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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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つぐない
  とあるβテスター、恩人になる

「本当に、助かりました。あたし、もうダメかと思いました」
まだ震えの残る声で言いながら、彼女は僕に向かって大きく頭を下げた。
元々の色素が薄いのか、やや赤みがかった茶髪のポニーテールが、彼女の動きに合わせてぴょこんと揺れる。

「ユノさんがいなかったら、今頃あたし、死んじゃってたかもしれないです。本当に、本当に、ありがとうございました!」
「そんな、気にしなくていいよ。僕はたまたま通りかかっただけだし」
「そんなわけにはいきませんよ!ユノさんはあたしの命の恩人ですから!」
気を遣わないように言ったつもりが、逆に『命の恩人』だなんて大仰に言われてしまった。
こうも繰り返し頭を下げられると、逆にこっちが気を遣っちゃうんだけどなあ……。

「……本当は、一人で来たくなかったんです。モンスターは怖いし、一人で戦うのも嫌。だけど、ギルドの人に頼んだら、村を周るだけのクエストだから大丈夫だって……。だからあたし、怖かったけど、一人で頑張ろうって思ったんです。……そしたら、そしたら……っ!」
話しているうちに恐怖が蘇ったのか、全てを言い終えるよりも早く、彼女は青褪めた顔で、自分で自分の身体を抱きしめるようにしながら蹲ってしまった。
……無理もないとは思う。寸前で間に合ったとはいえ、これ以上ないほどに『死』を間近に感じてしまったばかりなのだから。

「……大丈夫。もう大丈夫だから、安心して。……ね?」
「っ……!ユノさぁん……!」
嗚咽を漏らす彼女を安心させるように、努めて優しく声をかける。
泣き止んでほしかったのだけれど、安心したことによって、かえって涙腺が緩くなってしまったらしい。
彼女が落ち着くには、もう少し時間がかかりそうだ。


────────────


実際のところ。
命の恩人だなんて大層な呼び方をされる資格は、僕にはないのだろうと思う。
彼女───ルシェを僕が助けたのは、本当にただの偶然だったのだから。

そもそも、僕がここ第2層を訪れたのは、円月輪《チャクラム》を装備するのに必要な条件となる《体術》スキルを習得するためだった。

というのも、十日ほど前───リリアと行ったあの洞窟での戦いにおいて、自分の非力さを痛感したのが切っ掛けだった。
こちらを圧倒する数の敵に対し、僕は真っ先に武器のストックが尽き、後半はほとんど戦うことができなかった。
あの時は、偶然にも同じ場所に用があったクラインたち《風林火山》のパーティが助太刀してくれたけれど、毎回そう都合よく援軍が現れるとは限らない。
……というより、あんな奇跡は二度とないと思うべきだ。

これから先、このゲームがクリアに近付けば近付くほど、敵はより強く、より強固になっていくだろう。
一体一体を倒すのに必要となる手数も、必然的に増えていくこととなる。
そうなった場合───あの時のような持久戦を強いられれば、僕はパーティのお荷物になる可能性が非常に高い。

投剣はSAOで唯一遠距離攻撃が可能というメリットがある一方で、スキルの威力そのものは他の近接武器に一歩劣り、また、武器のストックが尽きればスキルを発動させることすらできなくなってしまう。
そのため、SAOでは投剣は補助武装程度にしか使われていない。投剣スキル一撃で仕留められる敵は少ないし、長期戦になるなら尚更、残弾数を気にする必要のない武器を使ったほうがいいからだ。

……だけど、困ったことに。
βテストに当選し、初めてSAOにログインした僕は、自分がこのゲームをプレイすることにおいて、致命的ともいえる欠点があることに気が付いてしまった。
そう───僕には、致命的なまでに近接戦闘の才能がなかった。

SAOのβテスト開始日、僕は初めての戦闘であっけなく死んだ。
死因は単純明快。至近距離で動き回ってくる敵に対して、どう対処すればいいのかわからなかったからだ。

普通、新規サービスのMMORPGは、死んでコツを覚えていくのが常識となっている。
新規のゲームである以上、参加しているプレイヤーの全員が右も左もわからない初心者《ニュービー》だ。当然、攻略法なんてものが存在するはずもない。
したがって、誰もが最低限のマニュアル以外の情報を持たないまま手探りで情報を集め、死んで覚えてを繰り返しながら、自分なりのコツを見つけていくことになる。
そうして、それらの情報を不特定多数のユーザーが共有化することによって、徐々に攻略の基盤が出来上がっていくというわけだ。

