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戦場のヴァルキュリア 第二次ガリア戦役黙秘録

作者:白黄金虫
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第1部 ファウゼン防衛作戦
第1章 人狼部隊
  鋼の虚構

 
前書き
 第2話です。ペースとしては1つの章につき5話以上10話以内で進める予定です。
 基本は戦闘前のストーリーに1話、戦闘とその後に1話か2話かかる計算です。 

 
 大陸有数のラグナイト鉱床が眠るガリア北部の都市、ファウゼンは一次侵攻、二次侵攻の際に帝国軍が最優先で攻略した鉱山基地である。峡谷と標高の高い山に囲まれた部分に司令部を築くしかないため防衛が用意でなく、ガリア戦役ではベルホルト・グレゴール将軍が立案した装甲列車エーゼルによる長距離砲撃をもってしてようやく防衛に成功するレベルだ。
 それまでは単線であった鉱山鉄道は複線になり、旧来のスメイク・アインドン方面から伸びる路線に加えてヴァーゼルからメッペル経由で敷設された2本がファウゼンで生産された上質のラグナイトを輸送するここさととなる。
 しかし、この複線が通る鉄橋が占領され、北部戦線への補給路は西東双方とも失われる。敵に潤沢な資源を与えないためにも、この鉄道を解放することは急務であると言えよう。
 戦車を格納する車庫に集まった義遊軍第5中隊第2小隊と『ヴェアヴォルフ』の隊員総勢30名に満たない。義遊軍からも殉職者が出たようで、兵士の顔は沈んでいる。

「オラトリオ鉄橋奪還の辞令が下された。今回はこの人数での攻略となる。まず、鹵獲した帝国の野戦砲を基地の横腹に撃ち込む。反撃が来ても暫くは砲撃を継続、敵部隊が出てきたところを本隊の総攻撃で叩き、勢いを維持して内部に突入する。質問はあるか」

 『ヴェアヴォルフ』の隊員はあからさまに不機嫌な表情をしている。しかし義遊軍は不機嫌どころではなく、1個小隊ほどの歩兵と3門しかない野戦砲、1台だけの中戦車での再攻略に尻込みしてしまっている。

「あの……正規軍は……?」

 義遊軍兵の1人がおずおずと訪ねた。戦力の中心にあるはずが、この場に青い軍服が全く見当たらないのだからそれも当然のことだ。アンリはつとめて淡々とした態度を崩さない。

「彼らは後方でメッペル基地の防衛に専念する。本作戦は君たち義遊軍と我々のみで行われることになる」

「たった1個小隊じゃ無理ですよ! あっちは何台戦車があるか分からないのに!」

「そうだ! 特攻なんて御免だぞ!」

 次々に飛び出す不平不満にアンリは怒鳴ることはなかった。義遊軍は正規軍の数を補うために集められた付け焼き刃の存在だ。反帝国主義のテロリストや恩赦目当てに志願した凶悪犯でもなければ、戦力としては心許ないことこの上ない。
 当の義遊軍兵にしても正規軍と第一線に立つのが理想であり、今回の作戦は受け入れがたいはずだ。

「私は部下を死なせないよう作戦を立てている。そもそも帝国軍にとってヴァーゼルに近いメッペルは目の上の瘤のはずだ。逃げ場もなく、迂回して攻めるのも渡河を目的としたオラトリオ鉄橋の地理を考えれば非効率だ。帝国には列車砲があるが、鉄橋でそんなものは的にしかならない。ならば出来るだけ戦車を見せつけて威圧するのが最善だ。現に正規軍の司令官代理は出撃を渋り、我々は怖気ずいている」

 アンリの言葉に集まった兵士は動揺する。目の前の女性士官の台詞を要約すると「敵が大部隊に見えるのは相手のブラフだ」という意味になる。帝国が誇る最新型の準中型戦車の威圧感と1度の敗走が目を曇らせていたのだ。徐々に熱がこもりはじめたところでアンリはさらに続ける。

「幸いにも我が方には帝国製の高火力な野戦砲がある。これがあれば増設された部分を破壊できる。そして手元には十分な弾薬と武器が人数分そろっている。奴らはもう攻めてこないと高をくくっているはずだ。こちらは砲を作戦通りに配置して明日の朝日を待てばいいだけだ。怯える要素などない」

 表情は変わらないが、これは彼女なりの鼓舞だ。勝利につながる要因を列挙し、彼らが予想する敗北の可能性を引き下げることで士気を高める。いかなる状況に置かれても諦めず、希望を見つけろ――というのが彼女の軍人としての先輩から与えられた訓示である。


 ・ ・ ・ ・


 ヴァーゼル川流域一帯は朝方になると急激に気温が下がる。ヴァーゼル市では地理的な条件も合わさって濃霧が生じ、オラトリオ鉄橋の周囲では北部並みに冷え込むことで有名だ。その気候から川には特殊な魚が棲息し、釣り人からは人気の場所だが、そんなこと帝国軍人には全くもってどうでもいいことである。
 早朝の警備に当たっていた二人はあまりの寒さにやる気が出ない。

