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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第四話 芸を仕込むのも容易じゃない



帝国暦 485年 11月 10日  オストファーレン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ようやく同盟軍がイゼルローン要塞の前面に押し寄せてきた。俺としてはもう少し早く来るかと思ったんだがな。……いよいよこれからイゼルローン要塞攻防戦が始まるわけだ。オストファーレンの艦橋は静かな緊張に包まれている。

要塞攻防戦は兵力が同数なら守る側に分が有る。守る要塞がイゼルローン要塞ともなればなおさらだ。しかしそれでもオストファーレンの艦橋は緊張している。前回の要塞攻防戦では味方殺しが発生したからな。今頃要塞主砲トール・ハンマーには膨大なエネルギーが充填されているだろう。帝国軍は要塞を守る為ならどんなことでもする。味方だからといって安心は出来ない。

同盟軍の兵力は約五万隻、原作より一個艦隊多く動員されている。どうもロボスは焦っているようだな。原作と違って昨年末に元帥に昇進できなかったらしい。シトレとの出世争いで追い付こうと必死なのだろう。ヴァンフリートでも原作より多い兵力を動員したのもそれが理由のようだ。

そのヴァンフリートで負けたにもかかわらずロボスがイゼルローン要塞攻防戦を挑んだのは要塞攻略に関して自信が有るからだ。ウィレム・ホーランド、アンドリュー・フォークが考案したミサイル艇による攻撃案のはずだ。

同盟軍は、いやロボスは自信満々で挑んでくるに違いない。そこを帝国の秘密兵器グリンメルスハウゼン提督が粉砕する。同盟の脂ぎったロボス親父の汚い野心を帝国の居眠り老人グリンメルスハウゼンのピュアな心が打ち砕くのだ。正義は常に勝つ!

この会戦のクライマックスだろうな。そしてグリンメルスハウゼンは名声を手に入れ心置きなく軍を退役する。俺達は涙を流して提督を見送るのだ。皆は俺達が名将グリンメルスハウゼン提督との別れを惜しんでいると思い感動するに違いない。それでいい、感動とは往々にして誤解から生まれるもの、真実は常に滑稽だ。

帝国軍の兵力だがこちらも約五万隻、同盟とほぼ互角だ。イゼルローン要塞駐留艦隊、グリンメルスハウゼン艦隊、ミュッケンベルガー元帥率いる直率部隊。このうち要塞駐留艦隊とグリンメルスハウゼン艦隊が要塞の外で同盟軍に対峙している。元帥の直率部隊は要塞内で待機だ。

同盟軍が動き出した。「D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)」、同盟軍が血の教訓によって得た艦隊運動の粋だ。ミサイル艇は……、まだ配置されていない。もう少しこちらがダンスに疲れるのを待ってからさりげなく配備するのだろう。同盟軍も前線に配備されているのは約三万隻、後方に予備が二万隻、戦力配備はほとんど帝国と変わりはない。

前線に配備された同盟軍が要塞主砲“トール・ハンマー”の射程限界の線上を軽快に出入りして帝国軍の突出を誘う。タイミングがずれれば、トール・ハンマーの一撃で艦隊が撃滅されてしまう。一方帝国軍は同盟軍をD線上の内側に引きずり込もうとする。

その際、自分達まで要塞主砲に撃たれてはならないから、退避する準備も怠らない。互いに砲撃戦を行いながら相手を牽制するのだ。虚々実々の駆け引きが続くが、これは兵士たちにとって恐ろしいほどの消耗を強いる事になる……。

という事でこんな難しい運動はウチの艦隊には無理だ。ゼークト提督の駐留艦隊に任せてグリンメルスハウゼン艦隊は要塞付近で待機している。おそらく多くの帝国軍兵士が高みの見物かと俺達を白い目で見ているだろう。でもな、最も激しく踊るものが最も激しく疲れるって言うからな。誰が言ったんだっけ? ロイエンタールだったか。まあ誰でも良いか、ウチは省エネ艦隊なんだ、効率よく勝つ。
 
