能力は無尽蔵と言っても良い」

眼下でセイバーとライダーが海魔を切り刻んでいるが、問題なく再生しているし、その速度もかなり速い。

「再生速度を上回る速度で石化させれば行けるだろうけど。出来なければその部分だけを切り離せば再生するだろうね」

ちょっと厳しいんじゃないかなと答える。確率は五分五分程だろうから試してみても良いけれど。

「そう。それじゃ、あいつを人目から隠す事は?えっと、何処か別の場所に転移させるとか」

「出来なくは無いだろうけれど、相応の魔力を使う。しかし、それには奴の動きを封じ込めなければ成らないが、でかすぎるし、触手による攻撃が意外と厄介そう」

伸びてしなるそれは再生と創造で幾らでも出現するだろう。それらを封じる事は影分身しても今の魔力じゃ厳しいかもしれない。

「何ともなら無い?」

「いや、時間の流れをズラす結界で隔離は出来るよ。ただ、破られる可能性もあるけど、まぁやらないよりはマシか」

イリヤの要望に答えて俺はあの海魔とサーヴァント、後はアイリスフィールと、彼女の近くに居るサーヴァントだと思われる一団を取り込んで封時結界を展開する。

瞬間、反転していく世界。色が灰色に染まる。

「なっ、これはっ!?」
「なんじゃぁっ!?」

戸惑いの声を上げるセイバーとライダー。

「これはおぬしの仕業か?」

戦車を操り空中を翔けて俺の横へとやってきたライダーが問いかけた。

「空間を閉じた?いや、まさかズラしたのか?」

戦車に同席していたウェイバーが独り言のように呟き驚愕していた。

「そうだ。一応この空間内ならば幾ら破壊しようが問題ない」

「どれくらい保つ?」

「このまま何もしないで観戦していれば一時間でも維持できる」

ただし、戦闘で消費される魔力は莫大だ。同時に戦闘で魔力を使えばなかなか厳しい物になるだろう。

「まぁ時間が出来ただけもうけものだわなっ!」

そう言うとライダーは戦車に鞭を入れて海魔目掛けて突進して行った。

イリヤを抱いたままでは戦えないし、下で此方を見上げているアイリスフィールがこちらに来ないかと言っている様に感じられた。

海魔から距離を取るように翔け、アイリスフィールの横に着地する。

「貴公がこの結界を張ったのか?」

二本の槍を持っているランサーがそう問いかけた。ふむ、普通はサーヴァントなのかと問う所だが、彼はそちらよりも俺達が助力した事の方が重要らしい。

「そうだ」

「どれくらい持つ?」

清純な戦士ほど現在の状況を把握しているのか、質問が簡潔で良い。

「ライダーにも言ったけれど、何もしなければ一時間は維持できるだろう。ただ、一時間も戦って勝てない相手ならそれは勝てないと言う事だと思うけどね」

「ふむ…」

ランサーの宝具は常時開放型であり、能力は優秀なのだが、一撃の威力は高くないタイプだろう。結果、水の上で戦う手段のないランサーは川岸で待機していたと言う事か。いや、もしかしたらセイバーかライダーがあの海魔に決定的な何かをさらす瞬間を待っているのかもしれない。ランサーのクラスのサーヴァントならば、その投槍の技術は高いはずだし、盗み見た彼の宝具なら決定打を与える事が出来るかもしれない。

「チャンピオンも手を貸してくれないかしら。あの怪物の何処かにキャスター本人か、もしくは核になっている何かがあるはず。でなければあれほどのものを召喚して繋ぎとめる事は難しい。だから再生する肉を裂いてその核を露出できればランサーの宝具で何とか成るかもしれないの」

「だが、戦えば魔力が減る。魔力が減ればこの結界の維持も覚束なくなり、現実空間に戻ってしまうよ。ついでに言うと俺は燃費がすこぶる悪い。結界を維持したまま戦闘するとなると、正直10分も持たないと思う、それでも?」

