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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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森林での戦い

 天を突くような高い木々が鬱蒼と生い茂る森の中を、ヴォルフを始めとした一行は駆け抜けていた。
 先頭にはアイルーのトラが、その後をヴォルフ、神無、小冬、夏空、梓、椿、正太郎と続いていく。
 途中でケルビやガーグァに遭遇するが、今は食料の確保が目的ではないので草食種を狩る時ではない。無視して通過する。
「まだ掛かるのかトラ?」
「まだまだだニャア」
「持ち堪えられると良いんだがな」
 ヴォルフは静かに呟くように言うと、後方を走る仲間達を背中越しにちらりと見る。
 今の所はまだ大丈夫なようだが、このペースでの行軍が続けば彼等の体力は恐らく底を尽き、戦闘と救出どころじゃなくなる。
 自分ひとりなら今の三~四倍の速度で目的地まで行けるのだろうが……ヴォルフは改めて集団行動の難しさを知った。
「一旦止まれ。休憩に入る」
 ヴォルフが減速しながら告げた。
「え? どうして!?」
「このまま走り続けて疲弊しきれば救助どころじゃない」
 神無の言葉にヴォルフは停止して周囲を確かめながら答える。モンスターの姿は無い。
「十分だ」
 ヴォルフはそう言いつつひとっ跳びで三メートル近い高さの木の枝に跳び乗ると、周囲を見回し始めた。
 トラが木を登ってヴォルフの隣に立つ。
「方向は北西だな?」
「はいニャア」
 ヴォルフは北西の方向を見るが、これと言って特に何も見えない。見えるのは天を突くような山々と、空を舞う鳥くらいだ。
(間に合うか?)
 ヴォルフはそう思いながら、座り込んで休んだり水を飲んだりしている神無達を見る。
 救助要請信号からどれくらい経っているか……それを考えると一分一秒経つごとに、要救助者の生還の可能性が低くなる。
 山道で森の中というのはかなりの悪路だ。荷車運びのガーグァに牽引可能な道ではない。空でも飛べれば手っ取り早いのだが、そんなものは無い。徒歩で行くしかないのだ。
 それ以前に、一人前とは言えない彼等を救出任務に同行させて良かったのか?
 自分ひとりならばトラの全速力についていくのは余裕で、今のように小休憩を取る必要すらない。
 否、そんな考えは間違いだ。仲間は決して足枷ではない。
 今の自分は仲間を率いるという責任ある立場にある為か、その体験の無い今の状況が余計な事を考えさせ始めている。
 救出任務の経験がある以上、自分は仲間達を率い、これを成功に導かなければならない。
 その方向に思考を切り替える。
 今、自分がなすべき事は何だ?
「ねえ、ヴォルちゃん?」
「休憩は良いのか?」
 思考の海に漂っていたヴォルフだが、不意に夏空が話しかけてきたので下にいる彼女を見れば、他の全員がヴォルフを見上げていた。
「どうやったらそんな風に跳べるんですか?」
 夏空が不思議で仕方が無い、とでも言うように尋ねてくる。
「高く跳ぶ。それを常に念頭に入れて毎日跳ぶ訓練をするんだ。……そうだな。成長の早い木でも植えて実践するといい」
 夏空の疑問に対するヴォルフの返答は簡潔だったが、気の遠くなりそうな程長い話だった。
「そうですか~ちょっと無理そうなので私は遠慮しておきますね~」
 夏空はそう言って水差に口を付けて水を少し飲んだ。周囲では大きな溜息を吐いている者や軽くジャンプする者がいた。
「?」
 ヴォルフは彼女達が何をしたかったのか少し疑問に思ったが、すぐに目的の方向に視線を移した。追加の救援要請の信号は上がらない。
