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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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3 「★★★★『毒怪竜ギギネブラを追え!』」

 
前書き
お待たせした上にこのクオリティ。死にたい。
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依頼主:ギルドマネージャー
依頼内容:チミに、ギルドから名指しで、クエストの依頼が来てるぜ。
       このクエストを達成して、チミの力を見せてやるこった。
       相手は凍土のギギネブラ。厄介なモンスターだぜ、こいつは。う~いヒック!
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たいっへん長らくお待たせいたしましたァァァ 

 
 凍土。
 一部の地域では“モンスターの墓場”とも呼ばれる極寒地帯、凍れる大地。
 エリア分けされたうち、ベースキャンプ以外の全エリアにホットドリンクの飲用を推奨していることからも、生命にとって非常に過酷な環境であることが伺える。
 が、そんな環境にも見事に適応を果たしたモンスターたちもいた。

「情報が食い違ったみたいですね」
「うっそだろぉ~?」

 嘆く菖蒲。その背中には「嫌だ」「行きたくない」「面倒くさい」と文字が書いてあるように見える。
 ユクモ村を出て早3週間。凍土に最も近い極寒の町、グプタに到着した凪、汀、岬とそれから菖蒲は、雪の中身を切るような寒さにぶるぶる震えながら宿に駆け込んだ。
 もともとハンターでもない菖蒲は足を引っ張るだけなのでここにくるつもりはなかった(本音は寒いところに行くのが面倒だということだろうが)のだが、のんきに見送りをしようと門前まできたところでハッと思い出したのだった。

『おいお前ら、血石と深血石の見分け、つくだろうな? まさかただの血石持って帰ってくんじゃねえぞ』
『みーそういうのカンカツガイってやつ。大きさとかじゃないの?』
『濃度の差と聞いたことがある、けど。…僕は…両方揃えば、多分わかりますけど…自信はないです……兄さんは?』
『聞くな。俺の基本生活領域は渓流だ』
『……つまりわからないんだな。ったく……ただの血石じゃ意味がねぇんだよ…仕方ねえ、俺も行く。おいクソガキ、しっかり俺を守り抜けよ。まあ、ツアーだから問題ねえだろ』

 本来ハンター以外の人間を狩場に連れては行けない(一章13話参照)のだが、菖蒲がいうことには医師免許(ライセンス)を持つ者はそれの例外となるらしい。
 危険なモンスターのテリトリー内では、人工栽培はできないが薬の材料になるという素材が数多くある。それが誰の目にも明らかにわかるようなものだったらいいのだが、例えば今回の血石と深血石のように、地元民ならわかるものでも遠方から来る渡りのハンターなどは見分けがつかないものもある。特に、それがハンター生活に無縁の、いわゆる“精算アイテム”のときは、わざわざ自分で鑑定することもなくギルドの受付嬢に任せきりというのが大半であるため、今回別段凪達が無知であるというわけではない。
 弟子2人は、基本なんでも出来ると思い込むほど多才な師匠にも分からないものがあるのだと知り目を白黒させてはいたが、当然彼女たちも見分けはつかない。受付嬢就任試験に“鑑定眼”が含まれているシャンテならばわかるが、今回の件に全く関係のない彼女を危険な狩場に連れて行くわけにもいかないだろう。

「僕たちは採取ツアーのつもりで来ましたけど、どうやらそのすぐ後に現れたらしいですね。受付嬢さんによると、発注したのが2週間前だったらしいです。これが届いてたらツアーも取り消しになってたんでしょうけどね…。そういうわけで、今クエストキャンセルして同ランク狩猟クエストでネブラ受けてきましたから」

 情報収集をしてくると言い、一人雪の中、果敢にも宿からやや遠いハンターズギルド グプタ町支部へと赴いた岬が帰ってきた。事の次第を手振りも加えて説明する。
 どうやら今、凍土には別名毒怪竜とも呼ばれる飛竜、ギギネブラがいるらしい。
 被害としては放牧しているガウシカやポポが餌にされたということと、霜ふり草などの特産品を採りに行く行商人が、突如樹上から落ちてきたギィギに噛み付かれて多少の怪我を負ったということだ。凍土にギギネブラが来るたびに起こる被害であるため、対応は迅速だったという。
 ただ、なぜそのクエストを査収するにあたって“緊急”としたのか。
 曰く、年に何回もあるからこそ分かったことなのだが、どうやら今回のギィギの被害は、通常よりも数が少ないらしい。

