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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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誓いの言葉

「ふむ……良いものだな」
 ヴォルフは温泉に浸かりながら素直にそう思った。
 夕食前に入るようにと夏空に言われたので、旅館を兼ねている集会場にある温泉に入ることになったのだ。
 茜色に染まった空を見ながらの入浴は、以前にも経験がある。ただし、あの時は二本角の大型牙獣と一緒の入浴で、互いに睨み合いになりつつも湯に浸かっていたものだ。
 何日か同じような日々が続き、最終的にはお互いに不干渉を貫いてあの牙獣が来なくなるまで続いた。どうなったのかは知らない。
 あの日々は今のようにのんびりとしていられる物ではなかったので、何処か感慨深いものがある。
 岩に(もた)れて空を見上げると、遠くに鳥が飛んでいくのが見えた。紅葉の葉が風に(なび)かれて、ゆらゆらと落ちていく様など、風情があって良いものだ。
(この村に来て、俺は少し変わったのか?)
 この村に来て今日で二週間以上が過ぎている、ヴォルフは僅かながら自分の変化を自覚していた。以前の自分なら他人に物を教えようと等、思いもしなかった。
 共に戦うことはあっても同じ人間とは二度と組みはしなかったし、顔を会わせる事も会わせようともしなかった。
 そんな過去に比べて今の自分はどうだろうか……。確実に変わってしまっている。
 今は直接関わりのある神無や夏空に小冬を初めとした面々だけだが、何れはもっと多くの人間と肩を並べて行く事になるのだろうか?
 ヴォルフはそこで思考を止める。考えても詮無き事だ。それは良くも悪くも自分を変えて行くのであれば、身を任せるのみだ。
「お? もしかしてヴォルフか?」
 不意に聞こえた声で、ヴォルフは声のした方向を見る。そこには腰に手拭いを巻いた正太郎がいた。
「奇遇だな。温泉はどうだ?」
「……良い物だな。お前が大切に思っている理由が何となく分かった」
 ヴォルフがそう言うと、正太郎は心底嬉しそうに笑って見せた。
「へへっ! そう言って貰えっと嬉しいねえ」
 正太郎はそう言うと湯船に浸かった。
「前にも話したけどさ、俺はこの村が好きなんだ。だからハンターを志した。……ヘタレだけどよ」
「……お前はそんな自分を変えようと思ったのだろう? なら、とうにへたれとやらではない」
 ヴォルフはヘタレと言う言葉がやけに言い難そうだったが、意味は理解していたので正太郎の言葉を否定する。
「まだ実戦に出ちゃあいねえんだ。まだヘタレ卒業とはいえねえよ」
 ヴォルフは正太郎のそんな言葉に心底驚いた。まさかこの短時間でここまで自分の意識を変えられるとは思っても見なかったからだ。
「つー訳でよろしく頼む。また明日からビシビシ鍛えてくれ!」
「なら、まずは武器を確実に構えられるようになる事だ」
「う゛……」
 ヴォルフの言葉に、正太郎は思わずばつの悪そうな顔になった。
「そうだ。飲まないか?」
 話題を切り替えようと思ったのか、正太郎はお盆に載った小瓶とお猪口を見せる。
「ん? 何だそれは?」
「酒だよ。飲んだ事無いのか?」
 ヴォルフの言葉に正太郎は不思議そうな顔をするが、酒をお猪口に注いでヴォルフに渡す。
「……」
 ヴォルフは受け取ったお猪口の中身である透明な液体を見る。一見水だが、何処か独特の刺激を持つ香りがした。
 正太郎を見ると、彼は別で用意していたのか二つセットで持って来ていたのか、お猪口に酒を注いで飲んでいた。
「ふぃ~っ!」
 目を強く閉じて、しかし美味くて堪らない! とでも言うような仕草をする。
 そんな様子を見たヴォルフはお猪口の中身を一気に飲み干そうとし……盛大に咳き込んだ。
「ゲホッ! ガハッ! ゴフォッ!」
 口の中が、喉が、焼け付くように熱い!
