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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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10 「銀の太刀、群青の弓」

 
前書き
進撃の巨人にハマった。なにあれ面白い。いつか二次書きたい。書ければ。 

 
「せめて、村に来るだけ来てください!」
「だから、いきニャりあんニャトラップを仕掛けてくるようニャ連中に、ついていける訳ニャいって言ってるニャ!」

 リーゼロッテを家に招いて小一時間。押しに弱いナギのことを知り尽くしているルイーズが、いつの間にか主人の代わりにリーゼと舌戦を繰り広げていた。
 舌戦といっても、単にルイーズがあの手この手で断る理由を持ってきては、リーゼは兎に角「村に来い」の一点張り。その繰り返しではあるが。
 気がつけば完全に蚊帳の外な当事者は、もう諦めたようにハナを愛でる作業に入っている。そうでもしないとストレスで胃がおかしくなりそうだった。ハナはナギに撫でくり撫でくりされて、先ほどまでおろおろしていたのだが遂に睡魔に負けたようだ。ナギの膝の上で気持ち良さそうに鼻提灯を膨らましている。

(2人共、よく厭きずに続けるよなぁ)

 むしろそれを聞いているナギの方が限界に近い。主に胃が。未だかつて彼の家がここまで騒いだことがあっただろうか。いや、無い。
 彼は静寂とまでは行かないが、五月蝿いのよりかは静かで穏やかな日常を愛していた。
 というより、ぶっちゃけ早く何時もの何でもない日々に戻りたかった。
 ゆえに、敢えてルイーズに言ったのだ。

「ルイーズ、もう良いんじゃないの」
「ダメニャ! 旦那は一度許しちゃうとそのままズルズルと相手のペースに持っていかれるタイプだニャ! 村まで行って感謝だけで終わる訳がニャいニャ。絶対ニャにか裏があるニャ! そもそも礼を言いたいニャら、村長がくればいいんじゃニャいか!」
「いえ、だから村長が村をそう簡単に出る訳には…。それに、おもてなしもしたいんですよ! お料理とか!」
「それ見ろニャ! どうせ食事に麻痺毒でも入れて旦那を捕らえる気ニャ。そうに違いニャいニャ!」
「やりません! 普通にお誘いするだけです!! って、あっ!」

 ルイーズがしめしめとほくそ笑んだ。まさしく悪者の顔である。

「ムフフ、本音を言ったニャ? それ見たことかニャ、旦那」
「なら、その誘いを断ればいいんだろう?」
「うニャッ? ま、まあ、そうだけど……」
「よし、じゃあ行くぞ」

 ハナをそっと下ろして立ち上がったナギを、ルイーズはムスッと、リーゼはきらきらと輝いた目で見つめた。正直なところ、そろそろリーゼも限界だったのだ。

「きっと断ってくださいニャ~?」
「わかってる。じゃ、さっさと行こうか」

 一刻も早く愛しき平穏に帰るために、ナギはそそくさと旅支度を始めた。といっても、肩掛け鞄に棚から取った瓶を放り込んで、あとは扉の横の壁からつきでた杭に引っ掛けてあった弓を手にとっただけだが。その隣には何か細長い銀色の大きなものが立てかけてあった。見覚えのあるそのフォルム。

(弓と、太刀?)

「誰かと一緒に住んでるんですか?」
「…いや?」

 それだけ言うと、外へ出ていった。

「豪華料理だニャ! にゃっふー♪ にゃっふー♪ にゃっふっふー♪」

 ルイーズはというと、先程までの反対姿勢はどこへ行ったのか、メラルーがよくやるあの踊りを踊りながら開けっ放しの扉から出ていった。
 再び壁に立てかけてある太刀をみやる。明らかに使い込んだ形跡があった。
 鈍く光る銀色のそれは柄の部分に赤いリボンが結んであり、どうやら滑り止めの役割を果たしているようだった。鞘と柄の間からギザギザとした牙のような何かが見える。鍔の役目だろうか。思わず手を伸ばした。鉱石特有のあの冷ややかな質感ではない。これは、寧ろ――