例えば、真正面から武器を垂直に振り下ろされた時。
プレイヤーが取るべき選択肢は、『武器で受け止める、もしくは受け流す』『反射的に回避する』『防御に専念する』といったところだろう。
いずれかの方法で攻撃に対処した後、隙を見てソードスキルで反撃に出る───というのが、SAOにおける戦闘のセオリーだ。
βテスト開始直後は、誰もがどう戦えばいいのかわからず、最弱クラスのモンスター相手に次々と倒されていった。
当初はソードスキルを発動させることすらままならないプレイヤーだらけで、戦い方を知っている人間が誰一人としていなかったからだ。
だけど、彼らは死んでは復活し、また戦いを挑むといったことを繰り返していくうちに、次第に『どう戦えばより効率的か』ということに気が付いていく。
時に武器で受け止め、時に防御し、反撃の機会を伺って一気に倒す。そうしたセオリーを、誰もが戦いながら自分の身体に刻み込んでいった。

他のプレイヤーたちが瞬く間にコツを掴み、それぞれ思い思いの場所へと拠点を移していく……そんな中。
僕だけは、いつまで経っても『はじまりの街』周辺の敵を倒すことすらできずにいた。
どうしても、至近距離での敵の動きに対応することができなかった。

思えば、前提条件から間違っていたのかもしれない。
魔法が存在せず、剣で戦うことが主軸である以上、近接戦闘が主体となるのは当たり前だ。
僕のような至近距離での攻防に対応できないような人間には、このゲームは向いていないといっていいだろう。
実際、僕も一人で試行錯誤を繰り返したものの、どうしても上手くいかず───1度は、プレイを断念しかけた。

……だけど、そんなある日。
半ば諦めながらも、どうせ辞めるなら最後に色々な武器を試してみようと、『はじまりの街』の武器屋を巡っていた僕は───そこで、投剣の存在を知った。
投擲用の武器を消費するというデメリットはあるものの、SAOで唯一の遠距離攻撃スキルを使える武器。
近接戦闘がダメな僕でも、遠距離からの攻撃なら。そんなことを思い、僕は駄目元で投剣使いに転向した。

それが、僕こと《投刃のユノ》のルーツだ。
もっとも。まさか自分がそんな呼び方をされる(それも悪い意味で)ことになるなんて、当時は夢にも思っていなかったけれど。

閑話休題。

僕は投剣スキルの威力をブーストするために、一度の投擲に最大四本のナイフを使う。
四本のナイフを“ひとつの武器”としてシステムに認識させることで、投剣スキルの威力を底上げする───言ってしまえば、システムの裏をかいた戦い方だ。
それぞれの軌道を一箇所に当たるよう制御するのはなかなかに骨が折れるけれど、そのお陰で、僕は通常の四倍───とまではいかずとも、最前線で戦っていける程度には十分な威力を持たせることができるようになった。

……と、そこまではいいのだけれど。
この方法によって威力が上がった代わりに、武器の残弾数との兼ね合いが非常にシビアなものとなってしまった。

投剣スキルはその性質上、手数が増えれば増えるほど、残弾数の消耗は早くなる。
そしてなんとも相性の悪いことに、SAOのソードスキルは基本的に、上位スキルになればなるほど手数が増えていくものがほとんどだったりする。

例えば、現在僕が使える中で最も威力の高いソードスキル《フォース・テンペスト》は、投剣による四連撃スキルだ。
当然のことながら、残弾を消費するという仕様はソードスキルにおいても適応される。
したがって、通常、このスキルを発動させるには最低でも四本のナイフが必要となる。

ちなみに、『四連撃の場合、次のナイフはどこから持ってくるのか』ということをよく聞かれるのだけれど、投剣の連撃スキルの場合、武器が手を離れたと判定され次第、次弾をストレージから自動でオブジェクト化させてくれる仕組みになっている。
僕の四本のナイフも“ひとつの武器”としてシステムに認識されているため、連撃スキルを発動させれば、毎回四本ずつのナイフが自動装填されるというわけだ。
よって、その点については心配ない。

ところが。
僕が一度の投擲で使うナイフの本数は四本。単純計算でも、他の人の四倍の量を消費するということだ。
四連撃スキル《フォース・テンペスト》を発動させたとして、通常は四本の消費で済むのに対し、僕の場合は十六本ものストックを放出することとなる。
ストレージ容量のほとんどを投擲武器のストックに回しているとはいえ、高威力のソードスキルを使用すればするほど、僕が戦える時間は短くなっていく。
そうして、ひとたび武器のストックが尽きてしまえば───あの時のように、何もできずにお荷物になってしまう。
一応、第1層の頃に短剣スキルも上げてはいたけれど……到底、実用的とは思えない。

