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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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訓練模様と……

 
前書き
 今回「にじふぁん」で書いたものに加筆してあります。少ないですが。 

 
「手合わせして」
 その言葉で、文字通り時が凍り付いた。のほほんとした笑みを崩さない夏空ですらも呆然と硬直している。
 正太郎は何かを言おうとしていたが、酸素不足の魚のように口をぱくぱくと動かすのが精一杯だった。
「……正気か?」
 ややあってから、ヴォルフが口を開いた。その視線は厳しく小冬の覚悟を試しているかのようだ。
「何も本気でやって欲しい訳じゃないわ。今の私じゃ瞬きする暇も無く負ける」
 小冬は冷静にヴォルフの目を見詰め返した。そこにあるのは、あくまでも純粋な気持ちだった。
「今の私の実力を正確に見るには一番の方法でしょうし」
 細かい部分を省けば確かにその通りだ。
「それが理由」
 小冬はそう言いながら背負っていた二刀を抜いた。
 左半身を前に出し、右手を頭上に、左手を腰より前に出し、二刀の切っ先が交差するような構えだ。
「それとも、何処かのヘタレみたいに『女の子に傷を付けたくない』とでも言うつもり?」
 小冬がいつもの調子に戻って挑戦的にニヤリと笑う。
「良いだろう」
 ヴォルフは腰に差していた刀帯から抜くと、鞘から紐を伸ばして刀を背負いつつ紐を胸元で縛る。
 そして、正太郎が持っていた太刀を抜いた。
 しかし、太刀本体の方を地面に突き刺すと、鉄製の鞘を刀のように持って切っ先を前に向けた八相の構えを取った。
「……何のつもり?」
「安心して全力を出せるだろう? 万が一にも死ぬことは無い」
 ヴォルフの言葉に小冬の笑みが崩れ、無表情になった。しかし、目つきは鋭くなっている。挑発したつもりが逆に挑発されて、小冬は逆上していた。
 ヴォルフはいつも通り無表情だったが、彼が表情豊かなら小冬と同じようにニヤリと笑っていただろう。
「え、えと……」
 一触即発の事態に神無はオロオロとうろたえ始めた。
「大丈夫ですよ。ヴォルちゃんを信じてあげてください」
「お姉ちゃん」
 夏空の言葉に、神無は姉の言うとおりだとホッと息を吐いた。
「でも、万一のことがあったら責任は取って貰いますけどね~」
 と、何処か物騒な響きを持った言葉が奇襲となって神無の不安を余計に煽った。
「お、お姉ちゃん?」
「始まるみたいですよ?」
 夏空のその言葉に思わず前をヴォルフ達を見た神無が目にしたものは、小冬がヴォルフに斬り掛かるところだった。





 小冬は姿勢を低くしたまま踏み込み、左手の短刀をヴォルフの腹部目掛けて突き出す。
 対するヴォルフは柄に見立てた太刀の鞘で、その突きを逸した。しかし、小冬は二刀使いだ。威力は軽くとも、すぐにもう片方の手で攻撃できる。
 すぐさま二撃目を放とうと右手の短刀を振りかざす……前にヴォルフの左掌が小冬の額を直撃した。
「うっ!?」
 反動で数歩後ろに下がってしまう。が、ヴォルフからの追撃は来ない。
「無闇に切り込むな。下手に前に出れば思わぬ反撃を貰う事になる」
 衝撃でクラクラする頭でもヴォルフの言葉の意味は理解できた。彼と初めて会った日、ドスジャギィの体当たりをまともに食らった原因と同じだ。
「まだ終わってない」
「来い」
 二刀を構えなおすと、ヴォルフは鞘を正眼に構えた。
 隙らしい隙がまったく見当たらない。何処から切り込めば良いのか分からない。