「それっていいことじゃないの?」
「はい。僕も兄さんと同じように思ったんですけど、なんかここの竜人族の町長さんが『胸騒ぎがする』とかで緊急にしてもらったらしいです。実際いつになくポポとかガウシカとかも落ち着かない様子なんだとか」
「ふぅん。……ギギネブラかぁ」

 汀があからさまに嫌な顔をした。2人は薬の素材の1つである“アルビノエキス”を狙ったときに1度、狩ったことがあるとのことだった。ちなみに凪は見たことすらない。
 ふと、凪は首をかしげた。

「そのアルビノエキスを取った時も、凍土に行ったのか?」
「正確には凍土じゃないんですけど。まあ似たようなところです」
「その時深血石は?」
「とってきたつもりだったんだが、まあご想像のとおり、できなかったっつーわけだ」

 肩をすくめた菖蒲がため息をついた。若干双子が申し訳なさそうにしている。
 その時はどうやら双子の他にもう1人、臨時のパーティを組んだ下位ハンターがいたらしかった。下位といってもHR3、現在のオディルやカエンヌと同じである。
 ハンター達は大概、初めてのモンスターと戦う場合は経験者も1人混ぜて狩猟に出ることが多い。事前に情報を持っていても、とっさの状況で役に立つのは結局経験であるからだ。3ヶ月前、汀と岬が頼んだのもそういったわけで、一人のボウガン使いの経験者が共に出たというわけである。

「そのハンターに、ついでに深血石の方も頼むと言ってあったんだが……まあ、そいつも見分けは付かなかった、と」
「ああ、それで今回菖蒲兄が…」
「そういうことだ。……ふぁあ、眠ィ。出発はいつだ? 仮眠を取りたい」
「準備が出来次第行くつもりですけど。…俺がネブラの情報とかも聞きたいから、まああと小1時間ってところですかね」
「じゃあそれまで俺ァ寝とく。行く時起こせ。それから俺こっちのベッドがいいから。いいな、クソガキ」
「はいはいどうぞ」

 ツインベッドの部屋を2つ借りた一行だったが、もちろん分け方は凪と菖蒲、汀と岬である。実はここでひと悶着あって、汀が凪と一緒がいいとか駄々をこねたのだが、まあ語るも詮無きことである。
 これから慣れていないであろう治療とはまた違った生命のやりとりの場へと赴く菖蒲には、少しでも英気を養ってもらわないと困る。
 そんな彼に気を使って若干小声になりながら、凪は2人の決して多いとは言えない戦闘経験からのアドバイスをもらった。

「なんかね、とにかくキモイのっ! グネグネブヨブヨブニブニしててっ。しかも尻尾と頭が一瞬見分けつかない上にびよぉ~んって伸びてさあ! あれ予想外に伸びるから注意だよ。みー初めて狩ったときそれで吹っ飛ばされてぇ……トラウマ」
「しかも執拗に毒攻撃を仕掛けてくるんです。遠距離にいても毒ブレスも飛ばしてきますし、着弾すると毒霧になって暫くあたりに漂うし。おまけにそれ、視界も奪われるから注意が必要です。暗闇を好んで、視力は無いので閃光玉も効きません。基本的に洞窟で戦うことになるかと思います。バインドボイスも洞窟だと余計響くから注意ですね…」
「あ、あとそれのせいで上から落ちてくる氷柱とかも危ないの。気をつけてね」
「とりあえず留意するのはそれくらいかと……ああ、もう1つ。ギギネブラは非常に繁殖能力が強くて、ハンターと戦ってる途中でも平然と産卵をします。卵塊からはだいたい5、6匹のネブラ幼体――つまり、ギィギが生まれます。喰らい付かれるとどんどん吸血してきますから、地味に痛いし貧血になるし鬱陶しい上にキモイです。病原菌とか持ってそうですしなんというかこう生理的に嫌悪感がじゅくじゅくと」
「なるほどわかった。もういい、ありがとう」

