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ドン=カルロ

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第三幕その一


第三幕その一

               第三幕 宮殿と大聖堂
 フェリペ二世はマドリードを首都と定めていた。平凡な一地方都市であったこの街を首都としたのはこの街がスペインの中央に位置していたからであった。彼はそこからスペイン全体に道を拡げ隅々まで見渡そうと考えたのである。
 その彼が築いたのがエスコリアル宮殿である。雄大なバロック様式の宮殿であり壮麗ではあるが装飾は少ない。それは彼の趣向をよく現わしていた。
 中には農園や果樹園もある。これは修道僧達によって経営されていた。図書館や礼拝堂もあった。王宮であると共にカトリックの厳格な修道院でもあったのだ。
 十六世紀にイエズス会が創設されている。彼等は厳格にして禁欲的な教義を信仰する旧教徒達であった。バチカンに絶対の忠誠を誓いその教義を護ることを誓い腐敗を憎悪した。彼等は旧教を世界各地で布教していたが日本にもやって来ている。フランシスコ=ザビエルである。彼等の指導者であるイグナティウス=ロヨラはここを拠点としていた。
 この宮殿で今宴の用意が為されている。何やら国王の戴冠式のようだ。
 彼はスペイン王であるが他にも多くの役職を持っていた。ポルトガル王を兼ねていた時もある。彼の地上での役職は実に多いものであったのだ。
 ここは庭園である。緑の草の絨毯が敷かれ左右には色とりどりの花々が咲いている。奥にはアーケードが見える。そしてその下に彫像と泉がある。天井はなく夜空が見える。雲一つなく星と月が見える澄んだ夜空であった。
「さあさあ急いで」
 女官達がその中をせわしなく動いている。
「宴は待ってはくれませんよ」
「そうそう、夜が明ける時は決まっているのです」
 エリザベッタはその中に優雅に姿を現わした。彼女は女官達を従えそれを見守っている。
「皆の者、頑張って下さいね」
 彼女は女官達に対して優しい声をかけた。
「陛下は今は主に対し感謝しておられます。この度の戴冠に際して」
「王妃様も行かれるのですね」
「はい、これから」
 王妃はそれに対して答えた。そこにエボリ公女が姿を現わした。
「王妃様、よろしいのですか?」
 彼女は王妃に対して言った。
「何がですか?」
 王妃は答えた。
「宮廷のこともありますし。それに殿下も心配なされますよ」
 その名を聞いた時彼女は一瞬顔色を変えた。だがすぐに元に戻した。
「私も行かなくてはならないでしょう。王妃なのですから」
「そうですか。それではお気をつけて」
「有り難う」
 こうしてエリザベッタはその場を後にした。女官達もそれに続く。
「さてと」
 公女は彼女が去ったのを見届けると一人に暇そうな女官を見つけた。
「ちょっと」
 そして彼女に対し声をかけた。
「何でしょうか?」
「少し頼みごとをしたのだけれど」
 そう言って金貨を数枚手渡した。
「この手紙を殿下に」
 そう言って懐から取り出した一枚の手紙を彼女に手渡した。
「わかりました」
 彼女はそう言うとその場を後にした。
「これでよし」
 公女はそれを見届けると満足気に笑った。
「これで殿下は私のものに」
 彼女は夜空を見上げながら呟いた。
「あの繊細な殿下の御心は私のものに。暗闇の優しいヴェールに殿下をお包みして恋に酔わせて差し上げるとしましょう」
 そう言うとその場を後にした。そして皆準備を終えその場を後にした。
 その庭園の外れである。もう誰もいない。公女はそこに一人で隠れるようにしてやって来た。
「誰もいないわね」
 辺りを見回す。確かに誰もいない。
 その場にやって来た。そして遠くから誰かが来るのを見た。
「あれは」
 陰に身を隠した。覗き見るとどうやら若い男のようだ。
「来たわね」
 彼女は微笑むとその場にそっと現われた。わざと闇の中に影だけ見えるようにして。
「月桂樹の下にある泉のほとりか」
 彼は庭園の中を見回しながら呟いている。
「ここだな」
 来たのはカルロである。彼は不安げな様子で辺りを見回している。
「まさか彼女の方から私を呼んでくれるとは」
 嬉しそうである。だがそれ以上に不安なようだ。
「この前まであれ程頑なだったというのに」
「まあ、殿下も私のことを」
 彼女はそこで仮面を取り出した。
「恋は時にはこうした道具も使うもの」
 そしてそれで顔を隠した。そこでカルロが声をかけてきた。
「愛しい人よ、そこにおられたのですね」
 彼女の後ろ姿を認めて喜びの声をあげた。
「よくぞ呼んで下さいました」
「そんな、思ったより積極的なのね」
 公女はカルロの言葉に頬を赤らめさせた。
「まさか貴女の方から手紙をよこして下さるとは」
「殿下ったら・・・・・・。それなら早く仰って下さればいいのに」
 彼女は胸に手を当てて顔を少し斜め下に向けて言った。
「奥手なのかしら。それにしては情熱的だこと」
「これで私も本当の気持ちが言えます」
「えっ、いきなりそんな・・・・・・」
 公女はもう信じられなかった。胸の鼓動が身体全体から聴こえるようであった。
 
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