「行こうか」

 びくりと肩を揺らして振り返った。扉の上部に手をかけて、家の中を覗き込んでいる背の高い影を見る。逆光で、表情はわからない。
 咄嗟に手を引いたが、触ろうとしていたことには気づかれなかっただろうか。
 最後にその太刀をちらりと見てから家をでた。あのナルガクルガという黒い飛竜に会ってみたかったのだが、どうやらいないらしい。ナギという青年は手にとった弓を背にかけて、ムニャムニャと顔をこすっているハナと何か会話をしていた。リーゼと喋る(というほど会話した覚えもないが)ときより明らかに朗らかだ。
 あの銀色の太刀の素材は、モンスターから剥ぎ取った何かだろうと確信した。人の身の丈ほどもある長い太刀は、ハンター達が使う“太刀”――対モンスター用の武器としか考えられない。思わずリーゼは背に背負った己の得物に手を伸ばした。

(それなら…)

 ナギの背にある弓に注視する。矢の発射口には群青色の牙があり、そのほかはやや黒ずんだ素材で作られている。少なくともリーゼロッテに見覚えはなかった。が、これは明らかに対モンスター用の狩猟弓である。背負いなれている感があるから、きっとあの弓は彼のものなのだ。
 レイアから逃げるとき、エリザの弓を片手で器用に畳んでいたのを思い出した。

(弓使いなら、できて当然だよね)

 ハンターが扱う武器は大きく二種類――前衛職の剣士と、後衛職のガンナーに分かれる。ガンナーとはライトボウガン、ヘビィボウガン、弓のいずれかを得物とするハンター達の総称であるが、中でも弓は少々特殊な造りとなっている。
 ボウガン系は“ボウガン”とは名ばかりの、実際持ち運び可能な軽量大砲のようなもので、仕組みは単純。弾を込め火薬に着火、引き金を引けば相応の威力でもって直線上の敵を撃ち抜く。
 ライト/ヘビィで反動の差はあるものの、要するに同じだ。正直な話、ハンターでないただの村人も撃とうと思えば撃てる。もちろん反動に耐えきれず骨折したり横転して、一撃見舞って戦線離脱選手交代となる可能性の方が圧倒的に多いが、ここで述べたいのは、撃った後は兎も角として、撃つ過程までは素人にもできるということである。下手をすれば子どもも可能だ。
 何せ、トリガーを引けるだけの握力があればいいだけなのだから。
 対して弓はそうはいかない。
 弓とはかなり原始的な仕組みの武器だ。しなやかな弓身(ゆみ)に弦を張って限界まで引き絞り、反動を利用して矢を勢いよく発射する。そこには火薬も何も無い、威力の全ては弓とハンターの腕に左右される。いくら世のハンター達が超人的なスタミナや技量を持っていても、所詮彼らも人間、人の腕力が火薬に叶う筈もない。
 ましてや相手は飛竜や牙獣。下手な威力では掠り傷すらつかない堅固な鎧を、生まれながら身に付けているような化け物(モンスター)共である。少しでも威力を大きくしようと、古人達は改良を重ねた。
 結果たどり着いたのは、至ってシンプル。“弓矢自体をより頑丈に、大きくすればいい”である。
 そうすると次に湧いてくるのは持ち運びの不便さであって、それもまたシンプルな仕組みで解決される。すなわち、“大きいなら半分に折ればいいじゃない”。
 そんな訳で、ハンターが使う弓は通常半分に折り畳んで持ち運ぶのだが、戦闘の最中に間違って折れてしまうのは非常にマズい。そこをモンスターに追い討ちされたら、装甲の薄いガンナーには手も足も出ない。いかにヒットアンドランを繰り返すかがガンナーの戦い方なのだから。
 説明が長くなったが、つまり言いたいのは、弓の収納には意外に技術が要るのだ。ガンナー志望のハンター候補生が習うことがらの1つが、“片手での弓の展開・収納”である。エリザも半年前には1日に何百回も、ただ家で背中から弓を出しては仕舞い出しては仕舞いを繰り返す日々を送っていた。
 リーゼロッテも何回かやってみたことがあるが、数回やった程度で身につくものではないことがわかって終わった。