「10分…」

「あら、10分もあればチャンピオンなら大丈夫よね」

言い詰まるアイリスフィールとは対照的にイリヤは楽観視していた。

「チャンピオン、行ってキャスターを倒してきなさい」

「良いのか?」

「ええ。わたしはここで待ってるから、思う存分暴れてきなさい」

「了解した」

命令されては行かないわけにもいくまい。

俺はランサーを見る。すると彼はコクリと頷き返して来た。どうやらイリヤを守る、もしくは絶対に手は出さないとでも言ったのだろう。

アイリスフィールがランサーの前に無防備に居るのだから信用しても良いだろう。

俺はイリヤを地面に下ろすと彼女に背中を向け直ぐに地面を蹴り空中へと飛び立った。

翅をはためかせて海魔へと距離を詰める。

どれどれ、やりますか。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出し、魔力が充填される。

「しまった…くっ…」

前方に触手に掴りもがいているセイバーの姿がある。流石にここで彼女に脱落されても困る。

『ディバインバスター』

突き出した左手の前に光球が現れる。

「ディバインバスターっ!」

ゴウっと銀色の閃光が放たれるとセイバーに撒きついている触手を掠めて海魔の本体へと当たり、肉片を飛び散らしながら抉ったが、閃光が通り過ぎた後には何事も無かったかのように再生してしまう。

「助かりました、チャンピオン」

セイバーをお礼を言うとまた水面を駆け海魔の触手を切り払っていく。

「ララララララララララララァイイィィィィィィ!」

空からはライダーが戦車でイカヅチのように突貫を仕掛けるが、やはり全てを殲滅する事は叶わずに再生される。

ついでに触手の再生速度も上がっているのか、断ち切ったはずの触手にライダーの戦車は捕まってしまった。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ、ディバインバスター』

ガシュと一発カートリッジをロードし、再びディバインバスターを行使。今度はライダーが捕まる触手を吹き飛ばした。

「助かったぞ、チャンピオンっ」

再び空を駆け、戦車での攻撃を再開するライダー。

と他人に構っていると俺の四方を囲むように四本の触手が俺を襲う。

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

襲い掛かる触手をシューターで弾き飛ばすとその一瞬で上へと飛び上がり、距離を取った。

このままでは千日手かと思った時、水面が渦を巻くように海魔へと吸い寄せられていくではないか。

何かやばい予感がする。

「ディバインバスターっ!」

すぐに海魔へ向けてディバインバスターを放つが、学習したのか大量の触手を折りたたむかのように重ね合わせて壁を作り、今度は本体へと届く前にディバインバスターは霧散した。

結果、吸い寄せられる水を阻害する事は叶わなかった。

「ありゃ何をしているのかのう」

戦車を操り、少し距離をとったライダーが呟く。

大量の水を吸い込んだ海魔はその状態を倒すように水面に横たえるとザパリと波しぶきを上げる。

その巨体を操り旋回するとその大きな口がイリヤ達がいる方を捉えた。

まずいっ!カンピオーネになって以来働くようになった直感に従い、俺はクロックマスターを使い空を疾走すると言う過程を省いて一瞬でイリヤの元へと現れる。

「え、チャンピオン?」

驚くイリヤに答えてやれる暇は無い。間に合えっ!

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュ

現在残っていたカートリッジをフルロード。一気に魔力が膨れ上がる。

海魔のガパリと開け放たれたその口からは、ウォーターカッターのように高圧の水しぶきが爆音を伴って撃ち出されたのだ。

「きゃーーーーーっ!」
「きゃぁっ!?」

爆音に消されるイリヤとアイリスフィールの悲鳴。

「なにぃ!?」

驚きの声を上げたのはランサーだろう。

防御手段を講じた俺と、水を撃ち出した海魔の攻撃は、何とか俺の方が一瞬速く、その水しぶきを耐え切る事に成功した。

俺の前に現れる巨人は大きな鏡のような盾を持ち、ウォーターブレスの一撃を凌いだのだ。

そう、俺の切り札であるスサノオである。

「これは…宝具?権身の具現化なんて…」

驚いているアイリスフィールには悪いが答えている暇は無い。なぜなら、ブレスを凌がれたと悟った海魔はすぐに二射目を撃ち出したからだ。それも何とかスサノオで耐えると、再び水を吸い込み始める海魔。