 だが、隙が無いなら作れば良い。
 そう思い至った小冬は目の前で二刀を交差させたまま距離を詰めた。
 ヴォルフの刀を挟み込むように捕らえ、踏み込みながら左へ向けて払い除け……ようとしたところで、伸びて来た太刀の鞘で額を打たれた。
「あうっ!?」
 今度は尻餅をついてしまった。
「隙が無いなら作れば良い。考えは悪くないが、今のは悪手だ。あの後どうやって有効打に繋ぐつもりだった?」
「……」
 小冬は答えずに無言で立ち上がった。ヴォルフに隙を生じさせることに集中するあまりその先を考えていなかった。
「もう一度」
「良いだろう」
 ヴォルフの言葉に小冬が頷くと、ヴォルフはゆっくりと刀に見立てた鞘を構えようとし、まったくの無動作で鞘を小冬目掛けて放った。
「え!?」
 まるで弾丸のように飛来してくる鞘に瞠目するが、すぐに我に返って鞘を躱す。しかし、避けた先でヴォルフ待ち構えていたヴォルフが小冬の腕を掴み、そのまま投げた。
「かはっ!?」
 背中から地面に叩き付けられて肺の空気が一気に放出される。
「敵によっては思いもしない攻撃を仕掛けて来る事がある。見た目に惑わされるな」
 ヴォルフは小冬の呼吸が落ち着くまで待ってから言った。
「……ううっ」
 呻く小冬だが、それでも二刀を手放していない。
 そして立ち上がろうとしたところで気付いた。投げたままの体制のヴォルフの右手の手刀が小冬の首に当てられていることに。
 今の投げはどうやら投げる前にナイフにような物を抜いてから相手を投げ、直後に首を斬りつける技のようだ。
 ヴォルフが小冬から手を離して立ち上がり、落ちていた鞘を拾い上げて小冬を見たが、小冬は投げられた体制のまま起き上がれない。
「どうした?」
「……なんでもない」
 ヴォルフの呼び掛けに我に返って起き上がる。ヴォルフの容赦の無さに唖然としていたようだ。
「もう一度!」
 今度は気合を入れて言う。
「来い」
 ヴォルフは今度は切っ先を前に向けた八双の構えを取る。
 小冬も構えるとそのままの姿勢でヴォルフを観察し始める。それでもいつでも動けるように腰を落としている。
「はい。ストップ!」
 と、急に梓が口を挟んだ。
「あのねヴォルフ君? コレじゃあ訓練にならないわよ?」
「何か問題でもあったか?」
「大ありよ」
 ヴォルフの言葉に梓は呆れたように溜息を付いた。
「これじゃ対人戦じゃない。ハンターとして鍛えるなら、まずは彼女の剣の型や軌道をある程度受けてみて、貴方の知るモンスター戦の経験からそれらを通じるか照らし合わせてから、色々と教えてあげるべきじゃない?」
 ヴォルフは梓の案を理解した。確かに合理的だ。コレなら色々と捗る。
「成る程、参考になった。礼を言う」
「べ、別に大した事無いわよ。貴方って妙なところで抜けてるのね?」
「む……」
 抜けていると言われて心外そうなヴォルフだが、どう言い返せば良いのかと少し思案に暮れる。
「貴女もよ小冬ちゃん。手合わせして貰うのは良いけど、意を汲んで貰わないと意味が無いわ。ちゃんとそれを伝えないと」
「伝わってた」
「……は?」
 小冬の言葉に梓は一瞬唖然とするが、聞き間違えかと思いつつももう一度尋ねた。
「私の意は伝わってた。さっきのままで良かった」
 小冬は少しムッとしていた。邪魔されたと思い、それが気分を害したようだ。
「えーと……小冬ちゃん? 貴女、さっきまでのアレで訓練になると思ってたの?」
「それはどうでも良い」
 小冬の言葉に梓は呆然と彼女を見詰める事しか出来なかった。
「私はただ、強くなりたい。いつかヴォルフを越えるから」
「……え?」
 梓は小冬の言葉が信じられなかった。頭が真っ白になった気分だった。
