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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第三話 俺達は同志だ



帝国暦 485年 10月 16日  オストファーレン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「功績を充分に立てさせるか……」
「どう思う?」
「うーん、そうかもしれないな、可能性は有ると思う。問題はどうやって功績を立てさせるかだが……」

イゼルローン要塞への帰還途中、俺とミュラーは先程から参謀長室で話をしている。おそらく他の参謀連中は話の内容に興味津々だろう。次の戦いの作戦についてとでも思っているかもしれない。しかし俺達にはそれ以上に重要な話題が有る。すなわち、いかにしてグリンメルスハウゼンから逃れるかだ。

方法は二つだ。一つは異動願いを出す事。しかしこの方法では先ず間違いなく俺もミュラーも逃げる事は出来ないだろうという判断で一致している。軍上層部は俺達二人にあの老人の面倒を見させるつもりだ。異動願いなど出すだけ無駄だろう。理由もある、功績を立てている司令部をむやみにいじる必要は無い。誰も反論出来ない立派な理由だ。

もう一つの方法はグリンメルスハウゼンを退役させることだ。だがこいつがなかなか簡単にはいかない。何と言っても爺さんは皇帝フリードリヒ四世のお友達だからな、軍上層部が退役させようとしても本人が嫌だと言えばちょっと難しい。

となると次善の策はグリンメルスハウゼン提督が負けることだ。それを理由に問答無用で退役させる。皇帝も反対は出来ないはずだ。おそらくは軍上層部もそれを望んでいるんじゃないかと思うがわざと負けるというのは……。自分達がグリンメルスハウゼンから逃げるために大勢の人間が戦死するのだ、どうも気が引ける。

残された手段は本人から退役したいと言わせるしかない。つまり充分に功績を上げさせ自分は満足だ、軍人には未練が無い、そう思わせるしかないと思うのだ。考えてみればヴァンフリートでは功績は上げたが本人は戦ったという意識が少なく不満だったのかもしれない。

最後は戦場から離れた場所に追放されたし補給基地の攻略も参謀達が勝手に戦った、そう思った可能性はある。自分の力で勝ったと思えれば退役するんじゃないか、いや退役してくれるんじゃないかと思うんだが……。

「……難しいかな?……」
「難しいだろうな」
「無駄だと思うか?」
「……いや、無駄とは思わない。しかし難しいだろうと思う」

ミュラーが溜息を吐いている。まあその気持ちは分からないでもない。グリンメルスハウゼンには残念だが軍事面での才能はまるで無い。余程に上手くお膳立てしないと艦隊が混乱するだけだ。勝利どころか敗北しかねない。

「とにかく何か考え付いたら試してみようと思うんだ、どうかな?」
「そうだな、試すだけは試さないと……」
ミュラーの言葉は後半が無かった。おそらくは“このままだ”とでも言いたかったのだと思う。

「イゼルローン要塞に戻ったらミュッケンベルガー元帥に相談してみようと思っている」
「元帥に?」
ミュラーが訝しそうな表情をした。今のところ元帥とは全然友好的ではないからな、訝しく思うのも無理はない。

「勝手な事をするな、余計な事をするなと掣肘されては何も出来なくなる。こちらの真意を伝えておかなければ」
「なるほど」
「受け入れられるかどうかは分からないが少なくとも我々があの老人を担いで好き勝手をしているという誤解を受ける事は避けられるだろう」
「それも有るか……、確かにそうだな」

渋い表情だな、ミュラー。だがこのままいけば何時かはそういう非難が出るだろう。今の内に身の潔白を表明しておかないと危なくなる。幸い戻ったらミュッケンベルガー元帥に報告するとオフレッサー、シュターデンに言ってある。半分以上は連中に対する脅しだったが利用できるだろう。

ミュラーが艦橋に戻った後、俺は一人参謀長室に残った。確かにミュラーの言う通りだ、難しいだろう。しかし要塞攻防戦が原作通りに行くのであれば向こうの手の内は読めている。そしてラインハルトが居ない以上、放置すれば同盟軍の作戦は成功しかねない。そこをグリンメルスハウゼン艦隊が防ぐ!