 そのただならぬ様子に正太郎は呆然とヴォルフを見ていた。
「……何だコレは? よくこんな物が飲めるな?」
「あ~……」
 正太郎は気拙そうに視線を逸らした。まさかヴォルフが酒を飲んだ事の無い人間だとは思いもしなかった。
「ま、飲んでるうちに慣れるよ。ダメな奴はてんでダメだが」
「そうなのか?」
 正太郎は自分がヴォルフに何かを教えられるなんて珍しいと思いながらも説明する。
「酒が絶対に飲めないって人間もいるんだよ。体が一切受け付けないってのか? まさにそんな感じ。確か夏空さんがダメだったな」
 正太郎の言葉を聞きつつも、ヴォルフはコレを二度と飲もうとは思わなかった。
(そう言えば、ポッケ地方の集会場ではこの類を飲んで騒いでいた奴らが大勢いたな)
 過去に行った事のある雪山の小さな村で起こした騒動を思い出す。
 余りに五月蝿かったのでヴォルフが「五月蝿い」と一言文句を言ったら、酔った男達は立ち上がってヴォルフに絡んできた。
 結果は言うまでも無い。幸いにして酒場が血風呂にならずに済んだ事くらいだ。
 その一件から数日後にはポッケ村を出た訳だが、今の今までそんな事はすっかり忘れていた。
「そろそろ上がるか……」
「おう……ってオイ!」
 ヴォルフが立つと、正太郎が血相を抱えて呼び止めた。
「何だ?」
「何だじゃねえよ! お前、その傷跡は……」
 正太郎の視界には、細身ながらも過不足なく戦闘用に鍛えられた見事な……しかし、無数の傷跡が刻まれたヴォルフの体が映っていた。
 切り傷。擦り傷。抉られたような傷。火傷。他にも幾重もの傷が重なって変色すらしている箇所もあった。
「これは未熟だった事の証だ。未熟だったから手傷を負い、死の淵を彷徨った覚えもある」
 正太郎はヴォルフの言葉の後に自分の体を見下ろした。傷らしい傷など何処にも無い。
「そっか。やっぱ、お前って凄ぇわ」
「何がだ?」
「こっちの話だよ」
「?」
 ヴォルフが首を傾げながら今度こそ浴室から出ていく。
「腹括ったつもりだったけどなぁ」
 呟きながら全身から力を抜いて、浮力に身を任せて体を浮かべる。大きな風呂場……且つ他に誰もいない時にのみ出来る(くつろ)ぎ方だ。
「けど、却ってやる気出てきたぞ。俺もいつか……」





 一方の女湯では……
「ふぅ~良いお湯ですぅ~」
「夏空、オバサン臭い」
「オバサンじゃないですぅ~!」
「まぁまぁ、二人とも」
「よく喧嘩する元気があるわね……あんなにハードだったのは初めてかも……」
「うん。疲れた」
 訓練を終えた五人は揃って旅館研修会場の女湯に浸かって、訓練の疲れを癒していた。
 思いっきりリラックスする夏空、そんな夏空を見ていつもの挑発的な微笑みと共に女性の禁句を言う小冬、そんな二人を諫める困った顔の神無、疲れきったのか岩に力無く(もた)れる梓、普段と余り変わらない様子の椿……因みに眼鏡は外している。
「皆さん、訓練どうでした?」
 一緒に入ると言って入ってきた受付嬢の木葉が、ヴォルフの訓練について尋ねて来た。受付嬢の制服にある帽子は取っており、今はショートボブの髪型の上に手拭いを乗せている。
「今日は訓練というよりは実力テストって感じかな?」
「明日から基礎訓練をやるとか言ってた」 
「大変そうですけど、ちょっと楽しみです~」
「慣れるまでがハードね……実戦に出て良いって言われるまでが遠いかも」
「ヴォルフさん厳しい」
 今日一日の内容を思い出した神無が答えると、小冬が明日から始める事柄を告げ、夏空がそれに対する感想を言った。
 梓と椿はこれからについて若干の不安はあるようだが、ハンターである意所は引けないのか、言葉とは裏腹にそれを乗り越えようとする気力の篭った目で答えた。
「成る程成る程~。皆さんってヴォルさんはどんな人だと思いますか?」
「うえ!? 木葉ちゃん!?」
「優しい良い子ですよ~」
 質問の内容に動揺して慌てる神無だったが、夏空があっさりと答えた。