 汀は兎も角、そういうのには平気そうな岬もギィギの話をしたときは顔を青くし、口をへの字に歪めた。絵で描いたら2人の丸くなった背中に、青い淀んだ空気がまさに“どよーん”と乗っかっていることだろう。
 とりあえず一番に必要な覚悟は、汀曰く“キモさにビビってピシッとならないこと”だそうだ。直後言い直した岬からは“一番危険なのが豊富な毒攻撃。また洞窟の天井を活かした三次元の攻撃”と言われた。
 ……双子のはずなのにこの2人の言語能力の差は一体なんなのだろうか。思えば昔から岬は賢い子であったが、月日が経っても汀の頭の弱さは変わらないどころか気のせいか拍車がかかっている気がする。

「じゃあ、今回は僕たちがネブラを狩り、兄さんがおじさんの護衛ということでいいですか?」

(そうか、14歳(こいつら)にとって菖蒲兄(37歳)は“おじさん”なのか…)

 妙なところで感慨にふけりそうになった凪は、同時になんだか切なくなった。まだ40歳になってないのに“おじさん”とは……切ない。
 そんなことを考えているとはおくびにも出さず、凪は平然と頷いた。

「ああ。頼んだよ、岬」
「みーの勇姿見ててねにぃちゃ!」
「ああ。危なくなったら勝手に割って入らせてもらうからな」
「はい。後ろにいても毒ブレスは結構遠距離まで届きますから、菖蒲おじさんのこと頼みます」
「任せろ。いざとなればまあ風圧で毒ガスなんざ吹き飛ばしてみるさ」
「た、頼もしいです……」

 岬は兄が一体どんな方法で風圧を起こすのか分からなかったが、この兄がやると言ったらそれはもう竜の羽ばたきのような風圧を出すのだろうと思った。

(流石凪兄さん…! かっこいい……!)

 弟からの尊敬度がアップしているのには全く気づくことなく、採取ツアーのつもりで来たため必要な道具がほとんどないことに気づいた凪は舌打ちしつつ町の道具屋にお世話になった。解毒薬30個1800z。回復薬も全員分買っていく。できればハチミツも入手してグレートを調合したかったのだが、町民のなじみの商店でもハチミツは生憎と売り切れだった。一気に懐が寒くなるが、命がかかっているのだから四の五の言ってはいられない。
 その後装備、道具の点検をしたあとに菖蒲を起こした。不機嫌な顔にマフモフブーツとミトンを放り投げる。持ってきていたのはこれだけだが、それでも随分違うだろう。一式持ってこなかったのは惜しかった。が、もともと菖蒲がこの狩猟(最初は採取ツアーのつもりだったわけだが)についてくるつもりは全くなく、更にユクモ地方は基本的に温暖な為、彼らがマフモフを持ってきたことだけでも驚きだった。真相は冷え性の真砂が足先と指先を温めるために持ってきた、とのことである。
 ギルドに頼んでガウシカの毛皮でできた温かいコートを借りると菖蒲に着させる。アイルーなどがいれば彼らを抱えるだけで随分暖かいのだが、と考えたところでふとルイーズのことを思い出した。
 今回ルイーズは連れてきていない。
 彼女が寒いのが苦手というのもあるし、村の主力ハンターであるオディルとカエンヌが負傷している今、いつ何時また先日のファンゴ襲来のようなことが起きるともわからない。嘘か真か、“竜鱗病患者は竜を招く”という噂もある。そんな馬鹿なとも思うが、火のないところに煙は立たぬとも言うし、ルイーズには万一のときのデュラクと人間側の架け橋になってやるよう言っておいたのだった。
 受け入れられたとはいえ、迅竜であるデュラクに人はそう簡単には近づかないだろうし、村人の中では最も彼になついているリーゼロッテとエリザでもまだ表情を読み取るには至らない。ナギを除けば唯一、ルイーズはデュラクと意思疎通が測れる。本猫曰く“ニャ~んとニャ~くだけど、わかるニャ~”のだそうだ。実に結構なことである。
 双子はもとからオトモアイルーを雇っていなかった。旧大陸では新大陸と違ってオトモ武具の発達が遅れていて、ずっとドングリネコシリーズで戦うからだ。
 大型竜などに次々吹っ飛ばされるアイルー達に比べ、ガチガチに固めた装備でこちらが戦うのが申し訳なさすぎて、また必死になって周りが見えなくなってしまうオトモたちの攻撃(爆弾など)に巻き込まれることもしばしばあるらしく、2人だけのほうが気が楽とのことだった。
 そんなわけで、今回ハンター3人には1匹もオトモアイルーがついてきていないというわけだ。
 ナギはいつも指定席とばかりに首周りでゴロゴロ喉を鳴らし、うるさいほどにあれやこれやと喋りまくる隠密毛色のメラルーがいないだけで随分寂しいものだと思った。