ラインハルトの艦隊は三千隻に満たなかった。それに対してグリンメルスハウゼン艦隊は一万三千隻の兵力を持つ。こちらが同盟軍を混乱させればミュッケンベルガーは必ず塵下の艦隊を出撃させるはずだ。勝利を得るのは難しくない。後はグリンメルスハウゼンに攻撃手順を教え込むだけだ。不可能ではないと思うんだが……。出来の悪い俳優を使う映画監督みたいだな、頭が痛いよ……。



帝国暦 485年 10月 17日  オストファーレン  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



『そちらからの報告書は読ませてもらった、シュターデンからも事情は聞いている。どうやらグリンメルスハウゼン提督の手を煩わせてしまったようだ、礼を言わねばならぬ』
「いやいや大した事はしておりませぬ。それよりも総司令官閣下の御役に立てた事、これ以上の喜びは有りませぬ」
『そうか……』

スクリーンに映っているミュッケンベルガー元帥は帝国軍総司令官の威厳に満ちている。でも残念な事はどことなく表情が硬い。そしてグリンメルスハウゼン提督、彼はどう見ても公園のベンチで日向ぼっこが似合いそうな老人にしか見えない。ここまで両極端な取り合わせも珍しいだろう。

「自由裁量権を頂きながらこれまで無為に過ごした事、心苦しく思っておりました」
『無用な事だ、ヴァレンシュタイン少将の報告では反乱軍の艦隊を小勢とはいえ三個艦隊も撃破したとのこと、十分過ぎるほどの働きであろう』
「おお、恐れ入りまする」
感無量、そんな感じね。

『いずれ反乱軍がイゼルローン要塞に押し寄せてこよう。グリンメルスハウゼン提督、卿の一層の活躍に期待させてもらう』
「はっ、必ずや期待に応えまする」
『うむ、頼もしい事だ。ではこれで失礼する』
スクリーンから元帥が消えるとグリンメルスハウゼン提督が感慨深そうにスクリーンを見詰めた。

「提督、総司令官閣下は提督の御働きに感謝し期待していると……」
「そうじゃのう、参謀長。次の戦いでは不甲斐ない戦いは出来んのう」
「はい、目覚ましい武勲を上げなければ」
「うむ、このような事は初めてじゃ、嬉しいのう」

あーあ、お爺ちゃん大喜び。もう泣き出しそうになってる。そして周囲は何も映さなくなったスクリーンに???な状態。そりゃそうよね、皆ミュッケンベルガー元帥がグリンメルスハウゼン提督に何の期待もしていない事を知っている。それが“提督の活躍に期待させてもらう”だなんて……。

当然だけどこれは偶然じゃない、ミュッケンベルガー元帥の頭がおかしくなったわけでもない。これを演出した人間が居る。この状況を驚いていない人間、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少将、私の直属の上司だ。全ては先程、イゼルローン要塞で始まった……。



グリンメルスハウゼン艦隊がイゼルローン要塞周辺に戻るとヴァレンシュタイン少将は直ぐに私を連れて要塞に出向いた。ちょっと驚きだった、オフレッサー上級大将、シュターデン少将には自ら報告に行くとは言っていたけどあれは脅しだと思っていた。

作戦そのものはあざといと言うかえげつないと言うか碌でもない作戦だと思う。よくもまあこんな酷い作戦を考えついたものよ。だけど効果は満点としか言いようがないわ。あれじゃ同盟軍はローゼンリッターを前線には出せない。私としてはワルターとリューネブルク少将が殺し合うなんて事にならずにホッとしている。

多分リューネブルク少将も同じ思いだと思う。帝国に亡命した時、いずれはワルター達と戦う事になると思っただろうけど実際に戦うとなれば色々としがらみが有って遣り辛かったはずだ。少将にとってヴァンフリートは決して戦い易い戦場では無かったと思う。

報告に関して言えば問題は無いはずだった。オフレッサー上級大将、シュターデン少将はミュッケンベルガー元帥にグリンメルスハウゼン艦隊に独断で依頼したと報告して元帥に叱責されたってアンベルク少佐が教えてくれた。

少佐は宇宙艦隊司令部に知り合いが居る。最近私に色々と教えてくれるけど私を通してヴァレンシュタイン少将に取り入ろうとしているらしい。どうやら少将に直接取り入るのはちょっと気が引けるようだ。もっともそれはアンベルク少佐だけじゃない、クーン中佐、バーリンゲン中佐も似た様な事をしている。まあ情報が入るのは嬉しいのだけれど下心が有るのはちょっと……。

要塞内に入って廊下を歩いていると吃驚するような出来事に遭遇した。ヴァレンシュタイン少将を認めた士官十人程が一斉に道を譲って脇に控えたのだ。上級者とすれ違う下級者は上級者に道を譲って敬礼する。これは同盟でも帝国でも同じ。見たところ皆佐官だったから彼らが少将に道を譲った事はおかしな事ではない。