「……お前は何を思って俺を超えようと思った?」
 呆然としている梓を含めた全員に代わり、ヴォルフが小冬に尋ねた。
「負けたくない。ただそれだけ」
 ヴォルフは小冬を見て、彼女の言葉に一切の偽りが無いことを悟った。ただただ純粋に自分を超えようとしていることを理解した。
「……良いだろう。ただし、お前はお前自身の剣で俺を超えて見せろ。何年掛かってもだ」
「当たり前でしょ?」
 小冬が言葉と共に二刀を構えるのと、ヴォルフが鞘を構えなおすのは同時。
 そして小冬が姿勢を低くしたまま突進して斬り付ける。
 肩を狙った二連逆袈裟斬りから始まり、回転による遠心力を加えた右手の突きから左手での突き、唐竹割り左胴薙ぎの十文字切り、そこから回転しながらヴォルフへと飛び掛りながら二刀を勢いよく振り下ろす。
 怒涛のラッシュと言えるほどの連撃だったが、その全てがヴォルフには受け止められ、流されていた。
「即興にしては上出来だ。だが……」
 ヴォルフが手にした鞘が旋回して、小冬の二刀が絡み取られるように巻き込まれて弾き飛ばされ、少し離れた地面に突き刺さった。
 そのあまりに自然な動きに二刀が手から離れて今に至るまで何が起こったのか、小冬には分からなかった。
 気付いた時にはヴォルフが手にした鞘は最上段に構えられ、腰の捻りと共に振り下ろされようとしていた。
「っ!?」
 鞘が振り下ろされる。それはまさに雷を連想させるような、力強さと威圧感があった。しかし、鞘は眼前で静止する。小冬の額との距離は紙一重と言って良い。
「腕の動きと肩と腰の動きに均一が取れていない。これでは如何に力を込めても威力は低いままだ」
 ヴォルフはそう言いつつ鞘を小冬から退けた。
 小冬は目を見開いて硬直していたが、膝を突いて崩れ落ちた。
「小冬っ!?」
「小冬ちゃん!?」
 神無と夏空が駆け寄るが、小冬は地面に蹲ったまま肩で大きく呼吸を繰り返すだけだった。
「今の内に慣れておけ。ディアブロスの突進はこの比ではない」
 ヴォルフの言葉に小冬は顔を上げた。額から顎の先に掛けて汗の雫が伝い地面に滴る。死の体感が齎した冷や汗だ。それは止まることが無かった。
「……遠いわね」
「ん?」
「アンタの背中は全く見えない。でも、いつか追いつく」
 小冬はそう言って、いつもの挑発的な笑みを浮かべる。
「心意気は買おう。それと、足運びがなっていない。後で見本を見せる」
 ヴォルフはそう言って次を誰にするか……と、まだ力量を見てない者達を見やる。
 それを尻目に、小冬は冷や汗を手甲で拭うと立ち上がった。
 神無の剣技を見始めたヴォルフの背中を見る。物理的には十数歩といったところだが、その距離は果てしなく遠い。
「でも、いつかは……」
 誰にも聞こえることなく呟くと、先程ヴォルフに指摘された事柄を思い出しながら、ゆっくりと剣を降り始めた。




 それからもヴォルフの実力テストは続いた。
 神無はヴォルフとの手合わせよりも、自分自身の剣の型や剣筋、楯の扱い方等の確認から始まり、体術やヴォルフが投じる訓練用の水入り鞠の回避まで行った。
 この水入りの鞠は獣革で作られた人の頭位の大きさと重さがあり、命中すると中々に痛い。
 コレをヴォルフが投げるのだから、神無は必死に回避と楯での防御に徹する羽目になった。直撃を受けた樹木から聞こえた音には木を軋ませる音も混じっており、さぞや彼女に凍えるほどの危機感を与えただろう。
 現に楯で受け止めたは良いものの衝撃で宙に浮いてしまったのは、実戦なら致命的な点だった。
「受け止めるのではなく受け流せ。防御の際は腰を据えて必ず足が地面に付くようにしろ。でなければ追い討ちが確定する」
「はい……頑張ります」
