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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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裏通りの鍛冶師
  とあるβテスター、そっと部屋を後にする

翌日、2023年3月4日。
僕とシェイリが泊まっている宿屋の一室は、ちょっとした喧噪に見舞われていた。

「何でおまえがここにいるんダ?懲りずに殴られにきたのカ?だったらそう言えヨ、遠慮なく殴ってやるかラ」
朝から僕の部屋を訪れたアルゴは、いかにも不機嫌といった顔を隠そうともせず、ジト目で先客を睨み付けた。
彼女は情報屋という立場上、人間関係においてもあまり私情を挟むことはない……のだけれど、彼の所業に対しては、そんな彼女ですら怒りを抑えきれないらしい。

「そりゃこっちの台詞だっつの!なんでオマエがここにいんだよ暴力女!俺の(ダチの)ユノとどういう関係なんだよ!」
対するは、裏通りのセクハラ魔こと鍛冶師リリア。
初対面の女性の胸に触り、あまつさえ『あー、論外』などと鼻で笑うという、女性の敵そのものといっても過言ではない男。
正直な話、よくもまあ今まで黒鉄宮送りにならなかったのかと不思議に思うくらいだ。
というか、よくよく考えたら僕も被害に遭っているわけで。
思い出したら腹が立ってきたので、ここはアルゴに味方するべきか。
あと、その台詞は色々と誤解を招きそうなのでやめてほしい。

「もー!ふたりとも、喧嘩しちゃだめー!」
人の部屋で不穏な空気をまき散らす二人の間に割って入ったのは、僕のパートナーであるシェイリ。自称高校生。
知り合い二人が険悪な雰囲気なのを見ていられないのか、彼女にしては珍しく、強い口調で仲裁に入っている。
……とはいえ、如何せん本人の見た目が幼すぎるため、いまいち迫力に欠けると言わざるを得ない。

「ま、まあ、二人とも落ち着いて。ソファーにでも座ったらどう───」
「却下!」
「断ル!」
「……はい」
そして、僕はというと。
一旦落ち着くことを提案したものの、言い終わる前に却下されてしまった。
一応の部屋主だというのに、なんともぞんざいな扱いだ。
泣いても……いいかな?

「『鼠』がこんなところに何しに来やがったんだよ!ここはオマエのくるような所じゃねぇんだよ!」
「オイラは仕事の報酬の話をしに来たんダ!そっちこそ、どうしてこんな朝っぱらからユー助の部屋にいるんダヨ!」
「俺はこいつらの武器を作るって約束してたんだよ!勿論、ダチとしてなぁ!だからオマエはお呼びじゃねぇんだよ!」
「冗談言うナ!ユー助との付き合いなら、オイラのほうがおまえなんかよりもずっとずっと長いんダヨ!新参者は引っ込んでロ!」
「んだと、暴力女!」
「やんのカ、ネカマ野郎!」
尚も言い争う二人。
実を言うと、この二人の言い分はどちらも正しかったりする。
アルゴとは元々今日この時間に報酬の話をする約束をしていたし、リリアはリリアで、出来上がった武器を届けに依頼主であるシェイリの───要するに、僕たち二人の部屋を訪れたというわけだ。

と、ここまでは特に問題はなかった。
リリアが部屋に来たのはアルゴよりもだいぶ前だったし、肝心の武器制作も、苦労して鉱石を入手しただけあって、かなり高性能なものが出来上がったらしかった。
ランダム要素も含まれるSAOの鍛冶システムにおいて、一度で期待通り───否、それ以上の武器が出来るというのは、なかなかに運がよかったといえるのではないだろうか。

……ところが。
なんとも間の悪いことに、前の仕事が予定よりも早く終わったというアルゴが、予定よりも早い時間に僕たちの部屋まで来てしまった。
期待以上の成果にテンションが上がり気味だった僕たちは、アルゴの声を聞いて反射的に入室許可を出してしまい───そして、今に至るというわけだ。

「オイラはユー助のことなら何でも知ってル!それこそ、人に言えないことまでナ!」
「はっ!俺だって昨日の夜───おっと、こいつは言えねぇな。俺とアイツだけの秘密ってやつだ」
「!?おいおまえ、ユー助に何したんダ!昨日の夜ってなんダヨ!?」
「はぁ?オマエに教える義理はねぇだろ!」
「ユー助!この男とどういう関係なんダ!オイラよりもこいつを選ぶのカ!?」
「教えなくていいぜユノ!精々嫉妬させてやれ!」
どうでもいいけど、二人とも少し声を抑えてくれないだろうか。
SAOの宿屋は基本的に防音機能を備えているけれど、叫び声《シャウト》に至ってはその限りではなかったりするわけで。
要するに、この言い争いは全部、他の部屋に泊まっているプレイヤーにも筒抜けなわけで。
おまけに最前線であるラムダの宿屋には、攻略組を含めた多くのプレイヤーたちが泊まっているわけで……。

「僕、やっぱり人前に出れないかも……」
「………」
「……ん、シェイリ?」
この会話を聞いた人たちから、僕はどう思われてしまうんだろうか。
そんなことを考えながら軽くブルーになっていた僕は、何やらシェイリの様子がおかしいことに気が付いた。
気が付いて───しまった。

「………」
「あの、シェイリさん?その新しい武器をどうするおつもりで?」
シェイリが無言のままストレージから取り出したのは、刀身の鋼に朱色の絵具を混ぜたような禍々しい色合いの両手斧。
ついさっきリリアから受け取った、シェイリの新しい武器だった。
固有名、《ブラッド・リッパー》。エクストラ効果、人型・不死系モンスターに対して5%の追加ダメージ。
このタイミングでそんな武器を取り出して、彼女がこれからやろうとしていることは、ひょっとして───いや、大体想像はつくけれど。

「大体おまえは初めて会った時から気にいらなかったんダ!さっさと黒鉄宮送りにすればよかっタ!」
「それはこっちの台詞だっつの!オマエみたいな暴力女なんざ願い下げだね!チェンジだチェンジ!」
血染めの斧を握った両手をだらりと下げ、幽鬼のようにゆらりと二人へと近付いていくシェイリ。
その表情は前髪に隠れていて伺えないけれど、これがやばいってことくらいは僕にでもわかる。

「………」
えっと………。
僕、知ーらないっと。
君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし。
これから起こるであろう惨劇に巻き込まれないうちに、僕はそっと部屋を後にした。

「……ふたりとも───」
「こうなったら白黒つけようじゃねぇか!ユノがどっちを選ぶのかをなぁ!」
「上等ダ!ユー助はオイラを選ぶに決まってル!」
「いいかげんに───」
「じゃあ本人に聞いてみようじゃねぇか!ユノ、オマエはどっちを───って、ユノ?」
「ア、アレ、シーちゃん?何で武器なんか構えテ───」
「してぇぇぇ───っ!!」

「ちょ、クソガキ、何を───ぎゃあああああ!?」
「シ、シーちゃん、話せばわかル───うわアアアア!?」




───こうして。
滅多に聞けないであろうシェイリの叫び声と、案外似た者同士かもしれない二人の悲鳴をBGMに。
今日も今日とて、僕の一日が始まる。
ただ、昨日までとは少しだけ違っていることは───友達が、増えたことだろうか。 
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