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友人フリッツ

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第二幕その五


第二幕その五

「それじゃあこれで」
「はい、お戻り下さい」
「じゃあさ、僕達も一緒に」
「戻ってもいいかな」
「私も宜しいでしょうか」
 三人はここでフリッツに同行を願い出てきた。
「ああ、いいよ」
「よし、じゃあ一緒に馬車に乗ろう」
「それで屋敷に戻って」
「そこでも楽しく」
「そうだね。どんなお客人かはわからないけれど」
 今はまだそこまではわからない。しかしそれでも明るく楽しく接したいと思っていた。この考えはここでも変わらないのであった。
「そうしようか」
「それじゃあ」
「それでダヴィッド」
 フリッツはここでも彼に声をかけた。
「君も一緒にどうだい?」
「いや、僕はいいよ」
 彼は右手の平を軽く前に出してそのうえで微笑んで答えた。
「まだここにいてさくらんぼを御馳走になるよ」
「そうか。じゃあゆっくりと楽しんでいてくれよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
 こうして彼等はダヴィッドを残してカテリーナも馬車に乗せてそのうえで屋敷に戻った。馬車のその出発の鈴の音が聞こえるとだった。スーゼルが入れ替わりに戻って来たのだった。
「あれっ、用事は終わったんだ」
「あっ、はい」
 一人残っていたダヴィッドに応えるのだった。
「今終わりました」
「そうか。それは何よりだよ」
「それでですけれど」
 今度はおずおずとなって彼に尋ねてきた。
「あの、フリッツさんは」
「今お屋敷に戻ったよ」
 こう彼女に答えるのだった。
「今ね」
「そうですか」
 ほっとしたような、それでいて残念そうな言葉であった。それが表情にも出ている。
「そうなのですか」
「うん、それでだけれど」
「はい」
「気分はどうだい?」
 そんな彼女に対してあえて問うたのであった。
「今の気分は」
「気分ですか」
「寂しいかい?それとも安心しているかい?」
「それは」
 実はあまりにも見事に言い当てられているので戸惑いを覚えた。そして彼は見越したうえでさらに彼女に対して言うのであった。
「その・・・・・・」
(よし、これでやり方は決まったな)
 ここでも心の中で呟くダヴィッドだった。
(それなら)
「さあ娘さん」
「よく御聞き」
 ここでまた農夫達の明るい歌が聴こえてきた。
「恋は近くにあってこそだよ」
「遠くにあってはいけないもの」
 また恋の歌を歌っていた。
「遠くに去ってしまった恋は」
「もう二度と戻って来ない」
「そう、絶対に」
 こう歌うのだった。
「だから決して離してはいけないよ」
「一度掴んだら」
「その通りだね」
 ダヴィッドはわざとスーゼルに聞こえるようにして呟いた。
「恋は一度見つけたらね。何があってもね」
「何があってもですか」
「そう、手放したらいけないよ」
 こう言ってみせるのである。
「絶対にね」
「そうなのですか」
 歌声とダヴィッドの言葉に俯いて考える顔になったスーゼルだった。話はまた動こうとしていた。確実に。
 
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