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ドン=カルロ

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第二幕その六


第二幕その六

 彼はエボリ公女と話し続けている。美男子である彼は宮中においても人気があるのだ。
『近いうちに私はフランドルへ向かおうと考えています。その時までに一度二人でお会いしましょう』
 そこで手紙は終わっていた。彼女は読み終えるとその手紙を服の中に隠した。
「御覧になられましたか?」 
 公女との話を終えたロドリーゴはエリザベッタに顔を戻した。
「え、ええ」
 エリザベッタはその言葉にドキリ、としながらも何とか平静の表情で答えた。
「ところで殿下が言っておられましたが」
「息子が!?」
 形式上の息子でしかないが。
「はい、何やらとても思い詰めておられるようです」
 彼はフランドルの話の前置きの為にこう行ったのだ。フランドル行きを彼女が支持してくれれば心強い後ろ楯だからだ。
「一体何を」
 フランドルのことは彼女はある程度は知っているつもりである。しかし何故彼がフランドルに行こうと考えているのかまではよくわからなかった。
「それは私にもよくわかりません」
 彼は半分は知っていた。だがもう半分は知らなかった。その半分こそが重要であるというのに。
「ですがお母上がそれをお救いになれば殿下にとってまたとないお力になると存じます」
 彼はカルロがエリザベッタを愛しているということを知らない。その為にこう言ったのだ。彼は彼女がフランドルについて支持して欲しかっただけだったのだ。
「私が・・・・・・」
 彼女は真摯な表情を作って答えた。
「はい、陛下のお力添えが欲しいのです」
 それは横から聞いている者がいた。
「殿下がお悩み?」
 それはエボリ公女であった。
「そういえば殿下は」
 彼女は考えはじめた。
「私が王妃のお側にいた時私に見られて震えておられたわ」
 実は彼女はカルロを憎からず思っていた。勝気な彼女は繊細な彼をまるで弟の様に思っていたのだ。
「それならそうと早く仰ればいいのに」
 彼女はそう思って内心で微笑んだ。
「私ならば何時でも殿下を受け止められるのだし」
 彼女はカルロの気持ちを誤解してそう思った。その間にもエリザベッタとロドリーゴの話は続いていた。
「殿下は今孤独な立場におられます」
 ロドリーゴはさらに言った。彼はカルロとフランドルをこの時無意識のうちにか重ね合わせていた。
「陛下はとてもお忙しい方で殿下と父子の間柄の関係には少し遠いものになっています。そして殿下は今ご自身を愛して下さる方を求めておられます」
(それはわかっています・・・・・・)
 彼女は内心哀しい声で言った。
「あの」
 そこで女官の一人を呼んだ。
「はい」
 すぐにそのうちの一人がやって来た。
「我が子に伝えて下さい。今はこの僧院の中にいるのですね」
「はい」
「すぐにここに来るようにと」
「わかりました」
 そして彼女は僧院に入っていった。やがてカルロが出て来た。
 彼はエリザベッタの顔を見て青くなっている。それを見た公女は密かに思った。
(早く私にその気落ちを仰って下さればいいのに)
「あの」
 そこでエリザベッタが皆に対し言った。
「これで何処かでお茶でも」
 彼女は金貨を女官達の一人に手渡した。人払いである。
「わかりました」
 皆頭を垂れその場をあとにした。こうして僧院の前にはカルロとエリザベッタだけとなった。
 カルロはゆっくりとエリザベッタに歩み寄る。そして目を伏せて跪いて一礼した。
「お立ちなさい」
 エリザベッタはそんな彼を立たせた。
「お話とは何ですか?」
 彼は表面上は何とか平静を取り繕いながら尋ねた。
「母上にお願いがあって参りました」
 カルロも息子として彼女に答えた。
「一体何をお願いに来たのですか?」
 彼女はわかっていながらも再び尋ねた。それはいささか儀礼めいたものであった。
「私はフランドルに行きたいのです。どうもこのスペインの空気が合わないものでして」
「奇妙なことを仰いますね」
 彼女はあえて冷たい声で言った。
「貴方はこのスペインの後継者だというのに」
「それは・・・・・・」
 カルロはその言葉に対し息を詰まらせた。
「答えなさい、我が子よ」
 彼女はこの時はまだ己を保とうとしていた。そして彼を自分の子と呼んだのだ。しかしそれが逆効果になってしまった。
「その名で呼ぶのは・・・・・・」
「それでは何とお呼びすればよろしいのでしょう?」
「・・・・・・・・・」
 カルロは答えられなかった。重苦しい空気がその場を支配した。
「フランドルの件は私が陛下にお話しておきます。それではこれで」
 彼女はそう言うとその場を去ろうとする。
「お待ち下さい!」
 だがカルロはそれを急いで引き留めた。
「どうしたのです、まだ何か言う事があるのですか?」
「貴女は私に言うべき言葉がある筈です!」
 カルロはエリザベッタの手を掴んで言った。
「何をですか!?」
 彼女は今自分の心が大きく傾いたのを悟った。だがそれに対し必死にあがらった。
「離しなさい」
 彼女は自分の手を掴むカルロに対して言った。
「はい・・・・・・」
 カルロはその手を離した。
「唯一日とはいえ永遠に愛し合おうと誓ったというのに。貴女は何故私を避けられるのですか」
「それは・・・・・・」
 今度はエリザベッタが言葉を詰まらせた。そして顔を俯ける。
「私が愛していたのは大理石の像なのですか!?心なぞ一切持たない。貴女は私に対して愛情など全く持ってはいなかったのですか!?」
「そんなわけでは・・・・・・」
 彼女は自分の心の中にある本当の気持ちはよく知っていた。そして今それが大きく息を吹き返そうとしていることもわかっていた。
 
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