二時間程過ぎた頃、ミサイル艇がこっそりと前面に出てきた。来たか……、待ちかねたぞ、ロボス。こちらの手順をグリンメルスハウゼン提督に説明するか。あくまでこの戦いの主役は指揮官席で座っている老人だ。俺は黒子に徹さないと……、老人の傍に近付いた……。



帝国暦 485年 11月 10日  オストファーレン  ナイトハルト・ミュラー



エーリッヒがグリンメルスハウゼン提督の傍により耳元で何かを囁いている。提督は不思議そうな表情でその言葉を聞いている。時折首を傾げ問いかけるがエーリッヒは諭すように提督に話しかけている。ようやく納得したのだろう、グリンメルスハウゼン提督が二度、三度と頷いた。

「何を話していたんだ」
戻ってきたエーリッヒに問いかけると小さな声で
「もう直ぐ反乱軍が攻撃をかけてくる、その対処法を説明していた」
と答えた。

おいおい、本当か? エーリッヒの顔を見たが生真面目な表情だ、どうやら本当らしい。“どんな方法だ?”今度は俺も声を潜めて問い掛けたがエーリッヒは首を横に振って答えなかった。答える必要が無いという事か、それとも答える暇がないという事か……。

「上手く行くのか?」
「最初は」
「最初は?」
問い返すとエーリッヒは厳しい表情で頷いた。
「その後は味方がどう動くかで変わる」

味方? 敵ではなく味方なのか……。
「反乱軍のミサイル艇から目を離さないでくれ。正面の艦隊の動きは陽動だ」
「……ミサイル艇?」
「ミサイル艇の攻撃が始まった時が勝負だ」

慌ててスクリーンに視線を向けた。ミサイル艇、ミサイル艇は何処だ? 居た! 一か所に集まっている、三千隻程か。あそこは……、あそこはトール・ハンマーからは死角の位置だ! ミサイル艇がスルスルと動き出した! 一斉に要塞に向けて多頭ミサイルを発射する! 要塞の表面に白い爆発光が湧き上がり砲台、銃座が吹き飛ぶのが見えた。連中、ミサイル攻撃で要塞を破壊しようとしている。これが反乱軍の作戦か!

「全艦隊に命令、前進し前方のミサイル艇の側面を攻撃、撃破せよ」
艦橋が反乱軍の攻撃にどよめく中、グリンメルスハウゼン提督が命令を出した! 皆が驚いて提督を見ている。
「はっ、全艦隊に命令、前進し前方のミサイル艇の側面を攻撃、撃破せよ!」
エーリッヒが復唱するとオペレーターが慌てて命令を艦隊に伝えた。さっき話していたのはこれか……。

グリンメルスハウゼン艦隊が前進しさらに要塞を攻撃しようとするミサイル艇の側面を攻撃する。兵力的にこちらが圧倒的だ、そしてミサイル艇は防御力が弱い、側面を突かれたミサイル艇がたちまち爆発した。艇内のミサイルが誘爆したせいだろう、眩しい程の閃光を発して爆発していく。あっという間に反乱軍のミサイル艇部隊は壊滅状態になった。

「艦隊を天底方向に移動し反乱軍を攻撃せよ」
またグリンメルスハウゼン提督が命令を出した。皆が困惑したようにエーリッヒを見ている。命令に従うべきかどうかエーリッヒに確認しようということだろう。
「はっ、艦隊を天底方向に移動し反乱軍を攻撃せよ!」

エーリッヒが復唱するとオペレーター達が驚きつつ命令に従った。艦隊が天底方向に移動すると上方にある反乱軍に攻撃を開始した。攻撃を受けた反乱軍は混乱している。なるほど、そうか、こちらを攻撃するには艦隊を回頭するか陣形を広げなければならない、だがそれを行えばトール・ハンマーの射程内だ。

