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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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裏通りの鍛冶師
  とあるβテスター、お願いする

リリアのことを忘れていた。
そのことに僕が気付いたのは、辺りがすっかり夜の闇に包まれた後だった。
ベッドでごろごろした状態のまま、うっかり二人して爆睡してしまっていたらしい。

「ふあ……」
まだぼんやりとする意識の中、何とか右腕だけを持ち上げ、指を振ってメニューウィンドウを開く。
視界の端に表示される時計を見てみると、現在時刻は午後9時を少し過ぎたところだった。

「……っ!?やばっ!?」
現在の時刻を確認した瞬間、僕の眠気は一気に吹き飛んだ。
リリアとの待ち合わせに指定したのは、午後7時。
僕たちがダンジョンから戻ったのが午後4時頃で、部屋にアルゴが訪ねてきたのは5時かそこらだったはずなので、かれこれ4時間ほど寝ていたことになる。
SAOには強制起床アラームという、指定した時刻に任意の音楽を流し、強制的に意識を覚醒させてくれる、なんとも便利な機能が備わっている。
この機能によって、SAO内での生活において寝坊という概念は存在せず、現実世界のように寝坊が原因で待ち合わせに遅刻するといったこともない。
……ところが。
僕はこんな時間に寝てしまうとは思ってもいなかったため、当然ながらアラームをセットしているはずもなかった。
隣のベッドで寝ているシェイリはというと、そもそも強制起床アラームをセットする習慣自体がないらしい。
したがって、遅めの昼寝───と呼んでいいのかどうか微妙なラインのこの睡眠によって、僕たち二人は見事に約束の時間をブッチしてしまったというわけだ。

実を言うと、僕とシェイリが(といっても、僕が一方的にだけど)気まずくなっている最中、リリアからのインスタント・メッセージが何件か届いていた───のだけれど、その内容は『たすけろ』『ころされる』『はんにんはあるご』などという、自業自得としか言いようのない内容だった。
よって、当然のことながら、考え事(主に悪い方向の)の最中だった僕が、そんなメッセージを相手にするはずもなく。
リリアから送られてくるメッセージをことごとく放置しているうちに、いつの間にかベッドでごろごろするのに夢中になっていた。
……正直なところ、途中から内容を確認すらしていなかった。

「あー……怒ってるかな」
一番最後に送られてきたメッセージを開いてみると、そこにはたった一言だけ『うらぎりもの』と書かれていた。
どうやら恨まれてしまっているらしい。

いや、まあ。
そもそも待ち合わせすること自体、本来であれば必要のないことであって、どこかのシスコン鍛冶師が周りそっちのけで自分の世界に浸りさえしなければ、その場で武器を作ってもらえば済んでいた話だったんだけど。
更に言えば、アルゴに関しては彼が自分で撒いた種なわけであって、僕たちを恨むなんてお門違いも甚だしい。
……と、切り捨てたいのは山々なところではあるものの。
今回に限っては、寝過ごしたこっちにも非があるしなあ。

「一応、謝っておこうかな……。シェイリは───」
「……ふにゅ……」
「……。まあ、いっか、一人で」
シェイリを起そうかと思ったけれど、直前で思い直した。
隣のベッドですやすやと眠る彼女は、あまりにも気持ちよさそうに熟睡中だったため、無理に起こすのも憚られたからだ。
インスタント・メッセージでリリアに今から向かう旨を伝え、軽く身支度を整える。
この機能はメッセージが相手に届いたかどうかを確認できず、更に相手が同じ層にいなければ無効になってしまうという欠点はあるものの、あれだけ大変な思いをした後で狩りに行くような気力は、彼にも残っていないだろう。
それ以前に、リリアがアルゴから逃げ切れるとも思えないし。
僕の予想が正しければ、彼は裏通りの定位置で不貞腐れていることだろう。

「……って、早っ」
案の定。
僕がメッセージを送って一分と経たないうちに、リリアからの返信が返ってきた。
内容は、『さっさと来い』───早かっただけあって、なんとも簡潔極まるメッセージだ。
こちらも一言で返信し、ウィンドウを閉じる。