「神無は常に周りを確認し、的確に仲間を援護しつつ攻撃に加わるのが役目だ。遊撃要因は敵にとってはある意味最も厄介な存在となる。それに装備の性質上、戦闘の片手間に道具を使う事に適しているのが強みだ。多くの道具を携帯し、その使用法も誤る事の無いように心掛けるように」
 項垂れる神無にヴォルフは神無の役割を告げた。ぱっと思いつくのは手投げ爆弾か、投げナイフ等だ。
「色々と覚えるのが大変そう……」
 と、ぼやいていた神無だが、訓練所に常備されているハンターが頻繁に使う道具のリストを持ち出し、今まで使ってきた道具やまだ使った事の無い道具を見比べて、その主な使用法などを休憩がてらに調べ始めた。
 夏空と梓は飛び道具使いということで、ヴォルフが投じた木の的を撃ち抜く所から始まった。
 射撃訓練場を横切る形で投じられる的は緩急を織り交ぜ、中には軌道が急に変化するものまであり、更には拳大の石まで的の中に含まれるようになった。
 途中から面白そうだからと小冬が反対側から的や石を投げ始め、それがヴォルフ目掛けて飛ぶようになったのはご愛嬌。
 結果、夏空と梓の技量は若干ながら夏空が上ということが判明。
 左右から投じられる的の幾つかを梓は外し、対する夏空は装填中でもなければ滅多に外さなかった。
 勿論お互いに放つ矢と弾は一本と一発だ。
「飛び道具は撃てない時が致命的な弱点となる。矢を番える時、薬室や弾倉に弾が無い時、残弾には常に気を配る事。それと一応言って置くが間違っても味方を撃つな」
「はい~」
「まだダメだったかぁ」
 夏空と梓は訓練再開よりも先に自身の武器の手入れに入り、終わり次第的の作成に掛かった。丁度暇をしていたらしいアイルー達が手伝いに来たので作業は捗ったようだ。
 椿のテストは水入り鞠を殴る物・避ける物と色別に分けて決め、ヴォルフが緩急と変化球も交えて彼女に向けて、あるいは意図的に外れるように投じ、それを避けたり殴った。
「反射神経を鍛えろ。それと回避の際にハンマーの重さに動きを取られていた。重さ、持っている手、それらを全て考慮した上で判断する事」
「うぅ、難しい」
「その内慣れる」
 梓は如何に力が強くても扱いきれていないことが悔しい事と、自身の怪力から目を逸らしたくても逸らせない事に複雑そうな顔で鞠が直撃した頭を摩っていた。
 全員の実力を大体確認したヴォルフは改めて、この場に集った者達を見やる。
 それぞれが違う武器を手にしたハンター達。実力は初級の初級だが見所はあった。後はチームワークと実戦経験を積んで行けば形になって行く筈だ。
「もうダメだぁ~! 動けねえ~」
 と、ヴォルフが思案に暮れていたところで正太郎が情けない声を上げて地面に大の字で転がった。槍と楯は完全に手から離れている。
 構えの訓練を大体二時間程行っていた。あの大きな楯と槍を構えては収めて、また構えて……を繰り返すのは精神的にも中々疲れる。因みに、ヴォルフは訓練と努力に苦痛を感じなかったりする。
「どんなに疲れても武器は手放すな。死に繋がる」
「……訓練でも?」
「何の為に鍛えている?」
「……そうだな。すまねえ」
 正太郎は起き上がると自分の武器である楯と槍を背負う。
「分かれば良い」
 ヴォルフはそう言うと周囲を見渡した。今日はそろそろ終わりにする事にする。
「今日はここまで」
 ヴォルフの言葉に皆は武器を降ろした。
 深呼吸をしたり、井戸に水を汲み言ったり、手拭いで汗を拭いたり、それぞれが疲れを取ろうとしている中、ヴォルフは太刀の納まっていない鞘を持ったまま、椿がハンマーで殴っていた大岩に近付いていく。
「正太郎」
 ヴォルフの言葉に、呼ばれた正太郎だけでなく、他の面々もヴォルフを見る。