このインターバルで攻め入らねばなるまい。

俺はイリヤ達を背後に庇うように一直線に海魔へとかける。

途中で蠢く触手は十拳剣で切り飛ばしていった。

それは八俣の大蛇の首を切り落とすスサノオ神のようであった。

「こりゃあ神々の戦いだのう…見ろ坊主、ヒュドラを倒したヘラクレス、メドゥーサを討伐したペルセウスのようではないか」

ライダーがブレスを警戒して距離を取っていた為に俯瞰位置から見下ろしながら言った。

「そんな事を感心している場合かっ!僕たちも今のうちに攻撃するんでしょうがっ!」

「そうであったっ!行くぞ、ゼウスの子らよっ!」

ウェイバーに窘められてライダーは突撃を再開し、俺の行く手の触手を殲滅していくが、やはり再生スピードが速く、焼け石に水だった。

途中から雷神タケミカヅチを限定使用し、フツノミタマを顕すとそれををスサノオに持たせて二刀流で触手を伐採しているが、一向に刈り取れる気配が無い。

霊剣を二本振るって刈り取れないとか…凄まじい再生能力だな。

ライダーはまだ触手を殲滅させているが、セイバーは…まぁ爪楊枝(エクスカリバー)で無限再生する触手を処理できるわけ無いよね。

水を吸い込んだ海魔が再びその口を開く。

くそっ!本体までたどり着けなかった…だが、ヤタノカガミの防御力を抜ける威力で無いのなら耐え切れる。

衝撃に備えるが、海魔はその巨体を横にズラし、スサノオを斜線上から外す。

どういう事だ?といぶかしみ振り返れば、真後ろに居たはずのイリヤ達が背後から移動していた。避難していたと考えるべきだろうが、今の状況では俺の後ろが一番安全だったと言うのにっ!

既に水ブレスの発射は秒読みだ。慌てて斜線に入ろうとするが、触手が邪魔をする。

何とか触手を振り払い、水を蹴って転がるように何とかブレスの斜線上へと割って入った瞬間、先ほどよりも圧縮された水ブレスがスサノオを襲う。

ヤタノカガミで受けとめる。何とか後ろのイリヤ達は無事のようだ。

しかし、海魔はその巨体を動かし、むちゃくちゃにその軌道をズラした。

結果、イリヤ達を守るためにヤタノカガミを動かせない俺はそのブレスをガード出来ず、先ずスサノオの右腕もがれ、次は頭を切り飛ばされ、残ったヤタノカガミで何とか受けるが、圧倒的な質量で踏ん張る事が出来ずに吹き飛んでしまった。

「っソル!」

『フライヤーフィン』

空中で制動を掛ける。

どうにかイリヤ達は守りきったが、スサノオは維持できないほどに破壊され消失。俺自身は吹き飛ばされつつもヤタノカガミが最後の仕事を果たしたのか魔力消費は激しいが無傷だった。