「気を付けていってらっしゃいませ…」

 まだ若いハンターが3人だけだからだろう、グプタ支店のベテラン受付嬢は心配そうに凪達を見送った。
 町の門からガウシカぞりにのって凍土までゆく。物珍しさに凪は終始ガウシカの立派な角と周りの景色とを見比べていた。汀はこれからの対ネブラ戦の覚悟(主に気色悪さに対しての)を決め、岬は地図をじっと見ながら何かを考えている。菖蒲はというと、誰よりも防寒装備であるにもかかわらず、風を切って進むソリの上で毛布でぐるぐる巻きになりながら哀れなほどガチガチと震えていた。
 人体の影響を考えて1日にホットドリンクは5本までしか飲めないことになっているため通常ハンター達はそれをベースキャンプに着いてから口にするのだが、菖蒲には先に与えることにした。口に含んだ一瞬甘く感じるが、飲めば喉からすぐにカッと燃えるように熱くなるホットドリンクの飲みすぎは、ハンターズギルド付きの研究所の調べによると体にあまり良ろしくないらしい。
 ちなみに凪はいつもの着流しと羽織、マフラーを巻いているだけである。双子も流石にそれは防御力に難がありすぎると止めたが、本人は「慣れた服の方がいいから」と言って聞かず、いつも渓流の冬の時期に使っているマフラーだけで参戦しようとしていた。もちろんホットドリンクは持ってきているが、いかにも寒そうな格好ではある。事実、今も凪の頬と鼻の頭は寒さに赤くなっていた。本人はまるで気にしていない様子なのが救いか。

「それじゃあ最初に回るのは予定通り洞窟のエリア4。3を通った方が近いからそれで行くよ、みー。兄さんも、それでいいですか?」
「らじゃー!」
「もちろん。凍土は初めて来たからね。頼りにしてるよ、岬、みー」
「はいっ!」
「みーにおまかせ!」

 それぞれ小さな背に似つかわしくない大剣とハンマーを背負った少年少女が駆け出す。その後ろを少し間を開けて大人2人が歩んでいった。悠々と歩いているように見えて、凪の姿に隙は全くない。菖蒲はモンスターの跋扈する狩場にいるという緊張感を感じさせることもなく進む。コートの襟を立てて足早に進むその背は、凪に自分の身の安全のすべてを預けていた。

『怖い? ンなわけあるか。お前が身体張って守ってくれんだろ、クソガキ』

 そりから下りながら凪に言った台詞は、聞いたほうが気恥ずかしくなってしまうほど純粋で真っ直ぐな言葉だった。思わず頷いてしまうほどには。

(そんなこと言われたら、雪煙も浴びさせずに返してやるさ)

 凪が身の毛がよだつような不気味な何かの存在を認識したのは、打ち合わせ通りエリア4。天井に何かが張り付いているのを確認するやいなや、凪は菖蒲の(・・・)耳を塞いだ。

ギョエアアアアア!!!!

 “ギギネブラは敵を発見すると同時にバインドボイスを繰り出す”。事前に双子に言われていたことだ。
 耳を塞がれていても菖蒲は目を白黒させていた。耳鳴りがするほどの静寂が満ちる雪の中から、突然洞窟中に響き渡る、それも普段聞きなれていない竜の蛮声を聞いたのだ。ハンターですら耳を塞ぎしゃがみ込むほどなのだから、無理もない。
 双子は声から立ち直ると同時に走り出した。ビダンッと地面に降りた(落ちた、に近いかもしれない)ギギネブラの頭にクック装備に身を包んだ汀の渾身の一撃が穿たれる。クルペッコの火打石がふんだんに使われたフリントポウク改はインパクトと同時に発火し、青白くぬめる皮膚を焦がした。
 間髪いれず幅広の両刃の大剣、バルバロイブレイドが火を噴きながらギギネブラの頭を直撃した。同じく赤いクックシリーズで身を鎧った岬だ。
 2人の重い連撃をものともしない毒怪竜はぐぐっと身を持ち上げると、ぬらぬらと揺れる赤いひだを2人に見せつけた。