「ふぁ……?」
と、僕がウィンドウを操作する音に反応したのか、シェイリが小さく息を漏らした。

「ん、なんでもないよ。おやすみ」
「ふぁい……」
寝ぼけ眼で起きようとする彼女を寝かし付けるように、そっと頭を一撫でする。
どうやらほとんど無意識だったらしく、僕が小声で囁くと、安心したように再び寝息を立て始めた。

───いつも通りの、なんとも無防備な寝顔。
手を伸ばせば届くところにいる、僕の大切なパートナー。

彼女の寝顔を眺めているうちに、本物だとか偽物だとか、さっきまで散々考えていたことは───もう、どうでもよくなっていた。
あの時確かに感じた、嫌な予感。
彼女がいつか、僕の前からいなくなってしまうような───そんな気がした、けれど。

「……よし」
だったら、尚更。
僕は、もっと強くなる。
強くなって、この手で彼女を守り抜く。
今は、ただ、それだけを。
そのことだけを、考えればいい。

───だって、僕は。

手を繋いで。
僕は少し照れくさくて。
彼女が笑って。
そんな、いつも通りの───当たり前のような日常、当たり前のような姿を。
守りたいと───思ったんだから。

「いってきます」
だから、そのためにも。
僕も、怖がってばかりじゃいられない。
まずは、今の自分にできることから───ひとつずつ、始めてみようじゃないか。


────────────


「遅せーよ」
裏通りの定位置へと到着するなり、僕は仏頂面をしたリリアのお出迎えを受けることとなった。
自分で指定した約束の時間を二時間も過ぎてしまっている上、彼から送られてきたメッセージをも全て放置していたのだから、当然といえば当然だ。

「遅れてごめん。ちょっと色々あって」
「……フン、まあいいさ。俺もちっとばかし疲れたからな、今日だけは大目に見てやるよ」
「え……」
二人して爆睡してました───なんて流石に言えるはずもなく、あれから色々あったということにして(僕的には事実だけれど)まずは謝ると、リリアは意外にもすんなりと許してくれた。
本当に───意外だ。
彼の性格からして、ここぞとばかりに罵られるだろうと思っていたのだけれど。

「……何かあったの?」
「あ?どうしてそう思うんだよ?」
「いや、何か妙に大人しいからさ。……もしかして、アルゴに怒られて落ち込んでる?」
「ちげーよ」
うーん、やっぱりおかしい。
妙に大人しいというか、リリアにしては口数が少ないというか。
それだけ本気で怒っているのかとも思ったけれど、そういうわけでもなさそうだし。
彼は違うと言うけれど、僕たちが爆睡している間に何かあったとしか思えない。

「別に、大したことじゃねぇよ。ただ───」
「ただ?」
「少しはオマエらに感謝しねぇとなって、思っただけだ」
「へ?」
予想外の展開についていけず、間の抜けた声を出してしまった。
感謝。ありがたいと思う気持ちを表すこと。また、その気持ち。

「えーっと……感謝って?」
「あ?そのままの意味だが?」
「そう言われても……」
いや、本格的にわからないんだけど。
そのままの意味と言われても、感謝されるようなことをした覚えはないし。
むしろ投剣でボコボコにしたり、ゾンビの大群相手に先陣を切らせたりと───正直な話、碌な扱いをしていなかったような気がするのだけれど。
……まさかとは思うけど、そんな扱いをされたことが嬉しかったと言ってるんだろうか。
ノックバックで地面に叩き付けられているうちに、それが快感になってしまったとか、そういったオチなんだろうか。
普通の人が相手なら、それはありえないと思うけど……リリアの場合、実の妹に対して結婚願望とか持っちゃってるような人だからなあ。
……となると、僕が暴走して投剣スキルを連発していた時は───まさか、途中から喜んでた……?