(でも、男の人で弓は珍しいな)

 今の時代男女問わずハンターになれるが、それでもやはり男女比としては男性の方がずっと多い。そして彼らは大概剣士職を選ぶ傾向にあった。自分の力が直に伝わる上に、モンスターに与えられるダメージの量も多いからだ。
 逆に多くの女性ハンターはガンナーとなる。男性に比べどうしても非力になる彼女達も、ボウガンならば常に一定のダメージを与えることができるからである。おまけに弓より威力も高い。
 もちろん弓の長所もある。矢を引く際、ボウガンに比べ圧倒的に消音性が高いという点だ。また火薬のにおいが体につかないため、モンスターに気づかれにくいというのもある。これは多くが嗅覚が発達しているモンスターを相手にするとき、大きな意味を持つ。自分がまだ敵を見つけていないのに、敵は風で自分の存在を知ることができてしまうからだ。いきなり奇襲されたという話も少なくない。
 閑話休題(それはさておき)

(じゃあ、あの太刀は誰のだろう…)

 一緒に住んで“いた”ハンターさんのものだろうか。その形見?
 一般的に(・・・・)、ハンターは1人1種類の武器を極める。2つも3つも手を出して、全部器用貧乏になるという手はあまり好まないのだ。ゆえにあの太刀はナギのものではないと推測する。
 ハンターとして死ぬとき、遺体が残るのは相当な幸運である。多くは装備ごと喰らいつくされ、跡形もなく消える。その際最も遺る可能性として高いのが、彼らの使っていた武器だ。力尽きた場所で拾われることも多く、それをハンター自身として埋葬するのがハンター達の供養の仕方であるとも言える。

(きっと、まだ埋葬できるほど心の整理がついてないんだ……)

 亡くなったハンターの親族にも、たまにそういう者がいた。家の寝室にその武器を置いて、いつまでも帰らぬ人を待ち続ける者が。

(もしかして、それもあの人の対人恐怖症っていうのにつながっているのかもしれない…)

 家を出てナギのあとについて渓流を下る。急な傾斜も慣れた調子で下っていくナギは、もたもたしているリーゼがちゃんと付いて来ているかどうか気にしながら進んでくれていた。ぬかるんだ道に足を取られそうになっても、パッと腕をとって転ばないように気を回してくれている。掴んだと思ったらすぐ手を離されてしまうが。
 ふと気づけば覚えのある景色が広がっていた。

「見えたニャ。あの滝を降りればハンターたちの活動域に入るニャ」

 ナギの頭に陣取っていたルイーズが、手を額にかざしながら言った。背中にはどこからか引っ張り出してきたどんぐりネコメイルの小樽を左右十字でかけている。今日出された食事をお持ち帰りする気満々だった。

(まるでイタリアンビュッフェでタッパーを準備するおばちゃんみたいな精神だよなぁ。ああ、コイツもちゃんとメスの要素もってるじゃないか。オバハンだけど。オヤジオヤジ言ってて悪かったな。オバハンだけど)

 ナギが心中で謎の感心と皮肉と嘲笑を繰り返していると、ギロっと金の双眼がこちらをむいた。ピシリと背筋が凍る。

「旦那さん、今ニャにか嫌ニャこと考えたかニャ?」
「い、いや? 全然?」

 今この瞬間、メラルーの眼力は上位リオレウスのそれを上回った。

「ちょ、ちょっと待ってください。この滝、飛び降りるんですか!?」
「ふニャ? 他にどこを降りるというのニャ? この程度の高さ、孤島の竜の巣から飛び降りるのに比べれば、鼻で茶が沸かせるニャ」