「聞いたか? 俺たち、まだ1週間はここにいる予定らしいぜ」

「おいおい……嘘だろ? 酒も女もない橋の上にあと1週間かよ。こりや皇女様から勲章が出るな。間違いない」

「勲章より酒だ。それか一生遊んで暮らせる金が欲しい」

「違いない。武勲なしの馬鹿貴族はウマイもん食えるんだから、ガリアの方がそこはマシだよな……あのデブ、前線で調子に乗って捕まってるし」

「ファウゼンにあんなゲテモノ使わなきゃ勝てんアホ大将が帝国の新聞じゃ英雄的軍人になれるんだからな」
 散々愚痴をこぼした後、二人は適当に辺りを見回し、基地に戻ろうと来た道を引き返す。
 その時、橋の橋梁に後付けした左側の砲座が、爆発した。
 早朝○五○○、オラトリオ鉄橋奪還作戦が発動する。


 ・ ・ ・ ・


「ヒルデがスナイパーを排除した! カサブランカは敵戦車隊を排除、対戦車兵は右側のトーチカを破壊しろ!」

 野戦砲による基地への砲撃を合図に多方面から同時攻撃を開始する。ガイウスとギュスパーが撃った対戦車槍がジャイロ回転をしながら右側の砲座を吹き飛ばす。『ヴェアヴォルフ』用に弾頭に螺旋を描く溝が彫られた対戦車槍(ランカー)は従来のものより高い破壊力を誇り中戦車を正面から撃破できるほどである。アンリたち突撃隊は橋の橋梁から死角にある小屋から飛び出す。先日、車庫に集まる前に偵察で見つけたのだ。オラトリオ鉄橋の付近は草むらになっているので、アンリにとっては動きやすいことこの上ない。口径を帝国、ガリアどちらにも対応した部隊専用の銃を構えて炎をあげる鉄塊を通り抜け、基地の敷地に入る。
 帝国戦車は1台も見当たらず、トラックに機銃を載せただけの情けない戦闘車輌がカサブランカの六連装機関砲(ガトリング)に破壊される。機関銃を構えた帝国兵は櫓の上に陣取ったヒルデに頭部を撃ち抜かれ、重装歩兵は対戦車槍に吹き飛ばされ、突撃銃を手にした者は1個小隊の弾幕に斃れる。

「敵は総崩れだ! 一気に司令部まで走れ!」

 さらに檄を飛ばすアンリの肩をマルティンが背後から押さえる。

「隊長さん、その必要もなさそうだぜ?」

 ウインクで「見てみな」と示したオラトリオ鉄橋基地の司令部の上には帝国の旗ではなく、降伏の白旗が掲げられていた。帝国の兵士も武装を解除し両手を挙げている。

「攻撃停止だ。みんなご苦労……任務は成功した」

 橋の上に歓喜の雄叫びが上がる。
 死地から生還出来たことを歓ぶ者、亡き友の仇をとれたことに涙する者―勝利の中で、アンリは次の作戦を練っていた。


 ・ ・ ・ ・


 メッペル基地の司令、サンマーユ中佐を引き取り、アンリたちはメッペルへ引き返した。敵の司令官がダルクス人であり、そのことを理由に満足な兵を与えてもらえないまま(サンマーユを守るため)大軍が配備されたこの地に赴任されたようだ。才能でのしあがったことが上層部の反感を買ったそうだが、それがガリア軍勝利の要因でもある。
 士官室の椅子に座ったサンマーユは上機嫌だ。彼の副官が指揮した作戦で勝利を勝ち取ったとばかり考えていたからだ。しかし、アンリの報告を聞いて態度が一変する。副官の功績ならば自身の評価も上がるが、特務隊と義遊軍しか活躍していないなど、下手をすれば自分の失態を理由に処罰があるかもしれないからだ。

「奴の家はなまじ力があるから下手に手出しできんし……このままではワシが処罰されかねんぞ~っ!?」

 狼狽して部屋を徘徊する(横幅が)大きな身体の司令官を見てもアンリは顔色一つ変えないで直立したままだ。敵前逃亡で銃殺にしてしまえば失態はなかったことになるが、貴族というしがらみによってそれも叶わず、八方塞がりなのだ。