「引け!」

 岬が叫ぶとほぼ同時、あるいは一瞬速く2人は転げるようにネブラの尻尾の方へと前転した。直後2人がいた場所をボディプレスが襲う。
 ぎりぎり避け切れた汀が横殴りにハンマーをギギネブラの尻尾に叩きつける。すぐ縦振りに三連撃すると力を溜めたまま走り一時ネブラから距離をとった。
 竜が汀に気を取られている間に岬はネブラからちょうど一歩分離れたところで大剣を振りかぶり力を溜め、その場で回転して自身に狙いを定めた不気味な頭に渾身の一撃を見舞う。血が飛び散りクックの赤を更に深めた。肉質の柔らかい頭を深く切り裂かれた竜は、大きくのけぞりながら悲鳴を上げた。
 武器を振るっては後退し、安全かつ着実に相手の体力を奪う。教科書通りの堅実な戦い方に、見ている凪も気が楽だ。横で無表情にその戦いを見る菖蒲は内心ヒヤヒヤだろうが、と右隣を見て、慌てて刀を抜き払った。

「うぉっ!! な、なんだクソガキ、ついに俺を見限って切り捨てる気かオイ!?」
「違いますから、落ち着いてください菖蒲兄。今斬ったのは…」

 真っ二つになったギィギの死骸。そのグロテスクさにやや眉を潜めた菖蒲が、嫌そうに一歩後ろに下がった。周りを見渡して這い寄ってくるギィギを始末し終えた凪は、熱くなった刀を鞘に収め、再び弟妹の狩りの傍観に戻った。
 汀がキモいキモいと連呼したくなるのもわかる。確かにアレが自分に向かって突進してきたら、相当、キモい。
 口を開けるたびに中から覗く、やすりのような細かい歯で削るように捕食するのだろう。自分がいったいどんな風にして死ぬのかなんて、カミサマでもないかぎり誰にも分からないが、お願いだからギギネブラに喰われて死ぬのだけは嫌だ。特に、生きたまま。いっそレウスに火ダルマにされるとか、ドボルベルクに踏み潰されるとかの方が、まだマシだ。いや、火ダルマも嫌だな。暑いのは嫌いだ。服がじっとり肌につく感触が気持ち悪い。ならベリオロスで雪だるまか。それもなぁ。一番楽な死に方はバギィの睡眠中に捕食されることだと聞いたが、なるほど確かにそうかもしれない。それも、ただのバギィだと捕食中に痛みで目覚めることがあるらしいから、念には念を、ドスバギィを推奨する、とかなんとか。ちなみにここら辺の知識は気が向いた時にルイーズがヨルデ村から盗んでくる雑誌からである。

「それにしても、ギギネブラって案外小さい飛竜なんだな。ドスジャギィと大して大きさ変わらないんじゃねえの?」
「たしかに。……小金冠サイズかな」

 小さく呟いた凪の言葉は、突進を避けるため駆け出していた菖蒲の耳には届かない。
 凪自身ギギネブラという飛竜を見たのはこれが初めてなので何とも言えないが、確かに他の大型竜と比べると一回り、あるいはふたまわりサイズが小さいように感じた。
 おまけに聞いていた程毒攻撃を仕掛けることもなく、戦い始めてからも、まだ1回も産卵をしていない。やはりあの2人の嫌悪が生み出す過剰な説明だったようだ。客観的な説明ができないのはハンターとしては欠点に入るが、まあ悪い方に過剰に言った分には、いいだろう。逆よりマシだ。
 目の前に散らばるギィギの死体をなるたけ目に入れないようにしながらそんなことをつらつらと考えているうちに、だんだん2人の動きのキレが悪くなってきた。疲れが出てきたのだ。

(そりゃそうだよな。まだ14歳なんだから……)