まあ、そんなわけで。
目下の悩みとなっているこの件を、リリアの件に対する報酬代わりという名目でアルゴに相談してみたところ、『だったらチャクラムを使えばいいじゃないカ』との一言で返されてしまった。

円月輪《チャクラム》。
投剣からの派生に位置する武器カテゴリで、リング状に形成された刃を投擲することによって敵にダメージを与える武器。
この武器の最大の特徴は、『投げても手許に戻ってくる』ということだ。攻撃に使えるブーメランのようなものだと思ってくれればいい。
おまけに、装備している間は専用のソードスキルを発動させることもできたりと、消耗を気にせず遠距離攻撃を行いたいプレイヤーにはうってつけの武器だといえる。
僕も普段はチャクラムを使い、有事の際だけナイフを使うよう調整すれば───ある程度は、戦闘可能な時間を延長させることができるようになるだろう。

……と、言うだけなら簡単なのだけれど。
実際にチャクラムを使って戦えるようになるまでは、いくらかクリアしなければならない問題がある。

一つは、武器の流通量が極端に少ないこと。
SAOではチャクラムそのものがレアアイテム扱いであるため、基本的にNPC武具店での店売りはされていない。
そのくせ、ドロップするモンスターの数は非常に少なく、鍛冶スキルを上げているプレイヤーに頼んで作ってもらおうにも、チャクラムをメイン武器として使っているプレイヤーがほとんどいないため、作成スキルを持っている鍛冶師自体がほとんどいない。
したがって、攻略序盤の頃よりは多少ましになったとはいえ、前線で実用できる性能の武器を手に入れること自体、他の武器カテゴリに比べて難しくなっている。

そして、二つ目───実を言うと、僕が今までチャクラムを使っていなかったのは、こちらの理由によるものだった。
それは、チャクラムを装備するのに《体術》スキルが必要になるという点だ。

チャクラムは通常の投擲武器とは違い、グリップ部分を握ったままナックル武器のように使用することもできるという利点がある。
そのため、チャクラムを装備するには投剣スキルの他に、クエストによって習得できるエクストラスキル《体術》が必要となる。
ところが、この習得クエストというのが曲者で、あの『鼠のアルゴ』を以ってしても、『一生恨まれる可能性があるから教えられない』とまで言わせる程の代物だったりする。
金さえ積めば自分のステータスすら売るとまで噂されている、あのアルゴがだ。

事実、これを機に今まで敬遠していたこのクエストに挑んだ僕は、完遂までに一週間もの日数を要したのだった。
その詳細は───いや、まあ、敢えて語らないでおこう。うん。
強いて言うならば、このクエストの完遂を中途で諦めれば、その後のSAO人生に関わってくる───とだけ、言っておこう。

……ちなみに。
シェイリも一緒にこのクエストを受けたのだけれど、彼女は僅か二日で与えられた課題をこなしてしまった。
この差は一体何なんだろうと軽く自信喪失しつつ、ずっと待っていてもらうのも申し訳ないということで、彼女だけ先に街へと戻ってもらうことにした。
したがって、現在、僕とシェイリは一時的に別行動を取っている。

そうして。
死に物狂いでクエストを完遂し、何とか体術スキルを習得することに成功した僕は、精神的にボロボロになりながらも帰路についた。
その道すがら、少しでも熟練度を上げておこうと、習得したばかりの体術スキルで敵を倒しながら進んでいた───その時だ。
HPゲージを危険域《レッドゾーン》の手前にまで落ち込ませた一人のプレイヤーが、僕の視界に飛び込んできたのは。
それが、彼女───ルシェとの出会いだった。

ルシェは僕の姿を見つけるなり、悲痛な声で助けを求めてきた。
その背後から迫っていたのは、二体の《トレンブリング・オックス》。第2層のフィールドに生息する巨大牛型モンスターで、肩までの高さが二メートル半にも及ぶ程の大型モンスターだ。
ターゲットの持続時間、及び追跡距離が異様に長いというのが特徴で、一度ターゲットされると振り切ることはまず不可能という厄介さを持っている。
彼女はクエストで第2層の村を巡っている最中、運悪くこのモンスターに二体同時にタゲられてしまい、減少したHPを回復することもできずに逃げてきたのだという。
窮地に立たされているプレイヤーと出会ってしまった以上、見捨てるわけにはいかない。
体術スキルを鍛えるのはひとまず後回しにして、僕は目の前の牛に向けて投剣スキルを放ったのだった。