「よく見ておけ。槍使いには必須ともいえる技だ」
 ヴォルフはそう言いながら鞘の先端を岩に押し当てた。
 そして鈍い破砕音と共に鉄製の鞘が岩に20cm程突き刺さった。
『えっ!?』
「……嘘だろ?」
 全員の顔が驚愕の表情を浮かべ、正太郎は唖然としていた。
「踏み込みと共に全身の筋力と体重を集中させる技だ。使いこなしてみろ」
「……ああ。使いこなし……たいな」
 絶句している皆を尻目にヴォルフは岩から鞘を引き抜くと、地面に刺さったままだった太刀を収めた。
「解散する」
 ヴォルフはそう言うと休憩所へ向かって歩き始める。
「ヴォル君。あれ、私にも出来るかな?」
 ヴォルフに追いついてきた神無が、遠慮がちに尋ねて来る。
「訓練次第だ。無理に習得する必要は無い」
「……私もやってみるよ」
「いきなり試すな。腕を痛める」
 神無の答えにヴォルフは立ち止まらずに答える。
「うん。頑張るよ」
「なら、やってみるといい」
 ヴォルフはそう言うと、休憩室の男子更衣室に入って行った。




 着替えを終えたヴォルフは訓練所を見渡していた。既に日が傾き掛けており、茜色の光が大地を染めようとしている。
 今日は少し動いたが、刀を振るう度に痛みが走った。まだ体が治っていない事の証拠だ。
 なんにせよ、この痛みが引かなければジンオウガの相手どころか、狩りに行く事も自殺行為になってしまう。
 ジンオウガ……あの牙竜を思い出すと共に何かが脳裏に引っ掛かるのを感じる。
 ……あの牙竜とは初対面ではない気がするのは確かだ。
「ヴォル君?」
 不意に聞こえた声に振り返ると、花模様が描かれた着物に着替えた神無が立っていた。
「どうしたの? 考え事?」
「……まぁ、そんなところだ」
「そうなんだ」
 神無はそう言うと、近くにあった休憩用の椅子に使われている丸太の一つに近づいて、そこを軽く叩いた。
「座って?」
 自分が座れば良いのではないか? と思ったヴォルフだが、何か意味があるから彼女がそんな事を言ったのだと思い直し、素直に従うことにする。
「これで良いのか?」
「うん」
 神無は嬉しそうに言うと、ヴォルフの背後に回って髪に手を伸ばした。
「わぁ。やっぱりキレイな髪してるね。サラサラだよ」
「……何をしているんだ?」
「えへへ。ちょっと気になっていたんだ。ヴォル君ってこういう事はズボラな気がしたんだけど、整っているからね」
「ああ。これはな……」
 ヴォルフは、今の髪型になる前……ユクモへの帰還を受ける直前の事を話し始めた。

 普段、ヴォルフは人里ではなくモンスターが跋扈(ばっこ)する危険地帯を生活の場にしており、基本的に髪は放ったらかしで、邪魔になったら蔓を紐替わりにして括るか大雑把に切るかの何れかだった事。
 服や鎧は加工屋で作成はして貰うも、年単位で人里に近付かないので着たままボロボロなり、今の戦闘服であるユクモの前のは既に修理が効く段階を通り越していたこと。
 体と服を洗う時は川や湖の水を使っていたこと。その度に水辺を行動範囲にしている大型モンスターと一悶着あったこと。
 帰還要請を受諾してこのロックラック地方のタンジア港に着いた時、そこのギルド嬢――――――大きなハンマーを担いだ女性――――――に捕まって有無を言わさずに入浴施設に放り込まれた後に髪を切られた挙句、修理の効かない鎧は売り飛ばされてその代金でユクモ装備を勝手に購入されたこと。

「そんな訳でこの髪型だ。あの女は一体何がやりたかったんだか……」
「あ、あははははは」
 神無はヴォルフの話を聞いて困ったような、呆れたような、そんな笑顔を浮かべていた。
「その人はね……多分、その時のヴォル君の格好が嫌だったんだと思うよ」