スサノオですら海魔を殲滅できないとなると、単純な火力勝負の方が有効か…

俺は空中に留まり、使って消費し辺りを漂っている魔力を引き寄せる。

『サンシャインオーバーライトブレイカー』

ヒュンヒュンと集まってくる銀光。

まだ足りないとカートリッジを入れ替えてフルロード。

しかし、このまま射撃すれば近くのイリヤが巻き込まれる。

俺は霊ラインを通してイリヤを下がらせる。ランサーが近くに居るのだから距離を取るくらい問題ないだろう。

しばらくするとイリヤ達の避難を確認できた。

「それじゃ、大技で退場させますか」

と言うか、そろそろ俺もイリヤも限界だろう。魔力が尽きる。魔力が尽きればこの結界は維持できない。そうなれば現実世界に海魔が現れてしまう。

イリヤの願いだから、海魔には退場していただこう。

ソルを一度大きく振りかぶる。

「サンシャインオーバーライトォ」

気合と共にソルを振り下ろす。

「ブレイカーーーーーっ!」

ドウッと銀色の閃光が海魔を襲い、その巨体ゆえに逃げる間もなくサンシャインノーバーライトブレイカーの直撃を受けた。

ブシューーーーッ

ソルが余剰魔力を排出させ冷却する。

「やりすぎたかな…?」

見ればどうやら海魔は殲滅できたようだ。

まぁ、これで死んでなかったとしたら俺達は戦線離脱しなければならないほど消耗しているから、終わっていて欲しいのだけどね。

復活の様子が無いのを確認すると俺はイリヤの側へと飛んで行った。



ザパーッと雨雲も無いのに空から大量の水が降ってくる。チャンピオンが間に入ってくれたお陰で弾かれたブレスが飛散し、大粒の雨粒となって押し寄せたのだ。

「チャンピオンっ!」

わたしはスサノオ事吹き飛ばされたチャンピオンを探す。

「まさか、やられてしまったの?」

お母様が信じられないと言う感じて呟いたが、まだチャンピオンとのラインは繋がってる。生きているはずだ。

「くっ…背に庇われては攻撃し辛かろうと避難を促した俺の責任だ…」

「まだチャンピオンは死んで無いっ!不吉な事は言わないでっ!」

余計な事を言ったランサーに腹が立つ。でも、一番腹が立つのは守ってもらう事しか出来ない自分だ。

わたしを守らなければチャンピオンはむざむざ敵の攻撃を受ける必要も無かったのに…

「だが、あの一撃で彼は戦闘不能だろう。これはまずい事になった…」

スサノオと言う巨人を繰り出しても海魔に圧倒されたのだ。勝てる見込みは薄いかもしれない。

「チャンピオン…」

そうわたしの口から呟きが漏れた。

いつも何だかんだでチャンピオンはわたしのわがままを叶えてくれるもん。だからわたしは安心してチャンピオンをこき使うのよ。だから…今回もきっと…

と、その時。霊ラインを通して避難しろと言う意志が伝わってきた。

え?邪魔だからどけろ?

どういう事だろう?なんて事は考えない。だって、チャンピオンだもん。

「ランサー、今すぐわたし達を連れて此処を離れてっ!」

「は?何を行き成り」

「チャンピオンがどけろってっ言ってる。きっと大技を放つつもりよっ!」

ぐんぐんとわたしの魔力を底なしに持って行くチャンピオン。

ふらつきそうになる体を何とか堪える。

「あれが切り札じゃないと言うのか…」

ランサーは驚いているが、本当に時間が無いみたい。さっさとどけろと言うチャンピオンの意思をひしひしと感じている。

「速くっ!」

「あ、ああ…」

わたしの怒声に我に返ったランサーは両脇にわたしとお母様を抱えて跳躍し、川岸から遠ざかる。

「あれは何だっ」

いち早く異常に気が付いたのはランサー。

彼の見上げた先には夜をも照らす輝きがあった。

「あれは…太陽?」

お母様も信じられないと目を見張った。

その大きな太陽の如き光球はあたりの魔力を根こそぎ奪うかのように集まった魔力の塊だ。吸い寄せられる魔力が銀色に光り、とても美しい光景を眼前に映し出している。

そして段々と大きくなる銀色に光り輝く光球は未音川下降一帯を明るく照らし出してゆく。

その途轍もない魔力量と奇異さを感じ取ったセイバーとライダーも未音川から距離を取り、此方へとやってきた。

「ありゃあ何じゃ」
「あの光はいったい…」

光球の下に大きな魔法陣が展開されると、そこが集束レンズであるかのように銀光が海魔目掛けて奔る。

「なっ!?」

驚きの声を上げたのは誰だったか。わたしだったかもしれないしお母様だったかもしれない。いや、セイバーやランサー、ライダーやそのマスターだったかもしれない。しかし、驚きは皆一様に同じだろう。

視界を銀色で染まるほどの輝きが海魔を貫き、再生すら間に合わない速度で殲滅していく。その威力は見るからに明らかで、振り下ろされた衝撃で未音川の水は逆流し津波を起こしただけではなく、銀光がやむと当たり一帯が消失したかのように大きなクレーターが出来ていた。

互いに声も出ない。チャンピオンの出鱈目さを知るわたしですら声にならないのだから回りの反応は押して知るべしだ。

とっとと。呆けてばかりもいられない。

わたしが此処に来た目的を果たさなければ成らない。

倒されたサーヴァントは小聖杯へと回収される。しかし、今回は聖杯が二つ冬木の街に存在している。

わたしとお母様だ。

本来の聖杯はお母様だけど、聖杯としての力が強いのはわたし。だから、これだけ近くに居れば倒されたキャスターの魂を掠め取る事くらいは出来る。

そうやってアサシンの魂も今はわたしの中に回収されている。

ゾワリと何かが入ってくる異物感。キャスターの魂を無事にわたしが回収した証拠だ。

これで二騎目。四騎もあれば小聖杯は起動できる。わたしならば四騎までは人間の機能を損なう事はなく回収できるだろうし、一度聖杯としてあの泥を浴びた事により、若干ながら耐性がある。