 考えられる事柄は複数ある。信号が尽きた。交戦中・逃走中につき信号を上げる暇が無い。全滅した。などなど、考え出したらキリが無い。
 交戦中にしても、せめて銃声でも聞こえないかと耳を澄ませた。だが、聞こえてくるのは真下からの声位のものだった。




 日の差し込まない森の中、岩陰に身を隠し息を潜めている者達がいた。
 ユクモ村に滞在していたハンターである朱美とその仲間達だ。そして、ハンターではない二人の人物。
 朱美は暗がりから少し顔を出して様子を伺う。視線の先には救援を要請する原因になったモンスターの群れがいた。
 鳥竜種ジャギィの群れだ。三頭ものドスジャギィに率いられた大きな群れだ。
 彼女は数日前に、仲間と共にユクモを出て狩りの標的を探していた。アオアシラ以上のモンスターを狩ろうとチームで決定したからだ。
 しかし道中で逃げ惑う一行に遭遇したので救助を優先した。
 相手は複数のジャギィだった。ジャギイ数頭はいつもの事なので何とかなると思っていた。
 だが、メスのジャギィノスが複数加わって更にはドスジャギィまで姿を現した……それも一頭が現れて咆哮を上げれば、更に二頭が姿を見せた。
 そして彼らが一斉に咆哮を上げ、瞬く間に『群れ』が出来上がったのだ。
 三頭のドスジャギィが率いる群れ……おそらく、自分達より体の大きな大物を仕留めるために、より数を増した物だろう。運悪くソレに出くわした。
 ハンターは朱美を含めて四人……数の差が決定的だった。
 そうなると逃げる以外に方法が無い。牽制射撃や閃光弾に煙玉、他多数の小道具を駆使しつつ逃走を試みたのだ。
 一人が逃げる救助人に逃げる方向を指示する。一人が小道具や弾丸の準備をする。一人が接近してきたジャギィを直接攻撃する。朱美が小銃で牽制と狙撃を行って足を止める。即興とはいえ悪くない手だった。
 しかし、朱美たちハンター達の健闘も虚しく一人、また一人とジャギィ達に仕留められる人々。朱美達の指示を聞けなかった者は例外なく犠牲になった。
 そして今は何とかジャギィ達の目から逃れる事に成功したが、先頭を走っていた救助者の中年の女性が今度はアオアシラに出くわしてしまい大声を上げてしまったせいで、ジャギィ達に居場所がバレてしまったのだ。
 運の悪い事にその人物はアオアシラの一撃で首を()ぎぎ取られるも、そこに出現したドスジャギィがアオアシラと『食料』の奪い合いを始めたので、隙を見て信号弾を打ち上げて何とか彼らの目を再び逃れる事に成功した。
 しかし、別のドスジャギィ達が先回りしていたので隠れる以外に方法が無かったのだ。
 この状況では迂闊に動けない。動いたり声を出したりすれば間違いなくジャギィ達が気付いてしまう。
「……拙いね。テツ、閃光弾と煙幕はあとどれくらいある?」
 朱美が救助者の中年の男を隠すように防御体制を取っていた、剣士用レザーアーマー一式で装備を固めた若い男に声を抑えて尋ねる。
「閃光が三。煙が四。他と合わせると八と十二だな」
「アタシのと合わせると十二と十五って事か……森を出るまでまだかなりあるってのに……」
 それは一見すると多い数かもしれないが、子供を含めた救助者を四人も連れてジャギィ達の目を欺きつつ森を脱出するというのはかなり難しい。
 彼ら四人なら何とかなるが、戦力外が四人……しかも子供連れとくれば、逃げる足すらも遅くなってしまう。
(間の悪い湯治客だね……護衛二人で十人がカバーしきれる訳が無いってのに)
 彼ら湯治客が雇った護衛は行方不明らしい。たった二人で十人の護衛を勤めようとする辺り素人か、それとも護衛代だけ受け取って逃げたか……何れにせよ何の役にも立たなかった訳だ。
 一応救援信号は出したものの、ユクモ村からこの辺りまでかなりの距離がある。