反乱軍は現状のままで、トール・ハンマーの死角の範囲の中で対応しなければならない。反乱軍の兵力は三万隻だが極端に細長い紡錘陣形を取っている、そのためグリンメルスハウゼン艦隊の攻撃に対応できるのは先頭の部隊だけだ。こちらが圧倒的に有利な形で攻撃している。いや先頭部分を叩き潰している。戦況は一方的だ。

スクリーンに映る戦況に皆が感嘆している。そして皆が不思議そうな表情でグリンメルスハウゼン提督を見ている。エーリッヒが作戦を教えたとは思わないらしい。まあそうだな、教えたとしたら反乱軍の作戦を見破っていたことになる。そんな事は普通有り得ない。ヴァンフリート以来、こいつには驚かされてばかりだ。

「エーリッヒ、お見事」
小声で話しかけるとエーリッヒは溜息を吐いた。
「なんとか提督に満足してもらわないと……」
グリンメルスハウゼン提督に視線を向けた。ごく平静な表情でスクリーンを見ている。分かっているかな、この艦隊の働きで帝国軍が有利な状況にあると……。

「これからどうなる、味方次第と言っていたが」
「駐留艦隊と元帥の直率部隊があの敵を叩こうと動けばトール・ハンマーは使えなくなる。そうなれば向こうも予備を出してくるだろう、混戦になるな、戦局の収拾は難しいだろう」
「混戦か、面白くないな」

混戦になれば艦隊運動に不安のあるグリンメルスハウゼン艦隊は危険だ。エーリッヒも表情が渋い。
「このままの状況を保ってくれれば良いんだが……」
「止めることは出来ないか」
エーリッヒが渋い表情のまま首を振った。

「我々の事を見殺しにする、あくまで反乱軍はトール・ハンマーで叩き潰す。そのくらいの冷徹さを発揮してくれればとは思うが……、側面を突けば簡単に反乱軍を分断出来るんだ、難しいだろうな」
こっちまで表情が渋くなった。

三万隻の反乱軍を分断できる、抗し難い魅力だろうな。そうなったら一旦兵を退くしかないか。混戦に巻き込まれず遠距離からの砲撃戦に専念する。その方が行動の自由を確保できる。上手く行けば予備として最終局面での勝利を演出できるだろう。

「駐留艦隊、反乱軍の側面を突こうとしています!」
「イゼルローン要塞から味方が出撃してきます!」
オペレーターが報告すると艦橋に歓声が上がった。誰もが勝利を確信したのだろう……、溜息が出そうだ。

「反乱軍、予備部隊を出してきました!」
やはり予備を出してきたか……。オストファーレンの艦橋がどよめいた。敵味方の全戦力が戦闘に入ろうとしている。今度は決戦、とでも皆は思ったか……。残念だがこれから始まるのは混戦だ。

駐留艦隊が反乱軍の側面を突く、そして要塞から出撃した帝国軍が反乱軍の予備部隊と交戦し始めた。それを見てエーリッヒがグリンメルスハウゼン提督に声をかけた。
「閣下」
「何かな、参謀長」
暢気な声だ、何も分かっていない。

「艦隊を後退させては如何でしょうか、このままでは混戦に巻き込まれ艦隊行動の自由を失ってしまいます」
皆が顔を見合わせている。不安そうな表情だ、混戦には自信が無いのだ。グリンメルスハウゼンはスクリーンをじっと見た。

「総司令官閣下はどう思うかのう」
「我が艦隊が総司令官閣下の予備になるのです。自由に動かせる部隊が有るというのは何よりも心強いはずです」
“そうするかのう”と呟いてグリンメルスハウゼン提督が頷いた。