だったら…

お母様を盗み見れば、その顔はあの惨事とは別の事柄で戸惑っている風だ。それは当然だろう。自分が回収するはずのサーヴァントの魂が入ってこないのだから。

だけど、お母様に回収させる訳にはいかないの。

空を翔け、チャンピオンがわたしを迎えにやってくる。

光る妖精の翅をはためかせ、着地するその様は甲冑を着込んでいるとは言えまるでおとぎ話の妖精のようだった。



「ただいま、イリヤ」

「おかえり、チャンピオン。そしてご苦労様」

「ああ。流石に疲れた」

労いの声を掛けてくれるイリヤだが、その他のメンバーは俺から距離を取り、マスターを守るように後ろに庇っていた。

なるほど。俺は少しやりすぎてしまったのだろう。

切り札を二つも切ってしまったのだ。その威力を目の当たりにすれば警戒レベルも上がると言うもの。

「のう、チャンピオン。あれほどの破壊をして、現実世界は大丈夫なのか?」

「問題ないだろう。結界内の事象は反映されないから」

ライダーの言葉を聞いて俺は封時結界を解除する。

途端に景色が塗り替えられるように色が付き、破壊の後は何も無くなっていた。

街は喧騒であふれ、人の流れが行き交っている。

「ふむ。聖杯戦争には欠かせないような能力だな。余たちの戦闘はやはり周りを混乱させるに十分な威力をともなうからのう。…やはり余の臣下にくだらぬか?」

「降る価値がないだろう。俺に何のメリットも無いじゃないか」

「ふむ…余と共に王道を突き進み世界を征服する…事にはそなたは何の魅力も感じなさそうだのう」

真に残念とライダー。

「そう言えば聖杯戦争参加者じゃない第三者がキャスターを倒した場合、令呪はどうなるんだ?第三者に与えられる可能性もあるかもしれないけれど、引き下げられたとは言え一度は討伐以来がでたチャンピオンに令呪を渡すとは思えないんだけど?」