 神無はそれに一瞬硬直したが、単に質問内容を聞き間違えたようだと理解し、軽く咳払いする。
「ヴォル君は……」
「野生人で食いしん坊で無口で変な奴」
「小冬!? ちょっと言い過ぎじゃ……」
 小冬のあんまりな回答に神無は抗議する。
「否定できる?」
「少なくともヴォル君は変な人じゃないよぅ!」
「それ以外は肯定ね……」
「ううぅ~」
 悔しい! でも反論できない! な神無は小冬を睨みむのが精一杯だった。
「フフ、神無カワイイ。必死になってる」
「むきゃー!」
 妹に頭を撫でられた神無は恥ずかしいやら悔しいやら……小冬と追いかけっこを始める。
「風呂場で暴れないの!」
『ごめんなさい』
 梓の声に、二人は大人しく湯船に浸かる。
「全くもう……え~と、ヴォルフ君のことだったかしら? そうねえ……自分を厳しく律していて気高い人だと思うわ」
「カッコイイ」
 梓が答えると、椿は簡潔に一言で答えた。
「確かにヴォルさんカッコイイですよね? 見た目異国の人なのに、ユクモの服が似合うのもまた良いと言うか……」
「そうですよね~。ヴォルちゃんは顔立ちは女の子みたいですけど、キリッとしているというか凛としているというか、男らしいですよね~」
「あれ? 何か話題がずれてない?」
「そうね……ヴォルフといえば剣ね」
 いつの間にか話題がずれてしまい、どうやって会話の中に入っていこうか迷う神無だったが、小冬はあっさりと話題の方向性を変えながら輪の中に入っていく。
「そうそうそれそれ! ヴォルさんの剣ってどうなの小冬ちゃん?」
 木葉が興味津々といった感じで尋ねて来る。
「そういえば……」
「木葉ちゃんだけですね……ヴォルちゃんの剣を見てないの」
「そうなんですよ夏空さん。正太郎さんがボッコされちゃった時も訓練の時も私は集会場で受付してましたから……それに最近の依頼なんてジャギィ退治か道中護衛か、山の倖の採集くらいしかありませんでしたし」
 木葉が溜息混じりに告げる。言外にヒマでしたと言っていた。意外に毒を吐く娘だな……と約二名を除いた全員が思った。
「ヴォルフ君の剣ねえ……はっきり言って……」
「見えない」
 梓が言おうとして事を椿が言う。
「見えないって? 速過ぎて?」
「そう。訓練の時はあからさまに手を抜いてたから見えた。でも、アイツが本気を出したら何が起こってるか分からないかも」
「ナルガクルガの時が正にそうだったわね……」
「ね~」
 梓と椿が先日の戦いを思い出して、しみじみと答えた。
「ナルガクルガ……か。もっと奥の樹海地帯に住んでいるのに何でこの辺りに現れたんでしょうね……」
「多分ジンオウガね。霊峰から降りて来たせいでナルガクルガも移動する必要が出てきたんじゃない?」
 木葉の疑問に梓が仮説を立てる。
「でも、それだと何でジンオウガは霊峰を降りてきたんでしょうね?」
「それが問題なのよね……。霊峰に近付くには無理があるし……」
「また話題が変わっちゃった」
 木葉と梓のやり取りをみて椿がボソリと呟いた。
『……』
 その言葉で全員が無言になった。
「え、と……とにかく、皆でこの状況を何とかしないといけないのは確かよ」
「そうですよね~。でもその為には強くならないといけませんし……」
「それでヴォル君に鍛えて貰うんだよ。いくらヴォル君でも一人じゃ絶対に無理だって事も分かってると思うし」
「そう。だから皆で力を合わせる」
「一人は弱くても皆でなら、戦える」
 今日ヴォルフの訓練を受けた者達には、自分達のなすべき事が理解できたのか確かな強い光が宿っているのが木葉には分かった。
 自分は戦うことが出来ないけれど、彼女達を助け応援する事くらいは出来るのではないかと思った。
「頑張って下さいね皆さん。私には応援する事くらいしか出来ませんけど」
「はい~。ありがとうございます」
「ありがとう木葉ちゃん。そろそろ出よっか? 逆上(のぼ)せると後が大変だし」
「そうね」
 それぞれが湯船から上がると、ただ一人湯船に浸かっていた小冬が立ち上がった面々をじっと見ていた。