「帝国にでも殺されておればよいものを……おお! その手があるじゃないか!」

 あーでもないこーでもないと呟いていたサンマーユは突然徘徊を止めて何かを閃いたように手を叩いた。脂ののった腹を揺らしながら振り返ると、アンリに詰め寄る。

「帝国の指揮官はどこかね? いるんだろう?」

「は。捕虜として営倉にて身柄を拘束しております」

「よろしい。君はさがりたまえ」

「失礼いたします中佐」

 淡々と敬礼してアンリは部屋を出る。中から聞こえる言葉は無かったことにして、急ぎ足で食堂に向かう。純粋に、朝食の時間が過ぎて空腹だったからだ。いざ食堂に入ると、正規軍も義遊軍も鉄橋の奪回に成功したことを喜んで大宴会となっていた。騒ぎに乗じてアンリは黙々と食事に勤しむヒルデの隣に座った。ざっくりと切られた黒髪と鋭い眼光の彼女は隊長が隣にいても気にしていないのか、それともきがついていないからなのかひたすらに野桜のサラダとカワライタチのソテーを頬張る。野桜は普通なら食べない雑草だが、目をリラックスさせる効果があり、カワライタチの肉には疲労回復効果がある。狙撃兵の彼女らしい選択だ。

「……ナハト一等兵は正規軍でも狙撃兵だったのか?」

「……正規軍にいたことは、ない……」

 ぼそぼそとした小さな声だったが、アンリは危機逃さなかった。正規軍出身でないにも関わらず旧型のボルトアクションライフルでああも小さな的を容易に射貫く腕などあり得ないからだ。しかしそれ以上の回答はなく、質問を許す雰囲気でもない。いたたまれなくなっとところで、アンリの正面にガイウスがどっかりと腰かけた。

「なかなかやるな、隊長さん。ちょいと見直したぜ」

「今回は運の要素で勝ったに過ぎない。それに、ファウゼンまではまだまだ長い……浮き足立つには早い」

「ほぉ。堅実だな。アンタ、前は正規軍にいたんだったけか? 俺は運び屋でよ、クロウの奴とは馴染みなんだが、ヘマしてガリアで捕まった時にアイツと取り引きしてここに来たんだ」

「……正規軍出身は私以外にいるのか?」

「いねぇ。軍人経験者はマルギットのはずだからな」

 ランシール出身のマルギット・マウザーを除き全員が民間人からの参加。それはたいがいロクでもない仕事で養った技術をクロウ少将に買われたということだ。運び屋なんてまだマシかもしれない。彼らが逮捕されるのは十中八九で積み荷が原因である。そうなると、ヒルデの過去は何だったのか、想像だに恐ろしい。

「ガイウスさん、もうはなしたんですか?」

「こういう慎重な奴は大丈夫だ。馬鹿をやらかしゃしないのさ」

「お人好しねあなた。グイン、私たちはまだよ。あの子を満足させられない内はね」

「そうだねリジィ姉さん。ならフランのことも?」

「中身は説明しときなさい。それくらいは許してあげる」

 妹の権限が強いノーデス兄妹の中ではリジィが上らしい。フランとは、流れから察するに戦車のことではないか、とアンリは推測した。癖っ毛のあるグインと、長く真っ直ぐな髪を全て後ろに長し綺麗な額を晒すリジィはこの隊で二人だけダルクス人だ。ガリア公国ではダルクス人もファミリーネームをつけるのが一般化しているのだ。

「フランは重装甲、高火力、高機動をコンセプトにしています。なので機銃は六連装が2門、主砲は大陸最大の125㎜、装甲は帝国重戦車並、機動力はあのエーデルワイスに匹敵します。本当は小型化したかったんですが、機動力を出すために双発エンジンにしたら稼働時間が短くなってさはまったんですが……ただの戦車なら一撃で破壊するんです!」

 熱く語るグインと呆れて閉口しているところに、1人の義遊軍兵士が近寄ってくる。

「クロウ少将より任務変更の知らせです。詳しくいことは中に、ではこれで」

 諜報部の工作員はアンリに手紙を渡して群衆の中に消えた。茶色の封筒を開き指令書を読むと―

「任務変更と言っていましたが、どのような内容で?」

「ファウゼンへ向かう前に帝国の秘密工廠を破壊し、開発中の特殊兵器を奪取せよ」

「そりゃどこにあるんだ? 場所くらい書いてんだろ」

「場所はベーメン・レーメン地方、リディツェ村だ。ここから少し行ったところだな」

 そう言ってアンリは頭を抱える。防衛隊のことを考えれば今すぐにでも出撃するべきだ。しかしたったいます任務を終えたばかりでもある。悩んだのは数秒間、結論は1つだった。

「これよりリディツェ村の帝国軍工廠を襲撃、敵新兵器を強奪してファウゼン防衛戦へ参加する」

 隊員たちの中に不満を口にする者はなく、皆一同に「了解」と応答し食堂の喧騒を後にした。 
 

 
後書き
 カサブランカのモデルはロシアのT-90です。
 ネームレスでは信頼の証しに本名を教えますが、ヴェアヴォルフでは自分の過去を教えます。
 ガイウスさんは運び屋さん。モデルはBLACK LAGOONのダッチです。
 
 オラトリオ鉄橋基地は橋の一部を増設して機関銃座を取り付け、関所みたいな司令部があります。
 
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