───そして、今に至る。


────────────


「ごめんなさい、恥ずかしいところを見せちゃいましたね。もう大丈夫です!」
それから、暫く経って。
泣き止んだ彼女は、憑き物が落ちたようにすっきりとした表情で、ようやく笑顔を見せてくれた。
さっきまでのような震えもない、溌剌とした声。恐らくは、これが彼女本来の性格なんだろう。

「落ち着いたのならよかった。とにかく、君が無事で何よりだよ」
「……はい。えっと、ユノさん……」
「ん?」
「っ……!あの、えっとですね……その…あの……」
と、思っていた矢先に。
僕が話しかけると、彼女は途端に口ごもってしまった。
泣き腫らしたためか、目元どころか頬まで赤らんだ顔で、何やらもごもごと言葉を濁している。
……ひょっとして僕、何か嫌われるようなことを言ってしまったんだろうか。

いや、まあ。
確かに、僕はどちらかといえば口下手なほうだし、お世辞にも人に好かれる性格とは言い難いけれど。
だからといって、初対面の相手にまでこういった反応をされると……結構、きついものがあるなあ。

「……その、僕はそろそろ───」
「あのっ!ユノさん!」
「ひゃいっ!?ど、どうしたのかな!?」
何となく気まずくなってしまい、そそくさとこの場を立ち去ろうと思った、その時。
突然大声で名前を呼んできたルシェに驚いてしまい、僕は素っ頓狂な声を出してしまった。

「よかったら、今度『はじまりの街』に来てくれませんか!?今日のお礼とか、ちゃんとしたいので!」
「え……」
次に彼女の口から出たのは、僕が予想だにしていなかった言葉だった。

「お礼……」
「そうです!」
えーっと……。
彼女の様子から見るに、お礼参りとかいうわけではなく、そのままの意味なんだろうということはわかったけれど。
でも、僕は偶然通りかかっただけだし……改めてお礼なんて言われると、少し気恥ずかしいというか、なんというか。

「えっと……お礼目的で助けたわけじゃないから、そういうのは大丈夫だよ?」
「だめですよ、そんなの!ユノさんは命の恩人なんですから!」
「だから、そういうのは───」
「あたし、狩りに行ってない時は、大体『はじまりの街』にいますからっ!ユノさんが会いにきてくれるの、待ってます!」
「あ、ちょっと───」
「それじゃあ、あたしはこれで!本当にありがとうございました!」
「待って、って………」
言うだけ言って。
ルシェは僕の返事も待たずに猛ダッシュで転移門まで近付くと、そのまま別のフロアへと移動してしまった。
彼女の入っているギルドは未だに『はじまりの街』で寝泊りしていると言っていたので、恐らくは第1層に戻ったのだろう。
……結局、断る暇もなかった。

「……まあ、一度くらいなら」
いいかな、と一人呟き、自分も転移門の前に立つ。
シェイリの待つ第18層主街区の名前を告げると、身体が青い光に包まれ、次第に視界が青一色で覆われていく。

───そういえば、そろそろボス部屋が見つかりそうだって言ってたっけ……。

転移特有のふわりとした感覚に身を任せながら、ふと思い出す。
僕が前線から離れていた一週間の間に、ディアベルら攻略組が随分と奮闘していたらしい。
そのお陰で、最前線が第18層に移って間もないにも関わらず、僅か一週間で迷宮区突破の目処が立ったのだそうだ。
二ヵ月の月日と二千人もの死者を出し、ようやく突破できた第1層に比べれば、これは破格といえる短さだろう。

これから先も、このペースを維持し続けることができれば。
SAOがクリアされる日も、そう遠い未来の話ではないかもしれない───

そんなことを考えているうちに、視界を覆っていた光が徐々に霧散していく。
それが完全に消える頃には、地面も建物も、それら全てが白い材質で造られた街───第18層主街区『ロクトール』の風景が、僕の目の前に広がった。

───さてと。まずは、遅くなったことを謝らないとね……。

なんとも無機質な白一色の街を眺めながら、シェイリの待つ宿屋へと足を進める。
近いうちに、この風景ともお別れになるだろう───そんなことを思いながら。 
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