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至誠一貫

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第一部
第四章 ~魏郡太守篇~
  三十八 ~大掃除・壱~

 
前書き
9/5 誤字修正を行いました。
なお、彩の台詞は抜けではなく、意図した通りなのでそのままとしています。 

 
「はっ! ふっ!」

 四半刻ほど、無心に剣を遣う。
 上半身は諸肌だが、寒さを感じる事はない。
 徹夜明けでぼやけた頭が、次第にすっきりしてくるのが実感出来た。
 そこに、誰かが近づいてくる気配がした。

「あれ? お兄ちゃん、鍛練か?」
「鈴々か」
「何か、すっごく強そうな氣を感じたのだ。そうか、お兄ちゃんなら納得なのだ」

 妙に、嬉しそうだな。

「だが、個人の武では、鈴々や彩らには勝てぬ。無論、雑兵や賊らに後れを取る訳にはいかぬが」
「そうか? 愛紗も疾風も、お兄ちゃん、本当に強いって言っているのだ」
「ふっ、あの二人か。それは、大仰に申しているだけであろう。それよりも鈴々、頼みがある」
「お兄ちゃんの頼みなら、平気なのだ。何をすればいいのだ?」
「うむ。今日に限り、私が申し伝えるまで如何なる者であろうが城内外の出入りを差し止めよ。そのように、兵らにも伝え、徹底させて欲しいのだ」
「にゃ? 相手が誰でもか?」
「そうだ。仮に、陛下であろうとな。無論、此処にお運び遊ばず事はあり得ぬがな」
「合点なのだ!」

 駆けていく鈴々の後ろ姿を見送り、私は再び兼定を手にする。
 今少し、雑念を払っておかねば。



 更に四半刻ほど、型を遣い、兼定を収めた。

「はぁぁぁ……」

 ゆっくりと息を吐く。
 全身に、心地よい汗をかいたな。

「彩(張コウ)。何用か?」

 私が声をかけると、物陰から姿を見せた。

「殿。気付いておられましたか」
「途中からだがな」
「さ、然様ですか」

 慌てて、目を逸らす彩。

「如何致した?」
「あ、い、いやっ! そ、そのっ」

 顔を赤くしつつも、横目で垣間見ているようだが。

「そ、その……。殿の裸体は、初めて……」

 なるほど、そういう事か。

「では、私の部屋で待つが良い。汗を流してから参る」
「は、はっ!」

 足早に立ち去る彩。
 ……やはり、如何に優れた武官とは申せ、女子には変わりない。
 今少し、気遣わねばならぬか。



 井戸水を何度も被り、着替えた後で、私室へ向かう。

「待たせたな」
「い、いえ」

 まだ、多少顔が赤いな。

「済まぬ。見苦しきものを見せてしまったな」
「そそ、それはわ、私の方こそ、ととと、とんだ無礼を」

 吃りまくる彩もまた、新鮮だな。
 ……が、これでは話が進まぬ。

「彩。用件を申せ」
「……はっ」

 漸く、いつもの剛毅な彩に戻ったようだ。

「殿。大掃除の前に、一つだけ気掛かりがありまして」
「うむ、忌憚なく申すが良い」
「では。不正を働いた文官の処分は当然なれど、兵や武官は如何なさるおつもりか?」
「郭図らとの繋がりがある者共、という意味か」

 彩は、頷く。

「不正は前の太守ぐるみとなれば、武官や兵が全員無関係……とは考えにくいかと」
「確かにな。だが……」
「そこまでは手が廻らぬ、ですな?」
「そうだ。本来なら、一網打尽が望ましいのだが」

 悪事を働く輩は、己の保身に対する嗅覚が人一倍、鋭いのが常。
 あの古狸共もまた、例外ではあるまい。

「殿。この魏郡に到着した日の事、覚えておいでか?」
「忘れる訳がなかろう。百官総出で、歓迎の祝宴と称して懐柔に出てきたのだからな」
「うむ。だが殿は、それを手厳しく突っぱねられた」
「その結果が、古狸共と筆頭とする、数々の嫌がらせ、という訳だ」
「……殿にはまだ申し上げておりませなんだが、旧来の武官や兵の一部にも、意図的に職務怠慢をする者共が混じっている様子でして」