 ふふんと鼻で笑いながら、腕を組んで自信満々なルイーズである、が。ため息をつきながらナギが訂正した。

「……『へそ』だ。あほう」
「にゃふっっ!? へ、へそで茶が沸かせるニャ!! ちょ、ちょっと間違えただけニャ! 兎に角行くニャ!」

 真っ赤になった顔を見られないように(といっても隠密の黒毛なので大して差はわからないが)、ルイーズが滝の向こう側に身を投げた。
 一般的にアイルーやメラルーといった種族は、こういった大きな段差やエリア移動においては地下に穴を掘っていくというハンターとしては卑怯とも言えるような方法を用いる。が、存外綺麗好きなルイーズとしては穴を掘って土まみれになるのが嫌らしく(特に渓流の土は柔らかく湿っている為)、普通に飛び降りたり、その小さな身体で断崖絶壁をナギと共に登ってきたりするのが今では当たり前となっていた。改めて見ると、なかなかどうしてすごいヤツだ。
 HR1と聞いたし、まだ新米だから孤島フィールドにも行ったことはないのだろう。たたらを踏んでいるリーゼを見て、ぼそぼそと口を開いた。

「…リーゼロッテ、ちゃん」
「え、あ、はい!」

 今までほとんど「ああ」とか「うん」とかしか喋っていなかったナギが、まさか自分に話しかけるとは思わなかったのだろう。びくっと肩を揺らしながらリーゼロッテが振り返った。そっとこちらを伺い見る彼女の視線から逃れるように、視線を滝の向こうのエリアにむける。浅瀬の河原にはジャギィとジャギィノスが計4体、水浴びをしていた。
 ……目をそらしたのは取って付けたかのような「ちゃん」に気恥ずかしくなったからだなんて、誰にも言えない。
 ルイーズはどうなったかと木の枝に手をかけて下を覗き込むと、ちゃんと受身をとって着地したらしく、となりのエリアに向かうギリギリの川岸でブルブルと身を震わせて水気を飛ばしていた。隠密の毛色のメラルーだけあって、岩と岩の影になるところに行くと、ジャギィ達も気づかないようだ。
 名を呼んだのに放置されていたリーゼロッテが訝しむようにこちらに視線を向けている。ナギはあくまでジャギィ達を見続けながら背中の弓に手をかけた。

「…飛び降りられないか」
「っ!」

 リーゼロッテは憤慨した。ちらりと滝の下を見、すぐそばにある木の根を見、高低差を換算する。何せ今まで自分が最も高く飛んだのは、エリア3の崖の高さなのだ。いや、あれは崖というには小さすぎるが、それでもあれを飛び降りるだけで足はジンジンするし、最初は足を捻挫したり手を突き指したりと大変だった。今ではもう大丈夫だが、それでも足のしびれは若干ある。
 だから、こんなに高いところなんて無理、絶対無理。と、思っていたのだが……

(呆れてるの? こんな高さも飛び降りれないなんて!)

 この青年に、そう思われるのは嫌だった。
 当の青年(ナギ)は単に無理なら回り道するつもりだったのだが、微妙な気遣いは通じない。

「お、降りれます!」

 ぎゅっとこぶしを握って下を見下ろす。ナギは頷いた。なんとなく無理をしていそうなのはわかったが、ハンターなら最低でも受身は取れるだろうし、何より自分が言及して言い合いになるのは避けたかった。ただ、ちらりと少女を見て一言アドバイスする。

「腰を引かない。受身を取ることだけ考えて。ジャギィは俺が一掃するから」
「は、はいっ」
「じゃあ、いつでも」

飛び降りて。

 瞬く間に弓を展開したナギは、一瞬で矢を引き絞る。絶妙な高さを狙って射られた矢は4連射で、ジャギィ達に吸い寄せられるように飛んでいった。びっくりしているリーゼの前で、3本は目標に着弾する。脳天、脳天、首。最後の一矢はたまたま立ち上がったジャギィノスの胴に刺さり、悲鳴を上げるにとどめた。この間1秒未満。
 まさに一撃必殺。エリザや彼女の姉オディルも一流の弓使いだが、彼ほど鮮やかな手並みは見たことがなかった。

(あ、お、降りなきゃ!)