問題は距離よ、距離。普通は大体三メートルから五メートルぐらいの距離で道を譲る、それ以内だと敬礼がおざなりだと相手に取られかねない。それ以上になると余程階級に差が有るか、相手が実力者だと認識した場合になる。でもって少将の場合なんだけど、どう見てもあれは五メートル以上前から道を譲っていたわ……。

ミュッケンベルガー元帥は自分に用意された執務室で人払いをして少将を待っていた。機嫌は良くない、苦虫を潰したような表情だ。その表情で私をジロッと見た。背筋が寒い。
「少将閣下、小官は外で控えております」
「その必要は有りません」
「……」

こんな所に居たくないと思ったけどミュッケンベルガー元帥も不機嫌に黙り込んだまま何も言わない。仕方なく部屋に残った。少将が言葉を続ける。
「元帥閣下、報告書はお読みいただけたでしょうか?」
「……」

元帥が口を開いたのは三十秒ほど経ってからだった。
「報告書は読んだ。シュターデンからも事の経緯は聞いている。手数をかけたようだな」
「ローゼンリッターに対する猜疑心を利用しました。おそらく反乱軍は彼らを前線に出す事は避けるはずです。当分閣下を苛立たせるようなことは無いと思います」
「……」

重いわ、空気が重い。ミュッケンベルガー元帥を苛立たせているのはワルターよりも少将なんじゃないの? ヴァレンシュタイン少将が元帥のお気に入りというのは絶対嘘。私はその証明現場に居る。
「グリンメルスハウゼン提督も総司令官閣下のお役に立てた事を非常に喜んでおいででした。これまで自由裁量権を頂きながら十分に活用出来なかった事を申し訳なく思っていたようです。後程総司令官閣下より親しくお言葉を頂ければより一層の働きをする事でしょう」
「……」

顔が、顔が引き攣ってる……。お願いです、もう止めてください。とばっちりは私にも来るんですよ、少将。でも少将はそんな私の願いを無視して言葉を続けた。
「小官としましては今回の出兵でグリンメルスハウゼン提督に大きな武勲を立てていただきたいと思っております。軍人としての名誉が満たされれば今後は出兵に拘る事は無くなるのではないでしょうか」
「……」

なるほど、そう言う考えも有るんだ……。あ、ミュッケンベルガー元帥が考え込んでいる。
「小官は元帥閣下も同じ事を御考えなのではないかと推察しておりました。それ故グリンメルスハウゼン提督に自由裁量権を与えたのだと。これは小官の思い違いでしょうか?」

元帥が唸り声をあげた。
「……いや、そうではない、卿の言う通りだ」
「小官の思い違いではないのですね」
「うむ」

二人が見詰め合っている。功績を立てさせて満足させて退役させる……。つまりこの時点でグリンメルスハウゼン提督に対する扱いについて合意が出来たって事? 上手いもんだわ、何時の間にか元帥と少将は同志になってる。この場面だけ見ればヴァレンシュタイン少将は確かに元帥の信頼厚いお気に入りよ。

「しかし上手く行くかな?」
「もちろん、功を上げても提督が次の出兵を望む可能性は有ると思います」
少将の答えにミュッケンベルガー元帥が顔を顰めた。

「そうだな。いや、それも有るが肝心なのは武勲を上げる事が出来るかどうかだ。それなしでは話が進まぬ……」
「分かっております、尽力に努めたいと思っております」
ヴァレンシュタイン少将が神妙に答えるとミュッケンベルガー元帥が溜息を吐いた。

「卿の才覚に期待するしかないか……、あの老人を補佐するのは大変だろうが宜しく頼む」
「はっ」
確かに大変よね。傍で見ていて本当にそう思う。性格はかなり悪いけどそうじゃなきゃグリンメルスハウゼン艦隊の参謀長は無理よ。時々少将が可哀想に思えるときも有る、時々よ。

「後程私の方からグリンメルスハウゼン提督に連絡を入れる。今回の件、改めて礼を言う事にしよう」
「有難うございます」
「全く、敵よりも味方の方が厄介とは……、皮肉な事だな」
元帥が自嘲気味に呟き少将が頷いた。

同感よ。グリンメルスハウゼン提督だけじゃない、オフレッサー上級大将、シュターデン少将だって敵と戦う事よりも味方を陥れる事を考えている。何だってこんなに面倒な味方ばかりいるのか……。こんなので本当に勝てるのかしら……。思わず溜息が出そうになって慌てて堪えた……。


 
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