御者台に居たウェイバーの素朴な疑問。

「それは…どうなるんだ?」

ライダーが回りに問いかけるが、それに答えられる人物は居なかった。

「勝者無しと言う事になるでしょうね。と言うか、誰がキャスター討伐を目撃できたと言うの?あの空間には私達とキャスター以外は居たのかしら?」

「選別が面倒だったから目に付いた戦力以外は取り込んで無い」

アイリスフィールの問いに答えた。

「私達が申請しても令呪の授与は望めないでしょうね」

と言うか、既に令呪の授与は出来ないんだけどね…凛が根こそぎ奪って行ったから…

アイリスフィールの言葉に沈黙が訪れたのは仕方ない。

令呪の授与を餌にキャスター討伐に皆が買って出たのに横から掻っ攫われて勝者無しとかは納得がいかないよね。

とは言ってもこれ以上この問題で此処で討論すべき物は無い。

「さて、今夜はいささか消耗したし、今日の戦いは此処までだな。ほら、帰るぞ坊主」

「ちょっ!ライダーっ勝手に決めるなよっ!」

豪快にもう今日は戦わぬと宣言したライダーは手綱を握り締めると鞭を打って戦車を走らせ夜の空へと消えていった。

ライダーは去ったが、セイバーとランサーが剣を引くかはまた別問題だろう。

「セイバー、今此処で決着を付けたいと思うのは俺も同じだが、ならば場所の移動をしてからにしよう。ここはキャスターの暴挙で人が集まりすぎている」

「いいでしょうランサー。その提案に乗りましょう」

「感謝する、セイバー。ならば俺達が一番最初に邂逅したあの場所で決着を付けよう」

「応ともさ」

互いにのみ通じる騎士道精神にのっとり、この場は一度去り、場所を変えて再戦の約束。

策謀に寄らずに真っ向から叩き伏せるを選ぶところが純正の英霊たる所なのだろう。

ランサーは霊体になって去る。

「私達はランサーとの決着を付けに行くわ。アリアとチャンピオンはどうするの?…できれば付いてきて欲しくは無いのだけど」

そりゃそうだろう。危険だから来るなと言っている事もあるだろうが、その実は邪魔されたくないから俺達…いや俺に来て欲しくないのだ。

「今日はもう帰るわ。わたしもチャンピオンも消耗してるし、それに目的は果たしたからね」

「え?」

「な、何でもない」

小声で呟いた声はアイリスフィールには聞こえなかったらしく聞き返したが、イリヤはとぼけてしまった。

果たした目的とはいったい…キャスターの討伐では無いような気がするのだけど…後で確認しよう。

「いきましょう、チャンピオン」

イリヤに命令された俺は彼女を抱えると夜の空へと翔け上がった。

アイリスフィールとセイバーから距離を取り、視界から完全に消えると俺はイリヤに問いかける。

「目的を果たしたって言ってたけど、イリヤの目的って?」

イリヤは少し言いづらそうにしていたが、観念したのか答を返す。

「わたしの今日の目的はサーヴァントの魂を小聖杯に回収する事だったの」

「なっ!?」

「すでにアサシンは昨日の戦いでわたしの小聖杯で回収していたし、今日キャスターを回収した事によって完全にわたしが今回の小聖杯として機能し始めたわ。これならもう何処に居てもわたしの方へと優先的にサーヴァントは回収される」

「何故そんな事をしたんだっ!?」

サーヴァントの魂を集めれば集めるほどイリヤの体は人間としての機能を失うと言うのに…

「わたしの願いを叶える為にはこれしか無いのよ」

「聖杯が欲しいのか?聖杯に叶えてもらえる願いなのか?」

「ううん。聖杯は要らない。寧ろ邪魔だと思ってもらっても構わない。だけど…わたしがわたしの望みを叶える為には今はサーヴァントの魂をお母様に回収されるわけにはいかないの…ねぇチャンピオン。わたしのわがままに付き合ってくれる?」

イリヤは願いの内容を語らない。どうやら彼女の内の奥深い所にある動機のようだ。彼女の瞳にはとても強い意志を感じられる。

…これは仕方ないかな。

「わがままだと分かってて言っているのなら、しょうがない…イリヤの望みを叶える手伝いをしてやるよ」

「ありがとう、チャンピオン」

ポソリと呟くように感謝の言葉を洩らしたイリヤ。

「だけど、どうするんだ?確かにこの世界の聖杯が汚染されている決め付ける事は出来ない。しかしバーサーカーのクラスでも無いのに理性のたがが外れているサーヴァントが居たという事実は聖杯の機能に不具合がある証拠である気がしてならないよ」
を連れて俺は衛宮邸へと戻っていった。

「そうね。
だけどわたし達は前回大した厄災もなく汚れた聖杯を降臨させた上で漏れ出した孔を閉じ、わたしも無事だったわ」

「それは偶然が重なっただけだろう。今回もうまくいくとは…」

「ええ。だから今回は全力でうまくいかせて欲しいの」

つまりイリヤは聖杯として小聖杯を完成させた後、孔を吹き飛ばして聖杯戦争を終わらせて欲しいのか。

中身が汚染されていると分かれば諦めてくれるマスターも居るはずと思っているのだろう。

まぁ衛宮切嗣あたりなら、確かに諦めてくれるかもしれない。なんていったって衛宮士郎の歪んだ人格の大本になった人物で、大きな災厄しか引き起こさない物をどうして認められようか。むしろイリヤごと破壊してしまいそうでそちらの方が気がかりだ。

しかし何故そんな事を?

そう言えばイリヤの本当の望みははぐらかされてしまったか。まぁいい。今は彼女の望みを叶える為に最善を尽くそう。

イリヤが本当に道を間違えそうになったらぶん殴ってでも止めれば…ああ、令呪が有るから無理だったな。イリヤが聞く耳を持っていてくれる事を祈ろう。

俺はそれ以上の詮索はせずに衛宮邸へと戻った。 
 

 
後書き
はぐれサーヴァントなんてそうそう居ませんよ、と言う事で… 
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