 私利私欲に塗れた武官や兵など、害悪でしかない。
 むしろ、得物を手にしている分、更に悪質とも言える。
 極論すれば、山賊共と何ら変わらぬのだ。

「それも含め、私や皆に散々嫌がらせを繰り返した。そうする事で実務を滞らせ、私が頭を下げる、とでも思ったのであろう」
「でしょうな。竹簡の一件はその最たるもの。ですが、殿は見事にそれを跳ね返してしまわれた」
「皆の尽力があっての事だが、奴らはぐうの音も出せぬ有様であったな」
「先ほど、古狸めらとすれ違ったが、目を合わせようともしませぬ。あれだけ殿や我らを侮っていただけに、その反動が出ているのかと」

 黄巾党絡みでの風聞は、どの程度耳にしていたかはわからぬが、あの様子では私を単に運が良いか、賊相手に戦功を立てた輩……その程度に見ていた節がある。
 だが、それは私のみならず皆に対しても、甘過ぎる認識だったとしか言えまい。
 やはり、この世界でも、後世に汚名を残した者はそのまま、という事か。

「……わかった。では、それも含めた手立てを、早急に考えねばなるまい。稟と風、それに元皓(田豊)と嵐(沮授)を呼んでくれ」
「応っ」

 部屋を飛び出していく彩の背を見ながら、ふと思う。
 ……一見、武一辺倒に見える彩だが、やはり張コウという人物なのだと。
 私がおらねば、やはり華琳に仕える事になっていたのであろうか……。



 謁見の間に赴いた私の元に、文官が集められた。
 昨日溜まり場にいた者全てが対象である。
 非番の者もいたが、有無を言わさずの出頭を命じ否は言わせなかった。

「何事でございますか。如何に太守と言えども、些か強引ではありませんか」
「全くで。我らは、理不尽には屈しませんぞ?」

 全員が口々に不満を申し立て、露骨に不機嫌な顔をする。
 中には、気丈にも睨み据える者すらいる。
 その気骨はなかなかの物だが、発揮すべき処を誤ったな。

「その方らに、見せたい物がある」

 合図と共に、謁見の間に引かれた幕が開く。
 そこには、大量の竹簡が積まれていた。

「これが、何だと?」
「中を改めよ」
「…………」

 渋々ながら、各々がそれを手に取り、広げる。
 その一人の手許から何かがはらり、と落ちた。
 それは、黄色く色づいた一枚の葉。

「これは……?」
「黄色の葉を挟んだ竹簡。……それは本来、県令が処理すべき案件が記されている。確かめてみよ」
「…………」
「他も改めてみるがいい。赤い葉は県長、茶色の葉は尉の案件だ」
「で、これが何と言われるのですかな?」

 ふむ、まだ余裕綽々か。
 ……それとも、気付かぬ程愚かなだけか。

「では、お前達に尋ねる。これらを仕訳し、しかるべき先に割り振るのが役目の筈。だが、昨日の時点でこれは全て、郡太守分として置かれていた。何故だ?」
「そ、それは……」
「職務怠慢も許し難いが、職務放棄は重大な違法行為。それを知らぬ貴様らではあるまい?」

 みるみるうちに、全員の顔が青ざめて行く。
 今更、己の立場を理解し始めたか。

「も、もしや……あの山を全て、精査なされた……と?」
「そうだ」
「で、出鱈目だ! 俄太守などに、こんなに早く、誤りなく書簡の仕訳が出来る筈などない!」

 一人が、そう叫んだ。

「往生際の悪い奴が、まだいるようだな。けど、それはおいらが調べたんだぜ?」

 嵐が、そう言いながら連中の前に姿を現す。

「な、何だ。お前のような小娘に用などない」
「はん。語るに落ちる、とはてめえらの事だな。おいらは沮授、前冀州刺史の文官頭やってたモンさ」
「な……」
「少なくとも、この魏郡だけ他の郡とやり方が違うなんて話は聞いた事がないがな。それでもまだ、ゴチャゴチャぬかすのか? ああ?」

 啖呵を切られた文官共は池の鯉の如く、ただ口を開いたり閉じたりするばかり。

「嵐。この場合、適切な処分は何か?」
「そうさな。職務放棄は私財没収の上に一族郎党死罪、ってとこかな?」
「し、死罪だって?」
「無茶苦茶だ! 職権乱用だ!」

 喚き騒ぐ文官共に、私は歩み寄る。

「黙れ。貴様ら、官吏とは何か。それを忘れ、本来の職責を果たさぬ者など、死すら生温い!」

 兼定を抜き、じりじりと迫る。

「お、お、お許し下され!」
「い、命ばかりは! 何卒!」

 見苦しく、この期に及んで命乞いとは。
 恐怖からか、失禁する者すらいる始末だ。

「主。お待ち下され」

 その時。
 星が、私の前に立ちはだかった。

「星、何の真似か。そこを退けよ」
「いいえ、なりませぬ。如何に主とは申せ、こればかりはお止め申しますぞ?」

 すると、傍に控えていた彩が、剣に手をかける。

「星! 貴様、殿の思し召しに逆らうつもりか!」
「ああ! 主に真名を預けた身だが、無法には加担できん!」
「見損なったぞ、それでも貴様、武人か! こうなれば、貴様諸共、そこの阿呆共を皆殺しにしてくれるわ!」