エーリッヒがオペレーターに後退命令を出すと艦橋には残念そうな空気と安心した様な空気が流れた。グリンメルスハウゼン艦隊からの攻撃が無くなると反乱軍は駐留艦隊との戦闘に専念出来る事になる。もっともこちらから受けた損害は決して小さくない。

短時間だが一方的だったのだ。最低でも五千隻以上は失ったはずだ。そして駐留艦隊には側面を突かれている。艦隊を再編しつつ駐留艦隊と戦うのは容易ではないだろう。

「これからどうする?」
このままではグリンメルスハウゼン提督の功績は中途半端だ。そして戦況も混沌としかねない。
「一応手は考えて有る。だがそれを行うにはミュッケンベルガー元帥と打ち合わせをする必要が有る」
「元帥と? ……トール・ハンマーを利用するという事か?」
俺の問いかけにエーリッヒが頷いた。なるほど、俺と似た様な事を考えているらしい……。



帝国暦 485年 11月 11日  オストファーレン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



スクリーンにはミュッケンベルガーが映っている。こちらは味方を放り出して後退したのだがミュッケンベルガーは特に文句は言わなかった。面白くは無かっただろうが自由裁量権は与えて有るし大事な予備戦力でもある。今となってはミュッケンベルガーの唯一の武器なのだ。俺達をどう使って勝利を得るか、彼の頭の中はそれで一杯だろう。

『では提督の艦隊を以て反乱軍の後背を突くと言うのか』
「その通りでございます、如何でしょうか」
『うむ、……反乱軍は後退しようとするであろうな。そこを叩く、いやトール・ハンマーで一撃を加える、そういう事だな』
「そういう事でございます」

ミュッケンベルガー元帥とグリンメルスハウゼンが話している。スクリーンに映るミュッケンベルガーの表情は必ずしも明るくはない。戦況は酷い混戦状態になりつつある。グリンメルスハウゼン艦隊だけに任せていれば勝てたかもしれないという思いが有るのかもしれない。

或いはグリンメルスハウゼンと作戦を話し合っているのが不本意なのか……。でもな、この爺さんを退役させるには爺さんを活躍させる必要が有るんだ。爺さんの作戦で勝ったとなれば最高じゃないか。ミュッケンベルガーも大声で爺さんを褒め称えるはずだ。爺さん、喜ぶぞ。

ミュッケンベルガーがチラっと俺に視線を向けてきた。お前の提案かと言いたいらしい。その通りだ、俺の提案だよ。混戦状態にある両軍を遠回りに迂回し同盟軍の後背に出る。それを防ぐには同盟軍は兵を退かざるを得ないんだが結構これが難しい。

今戦っている帝国軍を引き連れながら後退しなければならないのだ。帝国軍の後退を許してはトール・ハンマーの一撃を受けかねない。かと言って後退が遅れればグリンメルスハウゼン艦隊に後背を突かれる……。原作でラインハルトがやった事の真似だ。もっともこっちの方が兵力が多いからな。より効果的だし安全でもある。

グリンメルスハウゼンに教えるのは大変だった。とにかく呑み込みが悪いんだ、ミュラーと二人で根気よく教え込んだんだが戦争よりもこっちで疲れそうだ。早くこの老人から離れないと、そのためにもここで勝利が必要だ……。

ミュッケンベルガーが俯いて考え込んでいる。二度、三度と頷いてからこちらを見た。
『提督の提案を採ろう。各艦隊に作戦を周知しなければならぬ、作戦開始は三時間後としたい』
「承知しました」

まあこの混戦状態じゃ通信は傍受されかねない、連絡艇を使うのが無難だろうな。通信が切れる前、もう一度ミュッケンベルガーがこちらを見た。上手くやれ、そんなところだろう。分かっているさ、上手くやる。だからそっちも上手くやってくれ、爺さんを持ち上げるのを忘れるなよ。爺さんをおだてて気持ちよくさせて退役させる、それこそがこの遠征の最終目的なんだから……。



 
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