 大剣とハンマーなんて重いものを持って、あそこまでテキスト通りの戦いが出来るだけで賞賛に値する。
 自分が14のときはどうだっただろうかとまた回想にふけりつつ、また刀を一閃。背後から凪めがけて跳んできたギィギは銀の太陽の炎に身を焼かれた。
 2人が戦い始めてかれこれ3時間が経った。
 時折竜を追って戦うエリアを変えつつ、双子は確実に毒怪竜を追い詰めていった。証拠は、ギギネブラのその口からだらだらと垂れる涎だ。好機。
 もちろん凪がそれを言うまでもなく双子は理解し、お互いに鼓舞しあっていた。

「もうひとふんばり、行くよ、みー!」
「わかってる! あとちょっとやったら、おやつの時間なんだから!」
「……あとで僕にもおくれよ」
「いいよ!」

 汀持参のリュックの半数を占めるお菓子は、ベースキャンプにしっかり鍵付きで置いてある。そこで自分もというあたり、まだまだ岬も可愛いものだ。思わずくすっと笑みがこぼれた。
 天井に張り付いたギギネブラは全身で反動をつけながら毒弾を狙い撃つ。菖蒲を誘導して壁際を走り、凪達2人はエリア2へと避難した。
 今まで凪がエリア4に留まっていたのは双子がピンチになった時に駆けつけるためだ。あそこまで安心できる戦いっぷりをみたらその必要もないだろうと、今度は菖蒲の身の安全を優先する。

(想像したよりギギネブラも脅威ではなさそうだし)

 ファンゴを片付け、氷の壁を背に預けた。菖蒲はここぞとばかりに腰を下ろす。

「ここなら視界もいいし、急襲される可能性は低いですから」
「にしても寒ィな。ホットドリンク飲んでこの寒さかよ」
「我慢してくださいよ、菖蒲兄。4人の中で一番厚着なんですからね、それ」
「んなこと言ってもなあ……クソガキ、おめぇ本当に寒くねぇの?」
「うーん、正直言うと、やっぱりちょっと寒いかも。もう1枚持ってくれば良かったかな」

 ため息をついて菖蒲はホットドリンクのコルクを抜いた。毛布が恋しいなどと女々しい言葉を吐きながら、ちびちびとそれを飲んでいく。
 その時だった。

バサッバサッ

 ハンターなら耳慣れた羽音。
 空気に抵抗して、何かが空より飛来するその音。

「あれ、エリア移動してきたのかな」
「洞窟の方からあいつら、来ねぇけど」
「仕方ない。菖蒲兄、そこから動かないでくださいね。あ、流れ弾とかは頑張って避けてください。それくらい、運動神経悪いわけじゃないし、大丈夫でしょ?」
「ったく、そこは『命をかけても守るから』とか言うべきだろ」
「嫌ですよ。そんなの男に言うなんて」
「お前な……」

 苦笑した菖蒲を背に、凪はポーチに手を突っ込んだ。
 地に降りた飛竜。頭と尾の二口を大きく開けたバインドボイスは、しかし竜の悲鳴に取って代わった。

「お前のそれさ、うるさくて好きじゃないんだよね」

 経験したことのない痛みにのた打ちまわるギギネブラに、吐き捨てる。
 丸い口に投げ入れたのは、栓を抜いたホットドリンク。トウガラシをたっぷり使って作られたそれは、言いようもなく辛い。にが虫で辛味成分が助長されているから、尚辛い。
 辛さとは舌にあたる刺激、すなわち痛みである。竜の味覚は人程優れてはいないが(デュラクで実証済み)、辛みは4種の基礎感覚―――塩っぱい・甘い・酸っぱい・苦いの外にある。つまり味覚の優劣は関係ないのだ。
 どんなに屈強な肉体を持っていようとも鍛えられない体内の刺激、それもトウガラシの後引く辛さは、寒冷地に生息するギギネブラにとって縁のないものだった。しかも少しずつ飲む用に作られた物を、瓶まるごと3本を一気に。