 こんなところで惚けている場合ではない。ごくりと喉を鳴らしながら覚悟を決めると、えいやっと飛び降りた。

(こ、怖…っ、受身っ)

ばっしゃ――ん

 盛大な水しぶきをあげながらもなんとか受身をとって怪我なく着地できたのも、事前に頭が真っ白になるのを予想していたのか、ナギが助言してくれたからだった。残っていたジャギィノスをみようとグラグラする頭で前を見ると、頭を貫通したそれの姿が見える。矢は見事に目を捉えていた。

(なんて…精密な……)

 精密射撃のスキルでももっているのだろうか? いや、あれは確かボウガン専用だった。ということは、20mの距離からジャギィノスの小さな目を狙撃したのは全て彼自身の腕となる。
 すごい。
 チャプン、と音がすると、ナギがちょうど着地したところだった。

(あれ?)

「水面に垂直に足を入れるニャ」
「えっ?」
「今、ニャんで音が小さかったか疑問に思ってたニャ? あれはつま先から垂直に着水することで水音をたてにくくしてるニャ。それでいて膝も柔らかくつかって、衝撃音を殺してるのニャ」

 いつの間に足元に寄って来ていたルイーズが、リーゼの心を読んだかのように説明してくれた。

「自然の中で生きるには、ちょっとした音にも注意しニャいとすぐ敵にみつかるニャ」

 すっと立ち上がったナギは、まだちょっと足が痺れているリーゼを気遣って河原で待つように言ってくれた。その間にジャギィ達のもとへ行き、素材を剥ぎ取っている。皮、牙、骨。リーゼたちハンターが剥ぎ取るよりも多くの素材をとっていた。思わず厳しい表情になる。帰ってきたナギに大分治ってきた足で立ち上がると、その表情のまま言った。

「あの、素材を取りすぎじゃないですか」
「え?」
「自然に感謝して、ほんの少しその素材を“おすそ分け”してもらうのが、ハンターの礼儀なんじゃないですか」
「……ああ」

 ここでやっとナギも気づいた。何故怒ってるのかって、そんなに根こそぎ剥ぎ取るなということか。
 それじゃあと謝ってジャギィたちの方へ行くが、また声がかかった。

「だ、ダメですっ! とった素材を戻しに行くなんて、モンスターに対する冒涜ですよ!」

(……めんどくさ)

 なんなの一体。取るなと言ったり返すなと言ったり。

「じゃあどうすればいいのニャ」

 ナギの心境をルイーズが代弁した。くるりと振り返れば、わたわたと慌てているリーゼの姿。とりあえず、

「…すまない。次から気をつける」

 謝っておこう。軽く頭を下げると、リーゼはぶんぶんと首を振った。もげやしないだろうか。真っ赤になってお辞儀をしまくった。

「いえ! こ、こちらこそすみません! あの、こんな新米が、しゃ、しゃしゃり出て!」
「いや、こっちこそ」

(…根は悪くない娘なんだよな。ちょっと一生懸命なだけで。…多分)

 気を取り直してエリザとやらが待つベースキャンプへと向かうと、いつぞや竜車で問答した藍色の髪の少女が出迎えた。私服に弓をかついでいるのがなんとも言えずシュールだ。エリザはナギを見るなり目をくわっと見開くと、本当に怪我人か訊きたくなるような俊敏さでこちらに駆け寄ってきた。

「それっ…その弓!!」

 何を言われるか身構えたナギは、ポカンとする。リーゼロッテは慌てたようにエリザを抑えるが、我を忘れてぴょんぴょん飛び跳ねている彼女に制止の声は届いていない。

「まずは車にのって、エリザ! 話はそこでいいでしょ!」
「絶対よ! 早く乗りなさい!」

 ガッと手を掴まれたナギは、ぴしりと固まって振り払うこともできずにずるずる引きずられていった。後ろからあわてたようにリーゼが縋ってくる。
 ガーグァ車が発進するやいなや、エリザはナギにずずいと詰め寄った。その分だけ後ろに後退していくナギだが、いつの間に彼の肩に乗っていたルイーズが助け舟をだしてくれた。