「……」
 特に姉二人と椿を見渡してから無言で自分の身体を見下ろすと、目を落として溜息を吐いた。
「どうしたの小冬ちゃん?」
 それに気付いた木葉が小冬に話しかける。
「……皆胸大きい。梓とは大して変わんないけど」
「あ~」
 小冬の返答に木葉は困ったように視線を彷徨わせると言った。
「大丈夫だよ! 小冬ちゃんは夏空さんと神無ちゃんの妹なんだから、ちゃんと大きくなるよ!」
「だと良いけど……神無は私と三つ違うけど……私よりずっと大きい……夏空はもっと大きい」
「……」
 どうしたものかと周囲を見渡す木葉だが、他の面々は既に脱衣場に入ってしまっていた。
 小冬は姉二人に比べて小柄なので仕方ないのではないか? と思うが、そんなことを言っても小冬は納得するとは思えない。
 そんなこんなで色々と考え込んでいる内に小冬は一人さっさと上がってしまい、何かを言おうとした時には既に彼女は木葉の前から姿を消しており、同時に逆上(のぼ)せてないかと心配した双子の姉の笹湯(ささゆ)が様子を見に来ていた。
 そんな姉の姿を確認した時には既に、木葉はすっかり湯当たりしてしまっており、運び出される羽目になった。……そんな光景を小冬がニヤリと笑いながら見ていたという。





 次の日からの訓練は前日とは違い、肉体作りとも言える基礎訓練だった。
 正太郎だけ槍と楯を構えては収め、また構えて……を繰り返し行うことになった。しかも、抜き打ちで訓練用の水入りの鞠が飛んでくるのだ。コレを確実に防御するのも訓練の一つとなっていた。
 ヴォルフの少しずつ数を増やして行く、という言葉に正太郎は顔を引き攣らせたが、強くなる為だと言われた途端やる気を出したのは現金なものだと約二名を除いた全員に思われた。
 他の面々の訓練内容は……
 ・廃材になった柱の木材の上を目隠ししたまま落ちないように歩く事で、平衡感覚を鍛える物。
 ・体力作りの為の長距離走。
 ・ヴォルフが投じる水入り鞠を回避し続けて反射神経の強化。
 ・ナイフや石等の投擲技法。
 ・モンスターとの不意の遭遇での対処法の講義。
 ・各自の武器を用いた戦闘訓練。
 ・筋肉トレーニング。
 ・目隠しした上で音を聞き分ける聴覚強化訓練。
 ……等々と多義に渡った。因みに全ての小道具はアイルー達が用意した。ヴォルフに報酬を貰う事で徹夜で準備したのだそうだ。
 これらの訓練はヴォルフの傷が癒えるまで、そして夏空たち三人の装備が完成するまで行われた。実に一ヶ月以上もの期間だ。
 毎日ヘトヘトになって訓練を終えて入浴して夕食を食べて就寝して……繰り返す様は村人達には期待と少しばかりの畏怖の目で見られていた。





 朝焼けに染まる訓練場。
 一日の始まりを告げる鳥の声と共に吹く微風(そよかぜ)
 風を切る音共に振るわれる白刃。風と共に舞うそれはまさに剣舞。
 力強い大地のような剛健さ、吹きすさぶ風のような鮮やかさ、流れ行く水のような美しさ、猛々しい炎のような激しさを併せ持った無形の舞。
 ヴォルフが繰り出す剣はまさにそれだ。
 掴み所の無い雲のようでいて、それでありながら力強い(いわお)のような……そんな矛盾を併せ持った剣。
 刀を鞘に収め藁束(わらたば)が巻かれた人の胴ほどの丸太に向き合う。
 静かに響くは僅かな鍔鳴りの音だ。そして、僅かに遅れて丸太に三つもの線が走り崩れ落ちた。
 水平、斜め、更には縦に真っ二つに断たれた丸太が地面に転がった。
「お見事です~!」
 ヴォルフの背に、のんびりとした呑気な声が掛けられた。
「夏空か。おはよう」
「はい。おはようございますヴォルちゃん。朝から頑張ってますねえ」
「何処まで治ったか知りたくてな。もう痛みは無いから完治しただろう」
 ヴォルフの言葉に夏空は満面の笑みを浮かべた。
「まぁ! それは良かったです! お姉ちゃん、今日は張り切ってご馳走作っちゃいます!」
「それは楽しみだ」