「えげつねえ……」

 後方で菖蒲がつぶやいた。
 今手に抱えているホットドリンクを3本一気飲みさせられたら、並みの人間ならショック死するかもしれない。なにせ人間の1日の限界摂取量が5本と決まっているような代物の半分以上を一口に含むのだから。
 まさに火を吹く辛さ。
 怒りを露わに襲いかかってきたギギネブラをひょいと躱して、舞うように美しく刀を一閃。炎が宙を舞った。
 突進を止め2,3歩よろめいた毒怪竜の背に、瞬く間で更に5撃の痕を刻む。黒い焼痕からは肉の焦げる嫌な臭いが立ち上った。ひるんだギギネブラは尾を振り回すが、それより一瞬早く凪が地を蹴り跳び上がって避ける。
 竜の尾を横薙ぎに払うと、激痛にギギネブラの頭が反り返った。血とともに飛び散ったのは、白雪を紫に染める外分泌腺。
 凪は一刀のもとにギギネブラの毒腺を分断したのだ。

「こりゃ……すげえな…」

 ファンゴを殲滅したナギの姿を菖蒲は見てはいないため、これが成長した凪が戦う姿として最初に目にするものだが、これだけでも既に凪が普通のハンターとは一線を画す存在であることが伺い知れた。
 防御のできない太刀を手にして、一体誰がギギネブラの首振り攻撃を上に回避するという選択肢を取るだろう。
 飛竜を相手にして、一体誰が一撃でその皮を斬り裂けるだろう。
 菖蒲の感嘆を知るはずもない凪は、悲鳴を上げて仰け反ったギギネブラに追い討ちをかける。
 凪を踏み潰さんと上体を持ち上げたネブラの腹へ恐ることなく踏み込み薙ぎ払い、そのまま足を止めることなく駆け抜けた。
 雪煙を上げて毒怪竜が無防備になる数秒。刀を逆手に持ち振り上げた凪は、迷うことなくそれを翼膜に突き刺して飛竜を凍土に縫い付けた。火を噴く刀は一息に凍った大地ごと膜を裂き、その翼は二度と再び風を捉えることはない。
 絶叫してひっくり返ったギギネブラは、もはや地を這うギィギよりも哀れな姿をさらけ出していた。
 腹の毒腺に入った1本の線。
 そこを寸分違わずなぞるように、凪の刃が線を舐めた。

ザクッ

 切れる毒腺、吹き出す血。
 ギギネブラはもう動かない。
 すでにその心臓の袋は、銀火竜の刃の餌食となっていた。

「ふぅ。ったく、汀と岬はまだ来ないのか?」
「た、倒したのか」
「終わりましたよ。折角なんで素材とかもらっていきましょうか。ちょっとポーチに入れたくないけど」

 ぴくりとも動かないギギネブラを遠目に確認してから、菖蒲がほっと息をついて近づいてくる。いつまでたっても洞窟から出てこない双子に不安になった2人は、足をエリア4へと向け歩き始めた。と、ちょうど向かっていた先から双子が転げるようにかけてきた。

「なんだ、お前たち遅かったな」
「たっ、たたたたた大変なんです兄さん!! どうしよう、こんなの予想してなかった!」
「にいちゃ! ネ、ネブラが!」
「どうしたんだ? ギギネブラは俺が倒したけど」
「え!? 更にもう1頭いたんですか!?」
「は?」

 気が動転して会話にならない。しゃがんで目線を合わせ、ぽんぽんと頭をたたいてやっと冷静さを取り戻した岬が口を開く。汀はきょろきょろと忙しなく空を見上げていた。

(一体どうした?)

「ぼ、僕たちが戦ってたギギネブラが!」
「うん」
「1頭じゃなくて、少なくとも3頭いたってことなんです! 非常事態です!!」
「は?」
「来た!! 来た!! 1, 2, 3, 4頭いる!!」

 汀が狂ったように叫ぶと、空を指差した。全員がつられて空を見上げる。
 曇天。重そうな雲から透けて見える日の光りは、凪たちに4つの不可解な黒点を見せていた。

「おい。おい、オイオイオイオイ!! なんだよこれ!」
「にいちゃああああああもうダメみー死んだこれ死んだああああ!!!」
「ああ、父さん、母さん、真砂さん。先立つ不孝をお許し下さい。もうダメだ。僕、死んだ」
「……集団リンチって、俺思うにあんまり良いことじゃないと思うんだけどなぁ…ははは」

 羽ばたきと共に天からやってきたのは天使か。

 否。

 その身に毒を秘めし怪しき竜。ギギネブラ原種たちである。


「これなんて無理ゲー?」


 呟きは蛮声に飲み込まれた。
  
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