「………」
「おい、なんだその目は」
シスコンな上に、ドM。
ちょっと危ない人だとは思っていたけれど、まさかここまで───

「言っとくが、変な意味じゃねぇからな」
「……え?あ、あー、うん」
「……オマエ、俺がマゾヒストだとでも思ってたんじゃねぇだろうな」
「っ!?い、いや、そんなことはっ!」
「………」
こちらの心を読んだかのような突っ込みをされてしまった。
いつの間に他人の心を読む術を身に付けたんだろうか。
リリアのくせになまいきだ。

「オマエ……俺を何だと思ってんだよ。こっちは至ってマジメな話をしてるつもりなんだがな」
「……と、いうと?」
……と、それはさて置いて。
彼がドMというわけでもないとするなら、僕は一体何に対して感謝されたんだろう。
こういうのもなんだけど、まるで心当たりがないわけで。
身に覚えのないことに感謝されても、逆に気になってもやもやしてしまうというか、なんというか。

「……なんつうかよ。俺が人目を避けてきたって話はしただろ」
「あー、うん」
「でもって、今までソロでやってきたわけだが……それも最近、限界を感じたわけだ」
「言ってたね。それで鍛冶師になったんでしょ?」
「ああ。結構大変だったんだぜ、実用できるまで鍛冶スキル上げんのはよ」
そんな僕の心情を察したかのように、リリアはぽつりぽりつと語りだした。
ソロに限界を感じ、鍛冶師に転向。それは、出発する前に聞いていた話だ。
リリアがこの裏通りに露店を構えるのは、午後12時から15時までの間だけ。
それ以外の時間は全て、鍛冶スキルの向上とレベル上げに費やしていたらしい。
鍛冶職人と、ソロ攻略の両立。
口で言うだけなら簡単だけど、攻略組クラスのレベル維持に加え、前線で実用可能な武器を作れる程の鍛冶スキルともなれば───それは、並大抵の努力で出来ることではないだろう。

「つっても、まぁ……なんだ。せっかく鍛冶スキルを上げていい武器を作れるようになっても、結局、俺にはこの名前で人前に出られるような度胸はなかった」
「いや、でも、それは」
「別にいいっつの。自分が臆病なことぐらいわかってる」
何か言おうとして言葉に詰まる僕を、他でもないリリア本人が遮った。

───臆病。
確かに彼の性格は、決して勇敢とは言えない───というか、ぶっちゃけてしまえばヘタレだ。
安全マージンを十分に取っているにも関わらず、敵と戦う時は必要以上に怯えているような、およそ攻略に向いているとは思えない性格。
彼が鍛冶師に転向したのは、そんな自分の性格を自覚しているからなのだろう。
そんな性格の彼が、不運だったとはいえ、女性名を背負ったまま生きていかなければならなくなったとなれば───アバターネームは名乗らなければわからないとはいえ、万が一にでも他人にばれてしまう可能性を考慮して、自然と人目を避けるようになってしまったのも頷ける。
もし、これが逆の立場だったら。
きっと僕も、彼と同じ行動を取っていたはずだ。

「だからって、俺は諦めたわけじゃねぇ。絶対このゲームを終わらせて、妹にもう一度会うって決めてんだ。流石に今は、親戚の爺さん婆さんが面倒見てくれてるだろうが……俺がいつまでもここにいたら、アイツはずっと一人になっちまう」
そんな彼が───臆病なことを自覚している彼が、多くのプレイヤーのように『はじまりの街』に留まるということをせず、ソロを貫き通してまで攻略を続けてきたのは。
それは一重に、現実世界で待っている妹さんのためだと言う。
一刻も早く、大切な人のところへ戻るために。
一人で立ち止まることよりも、一人でも前に進むことを選んだ。