 目の良いアイルーが常に観測台に立って常に見張っているとはいえ、ここまで救助班を連れて来れるかは微妙なところだ。間に合うかどうかも分からない。
「ママぁ……」
「大丈夫よ。大丈夫だから……」
 不安を訴える幼い少年と、自身も不安を隠し切れなくとも子供を元気付けさせる若い母親の声に思考が遮られた。
 赤みがかった髪を見た限り、この地方の人間ではないのは確かだ。
(全く。やる気を出させてくれるじゃないか)
 目の前で誰かが危機に瀕しているなら助けるべきだ。……朱美はそういう類の人間だ。迷っていたが、踏ん切りが着いた。
 しかし、やる気云々はともかくとしてこの現状を確実に解決する方法が思いつかない。
 手が無い訳ではないがかなり運に頼る事になる。敵の数を考えれば犠牲が出る可能性は高い。
 だが、時間がある訳でもない。ジャギィ達の援軍が駆けつけて来るのは今すぐかもしれないのだ。
「腹、括るか……」
 朱美はそう言って小銃の安全装置を外す。それを見た彼女の仲間達は彼女の号令に応える為に各々の武器を手に合図を待つ。
「キミ達にも腹を括って貰うよ。正直、博打になるがやらないよっかマシだと思う」
 見回した救助者達の顔は不安気だったが、最早そんな事に構ってられる余裕は無い。寧ろ、体勢を立て直す時間があっただけ幸運なのだ。
「今からアタシ達は全力で奴等にブチ当たる。キミ達はここにいてくれ」
「え? ……お姉ちゃんは?」
 少年が不安そうな声を上げる。
「ま、何とかなるんじゃないかとは思っているさ」
 朱美はそんな少年の不安を少しでも和らげる為に、楽観的に言って見せる。
「お気をつけて」
「まあ適当にやるさ」
 少年の母親の声に答えながら、仲間達を見る……準備は万端だ。
 朱美はそれを見ると腰の後ろのバックパックから色の違う小瓶を一つずつ取り出し、片方の開け口部分にある摘みを捻ると真上に投じ、もう一つも続けて投げる。
 最初に投じられた瓶が周囲に響き渡る轟音と共に破裂する。『音爆弾』と呼ばれる、大きな音に弱いモンスターの聴覚器官を揺さぶる物だ。しかし、今回の用途は違う。
 音爆弾の音に釣られたジャギィ達が一斉に音のした方向に視線を送る。その先には先程朱美が投じたもう一つの瓶が宙を舞っていた。
 その瓶が目の眩む閃光を発し、周囲の景色を真っ白に染め上げる。
『ギャウウウッッッッ!!!!!』
 閃光を直視したジャギィ達が悲鳴を上げた。朱美の狙い通りだった。
 最初に音爆弾を投げてその音で注意を引き、続けて投じておいた閃光弾を音爆弾に遅れる形で炸裂させて、その効力を最大まで引き出す。
「攻撃開始ッ!」
『応ッ!』
 朱美の号令と共に三人の狩人が各々の武器を一斉に構え、視界を封じられて頭を振るか闇雲に爪を振り回すだけのジャギィ達に突進し、朱美は手にした小銃を構え、一番遠くに見えたジャギィの頭を狙い、引き金を引いた。
 放たれた弾丸は吸い込まれるようにジャギィの頭に直撃し、脳髄を撃ち抜いた。
「せいやあっ!!!」
 テツと呼ばれたハンターが鉄塊ような無骨な大剣をジャギィの首目掛けて振り下ろし、一撃の下に切り落とす。続け様に前へ踏み込みながら左から右へ掛けての横殴りの一閃を繰り出し、二体のジャギィを薙ぎ払う。
「おるあッ!」
「ドリャアッ!」
 振るわれる太刀と突き出される槍が的確にジャギィの首を断ち、喉を刺し貫く。
 初手としてはまずまず、敵はまだまだ多い。倒れたジャギィ達には目もくれずにハンター達は生き残るべく次の獲物に攻撃を繰り出す。
 無数の足音が近づいて来る。ジャギィ達の群れが追い付いてきたのだ。だが、上等だ! とばかりにハンター達は各々の武器を構え直した。
「いくよ野郎共! 気合入れなあッ!」
『応ッ!』