「弓がどうとか言ってたけど、ニャんの事ニャ?」
「見せなさい! いえ、見せてください! お願い!」
「えっと、エリザの家、鍛冶屋なんです」

 困惑する1人と1匹におずおずとリーゼロッテが説明した。つまり、ハンターの持つ武器や防具はなんでも1回目にしないと気がすまない性質(タチ)らしい。特にそれが自分の使う弓の場合、我慢ならないようだ。
 半ば奪い取るようにナギの弓を受け取ると、開口一番いきなり悲鳴をあげた。いや、これは歓喜の叫びである。

「きゃあああ! すごい、すごい! これ、あんた見た!?」

 ぶわっと髪を鞭のようにしならせながら横に座っていたリーゼに問いかける。やや頬を引きつらせながら「い、いや? それ、なに?」と首をかしげるリーゼに、エリザはくわっと目を見開いた。

「馬鹿ね! これ、あの“ファーレンフリード”よ!! 図なら見たことあるけど、本物なんて初めて! すごいわ! 主に使われてるのはベリオロスの、いや、これはベリオロス亜種の素材ね! 他には…ああこれはティガレックスの牙! 黒いから、これも亜種!? すごい!」

 兎に角「すごい」を連発しているエリザは、どうも最初の印象と違って見えた。なんだか好きなアイドルを生で見れてはしゃいでいる女子高生に見える。いや、その“アイドル”がこの場合狩猟弓になるのがちょっとズレているが。

「ふぁーれんふりーど…ああ、聞いたことあるような……ないような」
「アイスクレスト派生! あるいはサーブルアジャイルからの強化でも作れるわ! これが作れるハンターは上位だけよ! すごい! 溜めは何もしなくても貫通の性能もってるし、おまけに2,3秒溜められれば4本連射できるのよ! 何より……」

(え? )

 リーゼロッテは目を(しばたた)せた。この弓を使って4連射するには、2,3秒溜めるらしい。それは、つまり“溜め”の段階3か、あるいは4あたりじゃなかろうか。リーゼは弓を使わないから詳しくは分からないが、だがその溜め3や4を、先ほど彼がほんの数瞬でやってのけたことはわかった。ジャギィ達を仕留めたとき、あれは確かに4本の矢を連射していた。
 未だ何やら弓について熱く語っているエリザから顔を背け、ぼーっと進路を見つめるナギの横顔を見た。年齢はリーゼ達よりかいくらか上、だがまだおそらく20をひとつふたつ過ぎた程度だろう。ハンターとしては“若い”部類に入る。
 一般的にこの年齢層で言えば、HR(ハンターランク)は1か2が妥当な線だ。当然下位である。
 エリザの姉オディルや街から派遣されてきたユクモ村専属ハンターのカエンヌはそれぞれ年齢25、26のHR3だが、彼らも十分優秀と言えた。20代はHR1,2あたりにいるのが普通なのだ。HR3になれば一人前のベテランと呼べる厳しいハンター達の中、当然最も人数の多い層が下位で、その中で一部の優秀な人材のみが“上位”たるHR4以上となれる。上位になれば、いわゆる“称号”なんて代物もハンター協会から与えられるのだ。
 ハタチで上位なんて、天才以外の何者でもない。

(もしかして、もしかしなくとも、すごい人を連れてきちゃった……?)

 そんな人物に未だ香るペイントボールの罠を仕掛けてしまったこと、何も考えずに剥ぎ取る素材の量がどうのと怒ったことを、今更恐怖に感じられた。と同時に、それらに怒らず、寧ろリーゼ達のような新米ハンターに気を使ってくれたりした彼を、優しい人なのだと思った。
 
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