 縮み上がった文官共が、必死になって星に縋り始めた。

「お、お助け下さいませ! 趙雲将軍!」
「な、何でも致します。金子をお望みなら、如何様にも。ほ、他にもご所望があれば、何でも。で、ですから!」
「……その言葉、二言はあるまいな?」

 星が念を押すと、文官共はガクガクと首肯した。

「そうか。……主、こ奴らは、斯様に申しておりますぞ?」

 さっきまでの気迫はどこへやら、星は普段の飄々とした様に戻っていた。

「……は?」
「あ、あの……趙雲将軍……?」

 そんな星の豹変ぶりに、文官共は目を白黒させる。

「さ、では全て吐いて貰おうか」
「だ、騙したな!」
「騙すとは人聞きの悪い。私が止めなければ、貴様らは皆、主の手にかかっていたのだぞ?」
「詭弁だ!」
「ほう? 私に言ったではないか、何でもすると、な?」
「だ、黙れ!」
「……武人に対し、言葉を偽るとは。貴様、死に値する!」

 喚き散らす文官に、星が龍牙を向けた。

「はいっ、はいっ、はいっ!」

 鋭く繰り出される槍。
 だが、その一突きたりとも、文官を傷つけはしない。
 その代わり、冠に衣服は穴だらけ、襤褸と化していたが。

「おお、手許が定まらぬな。邪な心の輩は、龍牙では貫けないものと見える」
「全く、精進が足りないのではないか? 私の戦斧ならば、一思いに。……おっと」

 疾風が、手にした大斧を床に落とした。
 大音響と共に、床に大きな穴が開く。

「私とした事が、つまらぬ失態を。では、今度こそ」

 躙り寄る疾風から逃れようにも、星に加え、剣に手をかけたままの彩が仁王立ちしているのだ。
 この場から逃れる方法など、私も思いつかぬな。

「も、もう止めてくれ! 知ってる事は何でも話す!」
「だ、だから、この通りだ!」

 ついに堪りかねたのだろう、全員がその場にひれ伏した。



 結局、思いもよらぬ事実まで含め、文官共は洗いざらい吐いた。

「嵐、元皓。死一等を減じ、私財没収の上一族郎党全て魏郡からの追放でどうか?」
「まぁ、命惜しさとは言え吐いたんだし。おいらは賛成かな」
「僕も、それで十分と思います」
「よし。嵐は星と、元皓は愛紗と共に、速やかに処分にかかれ。従わぬ者は、全て捕らえよ」
「あいよ、任せといて」
「はい、太守様」

 その間にも、稟と風は聞き出した事を取りまとめていた。

「歳三様。これで十分かと」
「後は、風達が集めた証拠と合わせれば、もう年貢を納めるしかないかとー」
「ならば、郭図らを呼ぶとしよう」

 すかさず、召喚の使者を出した。
 ……が。

「郭図は頭痛、審配は腹痛で参れぬ、だと?」
「はっ。そして逢紀様は、家人も行方を知らぬとの事にござります」

 その報告を聞いた私は、座を立った。

「皆、大掃除の仕上げと参るぞ。稟、疾風の二人は審配の屋敷を頼む。風、私と共に、郭図の屋敷へ」
「御意です」
「御意!」
「御意ですー」
「そして、彩。逢紀は逃亡を謀る恐れがある。鈴々と共に、城門と城壁を固め、絶対に外に出すな」
「お任せあれ」



 郭図の屋敷は、城に程近い場所にある。

「大きなお屋敷ですねー」
「うむ。ただの文官の身分では、これだけの規模の屋敷には到底住めまい」
「ですねー。ではでは、郭図さんのところへ参りましょう」

 風と兵を連れ、門に向かう。
 すると、厳つい男が、行く手を遮る。
 門番なのだろうが、お世辞にも人相が良いとは言えぬな。

「止まれ! ここを何処だと思っている!」
「魏郡太守、土方だ。郭図は在宅であろう、直ちにここに連れて参れ」
「主人は今朝から酷い下痢に見舞われておられる。何人たりとも通してはならぬ、との仰せだ。太守だろうが何だろうが、お引き取り願おう」
「おかしいですねー。郭図さんは確か、頭痛と仰っていた筈ですが」

