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フィガロの結婚

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38部分:第四幕その二


第四幕その二

「誰にも見られないようにって」
「誰にもだな」
「だからこのことは」
「わかっている」
 当然彼も言うつもりはなかった。
「それはな」
「ならいいけれど」
「全く関係のないことだ」
 内心は隠していた。
「全くな」
「そう。だったらこれから私は」
「何処に行くんだい?」
 去ろうとするバルバリーナに対して問うた。
「これから」
「スザンナのところに行ってからケルビーノのところにね」
「行くのだな」
「ええ。それじゃあ」
 跳ねるようにしてうきうきとして場を後にした。後に残ったフィガロは身体をわなわなと震わせていた。その彼にマルチェリーナは恐る恐る声をかけた。
「フィガロ」
「母さん、聞いたよな」
「ええ、聞いたわ」
 それはマルチェリーナも認めて頷く。
「それはね」
「だったらもう」
「落ち着きなさい」
 あえて優しい声を彼にかけた。
「落ち着いてね。ことは重大だよ」
「そんなことはわかっているさ」
 フィガロもそれがわからない訳がなかった。しかしだった。
「それでもだよ」
「冷静かつ真剣にだよ。よく考えるんだよ」
「考えてるよ」
「からかわれているのが誰か」
 マルチェリーナは我が子を気遣いながらも諭してきた。
「御前もよくね。いいね」
「あの瓶」
 だがフィガロはまだ落ち着きを取り戻してはいなかった。
「あれは伯爵様が」
「そうだろうね」
 それはマルチェリーナも認めた。
「けれどよ」
「けれど?」
「疑いを抱くよりはね」
 こう言うのだった。
「ちゃんと見極めるんだよ」
「見極める?」
「そうよ。御前はまだ聞いたばかりだよ」
 また我が子に話す。
「殆ど知らないか知っていても不確かなものだよ」
「じゃあ気をつけよう」
 フィガロは何とか落ち着いたふりをして母に告げた。
「逢引の場所はわかったから」
「それでどうするんだい?」
「復讐に。それじゃあ」
 こうして母を振り切って姿を消すフィガロだった。フィガロが姿を消すとマルチェリーナは一人になった。彼女は嘆きながら一人呟くのだった。
「急いでスザンナに伝えないと。彼女は潔白だわ」
 彼女はこのことがわかっていたのだった。
「あの顔付きに貞節な物腰を見ればわあkるわ。彼女は興味本位で人を騙したりはしないし貞節は何があっても守るわ。フィガロにはそれがまだわからないのよ」
 これは彼女が女であり歳を経ているからだった。
「どんな女も同姓を守る為に助け合うもの。男達から」
 その言葉と共にまた言う。
「牡山羊と牝山羊はいつも愛し合っていて喧嘩をしたこともない。野蛮な野獣達でさえ手出しをせず森でも山でもその連れ合い同士はお互いに平和と自由を与えるもの」
 こう言うのだった。
「私達女だけが男達を愛しているのに彼等はいつも不義を重ねて私達に非情に振舞うのね」
 最後の言葉を残して姿を消す。そうして後にはまずは誰も残っていなかった。
 
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