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友人フリッツ

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第二幕その四


第二幕その四

「特に何もなかったね」
「皆真面目に働いてくれてしかも何もかも豊かだ」
「いや、全くだよ」
 少し離れた場所から話し声が聞こえてきた。フェデリーコ、ハネゾーと明るく話すフリッツの声がである。その声を聞いたスーゼルは。
「あっ、いけないわ」
「いけない?」
「少し用を思い出しました」
 これを理由にしているのはダヴィッドには明らかであった。しかしそのことはあえて言葉には出さず聞いているだけにしたのであった。
「ですから。すいません」
「そうか。それだったら仕方ないね」
 ダヴィッドは微笑んで彼女の言葉に応えた。
「それじゃあまたね」
「はい、また」
 スーゼルは丁寧に一礼してからそのうえで場を後にした。ダヴィッドはその彼女を見送りながら。一人こう思わずにはいられなかった。
「あの娘しかないな」
 こうである。
「彼と結ばれるのは」
「やあダヴィッド」
 その彼にフリッツが声をかけてきた。やはりフェデリーコ、ハネゾーと一緒である。当然ペッペも一緒にいてバイオリンを奏でている。
「どうだい?元気になったかい?」
「ああ、フリッツ」
 ダヴィッドは彼にも笑顔を向けて応える。
「おかげさまでね」
「そうかい。それは何より。ところで」
「ところで?」
「スーゼルは?」
 気になるような顔で問うてきたのだった。
「何処だい?姿が見えないけれど」
「ああ、ちょっとね」
 この辺りはスーゼルと同じく誤魔化して応えるダヴィッドだった。
「ちょっとね。用事を思い出したそうでね」
「何だ、それは残念だね」
 それを聞いて心から残念そうな顔になるフリッツだった。
「折角ワインを持って来たのに」
「それで一杯かい」
「お水よりワインの方がいいだろう?」
 殆どの人間にとってその通りである言葉であった。
「だからと思って持って来たんだけれどね」
「それは残念だったね。それでだけれど」
「うん。それで?」
「スーゼルは近々幸せになるよ」
 まずは思わせぶりに微笑んでの言葉であった。
「幸せにね」
「あれっ、もう幸せになっていないのかい?」
「これからだよ。彼女はね」
「うん、彼女は?」
「近いうちに結婚するよ」
 今度はにこりと笑ってみせての言葉である。
「近々ね」
「えっ!?」
 それを聞いたフリッツは瞬時にその表情を変えた。その後ろではフェデリーコとハネゾーがワインとさくらんぼを楽しんでいる。ペッペはここでもバイオリンを奏でている。
「結婚するのかい、あの娘が」
「そうだよ、どうやらね」
「馬鹿な、そんなことは有り得ないよ」
 何故かそれを必死に否定しようとするフリッツだった。
「絶対にね。有り得ないよ」
「何故そう言えるんだい?」
「何故って?」
「今君はかなり必死に見えるけれど」
 友人を気遣う顔を作って彼に問うのだった。
「一体全体。どうしたんだい?」
「いや、別に」
 ここで少し落ち着きを取り戻して返した。
「何もないけれど」
「本当にそうかい?」
「そうだよ。何もないよ」
 そうは言っても自分でも動揺していたのはわかった。今ではかなり収まっているがそれでもである。動揺しているのは明らかであった。
「何もね」
(けれど)
 心の中で呟きもした。
(何でこんなに焦っているんだ?今の僕は)
(さて)
 そしてダヴィッドはダヴィッドで彼のそうした動揺を見抜いて心の中で言うのだった。
(彼も間違いないな。どうしようかな)
「ああ、フリッツ」
「カテリーナが来たよ」
「あれっ、どうしたんだい?」
「お客様です」
 彼女はフリッツの側まで来てこう告げてきたのだ。
「それでお屋敷に戻って頂きたいのですが」
「ああ、そうなのか」
 客が来たとなればだ。主としては戻らなくてはならなかった。それで彼女の言葉に頷いたのだった。
 
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