 風の指摘に、男は一瞬怯んだ。

「と、とにかく、取り次ぎは無理だ。さ、お引き取りを」
「時間を稼げ、そのように指示をされているのか?」
「な、何の話だ?」
「惚けるな。さて、そこを退くか、郭図と共に捕らえられるのが望みか?」
「お、脅すのか?」
「……脅しかどうか、試してみるか?」

 兼定の鯉口を切り、男に迫る。

「や、や、やってやるっ!」

 手にした槍を、繰り出してきた。
 ……星に比べると、蠅でも止まりそうな勢いだな。
 兼定を抜くと、穂先を斬り飛ばす。
 そのまま、刃を男の頸に当てた。

「さて、もう一度尋ねるぞ。このまま死を選ぶか、そこを退くか」
「さ、さっきと選択肢が違うじゃねぇか!」
「武人に刃を向けたのだ、当然覚悟があっての事。私は、そう受け取ったまでの事」

 男は、ガタガタと身体を震わせた。

「わ、わかった。退く、退くから、剣を引いてくれ」
「……良かろう」

 兼定を収めると、男は安堵の溜息を漏らした。
 その刹那。

「ぐへっ!」

 男の腹に拳を叩き込んだ。

「叩けば埃の出る者と見た。捕らえて、牢に入れておけ」
「はっ!」

 兵が二人、男を縛り始めた。

「残りの者は、参るぞ。続け」
「応っ!」

 抵抗する家人を押し退け、屋敷内をくまなく探す。

「いませんねー」
「うむ。だが、屋敷は取り囲み、何人たりとも出してはならぬと命じてある。……何処かにいる筈だ」

 ふと、私は庭に眼を向けた。

「あの建物は?」
「はっ、蔵のようです。家人の話では、滅多に人の出入りはないとの事ですが」

 兵士の答えに、風と顔を見合わせ、頷いた。

「あそこだな」
「ですねー」

 そのまま庭に出て、蔵の前に立つ。
 だが、頑丈そうな鍵がかけられ、扉はびくともせぬ。
 家人に糺したが、鍵はないとの一点張りである。

「歳三様! 審配は捕らえました!」

 そこに、稟と疾風が駆けつけてきた。

「それで歳三殿。郭図はどうなりました?」
「恐らく、この中なのだが。この通り、鍵がかけられている。家人も鍵はない、と言い張っているようでな」
「そうですか。ならば、私にお任せを」

 疾風はそう言い、大斧を構える。
 そして、

「やっ!」

 バキン、という音と共に、見事に錠前が壊された。

「よし、入るぞ」
「はっ!」

 重い扉を押し開けた。

「ひ、ひいっ!」
「……何と言う、醜さ」
「……鬼畜めが」
「……問答無用で、地獄に落ちやがれなのですよ」

 皆が呆れ、そして冷ややかに郭図を見る。
 その周囲には、鎖で繋がれた、全裸の少女が数名、ぐったりとしていた。

「……さて、郭図。何か、言い逃れはあるか?」
「ひ、土方……」

 もう、虚勢を張る気力すら失せたようだな。

「風の調べた通りでしたねー。郡の見麗しい女の子を拐かしては、このように慰み者にしていた、と。死ねばいいのですよ」
「私も、全面的に賛成です」
「……歳三殿。是非、その役目、私に」

 三人の怒りは、凄まじいものがある。
 ……無論、私もはらわたが煮えくり返っているが。
 私は兼定を抜き、郭図へと躙り寄った。

「よ、寄るな……寄るなっ!」
「……貴様には死を以て贖うしかない。が、その前に、私からの鉄槌を下す」

 兼定を一閃。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 郭図は、股間を押さえて転げ回る。
 その手の隙間からは、鮮血が噴き出してきた。

「宮刑ですかー」
「確かに、相応しい処罰ですね」
「……ああ。ですが歳三殿、我ら以上に容赦がありませぬな」
「当然だ。こ奴は、それだけの事をしたのだからな」



 逢紀は女装して逃亡を謀ったが、彩が見破り捕縛。
 異変を察した豪族が押し寄せたが、全て鈴々が追い払った。
 こうして、魏郡の大掃除は、山場を超えた。 
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