 ヴォルフは今日の食事当番は夏空だった事を思い出した。
「素直なヴォルちゃんは良い子良い子です~」
 夏空の手が伸びてきてヴォルフの頭を撫でる。
 最初は何か変な感覚が気になって逃げようとしたが、彼女の手は逃げようとする先を予測しているかのように動くので、最近はされるがままだ。ヴォルフ自身嫌ではないが、何か奇妙な感覚を覚えるのだ。
「ん?」
 不意に思い出した。夏空は朝の早起きが苦手でこの時間はとても起きられないのが常であり、いつもなら夢の中に居るはず。因みに彼女が朝食を担当する時は全員が遅めに起床しするか結局神無が作るかのどちらかだ。
「今日は起きるのが早いんだな」
「昨日は疲れてて早い内に寝ちゃいましたから、目が覚めるのも早かったんですよ~」
 夏空の言葉にヴォルフは納得する。いくら早起きが苦手でも、普段と比べて早すぎる時間に寝れば嫌でも目が覚めるものだ。
「それじゃあヴォルちゃん。私は朝食の準備をしますから、早めに帰ってきて下さいね~」
「ああ」
 ヴォルフが返事をすると、夏空は嬉しそうに微笑むと家路へと歩いていった。そんな夏空の後姿を見ていると空腹感を覚えた。
 我ながら現金なものだな、と溜息を吐きながら思ったヴォルフは地面に転がる藁と丸太の破片を拾い集めて薪置き場へと持って行った。





 朝食を終えたヴォルフ達は、竜人族の老人が開いている加工屋の前に来ていた。
 今日は訓練を休む日と決めており、今日一日をどうするかという事で話し合っていたところでアイルーが伝言を伝えに現れたのだ。
 そこで神無達の装備が出来上がったのだと理解して加工屋に訪れたのだ。
「おう、来たかい」
「完成したのか?」
「うむ」
 老人の言葉に神無達三人の顔に嬉しそうな顔が浮かんだ。
 今まで使っていた武器防具が新調されるのは、自分達の成果が形になることだからだ。より強力な武器で狩りに行ける事を意味する。
「では奥に用意してあるからの。着てくるといい」
「うん! ありがとうお爺ちゃん!」
「ありがとうございます~」
「お疲れ……」
 神無達はそう言いつつ店の奥に入って行った。
「さて……」
 老人がヴォルフを見上げる。
「あの娘達を鍛えてくれてありがとうなぁ」
 老人が破顔し、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「礼を言われることではない」
「いやいや。特に正太郎の奴があそこまでやる気を出すとは思っても見なかった。あ奴はこの先どうしたもんかと思っとったが、お前さんの弟子になってからはなぁ……村の皆もたまげとるわ」
 正太郎の変化は村の人間からしても大いに驚くべきことなのだろう。ヴォルフ自身もそれは何となく理解した。
 ヴォルフ自身、彼については色々と予想外の事をやらかすタイプだとは思っている。自分に弟子入りを志願するなど、最初は正気を疑ったくらいだ。
「奴に関しては何も言うまい。だが、奴も神無達もまだ強くなる」
「そうかい」
 ヴォルフの言葉に老人は嬉しそうに笑った。
「お待たせです~!」
 夏空の明るい声と共に三人が姿を現した。
「ほう」
 ヴォルフは以前とは全く違う彼女達の装備を見て感嘆の声を上げた。
「えへへ。どうかなヴォル君? 似合ってる?」
 神無は楽しそうに言う。
 神無はジャギィやドスジャギィから採った薄紫色の革や牙に爪を用い、金属で補強した装備だった。
 額から鍔に掛けて鉄の前立てが付けられたジャギイの革の帽子。
 肩や肘等の要所を装甲で覆う胴鎧に篭手。
 ジャギイの革で作られた下半身を覆うタイプの外套と革製のスカート。
 膝から足に掛けてはジャギイの革と膝を鉄の装甲で強化したロングブーツ。
 新調された武器は、鋭い切っ先を持ちながらも厚い刀身と峰に刺々しいセレーション((やすり))と、装飾としてジャギイの革、腕を守る為のハンドガードを持つハイドラナイフと呼ばれる片手剣。厚みのある刀身と大きな刃幅から何処がナイフだ? と開発者に訊きたくなる物だ。