 目を回していたジャギィ達を片付け終えた彼らは朱美の号令で血の滴る武器を構えなおし、朱美は遠目に見えた最初のジャギィの群れに向け引き金を引きまくった。





「ん?」
 木の上で周囲を見渡していたヴォルフの耳が微かな破裂音を捉えた。
 音のした方向は南西。ここからでは木ばかりで何も見えないが、あれは間違いなく音爆弾の炸裂音だった。
「行くぞ。音が聞こえた」
 ヴォルフは木から飛び降りて下で休んでいた面々に告げる。
「了解!」
「分かった」
 ヴォルフの声に神無達は一斉に立ち上がった。
「こっちだ。行くぞ」
 ヴォルフが先頭に立って走り始める。当然彼等が十分に追い付けるスピードだ。
「ヴォルフさん。何が聞こえたんだニャア?」
 隣に並ぶように走るトラが尋ねてくる。獣人族である自分が聞こえない音を捉えられた事が信じられなかったようだ。
「音爆弾の音だ。音の拡散具合からしてそんなに遠くない」
 トラは大したことは無いとでも言うように語るヴォルフをみて、改めてこの人狼と呼ばれる男の凄まじさを思い知った。距離だけではなく無数の木々によって音が遮られているのにも関わらず、音爆弾の音を聞き取ったのだ。
 人間よりも感覚器官が発達している獣人族が捉えられなかった音を、人間であるヴォルフ・ストラディスタは捉えたという事実は信じがたい話だった。
 しかし、トラにはこのハンターが嘘をつけるような人間には見えない。紛れも無く真実なのだろう。そして――――――
「近いな」
 ――――――彼のその言葉の直後、モンスターの悲鳴とも咆哮とも受け取れる声と共に銃声が森の奥から響いてくる。
「戦闘準備!」
 ヴォルフの声で全員が各々の武器をすぐに構えられるようにしつつ、自然と隊列を整わせ始めた。





「このぉっ!」
 振るわれる太刀がドスジャギィの首を捉えるが、その刀身が血に塗れている上に担い手に疲労が蓄積されてきたこともあって、その刃は浅く食い込むだけで止まった。
「ギャオオオッ!」
 ドスジャギィがたった今自分を切り付けたハンターを睨むと、棘の生えた尾を振るってハンターを弾き飛ばす。
「くあぁッ!?」
 尾の一撃を脇腹に貰った男は三メートルほど宙を舞って地面に叩き付けられた。地面を滑って止まった先には雌のジャギィノスが待ち構えていた。
「タク!」
「くっ!?」
 仲間の呼びかけで状況を把握した男――――――タクは大口を開けて喰らい付こうとして来たジャギィノスの顎を左に転がって躱しつつ、腰の後ろに差しておいた手斧を引き抜いてジャギィノスの左足目掛けて振り下ろした。
「ギャワンッ!!」
 足を半ばまで両断されかけたジャギィノスは悲鳴を上げながらも、すぐに自分の足に斧を落としたハンターに喰らい付こうと顔を向けるが、途端に顔目掛けて土が投げつけられる。目潰しだ。
 目を封じられたジャギィノスの足から斧を()ぎ取ると、後方から一頭のジャギィが飛び掛ってくるのを視界が捉えた。
「くそ……っ!」
 回避を試みるには遅く、タクはジャギィに組み敷かれてその乱杭歯が並んだ顎に喰らい付かれた。
「ぐるるるるる……!」
 しかし、喰らい疲れたのは鉄で補強された革が巻かれた左腕だ。鈍い痛みはあっても簡単には喰い千切られはしない。そしてその隙を突く形で右手の斧をその頭に叩き付けて叩き付けて叩き付けまくる。
「このっ! このッ! この野郎ォッ!」
 斧が頭に叩き付けられる度にジャギィが悲鳴を上げて血飛沫が宙を舞い、返り血が降り掛かるがそんな事に構ってられる余裕は無い。
 ジャギィの顎から力が抜け、それを察知したタクは乱暴に腕を払ってジャギィを振り払って起き上がるも、三頭ものジャギィが自分を囲みその内の一頭が今にも飛び掛らんと膝を曲げているのが見えた。
「ちぃっ!」
「伏せなぁッ!」