「……だけどな。俺の腕じゃソロは限界が見えてたし、だからといって、鍛冶師として大っぴらに人前に出る勇気もねぇ。パーティを組もうにも、名前がバレちまう。それで馬鹿にされんのも、気持ち悪い奴って指差されんのも嫌だった。……他人が、怖かったんだよ」
「………」
「だから、なんつーか……初めてだったんだよ、誰かとパーティ組んだの。名前も、まぁ、りっちゃんとか呼ばれんのはイラッとするけど……オマエらは、笑わなかったしな。あのクラインとかいう奴にも、別に馬鹿にされたりはしなかったしよ。俺が思ってたほど、誰も気にしちゃいなかったみたいだ」
「リリア……」
「……まぁ、そんなわけだからよ。感謝してんだぜ、これでも。こんな俺でも、ちったぁ誰かと関わってみようって気になれたしな」
そう言って、リリアは照れ隠しをするように、がしがしと頭を掻いた。
きっと、彼も僕と同じだったんだろう。
人から敵意や悪意を向けられることが、人に嫌われることが───怖かった。
だからこそ、一人であり続けた。
ソロに限界を感じながらも、パーティを組むこともせず、大っぴらに店を構えることもしなかった。
誰もが自分を嫌うと決め付けて、最初から関わりを絶つことを選んだ。
嫌われることを恐れ、他人を遠ざけていた───僕と、同じだ。

だけど、それじゃあだめなんだ。
確かに僕たちに向けられる眼差しは、好意的なものだけとは限らない。
気持ち悪い、関わりたくない、いなくなってしまえ───そうした敵意や悪意の籠った視線を向けられることも、少なからずあるはずだ。
───だけど、だからといって。
最初から他人と関わることを避けていたら、誰とも関わることができなくなってしまう。
本当の意味で───孤独に、なってしまう。
それを、僕は彼女から───シェイリから、教えられた。

「……ね、リリア。僕、君に黙ってたことがあるんだけど」
「あ?」
もしかしたら、嫌われてしまうかもしれない。
おまえなんかと関わらなければよかったと、言われてしまうかもしれない。
僕は、そうなってしまうことが───自分が傷付くことが、怖かったんだ。

「実は僕、みんなから《投刃》って呼ばれてるんだ」
「……は?いや、何言ってんのオマエ」
けれど。
それを恐れているばかりでは、僕は前に進むことはできなくなってしまうのだろう。
考えてみれば当たり前のことだ。人は誰しも、自分一人で生きていくことはできない。
僕みたいな弱い人間が、このゲームでここまでやってこれたのだって。
強くなろうと、思えたことだって。
それは、彼女が───シェイリがいてくれたからこそ、できたことなんだ。

「んなもん、最初から知ってたっつの。四本同時の投げナイフ使いなんて他にいるかよ。っつーか、パーティ組んだ時点で名前もわかるだろうが」
「じゃあさ、なんで僕を避けなかったの?僕、《仲間殺し》だよ?」
「はぁ?そりゃ……アレだろ。オマエ、実際にここで人を殺したってわけじゃねぇんだろ。だったら、避ける理由もねぇだろうがよ」
結局のところ。
嫌われてしまうだの何だのというのは、僕たちの勝手な思い込みだったんだろう。
現に、こうして。
最初から全てを知っていても、それでも尚、変わらずに接してくれる人だっているんだから。

「ん……そっか。まあ、そうだよね。ありがと」
「はぁ?何なんだよ、気色悪りぃ。……つーかよ、それを言ったらオマエのほうこそ、ネカマ野郎とパーティ組んでて気持ちわりぃって思わなかったのかよ」
「ん、別に。こっちも同じだから、ね」
「……そうかよ」
───僕は、臆病だ。
一人は寂しい。一人は辛い。
そんな風に思っているのに、自分が傷付くのを恐れるあまり、他人を遠ざけてしまう。
自分の弱さから目を逸らして、見て見ぬ振りをしてしまう。

「あとさ、君にお願いがあるんだけど」
だから、まあ、そんな臆病な僕に───否、僕たちに必要なことは。
みんなが自分を嫌ってしまうと、最初から決め付けずに───傷付くことを恐れずに、人にぶつかってみることだろう。

「僕と……フレンド登録、してくれないかな?」
そんなわけで。
まずは、自分にできることから───誰かと友達になってみることから、始めてみよう。 
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