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ドン=カルロ

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第二幕その七


第二幕その七

「私は愚かだった。その様な冷たい心の持ち主を愛していたとは。しかしこれで決心がついた」
「何をです!?」
 エリザベッタはその声に顔を上げた。
「私は今すぐにフランドルに行きましょう」
 そう言ってその場を去ろうとする。
「待って下さい、カルロ!」
 エリザベッタはここでようやく彼の名を呼んだ。そして必死に呼び止めた。
「私の気持ちもわかって下さい。私は今言うことが出来ないのです」
「何故ですか!?」
「私は今貴方を一人の女として愛することが出来ないのですから・・・・・・けれど」
 エリザベッタは振り絞るようにして言った。
「この私の沈黙の中にある言葉・・・・・・それを読み取って下さい」
 彼女はカルロの背に抱き付いてそう言った。
「しかしそれは・・・・・・」
 カルロの想いは今でも変わりはない。だからこそ、エリザベッタの気持ちがたまらなかったのだ。
「お願いです、それだけはわかって下さい」
「・・・・・・・・・」
 カルロは沈黙した。そしてエリザベッタの方へ振り向こうとする。
 だが出来なかった。何か、心の奥底にあるその何かが彼を動かさなかったのだ。
「そして貴方も心に留めておいて下さい。今は想ってもどうも出来ないものなのですから」
「そんな・・・・・・」
 カルロにはそれが堪えられなかったのである。その中に燃える炎は誰にも消せるものではなかった。だからこそ彼はロドリーゴの言葉に従いそれをフランドルに向けようとしているのだ。
「いや、神はこう言われています。真実に従う者に誤りはない、と」
 そして奥底にあるそれを振り切りエリザベッタに顔を向けた。
「私の気持ちは変わらない、貴女にだけ!」
 そしてエリザベッタを抱き締めようとする。
「嫌っ!」
 しかし彼女はその手を振り解いた。彼を愛する気持ちより王妃としても責任感が彼女をそうさせたのだ。
「やはり貴女は・・・・・・」
 カルロはそれを見て絶望した顔になった。
「違います・・・・・・」
 エリザベッタはそれを否定した。
「だけどわかって下さい、カルロ。私はもう貴方を」
「・・・・・・もういい」
 カルロは絶望しきった顔でエリザベッタに背を向けた。
「これが私の忌まわしい運命なのだから」
 そう言うとその場から姿を消した。
「何故こんなことに・・・・・・」
 悲嘆したエリザベッタはその場に崩れ落ちた。そしてそこに大勢の者が来る気配がした。
「あれは・・・・・・」
 見れば国王である。先程下がらせた女官や小姓、そしてロドリーゴもいる。
「む、あそこにいるのは我が妃ではないか」
 その中心にいる一際威厳のある男がエリザベッタの姿を認めて言った。
 細長い顔に高い鼻を持っている。唇は厚く下顎が出ている。背は高く姿勢はしかkりとしている。その風貌はカルロのそれと酷似している。服は質素であるがその威厳は周囲を圧していた。
 この人物こそスペイン王フェリペ二世である。ハプスブルグ家出身でこの国のみならず中南米、そして多くの領土を支配する。欧州第一の勢力を治める者である。
 カール五世の嫡子として生まれた。質実剛健で謹厳実直な人柄で知られている。父であるカール五世が庶民性を持ち民にまで深く愛されたのに対し彼は民から深く信頼されていた。
『国王は国家の第一の僕である』
 彼の口癖であったが彼はその言葉通りに動いた。国政のあらゆることに耳を傾け目を向けた。贅沢を嫌いその宮殿も雄大ではあったが装飾は少なかった。
『贅沢は君主の敵である』
 彼はそう考えていた。ハプスブルグ家は代々質素な生活を好んでいたが彼はそれを一際重んじた。そして宗教的な情熱も深かった。
 よく彼は狂信的な旧教の支持者と言われた。だが熱心な信者であることは確かだが分別は持っていた。かって妻であったイングランドの女王メアリー一世の極端な弾圧をやり過ぎだと批判もしている。
 しかし彼はハプスブルグ家の者である。やはり旧教は擁護しなければならない。彼はそのこともよくわかっていた。その為にフランドルでは血が流れていたのだ。
 そしてあまりにも生真面目であった。それが彼をいささか孤独なものにしているのは否定出来なかった。彼は何よりも
規律を重んじていたのだ。
「何故一人でいるのか」
 彼がまず問うたのはそれであった。
「我が宮廷においては王妃の側には常に誰かが控えていなければならないが」
「それは・・・・・・」
 皆口篭もった。王妃にその場を離れるよう言われたことなど言うに言えないからである。
 
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