 思わず舌打ちするも後方からの仲間の声で思わず寝転がるように地面に倒れこみ、先程まで頭のあった位置を茶色い玉が通過してジャギィの顔に直撃して鼻の曲がるような異臭を撒き散らす。
「ギョワっ!?」
「ギャウンギャウン!」
「ギャウウウウウ!」
 玉が破裂して異臭を放つ茶色の液体をぶちまけられたジャギィと、巻き添えを食らった他の二匹は走り去っていった。
「うえ……肥やし玉かよ」
 異臭に顔をしかめながら思わず呟いた。
 肥やし玉は文字通りモンスターの糞であり特に肉食種のソレは異常に臭く、これはそれに薬品を混ぜ合わせることで臭いをより強烈にしたもので、これをぶつけられたモンスターはその臭いを嫌がって逃げる者すらいるほどだ。因みに携帯時は土で薄く覆った上で薄布を巻き『取り扱い注意』と書かれている。
「タク! こっちを頼む!」
 呼び掛けにハッとなったタクが振り向けば、目潰しがまだ効いているジャギィノスの後方で大剣を振るってドスジャギィと、複数のジャギィとジャギィノスを牽制しているテツが目に入る。
「今行く!」
 タクは転がっていた太刀に跳び付くと共に握り締めて立ち上がり、手近なジャギィに向けて切りかかった。




「やばくなってきたか……」
 朱美は大きな木を背に、小銃に弾丸を手早く込めながら呟いた。
 目の前にはジャギィ達から自分を守るように槍と盾を構える仲間がいる。
 しかし彼にもすぐ側でドスジャギィ達を相手に戦っている仲間達も疲弊し始めている。
 そして、ガンナーである彼女にとって一番深刻な問題が訪れつつあった。弾切れが近いと言う事だ。
 幸いなのは非戦闘員の湯治客達が隠れている所から出てこない上に為にまだ見付かっていない事くらいだ。多少の音くらいは出しているだろうが、戦闘で派手な音を撒き散らしいている為に聞こえようが無いだけだろう。
 ボルトを押して初弾を装填する。
 敵は槍兵の防御力と、それでも存在する僅かな隙を縫う形で放たれる弾丸と、装填時にはここぞとばかりに怒涛の反撃を繰り出す槍兵の攻撃力に手を焼いているようで、数を揃えつつも近付く事が出来ないでいる。
 それでも均衡が崩れるのは時間の問題だ。
 ジャギィ達の後ろから一頭のジャギィが、仲間達を飛び越えるほど大きくジャンプして朱美へと直接奇襲を試みるが、既に見切っていた朱美に胴体へ弾丸を撃ち込まれてそれが制動の働きをした為にジャギィ達の真上に落下する。
 突然の事にジャギィ達の間にパニックが起きる。
「ダイゴ!」
「ああ!」
 その一瞬の隙を突く形で、ダイゴと呼ばれた槍使いが自身の槍の柄を脇に抱えてしっかりと固定した上で盾と共に構え、大きな踏み込みと共にジャギィ達目掛けて突撃する。
「うおおおおおりゃあああああああああ!!!!!」
 円錐状の槍と人一人を覆い隠せるほどの大盾の突撃は、その一撃でジャギィ達は大きく体制を崩した。そこへ続け様に放たれた弾丸は無防備なジャギィ達を撃ち抜いて行く。
「せいやあっ!」
 そしてダイゴは途中でに制動を掛けつつ、その反動を利用しながら、右手に持った槍で残ったジャギィ達に横殴りの一撃を放った。
「行くよ!」
 倒れていくジャギィ達を尻目に、朱美は新たな弾丸を込めながら走り始める。
 新たな標的は、テツとタクが戦うドスジャギィを始めとしたジャギィの群れだ。
「擲弾用意!」
 朱美が叫ぶような声を出しつつ、拳大の球状の物体に細長い棒の付いた物をバックパックから取り出しつつ、細長い棒部分を銃口に差し込む。
 それを聞いたタクがドスジャギィに大降りの一撃を繰り出し、それをドスジャギィが躱した隙を突く形でテツが前に出て手にした大剣を地面に突き刺した。
 それはドスジャギィから自分とタクを遮る壁のようだった。
「発射!」
 朱美が先端に拳大の球を付けた小銃をドスジャギィに向けて引き金を引いた。先端に付けられた球が放たれる。