 そして、ハイドラナイフと対になるカイトシールドと呼ばれる形をした縦だ。縦の上部には攻撃にも使える五本の鉤爪が付けられ、その反対側である下部にも一つの鉤爪が取り付けられている。
「ああ。良いと思う」
 ヴォルフは素直にそう思った。その装備は活発な神無にしては服の露出を最小限に留めた寒冷地でも用いれるもので、ハンターとしてはまだ発展途上な神無には丁度いい位の装備だと思ったのだ。
 神無の期待した答えとは全く別方向のベクトルである。彼女が気付いていないのは幸いだろう。
「えへへ。ありがとう。因みに梓ちゃんと同系列なんだ」
 神無に言われて、弓使いの梓が似たような格好をしていたのを思い出した。
「私はどうですかヴォルちゃん?」
 今度は夏空が前に出てきた。
 最初に目に入ったのは動物の耳を模した飾りのついた薄い青の頭巾だ。牙獣種アオアシラから採った薄い青の毛皮を主に用い、他にはアオアシラ特有の腕甲と棘が使われている。
 耳を模した飾りのついた頭巾は顔を残した頭部を覆い隠すように作られ、背中近くまで伸びている。
 アオアシラの毛皮で作った短めの外套で胸部、肩、背中を覆い、街頭の中に見えるのは装甲が付いたコルセットのような形の鎧と服。
 二の腕は素肌が剥き出しで、肘から手に掛けては毛皮製の厚手の手甲右腕に、アオアシラの棘付き腕甲をそのまま人間サイズにしたような手甲を左腕に付けていた。
 下半身はミニスカートのような短い着物の裾の上から、予備弾薬や小物入れのポーチが付いた、毛皮の大きな帯を腰に巻いてスカートを覆うように着ており、膝から下に掛けてはアオアシラの腕甲で補強した脚甲で補強されたブーツを履いている。
 武器は元々使っていた青熊筒と呼ばれる火砲に大型のパワーバレルを搭載して威力を底上げしたものだ。バレルを長くする事で初速と射程距離が伸びている。
「成る程、火砲が重くても装備は軽く……か。良い選択だ」
 ヴォルフの言葉に夏空は困った顔をした。
「そういう意味じゃないんですけど~」
「?」
 夏空の言葉にヴォルフは首を傾げる。
「……似合ってはいるが?」
 少し考えてからのヴォルフの言葉に、夏空は驚いたような顔をするも、すぐにはにかむような嬉しいような……そんな笑顔を見せた。
「ウフフ。ありがとうございますヴォルちゃん」
 そう言って夏空はクルリと一回転した。夏空の被った頭巾の背中部分から伸びた一房の髪が尻尾のようだとヴォルフは思った。
「次、私」
 小冬が前に出てくる。
 ブナハと呼ばれる虫を用いた物で、手品師かパーティーの衣装のような外観の服装に、ヴォルフは首を傾げた。
 頭には小さな黒いシルクハットが付いたカチューシャ。
 白いシャツに、黒いワンピースのよううな上下セットの衣装。
 スカートの丈は前がミニで後ろがロングという変わったもので、その一つ一つが虫の羽のような独特の形状をしている。
 腕にも長い手袋のような手甲が付けられており、脚にはニーソックスなのかストッキングなのかよくわからない物を着ており、先の尖った革靴を履いている。
 その両手にはコルヌ・ワーガと呼ばれる二刀一対の、湾曲した刀が握られている。峰には棘がビッシリと並んでおり、まるで甲虫の持つ鋏型の角のようだった。
 虫から採られた素材で作られた武器と服は何処かミスマッチしている。
「……その格好で戦うのか?」
「心外ね。コレはちゃんとした鎧でもり、パーティードレスにも使えるお得な物。見た目で判断しないで」
 以前言った事のある言葉を返されてぐうの音も出ないヴォルフに、小冬はニヤリと挑発的な笑顔を見せる。
「そうだな。ならば存分に魅せてみるがいい」
 小冬はヴォルフの言葉が意外だったのか、目をパチクリとするがすぐに元の笑顔を浮かべた。
「フン。メロメロになっても知らないわよ」
「ちょっ!? 小冬!?」
 小冬の発言に神無は慌てて何かを言おうとしたが、彼女は何を言うべきか定まっていない。
