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ドン=カルロ

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第二幕その八


第二幕その八

「答えるのだ。今日のお付の女官は誰だ?」
「私です」
 一人の女官が進み出た。
「ふむ、そなたか」
 国王は彼女を一瞥した。
「宮廷の法は知っていような」
「はい」
 彼女は頭を垂れて頷いた。
「暇を与える。故郷に帰るがいい」
「わかりました」
 彼女は泣きながらその場を去ろうとする。
「お待ち下さい、陛下」
 そこにロドリーゴが進み出た。
「どうした、侯爵」
 国王は彼に顔を向けた。
「あの女官は王妃様の親しい友人です。ここは大目に見て差し上げるべきかと」
「法は法だ。曲げるわけにはいかん」
 彼は毅然として言った。その言葉には誰も逆らえそうになかった。
「それですが」
 だがロドリーゴはそれにも臆することなく言った。
「今法は伝えられました。ですが恩赦もあるのではないでしょうか」
「ふむ」
 国王はその言葉を聞くと顎に手を当てて考え込んだ。
「皆はどう思うか」
 そして周りの者に対し問うた。
「侯爵の仰るとおりだと思います」
 皆そう答えた。
「そうか。ならばここは許すとしよう」
 彼は落ち着いた声でそう言った。
「これ」
 そして立ち去ろうとしていた女官を呼び止めた。
「そなたの暇を取り消す。だが暫くの間謹慎しているがいい」
「わかりました」
 そして女官はその場を去った。
「妃よ」
 そしてエリザベッタに顔を向けた。
「これでよいな」
「はい」
 エリザベッタは静かに頭を垂れた。
「陛下の深い御心、感謝致します」
「礼はよい、わしは法を忠実に施行したまで、そして周りの者の言葉を聞き入れただけだ」
 彼は喜ぶこともなくそう言った。
「ところで王太子の姿が見えぬが」
 彼はカルロの姿が見えないことに気がついた。
「既に宮廷に帰られたようです」
 ロドリーゴが答えた。
「そうか。僧院への参拝は済ませたのだろうな」
「はい、それはもう」
「ならば良い。しかし共の者も連れず一人で去るとは感心さぬな。後で言って聞かせるとしよう」
「御意に」
 彼はエリザベッタに顔を戻した。
「妃よ、そなたも宮廷に戻るがいい。そして明日に備えゆっくりと休むのだ」
「わかりました」
 エリザベッタは再び頭を垂れそれを了承する。そして女官達と共にその場を後にする。
 ロドリーゴもそれに従おうとする。だがそれを国王が制した。
「待て、わしはもう少しこの場に用がある。護衛をせよ」
「わかりました」
 ロドリーゴはその言葉に従った。
「さて、侯爵よ」
 国王は彼を見て言った。
「近頃宮廷にあまり姿を現わさないのはどういうことか?」
「体調が優れませんので」
 彼は国王の問いにそう言って誤魔化した。
「見たところそうは思えんが」
 国王はそんな彼の顔を見ながら言った。
「心の方でして」
「ほう、心か」
 国王はその言葉に眉を動かした。
「それならば気晴らしに宴でも行ってはどうか。わしは宴はあまり好まんが」
「それは私もです」
「だが時には酒も必要だ。人間はパンと水のみによって生きているのではない」
「それは存じております」
「フム、そなたは堅いな。だがそれがいい」
 国王はそんなロドリーゴを見て微笑んだ。
「わしはそなたのその心持ちが好きなのだ。気位の高さもな」
「有り難うございます」
「ところで軍務を離れたのだったな」
「はい」
「それは良くないな。そなたの才はこのスペインにとって欠かせぬものなのだ」
「有り難きお言葉。私は陛下が、そしてスペインが必要とされる時に再び剣を取りましょう」
「今はその時ではないというのか」
「お言葉ながら」
「ふむ」
 国王はその様子に彼の本心を探ろうとした。
「何かあったようだな」
 そして彼の顔を見ながら言った。
「この前フランドルに行っていたが」
 それを聞いたロドリーゴの顔色が変わった。
「あれは軍務であったがな」
「はい」
「その時に何かあったのか」
「いえ・・・・・・」
 ロドリーゴは顔を俯けてそれを否定した。
「まあ良い、それは聞かないでおこう。戦場では色々とあるからな」
「有り難うございます」
 彼はこうした心遣いも出来る。血脈のみで王をしているわけではなかった。
「ですが私は今心の中にあるものを申し上げたいと思います」
「そうか」
 これは国王にとって意外であった。彼は聞かないつもりであったがその心遣いにロドリーゴの方が感じ入ってしまったのだ。
「今フランドルは血にまみれております」
「・・・・・・・・・」
 国王は沈黙した。黙して聞いていた。
「あの美しかったフランドルが今や焼け野原になり戦火に焼かれております。川は血で赤く染まり親を亡くした子供の泣き声が木霊しております」
「・・・・・・そうか」
 ロドリーゴは話を続けた。
「人骨が石の様に転がり食べるものもなく餓えた者達が死を待つばかりです。陛下、今フランドルは地獄なのです」
「それは全てあの新教徒共のせいだ」
 彼は顔を顰めて言った。
「あの者達は我がスペインに対して反旗を翻した。それは許されるものではない」
「ですが陛下」
「侯爵よ、あの者達の実態は知っているか」
「いえ」
 ロドリーゴは王の言葉の前に畏まった。
「あの者達は確かカルヴァンというフランスからスイスに移った男の教えを守っているのだな」
「はい」
「わしはあの男を知っている。極めて厳格て潔癖な男だ」
「はい」
「だがあのルターと同じ教えではないか。どうしてあのようにいがみ合うのだ?」
 実ルター派とカルヴァン派の対立は深刻であった。彼等は旧教に対するよりも更に激しくお互いを憎しみ合っていたのだ。
 
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