「?」
 ヴォルフは意味が分からない、と首を傾げた。
「ヴォル君は綺麗な顔してて、カッコイイんだよ。それなのに、汚い格好をしていたんでしょ? それは嫌だよ。折角のいい男が台無しだもん。私も多分、同じ事してたと思うな。……その前に村長さんかお姉ちゃんが怒ってたかもだけどね」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの!」
「……?」
 ヴォルフの問いに神無は力強く答えるが、当の本人は理解出来ていなかった。
「私ね……ヴォル君が生きてるって聞いた時、凄く嬉しかったんだよ。村の皆も喜んでた」
 神無は、それから今までにあった事を話し始めた。
 ヴォルフが上級ハンターになった知らせを受けてすぐに帰還要請を出したが、当時のヴォルフが居た所は海の向こうの遥か彼方で、挙句にヴォルフはその時から滅多に人里に姿を現さない為その要請が届くかどうかはかなり疑問視されていたこと。届いても年単位で時間が掛かること。
 それで、当時既にやる気を出してハンター候補となっていた小冬に合流する形でハンターになった事。
 同じハンターになればいつの日か出会う日が来るかもしれないという思いが、自分達を支えて今に至った事を。
「……現実は甘くなかったけどね」
「そうだな」
 現実はいつも厳しい。それは自然界に身を置いていたヴォルフは嫌というほどよく知っている。そうでなければ、モンスター達は人間にとって驚異ではないだろう。
「でも、そうでもなかったかも」
「ん?」
 不意に髪を触っていた神無の腕がヴォルフの肩に置かれた。
「ヴォル君は戻ってきてくれて、私達の先生になってくれてる」
「大したことじゃない」
「大した事なんだよ。ヴォル君が……世界に、百人に満たない上級ハンターの一人に直接師事して貰えるのって、凄い事なんだよ」
 神無の言葉を聞いたヴォルフは、それは確かに凄いことなのかもしれないと思った。
「それにね……」
 言葉と共に神無の両腕が首に……しかし優しく絡み付き、背中に柔らかくも暖かい感触がした。
 その感触に、何処か懐かしさを覚えた。
「あーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 と、大きな声が訓練所中に響き渡った。
「神無ちゃん! ヴォルちゃんに何をしているんですか?」
「ふぇ!? お、お姉ちゃん!? それに皆も!?」
 神無は慌ててヴォルフから放れ、神無が放れた事で、どうも動いていいと思えなかったヴォルフも声のした方を向くと、そこには着替えを終えたらしい教え子達の姿があった。
 大声を上げた張本人でありながら何処か楽しそうな夏空。半目で二人を見ている小冬。興味津々、といった様子で二人を凝視する梓。何やら頬を赤くしている椿。……一人足りない?
 そこでヴォルフは、正太郎が着替えもせず更衣室にある丸椅子を並べてそこに寝転がって休憩していたのを思い出した。今頃は夢の中かもしれない。
「えっと……これは、ねえ?」
「何で疑問形?」
「ん?ん~?」
「あ、あわわわわ……」
 慌てる神無、口の端を釣り上げて挑発的な笑みを浮かべながら問う小冬、周囲を回りながら面白そうに二人を観察する梓、何やら慌てて何かを言おうとするも言葉にできない椿。
 そんな面々を見ながら、ヴォルフは騒がしくも賑やかで、無人地帯とは違った意味で退屈には程遠い場所だな、と思った。
 余談ながら、正太郎は更衣室でそのまま朝を迎えてしまい、ヴォルフにベッド替わりの椅子から蹴落とされて起こされたという。 
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