 ここだけの話。神無は見た目も華やかな小冬や夏空の物と違って、実用一辺倒の装備を選んでしまった事を今になって失敗したかと思っていた。
「それで狩れなければ意味は無い。俺としては神無のような保守的な物の方が良いと思うがな」
 と、そこでヴォルフの思わぬ発言に頭の中が真っ白になった。ヴォルフは防御を固めろと言ったのだが、神無は自分の服の方が好みだと言ったように聞こえたのだ。
「……」
 顔を赤くして沈黙する神無を他所に、夏空と小冬はヴォルフに抗議していた。
「当たらなければ良い」
「そうです。避ければいいんです」
「次でやってみる事だ」
 ヴォルフは溜息混じりに言った。
「話は終わったかな?」
 と、加工屋の老人が言う。その手にはいつもの大きなハンマーではなく大きな桐箱が乗っていた。
「これをお主に」
 老人はそう言って桐箱を開けた。
「これは……ナルガクルガの鱗か」
 ヴォルフはその箱の中身に僅かに目を見開いた。神無達からも驚きの声が上がる。
 刃渡り十五センチ程の、肉厚で両刃の黒光する刀身。大きい柄尻を除けば片手に丁度収まる程度の細長い柄。柄尻は紐などを通す為にリング状になっており、その穴はヴォルフの親指でも余裕で通りそうなほど大きい。
 それは、苦無(くない)と呼ばれる短剣だった。同じ形状をした物が三本、布張りの箱の中に収められている。
「昔、この村でハンターをやっとったモンがワシに作らせたものじゃ。……あ奴は取りに来なかったがのう」
 老人は目を細めて遠くを見て呟くように言う。
「お主に使って欲しい。これの持ち主の代わりに、お主には皆と共に帰ってきて貰いたいんじゃ」
 老人の言葉に神無達三姉妹は息を呑み、ヴォルフは黙って老人の目を見ていた。
「分かった。ありがたく使わせて貰う。そして誓おう」
 ヴォルフは一度言葉を切ると後ろを振り向いた。
 そこには神無、夏空、小冬がいた。彼女達の姿を目に焼き付けてから老人に向き直る。
「必ず戻る。彼女達だけじゃない。梓と椿、正太郎もだ」
 ヴォルフの言葉に夏空達は嬉しそうな、感激したような花が咲いたような笑顔を浮かべ、老人は満足そうに目を細めると桐箱に収められた苦無を用意していた鞘に収めてヴォルフに渡した。
 苦無はそれぞれが黒い革製の鞘に収められ、同じ革の帯で繋がっていた。
「頼むぞ。皆を」
「無論だ」
 ヴォルフはそう言ってから苦無を受け取った。既に用意されていた三本を連ねる鞘にベルトを通したものをすぐに身に付ける。場所は腰で、右手で抜くには丁度良い位置だ。
「行こうか」
「うん!」
「はい!」
「ええ」
 ヴォルフの言葉に三人は頷くと、共に訓練所の方へと向かった。
 今日手にしたばかりの武器装備をいきなり実戦で使うわけにはいかないからだ。本来ならば訓練はお休みの日だったが、今日は別だ。明日に休めば良い。





 訓練所には自主訓練なのか、正太郎達三人が既に集まっていた。
 梓と椿は神無達三人の新装備に花を咲かせ、正太郎は以前と同じ鎧に身を包み、新たな武器を手にしていた。
 ただ、それはヴォルフが予想していた(ランス)ではなく、討伐隊正式銃槍と呼ばれる銃槍(ガンランス)だったが。
「……お前、何故ソレを?」
「おお! 良いだろコレ! カッコイイよな!」
 ヴォルフの指摘に嬉しそうに言う正太郎だが、ヴォルフ自身は胡乱気な目を向けていた。
「そいつは槍と違って扱いが難しいぞ」
 ヴォルフはガンランスの欠点を挙げていった。
 弾が尽きれば戦力が下がる。
 切り札である竜撃砲は一度きりで替えが利かない。
 一本の鉄塊である槍と違って、ガンランスは多くの部品から作られた精密機械に近く、荒っぽい扱いに向いていない。理由は簡単。壊れ易いから。
「それでも俺はこいつを使いたいんだ! 俺は俺のやり方を貫きたい!」
「……そこまで言うなら勝手にしろ。ただし、訓練は今まで以上に厳しくする」
 普通なら見捨てても良いかも知れなかったが、ヴォルフはそんな選択肢は浮かばずに面倒を見る事にする。あの老人との誓いを破る訳にはいかないし、最初から破る気は無い。