 放たれた球は煙の尾を引きながらドスジャギィに直撃し、轟音と共に爆発した。
『ギャオオォォッ!!』
 周囲を囲っていたジャギィ達も巻き添えを食らって倒れ、倒れなかった者も即座に防御体制を解いたテツとタクの剣によって倒れた。
「はぁ……はぁ……」
「片付いたか……」
 タクが血まみれの太刀を振って血を払い落としてから、残った血を懐から取り出したボロ布で拭き取り、テツは自分の大剣に刺さった先程の擲弾の破片を払いながら呟いた。
 擲弾の直撃を受けたドスジャギィは左前足を含めた肩から胸辺りまでを抉られていた……即死している。
「流石に火砲用の炸裂弾は違うね……高かったけど」
「気を抜いてる場合じゃない。早く行かないと新手がくるぞ」
 朱美が自分の放った擲弾の威力に簡単の声を上げる側で、ダイゴが救助者の事を指して言う。
「そうだね。皆、出ておいで」
 朱美が言うと、物陰に隠れていた湯治客達が姿を現した。
「一応片付いたけどまだ完全じゃない。すぐに出発するよ」
 朱美はそう言いつつ湯治客達に近付きつつ、小銃に安全装置を掛ける。
 その直後――――――
「ギャオオオオオッ!」
 ――――――追い付いてきた二頭のドスジャギィが複数のジャギィとジャギィノスを連れて森の奥から現れた。ドスジャギィはアオアシラに付けられたらしい傷を負っていたが、戦闘には支障がなさそうだった。
「……言ってる側からこれかい」
「やべえな」
「だが逃げられんぞ」
「ったり前だ。一般人だけでも逃げ延びさせるぞ!」
 新たな敵を前にしてもハンター達は威嚇を繰り返すジャギィ達に向けて己の武器を構える。
「うっ!?」
 小銃を構えた朱美が呻き声を上げた。
「どうした?」
「さっきの擲弾だね……あの反動で銃身に亀裂が入ってる」
 これじゃ危なくて撃てないよ、と朱美は小銃のボルトを引いて薬室と弾倉内の残弾を取り出しつつ言った。
 小銃上部の銃身には小さな亀裂が走っており、これでは撃った弾が狙い通りに飛ばないばかりか、破裂した銃身の破片が自分や仲間に降りかかる可能性が高い。つまり、使い物にならないのだ。
 その顔にはガンナーとしての戦力を失ったことに対する焦燥感を隠し切れずに引き攣った笑みが張り付いていた。
「……せめてガキと客を守んな」
 テツが前だけを見て言う。
「そうだね」
 朱美は小銃の先端部の着剣装置に銃剣を取り付けながら返事をした。その顔にはもう焦燥感は無い。出来る限りのことをするまでだ、と、自身の役目を悟った者の表情だった。
 ジャギィ達がゆっくりと間合いを詰めてくる。その表情は仲間を殺された事を怨んでいるのか、怒りを露にしているように見えた。
「来るぞ!」
 タクの言葉に全員が身構え、ジャギィ達が一斉に身を低くして今にも突撃出来るような体制を取った――――――その直後だった。
 僅かな風切り音と共に湯治客達の後方から何かが飛来してドスジャギィの額を貫いた。
 力を失ったドスジャギィが倒れ伏し、突然の事にざわめくジャギィ達と呆然とする朱美達……そして――――――

「待たせたな」

 と、何処からか飛んできたように地面に着地する、ユクモの狩人装束を身に着けた一人の長身の男が、背を向けたまま呟くように言った。
 その左手には艶消しの施された細長い棒が握られている。鞘だ。
「ストラ……ディスタ!?」
 朱美の呟くような言葉がやけに大きく森に響いた。
 目の前に現れたのは人狼と呼ばれるハンター、ヴォルフ・ストラディスタだった。
「守りを固めて後は俺達に任せろ」
 ヴォルフは肩越しに振り向きながら言った。 
 

 
後書き
 感想、ご意見、好きなキャラなど、お待ちしております。
 
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