「おうよ!」
「皆! 大変だよ!」
 正太郎が気合の入った返事をすると、受付嬢の木葉が慌てた様子で訓練所に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「さっき、トラが見たらしいの! 森の方で救援要請の狼煙を!」
 その言葉で全員の顔に緊張が走った。
「トラはもうすぐ道案内の準備が出来るって! だからすぐにお願い!」
 ヴォルフはそれに頷くと訓練所を出ようとし……
「俺達も行くぜ」
 正太郎に呼び止められた。
「その装備にまだ慣れていないだろう」
「そうですね。でも、ヴォルちゃん一人で行かせられません」
「さっきの誓いを忘れたの? 万一、アンタに死なれたら困る」
「そうだよヴォル君!」
 ヴォルフの言葉に、夏空、小冬、神無が次々に反論する。
「武器にはまだ完全に慣れてなくてもよ、修行の成果ぐらいは見せられるぜ!」
「ヴォルフ君。お願い」
「ヴォルフさん。私も行きたい」
 正太郎、梓、椿も訴えてくる。
「良いだろう。ただし、お前達は纏まって動け。俺は遊撃として動く」
「了解!」
 正太郎が返事をすると全員が頷いた。
「準備できたニャア!」
 トラと呼ばれたアイルーが、何人かのアイルーを連れて報告に来る。
「行こうか」
 ヴォルフがそう言ってトラに出発を伝えようとすると、神無がヴォルフの服を引っ張った。
「ね、ヴォル君さっきの誓いの事なんだけど……」
「あれがどうかしたか?」
「もう一度……いえ、ここで改めて誓いませんか?」
 ヴォルフが聞き返すと、夏空が答えた。
「私達は必ず戻る。それはね……」
「私達全員で誓ってこそ意味があると思うの」
「思うの~」
 小冬が言い始め、梓がその言葉を最後まで告げた。
「へえ。良いじゃんそれ。縁起を担ぐっつうかさ」
 正太郎はノリノリのようだ。
 今は一刻を争う時だ。だからこそ、ヴォルフは皆に振り返って言った。
「そうだな。なら神無、言い出したのはお前だからな、それらしく頼む」
「ええ!? 私!?」
 ヴォルフの突然の言葉に神無は大いに驚いた。
「俺にはソレらしいやり方がわからないからな。任せる」
「う~ん」
 神無は恥ずかしそうに皆を見渡していると閃いたようで、腰の後ろに納めたハイドラナイフを抜いて天に掲げた。
「良いですねえ~」
 夏空は意図を察したのか、青熊筒を同じように天に掲げた。
「フフフ」
 小冬は静かに笑いながら右手に二刀を重ねて持って、同じように掲げた。
「良いじゃない。こういうの一回やってみたかったのよね」
 梓が弓を背から降ろし、矢筒から矢を一本採ると弓と一緒に右手に握って天に掲げる。
「何かカッコイイ」
 椿は嬉しそうにハンマーを両手でしっかりと掲げる。
「良いね良いね! 燃えるじゃねえか!」
 正太郎がガンランスを天に掲げる。
「……誓いをここに」
 ヴォルフが言いながら鯉口を切り、刀を天に掲げる。
 刀が天に掲げられると、全員の武器が互いに重なり合った。
 神無から始まったそれは、一人また一人と集まる度に徐々に円を描き、ヴォルフが加わったことで真円となる。それは古の戦士達の誓いの集いに酷似していた。
「誓いをここに!」
「私達は!」
「必ず生きて!」
「必ずここに!」
「戻ってくる!」
「絶対に生きて、帰るんだ!」
「誰一人、欠ける事無く」
 立会人の許、ここに誓いは交わされた。たった今から彼等は本当の意味でチームとなった。そしてこれから待ち受ける多くのモンスターとの戦いに、繰り出していくのだ。
 遠くから微かに咆哮が聞こえた。 
 

 
後書き
 今回、ヴォルフの武装に加わった苦無は、映画『エクスペンダブルス』でジェイソン・ステイサムが投げたり振り回していたアレです。
 2が楽しみなんですよね。

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